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神獣の予言
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ラインハウゼン共和国の首都にある聖教会本部は政治を司る首都庁舎と同様以上の大きさを誇っていた、その白い外観の巨大な塔は威厳と権威を示す彫刻とステンドグラスに彩られ人々の信心が深い事を物語っている。
表向きは政教分離とされているが教会の意向は税収から軍事にまで広く影響を及ぼし、その長たる教皇ともなれば国の首長以上の影響力があった。
白き壁に囲まれた広大な敷地は一つの山を囲むように配置され、人々はそこを聖なる山、モンサン・キーと呼び崇めた。
その一画に五芒星を壁に刻む石造りの小さな庁舎がある、掲げられている表札はない。
建物を壁にするように中央に池があり中州にウッドデッキと屋根付きのパーゴラがある。
分厚い大理石のテーブルを国と教会の運営を実務的に仕切る面々が囲んでいた。
「神獣様の暗殺未遂?」
「それは本当か」
「しかし、民から神獣と呼ばれているが教会の崇める神でも使徒でもない鳥に我々が傅き保護する事など出来ないぞ」
「神獣様に何かあれば一番最初に疑われるのは聖教会ですぞ」
「暗殺未遂が本当に起きたのですか?」
「ムトゥス様自身が証言されたようです」
「神獣ムトゥスと接触できるのは神獣神官のみ、普段はどこにいるのかはわかりません」
「ムトゥス様の発言は重い、無下にすることは出来ない」
共和制を敷くライハウゼンの国王は象徴的存在であり、実際の舵取りは同盟する各州の代表の中から投票で決められる。
現在は最北のハンザ州の首長、モーリス公爵が首相を務めていた。
神獣と聞いたモーリス首相はバーコードハゲの額に流れる汗をハンカチで抑えた。
「神獣と名はあるが所詮は話すだけの鳥だ、信用出来るかは懐疑的だと儂は思っている」
疑義を挟んだのは聖教会騎士団カルカッソ団長、黒髪を七三に撫で付けチョビ髭を生やしている。
「鳥の一羽で国が揺らぐことなどないとは思うが……ムトゥス様の人気は絶大、軽んじることは控えていただきたい」
神獣ムトゥスとはこの地に生息するケツァルという大型の鳥類、その個体の中に人の言葉を操るものがいる、宝石のように美しい青色の鳥、いつからこの地に現れたのかは知れないが物知りで嵐や災厄を予言し的中させる鳥を人々は神獣と呼んだ。
その人気は聖教会を揺さぶるほどだ、教会の一部にはいっそ生き神として迎え入れようとは穏健派の意見だが少数だ、大多数は偶像神、不死のイエニティをただ一つの神として崇める古典主流派は生ける神獣を使徒としても認めることを拒んでいた。
「まあ、そう剥れることもあるまい、カルカッソ卿、保護するとて小隊規模、あるいは冒険者を雇って宛がう手段もあるだろう、それで護衛は神獣からの要請なのか?」
白い聖服の腕を捲り上げているのは政府禁軍のネルガル将軍、禁軍とは聖教会や政治により動かすことは出来ない象徴である国王直属の軍隊。
国軍ほどの武装はないが、いざとなれば国王を死守する連隊(二千人規模)の力は侮れない。
「いいえ、神獣様は姿を御隠しになられております」
「それでは護衛のしようがないではないか」
「大体の見当はついております、ノーベルの街から更に北の山ではないかと」
「アンドス山脈か、最高峰のアコンガ山は標高七千メートル、生物がすむところではない、もしそこに神獣がいるなら暗殺の心配はあるまい、自然が一番の護衛だ」
「だいたい誰が神獣の暗殺など計画するのでしょう、政治的、軍事的にも影響はなかろう」
窘められてもカルカッソ卿は民心に心を砕くことはしない。
