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進化
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沖合の海は凪いでいるようで波のうねりが強い、小さな船ならそれをはっきりと感じられるだろう。
全長百メートルを超える弩級戦艦ザ・ノアはそのうねりを打ち消してほとんど揺れることはない、紅茶の波は穏やかにカップの縁を舐めて飛び出すような事はなかった。
クロワは紅茶に赤い液体を小瓶から一滴垂らす、ダーク・エリクサーだ、ティースプーンを軽く泳がせると優雅に口に運ぶ、口の中で味を確かめるように転がして嚥下する「ふぅ」と軽く余韻を吐く。
外洋の強い太陽の下、その光を受けても肌は白いまま焦げることを知らず、金色の髪が光を透かして肌を染めている、その姿は若く有能な青年貴族の理想といえた。
「もう一杯いかがですか、クロワ様」
白い陶のティーポットを優雅に差し出したのはクロワが最近お気に入りの金髪碧眼の令嬢というに相応しい美人、しかし、その若さはダーク・エリクサーの効果に他ならない。
「ありがとう、アンジュさまに淹れて頂くなど光栄です、安物の紅茶がとても高貴なものに感じますね」
「まあ、お上手ですわ、公爵様」
純情そうに頬を染める仕草は演技だ、クロワの好みを察している。
アンジュと呼ばれた女は自称元子爵家の夫人、ランドルトンの乱で王家に背を向けて廃藩された貴族のひとり、歳は既に還暦近いが子爵時代から摂取していたダーク・エリクサーのリジューブ(若返り)効果で外見は二十代後半にしか見えない。
元貴族というのは自称であり、その実は下級貴族のハウス・メイドだった、若い頃は領主をその美貌で誘惑して意のままに操っていた、例え正妻にバレようとも揺るがない地位を築いた。
しかし、歳を重ねて契約していた先代領主は亡くなり、あとを継いだジュニアとは二回りも歳が離れているせいで相手にされず、権力を失った後は正妻からの酷い嫌がらせを受けることになり、ハウスでの序列は一気に家畜以下となった。
それでも逃げ出さなかったのはノスフェラトゥと出会ったからだ、ダーク・エリクサーがアンジュを変えた。
「アンジュさん、人類の進化についてどう思いますか?」
クロワは唐突な質問をよく投げかけてくる、試されている、どう返すかで自分の今後が決まる、今までもそうだった、取り巻きは最初十人ほどいたのだ、誰もが金髪碧眼、ダーク・エリクサーにも適性のある選民、しかしクロワの問いに対して知的に答えられない者は順に姿を消していく、特に幼稚で子供っぽい答えは厳禁だと直ぐに悟った、彼の好みは知的さと優雅さ、聡明なうえで大人でなければいけない。
(そんなのわかんなーい)などと科を作れば即刻退場となる。
「進化・・・・・・そうですわね、今現在私たちが目にしている生物は、馬は馬であり蝶は蝶、手足が増えたり、突然言葉を話し出すことはないでしょう、進化と呼べる変化がどの程度の事を指すのかにもよりますが人間も同じだと思います」
アンジュは扇子を広げると口元を隠し少し横から視線を送る。
「なるほど、さすがはアンジュさん、聡明な答えです」
コクリと目だけで微笑する。
「僕もそう思うのです、人類は進化の頂点にまで到達してしまった、今後文明は発達し景色は変わるでしょう、でも生物としての進化は起こらない、知能や身体的強さ、寿命の延長、恐らく今のまま永久に変わらない、神が最初の人を作ったとするなら、その時の人間が頂点、後は時と共に世代を重ねるごとに劣化していく、緩やかな絶滅への道を歩んでいる」
青空に白いカモメを追いながらクロワは語った。
「必要なのは変化、環境の変化でしょうか」
この遣り取りは以前に聞いた事がある、その時からどう答えるべきかは予習してきた。
「その通りです、私は異世界を経験しました、そこには姿は似ていても明らかに違う種族が存在していた、我々は交わらなければなりません、より良い存在に進化するために」
まくった袖から延びた腕を空に向かって伸ばす、影がクロワの顔に影を落とした。
「それは神の如き力、クロワ様は進化に何を見ておられるのでしょう」
いかに言葉を引き出すかだ、こちらの話はそのための布石でなければならない、完璧すぎる答えもいけない、必要なのは語る事ではなく聞く力だ。
「ふふっ、神になるなどとおこがましい事は考えていません、ただ失う事が嫌なのです、人が積み重ねてきた努力と知識、人の寿命は何かを探求するためにはあまりに短い、進化するためにもっと多くの時間が必要です」
「ダーク・エリクサーは正に神薬、選民は神とクロワ様の意思を認識できなければいけません、ただの若返り薬だと思っているような輩にはもったいないというもの」
「そんな輩にも利用価値はあります、真の選民の糧となって頂きましょう」
勧めるように出されたオートブルの皿に濃い赤の生肉、血の匂いが漂う。
「少し気味が悪いですわ」
「ただの物質です、命はありますが意思はありません、他の生物と変わりません」
