kings field 蜂蜜とエリクサー

祥々奈々

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エロースの神

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 「ニュクス様のご様子はどうだ」
 「外傷はありませんが精神的なダメージは大きく、報告後は自室から出てこようとはしません」
 「ハウンド内でもスピードでは一番だったからな、流石はクロワ様のご子息と煽てられてもいたし事実適正は高かった、人生負けなしに初めて敗北がついたか」
 「それも完膚なきまでの完敗、四人で出向いて三人は死亡、いずれも剣を抜く事さえ叶わなかったと聞いています」
 「そして無様を覚悟で逃走を図ったニュクス様を足で追い越したと言います」
 「話だけ聞けば最早人間とは思えんな」
 「顔は分かるのですか」
 「顔の半分はベールで見えなかったそうだ」
 「ならベールが目印となりますね」
 「エロース、余計な事は考えるな、貴様は案内役、一人で剣を交えようなどとは思わんことだ」
 「・・・・・・」エロースは黙ったまま口元を吊り上げて笑う、やる気だとカオスは直感する、身体能力の高さは適正の高さと比例する、選民のエリートとしてハウンドを名乗っているプライドがダーク・エリクサーを飲んでもいない人間に圧倒的に蹂躙されたのだ、カオスもエロース同様に怒り心頭だがなんとか気持ちを抑えて冷静を装っているがエロースは復讐心と自己顕示を剥きだしにしている、ハウンド専用の会議室は七つの椅子が並ぶ、今は二人きりだ。
七人いたハウンドは既に残り三人だけとなり内一人は再起出来るか分からない、新たなハウンドを組織するための教官役としてエロースの存在はより重要になった、ここで失うわけにはいかない。
 「幽霊女の名はフレジィ・エミー、歳は十代後半、見た目は細く華奢だそうだ、サーベルに似た東洋の剣を使うがエレボスは投げナイフで殺されている、引き出しはこれだけではないとみるべきだ、殺るなら私も含めて五人以上で作戦を立てた上で対処する、いいな」
 「カオス様、本当にそこまで構える必要があるならザ・ノアに引き込むことはかえって危険ではありませんか、もしクロワ様に危険が及ぶようなら例えイブ候補とはいえここで始末するべきなのではありませんか」
 「お前の言うことも分からんではない、しかしこれはクロワ様の御意向なのだ、偉大なるアポサル様が見た未来への道を我々が邪魔することは出来ないぞ」
 「邪魔など・・・・・・」エロースは言葉に詰まりカオスの目から視線を横にずらした、エロースにとってアポサルであるクロワ公爵は神の如く絶対の存在なのだ。
 エロースの出自はこの地よりも北の国、小国の王族に仕える奴隷公妾、いわゆる王族専用の娼婦だった、十代で王宮に嫁ぎ様々な男たち、時には女たちの相手を務めて蔑まれようと不自由はない暮らしだった。
その国が侵略を受けて滅ぶと暮らしは一変する、その頃には三十路を超えて新たな支配者には受け入れられず都落ちして場末の娼館に拾われた、周りには同じ境遇の女たちが大勢いた。
性病も管理された王族相手とは違い一般客の相手をして一年で梅毒に侵された、身体中を蝕まれて娼館からも追い出され、これ以上堕ちようのない路上生活に堕ちた。
鳥籠の人生だった、愛されることも愛することもなく羽搏く自由さえなかった、自分の生きている世界がどんなところなのかさえ知らずに道端で一人朽ちていく。
自分の命に何の価値があったのだろう、無価値な命。
雨を凌ぐ橋の下は日も差さずに暗くジメジメとしている、擦れきれたボロボロの毛布に包まったまま何日も過ごした、早く死んで生まれ変わりたい、その事ばかりを考えていた。
暖かなその日、橋の下の小川に蜉蝣たちが空で浮き沈みを繰り返している、何をしているかは後から知った、子孫を残すための求愛のダンス。
自分は虫以下だった、悔しさに流れるはずの涙はとうに枯れ果てていた。
 
 絶望の橋の下、不意に救世主は現れた!来るはずもない救いの御手が霞んで見えなくなった目の前に差し出された。

 「さあ、これを飲んでごらん」
 救世主は垢で汚れ腐臭を放つ身体を気にすることなく抱きかかえて小瓶の液体を自分の口に含ませた。
 「ゆっくりと噛むように飲んで」諭すような優しい声、血の味がした。
 初めに痺れる様な痛みが襲う、死にたいと思っていた気持ちが尻尾を巻いて逃げ出していく、このまま死んでたまるか!!
 執着が頭をもたげた時には奪い取るようにして小瓶の液体を貪った、出されるままに五本を一気に飲み込んだ、その度に痛みは身体中に広がり生きている実感をエロースに与えた。
 「合格だ、君は選ばれた」
 見上げると神が人の形を成して立っていた、眩しくて手を翳した指の間から見えたアポサルの顔は忘れない。
 「カミサマ・・・・・・」呟いた瞳に涸れ果てた涙か伝った、初めての暖かい涙。
 この日、神の使徒エロースはクロワ侯爵によって二回目の生を受けた。
 「あの方にとって危険なものは私が全て排除する」
 エロースの目が金色に輝いていた。

 王妃のエリクサーを盗めだって!教団の本部は何を考えているのか、情報を持ち出すだけでも四苦八苦しているというのに王妃関連の物を盗み出すなんて無理だ。
 ノスフェラトゥ教団に帰依する間者(スパイ)は伝文を受け取り途方に暮れた。
 アマルガルの水銀中毒の罠が見破られてから王妃関連の出入りは警備が余計に厳しくなった、通いの者は首になるか住み込みに変わった。
 男の名はウェイバー、王室の出入りする大手クーチェリエ(女性版のテーラー)、ドレスメーカーだ。
 催事や舞踏会ばかりではなく王宮内に努める女性たちに普段着などもオーダーで仕立てる、採寸やデザインの修正まで請け負うためここだけの話と噂をネタに会話を盛り上げるのも商売の技術の内だ。
 王妃のアマルガルの鍋もウェイバーの手引きによるものだ、側近のメイドの一人を抱き込み本物と取り換えさせた、もちろんメイドはその後始末したのは言うまでもない。
 薄茶の髪をオールバックに口髭と顎髭を形よく伸ばしている、毎日の手入れには余念がない、自慢の髭だがダーク・エリクサーを飲むと濃くなりすぎるのが悩みだ。
 自慢の髭を擦りながらアポサルのリクエストに応える方法を王宮のベランダから模索する、見上げると王妃の塔は遥か高みに見える、エリクサーが保管してあるとすれば王妃の部屋近くのどこかだろう、遠い、あそこに辿り着くまでにいったい幾つの関門を超えなければならないのか、仮に辿り着いても度ごとの身体検査、最後は服まで脱がされるという、今からメイドを抱き込んだにしろ持ち出すことなど出来ないだろう。
 しかし!ダーク・エリクサーの選民は後ろを向いたりしない、レッツ・チャレンジ!明るく楽しく前を向いて挑戦あるのみだ、ウェイバーもまたカレッジ・ハイの状態にある。
 如何しようかと思案を重ねるウェイバーの前を白い弾丸が走り抜けていく。
 「あの子は確か!?」そうだ王妃様付の調薬師の連れだ、このタイミングの調薬師、エリクサーを精製したのはそいつか。
 「あの白い子供はそいつの子供か?なら・・・・・・」
 ウェイバーはニヤリと口を歪めた。
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