「神獣の予言は金になるし、あの武装も馬鹿には出来んぞ」
ネルガルは顎髭を掻きながら首を傾げた。
「武装?天空の唄笛のことですね」
「ああ、あれは恐ろしいものだ、こちらの手の届かない空からの音響攻撃、常人なら失神して動けなくなる」
「あの鳥たちを敵に回してはいかんのだよ」
「……」
全員が押し黙る、沈黙は了のサイン。
「そう言えば教会に新設された部隊があっただろう、そこに任せてはどうか?」
ネルガルがニヤリと笑いながら提案する、リスクしかないつまらない仕事を増やしたくはないのは誰しも同じだ。
「ああ、あれか、特務警察のことだな」
「うむ、何が仕事なのかはっきりしない掃き溜めの連中だ」
それはいいとカルカッソ卿も手を叩いた。
「隊長は確かホーガンとかいう異人だったな」
「騎士団には見た目が相応しくない連中だが一応殉教者ではなく国民だ、そのくせ腕は立つから取り扱いには困っていた連中、適材だ」
「よし、この件については決定だ、次の案件だがソーンシティの魔女ついてだ」
「魔女?それがどうした」
「最近、瘧ではないが病気を治すことが出来る魔女が実在すると噂になっている」
「どうせ詐欺だ、放って置け」
「それがそうとも言えないようだ、偽薬を飲んで死にかけていた者が全快したとの報告がある、しかる筋、ある貴族の話だ」
「その貴族は口を割ったのか」
「いや、死んだらしい」
「らしいとは?」
「殺された……と思われるが真意は定かではない、なにしろ昔の話だ」
「それがまたなぜ今なのだ」
「治療を受けたという話が多数出ている、詐欺であっても神の粉の売り上げに影響があってはならん、偽薬の流出といい看過できん話だ、殺せ!」
「まて、トリックだとしてもその方法が知りたい、その魔女とやらは殺さずに捕らえてください、今後の献金に役立つやも知れぬ」
「何処までも欲深なやつよ」
「聖教会が潤えば皆が幸せになる、違うかな」
「いいでしょう、魔女探しには特務班とは別の者を派遣しましょう」
五芒星の会議テーブルは次の議題に移り、神獣の件は忘れ去られる、しかし神獣神官が受けた警告は暗殺未遂だけではなかった、更に重要な予言は協議されることはなかった。
表向きは政教分離とされているが教会の意向は税収から軍事にまで広く影響を及ぼし、その長たる教皇ともなれば国の首長以上の影響力があった。
白き壁に囲まれた広大な敷地は一つの山を囲むように配置され、人々はそこを聖なる山、モンサン・キーと呼び崇めた。
その一画に五芒星を壁に刻む石造りの小さな庁舎がある、掲げられている表札はない。
建物を壁にするように中央に池があり中州にウッドデッキと屋根付きのパーゴラがある。
分厚い大理石のテーブルを国と教会の運営を実務的に仕切る面々が囲んでいた。
「神獣様の暗殺未遂?」
「それは本当か」
「しかし、民から神獣と呼ばれているが教会の崇める神でも使徒でもない鳥に我々が傅き保護する事など出来ないぞ」
「神獣様に何かあれば一番最初に疑われるのは聖教会ですぞ」
「暗殺未遂が本当に起きたのですか?」
「ムトゥス様自身が証言されたようです」
「神獣ムトゥスと接触できるのは神獣神官のみ、普段はどこにいるのかはわかりません」
「ムトゥス様の発言は重い、無下にすることは出来ない」
共和制を敷くライハウゼンの国王は象徴的存在であり、実際の舵取りは同盟する各州の代表の中から投票で決められる。
現在は最北のハンザ州の首長、モーリス公爵が首相を務めていた。
神獣と聞いたモーリス首相はバーコードハゲの額に流れる汗をハンカチで抑えた。
「神獣と名はあるが所詮は話すだけの鳥だ、信用出来るかは懐疑的だと儂は思っている」
疑義を挟んだのは聖教会騎士団カルカッソ団長、黒髪を七三に撫で付けチョビ髭を生やしている。
