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第十四話 ローズマリーの子
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ヴェノヴァ伯爵邸の門内に入る前に、テロドア侯爵家の馬車から無理やり降ろされた。
後は自分で歩いていけという扱いに、父である侯爵からどのような指示を御者が受けたのかがわかる。
門の方に歩いて行こうとするトーマスに、声をかける者がいた。
「ヴェノヴァ伯爵様」
それは、トーマスのお気に入りの娼婦、ローズマリーだった。
「どうしてここに……?」
「貴方が来て下さらないから、私の方から顔を出しましたの」
上級娼婦であるローズマリーから客の方に顔を出すのは珍しい。いつも待つ立場でも十分なほどの売れっ子なのだ。そんな彼女が自分との逢瀬を待ちかねて顔を出してくれたことに男心と自尊心が満たされる。
彼女が近くに来ればお白粉と紅の香、そしてスミレのような香水の香りが彼女の肌の香りに入り混じって立ち上っているのがわかる。自分の魅力を熟知している女。
トーマスはこのように大人の女性。豊満でセクシーな女が好みなのだ。
「なかなかお忙しそうなご様子。大丈夫ですの?」
彼女のいる娼館まで噂が届いているらしい。それで心配して来てくれたのだろうか。どこかの誰かと違って可愛げのある女だ、とにやついてしまう。
「そうだ。まだ手があるな……」
トーマスはローズマリーの整えられた美しい手を掴み、唇を落とした。
「ローズマリー、君の力が必要だ。私の話をきいてくれないか?」
***
「ローデリア、君に紹介しよう。ローズマリーだ」
ローズマリーと一緒に屋敷に戻り、ローデリアをさっそく彼女に引き合わせた。
「ヴェノヴァ伯爵夫人には、ご機嫌うるわしゅう」
貴族相手の高級娼婦はきちんとマナーを教わっているので、そんじょそこらの貴族令嬢より風格を漂わせている。大輪の薔薇のような華やかさはローデリアには出せないものだ。
挨拶を返すローデリアを見ながら、咳払いをしたトーマスは口を開いた。
「ローズマリーは今、私の子を妊娠している。この子の未来のためにもローズマリーの子を引き取って、君が育ててくれないか」
そう。トーマスがひらめいた奇策はこれだ。
何もローデリアの実子でなくても、伯爵の子を養子として引き取らせて育てさせればいいのだ。
子供がいない貴族の子を正しく教育するために、正妻である貴族が養子をとって、自分の子のように育て、跡継ぎにするというのは珍しくないことだ。
「君も知っての通り、ローズマリーは娼婦だ。彼女が私の子を貴族として育てるのはなかなか難しいからね」
もちろん、今、ローズマリーは妊娠していない。
これから妊娠しているふりをして、そしてどこからか赤ん坊をさらってくる算段をつければいい。貴族でなくとも平民でも赤ん坊でさえあればいいのだ。
貴族であることにこだわるローデリアなら、断れない完璧な計画だと思った。しかし。
「そんなの、子供が可哀想ですわ!」
ローデリアの悲壮感溢れる声が、屋敷に響いた。
「旦那様は言いましたわよね? 貴族は『人の規範となる振舞いをし、何かがあった時に真っ先に自ら死地に赴く気概を持つことだ』と。他人からそしりを受けようと、我が子を守るのが親でもある貴族として、皆への規範となるのではないのですか?」
そういうと前に一歩進み、ローズマリーに深く頭を下げる。それは敬意を表す仕草。一娼婦に貴族の夫人がするものではない。
「ローズマリー様の生まれがなんだというのでしょう。この方なら立派に貴族の妻になれるお方だと思います。私はトーマス=ヴェルヴァという誇り高き貴族の妻として、旦那様とお別れします」
「まぁ」
ローズマリーの目が輝く。
娼婦が貴族になれるということはほとんどない。金を稼ぎ貴族同様の扱いを受けることができたとしても、それはあくまでも彼女の資産ゆえであって、貴族の系譜に入ることはできないのだ。
正妻を追い出し、貴族の妻として認められれば、社交界に出入りすることもできる。社会的地位が上がるのだ。
「それはダメだ!」
「伯爵様?」
「私はローデリアと離婚したくないんだ!」
「でも貴族としての行いが何よりでしょう?」
思ってもみない展開になって、トーマスとしては必死である。このまま財産を持ったまま離婚をされては死活問題どころか、自分の管理能力まで問われることになってしまう。
