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閑話 無防備な奥様(執事視点)
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「ああ、やはり来ましたか、あのバカは」
次の朝、護衛から報告を得た執事はゆったりと頷く。
念のため、奥様の部屋の前に夜通しの見張りを、と指示を出したのは正解だった。
客室にトーマス様を寝泊まりさせてよかったですね、と女中頭に言われて本当に、とため息をつく。
自分達の主であるローデリアが、今、寝起きしているのは当主の部屋だ。
トーマスが出向いて開けようとしていた部屋、元の伯爵夫人の部屋は誰も住んでいない。
この家に長く勤めている執事は、この家の構造的に主の部屋が何かあった時に一番護衛しやすく、安全なことを知っていた。
それなので、ローデリアがこの家の名義を書き換えた時から、主の部屋に住むように勧めたのだ。
彼女は自分が進言した真意などを深く考えずに「そうなの? それほどいうのなら」とあっさりと応じてくれたのだが。
久々にトーマスがこの家に戻ってきた時に、トーマスを当主の部屋に、そしてローデリアをその妻の部屋に戻すには色々と問題があった。
既にトーマスの荷物は大半を移動させていたというのもあるが、当主の部屋と妻の部屋はドア1枚で行き来ができるのである。鍵をかけていたとしても、安心できない。
もしトーマスが夜にそのドアを通じてローデリアの部屋に行こうとしても、使用人の立場からそれを邪魔をするのははばかれるし、奥様に下がれと言われるかもしれないのだ。
子供を作るという約束の二年が過ぎた今、トーマスと奥様の間を取り持とうと思う人間はこの屋敷にはいない。
仮にそれが奥様の望みだったとしても、全力で阻止しようというのが屋敷の人間の総意だった。
トーマスと一番付き合いが長いのは、二人が結婚するより前からこの屋敷に勤めている執事である。トーマスが考えるようなことは大体予想がつく。
だからこそ、ローデリアに進言したのだ。
「奥様、旦那様をおもてなしするためにも、旦那様を客室にお泊めになるのはいかがでしょうか。そうすれば旦那様も客室の美しい内装に気づかれてお喜びになるでしょう。それにあそこでしたら我々のおもてなしも行き届き、お喜びになると思われます」
そういうと、輝く笑顔で旦那様がお喜びになるなら、と頷かれた。
そうしてわざと二人の部屋を物理的に引き離し、念のために廊下に護衛を置いたというわけだ。
この奥様は、優しい。優しすぎる。
自分があんなひどいことをされたというのに、旦那様を大事に思っているのだ。
そんな優しい奥様は我々が守らねば。
報告に来た護衛をねぎらい、まだお休みになっている奥様の代わりに指示を出す。
「ご苦労様、交代して休憩に入っているかね?」
「もちろんです」
「今日は外出の予定は入っていないが、邸内の方が危ないので、客人の動向に目をよく配っていてくれ」
「了解」
簡単にやり取りをすると静かに別れた。
トーマスを見ると思いだすのは、我々の過去であり罪だ。
使用人だからと言って何かをしても褒められず、ただ、当たり散らすだけの主人だったトーマス。
トーマスが、奥様を利用しているのを分かっていて、見るだけしかしてなかった自分たち。
その後、奥様にトーマスは家を任せるとほとんど帰ってこなくなった。
笑顔で楽しそうに家の事に采配を振るい、仕事をしている奥様に、自分はただ見ているだけだったのに、奥様は新しい風を入れてくださった。
奥様は優しいだけではなく、厳しくもある。
トーマスに家のことを任された瞬間に、長らく家に仕えていたとか、気を使わなければならないような紹介でもって入ってきたとか、そういうことにはお構いなく、態度の悪かった使用人はばっさりと解雇した。
家の中の不正を排していく姿に、それまで態度には出さなくても心の中で奥様を舐めていた者たちは震えあがったものだった。
奥様は他人が悪意を持って行動するということがあるのを知らない。
窃盗をしたり他人を侮ったりする人間がいても、悪意があってそういうことをするという風にはとらえず、「この人はこういう人なのだ」と元からの性質だと信じるからこそ、「この人はダメな人だったのだ」と見切りをつけるとあっさりと見はなすのだろう。
そして、そのことを見極められなかった自分を恥じるのだ。
そういう性格の奥様を前に、仮にトーマスが俺が間違っていたと言っても、奥様はそれを信じるのだろうか。
奥様を利用するために教育していたトーマスの言葉は、奥様には熱意を持って聞こえていただろう。
だからこそ「それなら最初から、そうしたいと言えばいいだけの話なのに、どうしてそんな嘘をつく必要があるのかしら」と、翻った言葉や態度の方を信じないのではないだろうか。
良心の呵責とか決まり悪さとか、そういうのにとても鈍いお方だから。
奥様がどんどんと家の主らしさを増していき、彼女の重要さがわかると家が見るからに落ち着いていったのがわかった。
なんでこんなに領民のことも、家のことも考えてくれない主人に忠誠を誓わなくてはならないんだろう?