「鳥の一羽で国が揺らぐことなどないとは思うが……ムトゥス様の人気は絶大、軽んじることは控えていただきたい」
神獣ムトゥスとはこの地に生息するケツァルという大型の鳥類、その個体の中に人の言葉を操るものがいる、宝石のように美しい青色の鳥、いつからこの地に現れたのかは知れないが物知りで嵐や災厄を予言し的中させる鳥を人々は神獣と呼んだ。
その人気は聖教会を揺さぶるほどだ、教会の一部にはいっそ生き神として迎え入れようとは穏健派の意見だが少数だ、大多数は偶像神、不死のイエニティをただ一つの神として崇める古典主流派は生ける神獣を使徒としても認めることを拒んでいた。
「まあ、そう剥れることもあるまい、カルカッソ卿、保護するとて小隊規模、あるいは冒険者を雇って宛がう手段もあるだろう、それで護衛は神獣からの要請なのか?」
白い聖服の腕を捲り上げているのは政府禁軍のネルガル将軍、禁軍とは聖教会や政治により動かすことは出来ない象徴である国王直属の軍隊。
国軍ほどの武装はないが、いざとなれば国王を死守する連隊(二千人規模)の力は侮れない。
「いいえ、神獣様は姿を御隠しになられております」
「それでは護衛のしようがないではないか」
「大体の見当はついております、ノーベルの街から更に北の山ではないかと」
「アンドス山脈か、最高峰のアコンガ山は標高七千メートル、生物がすむところではない、もしそこに神獣がいるなら暗殺の心配はあるまい、自然が一番の護衛だ」
「だいたい誰が神獣の暗殺など計画するのでしょう、政治的、軍事的にも影響はなかろう」
窘められてもカルカッソ卿は民心に心を砕くことはしない。
「神獣の予言は金になるし、あの武装も馬鹿には出来んぞ」
ネルガルは顎髭を掻きながら首を傾げた。
「武装?天空の唄笛のことですね」
「ああ、あれは恐ろしいものだ、こちらの手の届かない空からの音響攻撃、常人なら失神して動けなくなる」
「あの鳥たちを敵に回してはいかんのだよ」
「……」
全員が押し黙る、沈黙は了のサイン。
「そう言えば教会に新設された部隊があっただろう、そこに任せてはどうか?」
ネルガルがニヤリと笑いながら提案する、リスクしかないつまらない仕事を増やしたくはないのは誰しも同じだ。
「ああ、あれか、特務警察のことだな」
「うむ、何が仕事なのかはっきりしない掃き溜めの連中だ」
それはいいとカルカッソ卿も手を叩いた。
「隊長は確かホーガンとかいう異人だったな」
「騎士団には見た目が相応しくない連中だが一応殉教者ではなく国民だ、そのくせ腕は立つから取り扱いには困っていた連中、適材だ」
「よし、この件については決定だ、次の案件だがソーンシティの魔女ついてだ」
「魔女?それがどうした」
「最近、瘧ではないが病気を治すことが出来る魔女が実在すると噂になっている」
「どうせ詐欺だ、放って置け」
「それがそうとも言えないようだ、偽薬を飲んで死にかけていた者が全快したとの報告がある、しかる筋、ある貴族の話だ」
「その貴族は口を割ったのか」
「いや、死んだらしい」
「らしいとは?」
「殺された……と思われるが真意は定かではない、なにしろ昔の話だ」
「それがまたなぜ今なのだ」
「治療を受けたという話が多数出ている、詐欺であっても神の粉の売り上げに影響があってはならん、偽薬の流出といい看過できん話だ、殺せ!」
「まて、トリックだとしてもその方法が知りたい、その魔女とやらは殺さずに捕らえてください、今後の献金に役立つやも知れぬ」
「何処までも欲深なやつよ」
「聖教会が潤えば皆が幸せになる、違うかな」
「いいでしょう、魔女探しには特務班とは別の者を派遣しましょう」
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