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第八話 味方がいない
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何をどこまで奪われているのかが、もうわからない。
もしかしたら、もう全てが彼女の手の中に握られている気がする。
確実に自分のものと思えるのは、この命くらいなものなのだろうか。
ただただ、可愛いだけと思っていた妻が、今はひどく恐ろしくてならなかった。
「旦那様が帰宅なさっているのだから、今のうちに法律家の方を呼びましょう」
と、なぜかウキウキしているローデリアが急いで馬車を出して、懇意にしているという法律家を呼びだす。
滅多に帰ってこないのが当たり前な夫……そういう扱いをされる自分というのも、恥ずかしいを通り越して情けなくなった。
いや、法律家を呼びだされるというのはちょうどいいだろう。
これを機会に全部彼女がしでかしたことを法律家の前で暴いて責め立てれば、ローデリアは行いを後悔して、怯えて泣いて許しを乞うはずだ。
まだ大丈夫。
そして、自分がまた叱ってやればいいだけだ。
***
「離婚、ですか?」
「はい、離婚です」
やってきた法律家の前でもローデリアは元気よく繰り返す。
ローデリアはぴったりと私に寄り添い、見た目仲睦ましそうに見えるのだろう。怪訝な顔をして法律家の視線が自分たち二人を行き来している。
「伯爵様もこの離婚に対して同意を得ているのですか?」
「いや、私は……」
「もう、旦那様ったら、貴族なのですから、認めなくてはダメでしょう? 二年経っても子供ができなかったのだから、離婚して新しい方を探さないと」
「でもそんなのはこれからの努力でいかようにでもなるかもしれないだろう?」
自分たちのやり取りを見て、法律家はどういうことだろうと困惑しているようだった。
そこに様子を見ていた執事が手を挙げて発言を求める。
「僭越ですが、よろしいでしょうか」
使用人がこの手の事に口を挟むことは少ない。珍しいこともあるもんだな、と「あぁ」と頷いた。
「この二年間、旦那様は家にまるっきり寄り付きませんでした。奥様から離婚を求められるのも当たり前だと思います」
その話を聞いて、ここにきて法律家の目が光る。
「あら、違うわ。私が離婚を求めるのではなく、旦那様が離婚を請求なさるのよ。そうでしょ? 旦那様」
すかさずローデリアが否定をしつつ、ね?と笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。
これが嫌味の笑顔であった方がよほど楽だった。
ローデリアの笑顔は邪気がない分、始末が悪い。
「お前、余計なことを……!」
法律家の心証が悪くなっていいことなんか1つもない。
余計な口を挟んだ執事を睨めば、それ以上に冷たい目で睨み返された。
「現在の我々の雇用主は奥様です。トーマス様の命令を受けることは今後、拒否させていただきます。もし必要とあれば、奥様にお願いなさってください」
執事だけでなく、後ろに控える使用人たちの冷たい視線が痛かった。
その時になって自分は初めて気づいた。
この家の全てが彼女の支配下にあるということを。
内装の設えが大分変わっているのは気づいていたが、それが工事を伴うほどの随分と大がかりなものであることだと、その時点でようやく気が付いたのだ。
こんなこと、自分が主の家で行うなら、執事が自分に報告もなくさせるわけがないではないか。
ずっと前から、そうなっていたのだ。自分が知らなかっただけで。
屋敷に帰ってきても冷たい目線で取り囲まれ、自分に味方をする使用人たちが一人としていない。
こんなことになっていることすらにも、自分は今まで、まったく気づかず!
