【完結】離婚しましょうね。だって貴方は貴族ですから

すだもみぢ

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第十五話 小切手

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「伯爵様、奥様がこうおっしゃっているのですから、奥様のご配慮の通りにしたらいかがですの?」

 トーマスの必死さに気づかず、ローズマリーが体をくねらせながら、ふふ、と計算高さを押し殺したような笑いを漏らす。
 そんなローズマリーにローデリアが無邪気に話しかけた。

「ところで、お二人はどちらにお住まいになって子育てをなさるご予定ですの?」
「え?」
「私は仕事がありますので、この家から離れられませんから……」

 ローズマリーがどういうことだ、と考えを巡らせている間に、執事がお茶を運ぶ侍女と共にやってきた。

「ご主人様、お茶をお持ちいたしました」
「ありがとう」

 当たり前のようにそう答えたローデリアにローズマリーの目が見開く。執事がご主人様と呼ぶのが伯爵であるトーマスではなかったことに鋭く気づき、反射的に顔を上げて執事の方を思わず見た。
 執事はその視線を見てないふりをして、ちゃんと確認している。

の分はこちらに。トーマス様にローズマリー様、どうぞ」

 何食わぬ顔でわざとらしく執事が侍女に指図している内容を聞いて、貴族と同じだけの教養があるローズマリーが気づかないわけがない。
 彼はこの家の主がトーマスでなく、ローデリアであるということを、ローズマリーに気づかせようとしているのだ。それは伯爵であるはずの彼が、実際はどういう立場かということを十二分に教えていた。
 
 伯爵に騙された!

 それに気づき、ローズマリーの美しい顔が羞恥と憤怒で赤くなっていく。
 それが分かれば、このような茶番はローズマリーには無意味である。
 これを機会に貴族の世界にと一瞬夢を見たが、手に入れるのがハリボテでは意味がない。
 それにローズマリーはまだ若い。トーマス以外にも客がいるしコネもある。そちらに賭ける方がよほどマシだ。
 沈みかかっている泥船からは逃げ出す方がいいと、とっさに判断をした。欲をかきすぎて全てを失うのなら、確実に手に入る金だけでも確実にしないといけない。

「伯爵様、私への支払いはどうするおつもりなのですか!?」
「ローズマリー、落ち着け!」

 唐突に豹変し、自分に牙を剥き始めた娼婦に、トーマスが焦り始める。

「あら旦那様は、ツケで遊んでらしたの?」
「そうよ!」

 ローズマリーは貴族相手の高級娼婦でもあるので、花代は貴族の中でも裕福な層しか払うことはできない。
 貴族は体面があるから踏み倒すこともしないため、ツケ払いがきくのである。
 そしてツケの支払いは季節に1度。今まで滞ったり遅れたことがなかったから、大丈夫だろうとは思っていたが、伯爵の妙な噂が立ったので、支払いが不安になり屋敷まで駆け付けたのが実際で、もちろんローズマリーは伯爵に会いたくて来ていたわけではなかった。

 ローデリアは娼館の支払いの仕組みなど知らないので、あら、まぁと首を傾げている。
 そして、ぽん、と手を叩いた。

「わかりました。私がとりあえずその分は立て替えましょう。小切手を持ってきて」

 傍にいた執事に帳簿と小切手を持ってこさせて、そしてそれにさらさらと金額を書き込む。
 小切手を受け取ったローズマリーがその額にびっくりした。

「あら? この小切手の額は多すぎるんじゃない?」
「だってそれくらいは必要でしょう?」
「そう? でも、まぁいいわ」
 
 誰も気づいていなかった。

 この時点でローズマリーに伯爵との子供ができているということが嘘だと二人が言っていないことを。

 だからこそ、行き違いが発生していた。
 ローズマリーは、多く支払われた金は、自分とトーマスとの手切れ金だと考えた。
 しかし、ローデリアは、それをローズマリーがこの家に嫁いでくる支度金も込みで渡しているつもりだったのだ。

 お金を受け取ったローズマリーが喜んでそのまま帰ってしまったので、計画が失敗に終わったとトーマスもそれにうなだれるばかりで放置してしまった。
 そして、その誤解はローデリアの中に残ったままになった。




 ――その後。


 二人が夕食の席に着く。トーマスが、見た目は美しく整っているのだが、実は筋ばかりで固い肉やくず野菜の食事に苦心している時に玄関の辺りが騒がしくなったようだった。
 ちなみにこの食事はローデリアに内緒でのシェフからの嫌がらせなので、ローデリアは気づいていない。

 執事が素早くそちらの様子を見に行き滑るように戻ってくると、銀の盆の上の手紙をトーマスに差し出した。

「ヴェノヴァ伯爵様、そして奥方様。お手紙が届いております」

 このところ、家での扱いが悪かったせいでトーマスの自尊心はひどく傷つけられるだけであった。しかし、こう爵位でもって呼ばれると、その立場にふさわしい振舞いをせねばな、と自然と背筋が伸びてくる。

 誰からだ、と貴族らしい振舞いを気にしながらトーマスはその手紙を手に取り、目を通して青くなる。

 それは、簡素な仕様ではあったが、王宮からの召喚状だった。
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