霧の魔女と青銀の翼

祥々奈々

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故郷を失くして

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 アコンガ山の頂が巨大な雲の渦に飲み込まれる。
 宙から灰色の雲が何匹もの濁流の大蛇となって蜷局を巻く!膨大なエネルギーの奔流が世界を繋ぐ。
 バチンッ ババッチンッ
 帯電したプラズマが閃光のフラッシュを弾けさせる。
 ゴウゴウと唸りを上げて交錯する中を青銀の翼が雲を切り裂きながら一筋の光となって山頂に向かってすり鉢を降りていく。
 記憶の海の中を神獣ムトゥスは泳ぎながら変わりゆく景色を見ていた。
 
 未来は変わっていく。

 バキンッ バキバキバキッ ドッズウウウンッ
 巨木がその生涯を終えて地に倒れた、まだまだ寿命には早い、キナの木の異世界での寿命は数百年に及ぶ、倒れたキナの木は僅か十年、ほんの幼子に過ぎなかった。
 その命を奪ったのはヒゲラか?
 今はまだ分からない。
 急速に背を伸ばした繊維は脆く朽ちるのも早い、生命は移乗していく、物質は変化するだけで消滅することはない。
 異世界のキナの木を苗床に異世界の芽が、真の侵略者が群生の芽を出している、黒い葉、地下茎を持ち弱い太陽光でも強く生きる、異世界最強の植物。
 イネ科タケ亜科、ササ類、異世界名で魔笹、樹高五十センチほどの笹、取るに足らない植物に思える、キナの木は単体としての成長を急ぐ、魔笹は集団で地を埋める、他の植物が発芽する余地を残さない、地下茎で広がり支配地を広げていく。
 その低い森を住処にする生物はいる、真の魔王は従者を従え新天地の支配を狙っている。
 
 「カノジョノカクセイガヒツヨウダ……」
 神獣はプラズマスクリーンの中に未来を見ていた。
 
 狼の悪魔、チェバン・ボルツ。
 その高い才能は幼い頃に父親より受けた訓練によりただの鉄の塊は刀剣へと姿を変えた、そして更にチェバンの軍隊により磨かれることになる。
 チェバン総合格闘術スマフトMMA、基本的な身体格闘術はそこでまなんだ、平均的な体格、階級でいえばスーパーミドル級、七十五キロ前後。
 スマフトは打撃、組技、関節技、ここまではスポーツだ。
 ここでは平均的な成績、目立つ選手ではなかった。
 正式に軍に入隊し、殺し方の訓練カディロフ・ミッションになって狼は覚醒する。
 ナイフ術、関節を壊すためのサブミッション、意識を刈り取るための締め技、命の遣り取りがあって初めて真剣になることが出来た。
 死の井戸から這い上がった少年は死の予感を感じるまでは危険と認識することが出来ない、ボルツのレッドゾーンは振り切れている。
 それまでは大人しく鈍くさい男だがスイッチが入った後のボルツは別人になる、最初の実践訓練で教官を半殺しの病院送りにした逸話は真実だ。
 その才能を見出したのはチェバン暗殺隊のカザロフ中将、暗殺者として敵国の内部で作戦をこなす日々はボルツの技を叩き上げた。
 時には置き去りにされた森で大隊規模の追跡部隊を相手にナイフ一つで敵を殲滅して見せた、狼は群れでいるより逸れ者でいる時の方が怖い。
 大きな戦果を残し一時代を支える英雄として神の如く崇められさえしたのはドルトムント建国前の話、指揮官の死体をぶら下げ晒す、その苛烈な殺し方は法治国家として近隣諸国に肩を並べようとする新生には邪魔になるだけだった。
 暗殺するなら影から蔭へと目立たぬように事故に見せかけて葬る、次世代に必要な暗殺スタイルは変化していた、狼は時代に取り残された。
 今チェバン・ボルツとアル・コルヴァはノーマンの街を迂回してアコンガ山の麓を故郷であるドルムントへと続く山道を進んでいた。
 政府より届いた指令は神獣の暗殺、馬鹿げた命令だ。
 だいたい無理難題、人間ならまだしも相手は高空を飛ぶ鳥、ナイフでどうにかなるものではない、成功してもチェバンに何の利益があるのか。
 二人は政府が自分たちの存在を消そうとしていることを感じていた。
 「俺たちが邪魔になったのだな」
 共に死地を潜った戦友たちの多くは既に逝ってしまった、故郷は変わった。
 二人は帰り道を失くしていた。
 「今度の戦いの相手は敵国ライハウゼンじゃないのだろ?」
 いつも通りボルツの表情は穏やかなままだ。
 「ああ、新政府は俺たちを裏切った、神獣の山に誘き出したのは俺たちを始末するためだろう」
 「相手は祖国の若者って訳だ」
 「そうだろうな、俺たちと同年代の兵士はもう幾らも残ってねぇ、いても皆牙を抜かれちまっている」
 「昔は良かったとは僕たちも歳を取ったもんだね、ついこの間までそのセリフはジジイが言うと自分で言っていたのに」
 「ハッハ、違いねぇ、でもただで世代交代はしてやれねぇな、そうだろう?相棒」
 「まさか自軍に銃を向けられることになるとは考えもしなかった、でも俺たちの故郷はどこだったんだろう?」
 「今頃気付いたのか、そうさ、俺の故郷も、お前の故郷もあの日既にこの世からは消えちまっている」
 「少し寂しい気もするよ、でも後腐れない気持ちだ、狼の唸りが聞こえる」
 「ああ、容赦する必要はないぜ、こいつらは同胞でも命を懸けて守る対象でもない、単なる獲物だ」
 ドシュッ 肩口から入ったナイフが心臓に達する。
 「ゲッ」
 返り血は少ない、心臓までの太い血管は避けている、余裕だ。
 ドサッ 草むらに転がった男の装備は最新なのだろう、見たことがない。
 「変わった銃だな、マスケットじゃない」
 「新型のミニエー銃、弾を後ろから装填するんだ」
 「何かいいことあるのか?」
 「火薬が一発ずつ袋に入れてある、装填速度が断然早い、まあ、関係ないけれど」
 「やはり待ち伏せていやがった、何人投入されていると思う」
 「舐められていなければ三から五小隊、過大評価なら中隊かな」
 「甘いねぇ、俺なら大隊を送るぜ」
 「なあコルヴァ、君は引き返せよ」
 「何を言うのだ!?兄弟、死ぬときは一緒だ」
 「ドルトムントに居場所はない、山越えは自殺しに行くようなものだ」
 「じゃあ、お前は何故いく?」
 「随分ライハウゼンの連中を殺した、殺し過ぎた、この辺バランスを取っておかなきゃと思ってね」
 「ドルトムントのか?」
 「そうだね、僕の村が襲われた時、政府は知っていて見殺しにしたのさ、僕たちはいつでも切り捨てられる、一人ぐらい吊るさないと叱られそうだ」
 「お前らしい、だがお前がいくなら俺も行く、当然だ、これ以上は言うなよ兄弟」
 「すまない、僕の我儘だ」
 「いいってことよ、終わったら食おうぜ、ビーツのスープを」
 「ああ、兄弟」
 
 明るい森の中で同族による新旧の戦いが始まった。
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