この事が表ざたにならないうちに解決したいのに、どうしてこの妻は思い通りにならないのか、頭を抱えたかった。
後は自分で歩いていけという扱いに、父である侯爵からどのような指示を御者が受けたのかがわかる。
門の方に歩いて行こうとするトーマスに、声をかける者がいた。
「ヴェノヴァ伯爵様」
それは、トーマスのお気に入りの娼婦、ローズマリーだった。
「どうしてここに……?」
「貴方が来て下さらないから、私の方から顔を出しましたの」
上級娼婦であるローズマリーから客の方に顔を出すのは珍しい。いつも待つ立場でも十分なほどの売れっ子なのだ。そんな彼女が自分との逢瀬を待ちかねて顔を出してくれたことに男心と自尊心が満たされる。
彼女が近くに来ればお白粉と紅の香、そしてスミレのような香水の香りが彼女の肌の香りに入り混じって立ち上っているのがわかる。自分の魅力を熟知している女。
トーマスはこのように大人の女性。豊満でセクシーな女が好みなのだ。
「なかなかお忙しそうなご様子。大丈夫ですの?」
彼女のいる娼館まで噂が届いているらしい。それで心配して来てくれたのだろうか。どこかの誰かと違って可愛げのある女だ、とにやついてしまう。
「そうだ。まだ手があるな……」
トーマスはローズマリーの整えられた美しい手を掴み、唇を落とした。
「ローズマリー、君の力が必要だ。私の話をきいてくれないか?」
***
「ローデリア、君に紹介しよう。ローズマリーだ」
ローズマリーと一緒に屋敷に戻り、ローデリアをさっそく彼女に引き合わせた。
「ヴェノヴァ伯爵夫人には、ご機嫌うるわしゅう」
貴族相手の高級娼婦はきちんとマナーを教わっているので、そんじょそこらの貴族令嬢より風格を漂わせている。大輪の薔薇のような華やかさはローデリアには出せないものだ。
挨拶を返すローデリアを見ながら、咳払いをしたトーマスは口を開いた。
「ローズマリーは今、私の子を妊娠している。この子の未来のためにもローズマリーの子を引き取って、君が育ててくれないか」
そう。トーマスがひらめいた奇策はこれだ。
何もローデリアの実子でなくても、伯爵の子を養子として引き取らせて育てさせればいいのだ。
子供がいない貴族の子を正しく教育するために、正妻である貴族が養子をとって、自分の子のように育て、跡継ぎにするというのは珍しくないことだ。
「君も知っての通り、ローズマリーは娼婦だ。彼女が私の子を貴族として育てるのはなかなか難しいからね」
もちろん、今、ローズマリーは妊娠していない。
これから妊娠しているふりをして、そしてどこからか赤ん坊をさらってくる算段をつければいい。貴族でなくとも平民でも赤ん坊でさえあればいいのだ。
貴族であることにこだわるローデリアなら、断れない完璧な計画だと思った。しかし。
「そんなの、子供が可哀想ですわ!」
ローデリアの悲壮感溢れる声が、屋敷に響いた。
「旦那様は言いましたわよね? 貴族は『人の規範となる振舞いをし、何かがあった時に真っ先に自ら死地に赴く気概を持つことだ』と。他人からそしりを受けようと、我が子を守るのが親でもある貴族として、皆への規範となるのではないのですか?」
そういうと前に一歩進み、ローズマリーに深く頭を下げる。それは敬意を表す仕草。一娼婦に貴族の夫人がするものではない。
「ローズマリー様の生まれがなんだというのでしょう。この方なら立派に貴族の妻になれるお方だと思います。私はトーマス=ヴェルヴァという誇り高き貴族の妻として、旦那様とお別れします」
「まぁ」
ローズマリーの目が輝く。
娼婦が貴族になれるということはほとんどない。金を稼ぎ貴族同様の扱いを受けることができたとしても、それはあくまでも彼女の資産ゆえであって、貴族の系譜に入ることはできないのだ。
正妻を追い出し、貴族の妻として認められれば、社交界に出入りすることもできる。社会的地位が上がるのだ。
「それはダメだ!」
「伯爵様?」
「私はローデリアと離婚したくないんだ!」
「でも貴族としての行いが何よりでしょう?」
思ってもみない展開になって、トーマスとしては必死である。このまま財産を持ったまま離婚をされては死活問題どころか、自分の管理能力まで問われることになってしまう。
この事が表ざたにならないうちに解決したいのに、どうしてこの妻は思い通りにならないのか、頭を抱えたかった。
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