そう思えば、トーマスを主と思うのが馬鹿らしくなった。
それは奥様の護衛も同じだったらしい。
護衛騎士というものはその家に忠誠を誓うが、その誓う先の者が忠誠を誓えるような存在でなければならないのだ。
だから奥様が無邪気に、旦那様を思う故に、色々と旦那様のものを自分名義に変更していったのを、誰も止めようとしなかった。
次の朝、護衛から報告を得た執事はゆったりと頷く。
念のため、奥様の部屋の前に夜通しの見張りを、と指示を出したのは正解だった。
客室にトーマス様を寝泊まりさせてよかったですね、と女中頭に言われて本当に、とため息をつく。
自分達の主であるローデリアが、今、寝起きしているのは当主の部屋だ。
トーマスが出向いて開けようとしていた部屋、元の伯爵夫人の部屋は誰も住んでいない。
この家に長く勤めている執事は、この家の構造的に主の部屋が何かあった時に一番護衛しやすく、安全なことを知っていた。
それなので、ローデリアがこの家の名義を書き換えた時から、主の部屋に住むように勧めたのだ。
彼女は自分が進言した真意などを深く考えずに「そうなの? それほどいうのなら」とあっさりと応じてくれたのだが。
久々にトーマスがこの家に戻ってきた時に、トーマスを当主の部屋に、そしてローデリアをその妻の部屋に戻すには色々と問題があった。
既にトーマスの荷物は大半を移動させていたというのもあるが、当主の部屋と妻の部屋はドア1枚で行き来ができるのである。鍵をかけていたとしても、安心できない。
もしトーマスが夜にそのドアを通じてローデリアの部屋に行こうとしても、使用人の立場からそれを邪魔をするのははばかれるし、奥様に下がれと言われるかもしれないのだ。
子供を作るという約束の二年が過ぎた今、トーマスと奥様の間を取り持とうと思う人間はこの屋敷にはいない。
仮にそれが奥様の望みだったとしても、全力で阻止しようというのが屋敷の人間の総意だった。
トーマスと一番付き合いが長いのは、二人が結婚するより前からこの屋敷に勤めている執事である。トーマスが考えるようなことは大体予想がつく。
だからこそ、ローデリアに進言したのだ。
「奥様、旦那様をおもてなしするためにも、旦那様を客室にお泊めになるのはいかがでしょうか。そうすれば旦那様も客室の美しい内装に気づかれてお喜びになるでしょう。それにあそこでしたら我々のおもてなしも行き届き、お喜びになると思われます」
そういうと、輝く笑顔で旦那様がお喜びになるなら、と頷かれた。
そうしてわざと二人の部屋を物理的に引き離し、念のために廊下に護衛を置いたというわけだ。
この奥様は、優しい。優しすぎる。
自分があんなひどいことをされたというのに、旦那様を大事に思っているのだ。
そんな優しい奥様は我々が守らねば。
報告に来た護衛をねぎらい、まだお休みになっている奥様の代わりに指示を出す。
「ご苦労様、交代して休憩に入っているかね?」
「もちろんです」
「今日は外出の予定は入っていないが、邸内の方が危ないので、客人の動向に目をよく配っていてくれ」
「了解」
簡単にやり取りをすると静かに別れた。
トーマスを見ると思いだすのは、我々の過去であり罪だ。
使用人だからと言って何かをしても褒められず、ただ、当たり散らすだけの主人だったトーマス。
トーマスが、奥様を利用しているのを分かっていて、見るだけしかしてなかった自分たち。
その後、奥様にトーマスは家を任せるとほとんど帰ってこなくなった。
笑顔で楽しそうに家の事に采配を振るい、仕事をしている奥様に、自分はただ見ているだけだったのに、奥様は新しい風を入れてくださった。
奥様は優しいだけではなく、厳しくもある。
トーマスに家のことを任された瞬間に、長らく家に仕えていたとか、気を使わなければならないような紹介でもって入ってきたとか、そういうことにはお構いなく、態度の悪かった使用人はばっさりと解雇した。
家の中の不正を排していく姿に、それまで態度には出さなくても心の中で奥様を舐めていた者たちは震えあがったものだった。
奥様は他人が悪意を持って行動するということがあるのを知らない。
窃盗をしたり他人を侮ったりする人間がいても、悪意があってそういうことをするという風にはとらえず、「この人はこういう人なのだ」と元からの性質だと信じるからこそ、「この人はダメな人だったのだ」と見切りをつけるとあっさりと見はなすのだろう。
そして、そのことを見極められなかった自分を恥じるのだ。
そういう性格の奥様を前に、仮にトーマスが俺が間違っていたと言っても、奥様はそれを信じるのだろうか。
奥様を利用するために教育していたトーマスの言葉は、奥様には熱意を持って聞こえていただろう。
だからこそ「それなら最初から、そうしたいと言えばいいだけの話なのに、どうしてそんな嘘をつく必要があるのかしら」と、翻った言葉や態度の方を信じないのではないだろうか。
良心の呵責とか決まり悪さとか、そういうのにとても鈍いお方だから。
奥様がどんどんと家の主らしさを増していき、彼女の重要さがわかると家が見るからに落ち着いていったのがわかった。
なんでこんなに領民のことも、家のことも考えてくれない主人に忠誠を誓わなくてはならないんだろう?
そう思えば、トーマスを主と思うのが馬鹿らしくなった。
それは奥様の護衛も同じだったらしい。
護衛騎士というものはその家に忠誠を誓うが、その誓う先の者が忠誠を誓えるような存在でなければならないのだ。
だから奥様が無邪気に、旦那様を思う故に、色々と旦那様のものを自分名義に変更していったのを、誰も止めようとしなかった。
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