法律家は聞き取り調査を始め、結婚してから夫婦生活がなかったどころか、ロクに自分が帰宅していなかったことを、執事は元より使用人一同が、それを証言した。
「奥様と使用人の意見をまとめると、結婚後、伯爵様はほとんど家に寄り付きもせず、家の管理や事業などは全部奥様に丸投げし、そして子供ができないことを盾に離婚を求めているということですか?」
「私はローデリアと離婚したいなどと一言も言っていない!」
「旦那様、貴族なのですから、跡継ぎのことは何よりも大事ですよ?」
「話がややこしくなるからお前は黙っていろ!」
離婚の話よりも、もっと大事な話がある。
先ほど見ていたこの伯爵家の帳簿類をどん!と法律家の前に積み上げる。
「それよりも、私の預かり知らぬ間に、私の財産が随分と妻の名義になっている。これは立派な犯罪だ。私の名義に戻すように君の知恵を借りたい」
もしかしたら、もう全てが彼女の手の中に握られている気がする。
確実に自分のものと思えるのは、この命くらいなものなのだろうか。
ただただ、可愛いだけと思っていた妻が、今はひどく恐ろしくてならなかった。
「旦那様が帰宅なさっているのだから、今のうちに法律家の方を呼びましょう」
と、なぜかウキウキしているローデリアが急いで馬車を出して、懇意にしているという法律家を呼びだす。
滅多に帰ってこないのが当たり前な夫……そういう扱いをされる自分というのも、恥ずかしいを通り越して情けなくなった。
いや、法律家を呼びだされるというのはちょうどいいだろう。
これを機会に全部彼女がしでかしたことを法律家の前で暴いて責め立てれば、ローデリアは行いを後悔して、怯えて泣いて許しを乞うはずだ。
まだ大丈夫。
そして、自分がまた叱ってやればいいだけだ。
***
「離婚、ですか?」
「はい、離婚です」
やってきた法律家の前でもローデリアは元気よく繰り返す。
ローデリアはぴったりと私に寄り添い、見た目仲睦ましそうに見えるのだろう。怪訝な顔をして法律家の視線が自分たち二人を行き来している。
「伯爵様もこの離婚に対して同意を得ているのですか?」
「いや、私は……」
「もう、旦那様ったら、貴族なのですから、認めなくてはダメでしょう? 二年経っても子供ができなかったのだから、離婚して新しい方を探さないと」
「でもそんなのはこれからの努力でいかようにでもなるかもしれないだろう?」
自分たちのやり取りを見て、法律家はどういうことだろうと困惑しているようだった。
そこに様子を見ていた執事が手を挙げて発言を求める。
「僭越ですが、よろしいでしょうか」
使用人がこの手の事に口を挟むことは少ない。珍しいこともあるもんだな、と「あぁ」と頷いた。
「この二年間、旦那様は家にまるっきり寄り付きませんでした。奥様から離婚を求められるのも当たり前だと思います」
その話を聞いて、ここにきて法律家の目が光る。
「あら、違うわ。私が離婚を求めるのではなく、旦那様が離婚を請求なさるのよ。そうでしょ? 旦那様」
すかさずローデリアが否定をしつつ、ね?と笑顔で俺の顔を覗き込んでくる。
これが嫌味の笑顔であった方がよほど楽だった。
ローデリアの笑顔は邪気がない分、始末が悪い。
「お前、余計なことを……!」
法律家の心証が悪くなっていいことなんか1つもない。
余計な口を挟んだ執事を睨めば、それ以上に冷たい目で睨み返された。
「現在の我々の雇用主は奥様です。トーマス様の命令を受けることは今後、拒否させていただきます。もし必要とあれば、奥様にお願いなさってください」
執事だけでなく、後ろに控える使用人たちの冷たい視線が痛かった。
その時になって自分は初めて気づいた。
この家の全てが彼女の支配下にあるということを。
内装の設えが大分変わっているのは気づいていたが、それが工事を伴うほどの随分と大がかりなものであることだと、その時点でようやく気が付いたのだ。
こんなこと、自分が主の家で行うなら、執事が自分に報告もなくさせるわけがないではないか。
ずっと前から、そうなっていたのだ。自分が知らなかっただけで。
屋敷に帰ってきても冷たい目線で取り囲まれ、自分に味方をする使用人たちが一人としていない。
こんなことになっていることすらにも、自分は今まで、まったく気づかず!
法律家は聞き取り調査を始め、結婚してから夫婦生活がなかったどころか、ロクに自分が帰宅していなかったことを、執事は元より使用人一同が、それを証言した。
「奥様と使用人の意見をまとめると、結婚後、伯爵様はほとんど家に寄り付きもせず、家の管理や事業などは全部奥様に丸投げし、そして子供ができないことを盾に離婚を求めているということですか?」
「私はローデリアと離婚したいなどと一言も言っていない!」
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「話がややこしくなるからお前は黙っていろ!」
離婚の話よりも、もっと大事な話がある。
先ほど見ていたこの伯爵家の帳簿類をどん!と法律家の前に積み上げる。
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