爽やかな笑顔と明るい陽射しの中で恋人たちの甘い語らいのように見えるが、その内容はカニバリズム。
クロワはナイフで一口大に切ると迷うことなく口に運び、子牛のフィレを味わうようにゆっくりと咀嚼して満足そうに嚥下する。
「さあ、遠慮せずに」
戸惑うアンジュを促す。
「は、はい、頂きます」
意を決して手にしたナイフの先が震えてカチャカチャと小さな音を立てた、まずい、ここで臆する姿は見せられない、アンジュは毅然とそして優雅に生肉を口に入れる、濃い鉄の味に舌が痺れる。
「・・・・・・」
拒絶する喉を意思の力で黙らせて嚥下する。
クロワは微笑みながらその姿を眺める、その視線は子供を見るようだ。
「ああっ!!」
嚥下された血肉は直ぐにアンジュの中で効果を発揮し始める、彼の地のミトコンドリアが書き換えを始める、重力を失くしたように浮遊した感覚に酔った表情が艶めかしい。
「アンジュさん、貴方は私に似ている、きっと生き残ると思っていました」
その言葉が彼の地からアンジュを連れ戻す。
「ハッ!?・・・・・・嬉しいですわ、でもどの辺が似ていると?」
「そう、嘘つきで野心家なところでしょうか」
「いえ、わたくしはクロワ様に嘘など申しません」
「フフフッ、咎めているわけではありません、生き残る知恵を持つ者こそが美しいのです、産まれや出自など些末なこと、私も同じです」
「それはどういう・・・・・・」さすがに言葉に詰まった。
ニヤリと笑った顔が凄みを帯びる、ゾクリとアンジュの背中に冷や汗が伝う、クロワは知っている、見抜かれていた。
「安心してください、貴方の価値が変わるわけではありません、アンジュさんにはこれからも良きお茶友として話し相手になってください」
「えっ、ええ、もちろんですわ」
「ですが努力は怠らないでくださいね、貴方の設定は廃藩貴族の不幸な後家夫人、そこを崩してはいけません」
「クロワ様はそれでよろしいのですか」
少し上目遣いに煽った表情は既に切り替えている。
「そう、生きることは贄の命を奪うことでしか得られない、演技であろうと勝者のみが真実、敗者は全てを失う」
「それが人間の価値、同感ですわ」
「そこに努力を払わない者、実力が伴わない者は淘汰される、それが神の摂理、我々は勝者であり続けるために進むのです」
「ご一緒させていただけますか、クロワ様」
「貴方はダーク・エリクサーへの適性という才能を持ち、嘘つきで狡賢く、そして美しい、この船の母としてその能力を生かしてください」
「!」
アンジュは第二の春を手に入れた事を知った。
青い海原にふさわしい白く荘厳なザ・ノアは世界に魔素育む種を撒きながら、自らの新天地、この世界に彼の地を再現するために白い航跡を引いていく。
全長百メートルを超える弩級戦艦ザ・ノアはそのうねりを打ち消してほとんど揺れることはない、紅茶の波は穏やかにカップの縁を舐めて飛び出すような事はなかった。
クロワは紅茶に赤い液体を小瓶から一滴垂らす、ダーク・エリクサーだ、ティースプーンを軽く泳がせると優雅に口に運ぶ、口の中で味を確かめるように転がして嚥下する「ふぅ」と軽く余韻を吐く。
外洋の強い太陽の下、その光を受けても肌は白いまま焦げることを知らず、金色の髪が光を透かして肌を染めている、その姿は若く有能な青年貴族の理想といえた。
「もう一杯いかがですか、クロワ様」
白い陶のティーポットを優雅に差し出したのはクロワが最近お気に入りの金髪碧眼の令嬢というに相応しい美人、しかし、その若さはダーク・エリクサーの効果に他ならない。
「ありがとう、アンジュさまに淹れて頂くなど光栄です、安物の紅茶がとても高貴なものに感じますね」
「まあ、お上手ですわ、公爵様」
純情そうに頬を染める仕草は演技だ、クロワの好みを察している。
アンジュと呼ばれた女は自称元子爵家の夫人、ランドルトンの乱で王家に背を向けて廃藩された貴族のひとり、歳は既に還暦近いが子爵時代から摂取していたダーク・エリクサーのリジューブ(若返り)効果で外見は二十代後半にしか見えない。
元貴族というのは自称であり、その実は下級貴族のハウス・メイドだった、若い頃は領主をその美貌で誘惑して意のままに操っていた、例え正妻にバレようとも揺るがない地位を築いた。
しかし、歳を重ねて契約していた先代領主は亡くなり、あとを継いだジュニアとは二回りも歳が離れているせいで相手にされず、権力を失った後は正妻からの酷い嫌がらせを受けることになり、ハウスでの序列は一気に家畜以下となった。
それでも逃げ出さなかったのはノスフェラトゥと出会ったからだ、ダーク・エリクサーがアンジュを変えた。
「アンジュさん、人類の進化についてどう思いますか?」
クロワは唐突な質問をよく投げかけてくる、試されている、どう返すかで自分の今後が決まる、今までもそうだった、取り巻きは最初十人ほどいたのだ、誰もが金髪碧眼、ダーク・エリクサーにも適性のある選民、しかしクロワの問いに対して知的に答えられない者は順に姿を消していく、特に幼稚で子供っぽい答えは厳禁だと直ぐに悟った、彼の好みは知的さと優雅さ、聡明なうえで大人でなければいけない。
(そんなのわかんなーい)などと科を作れば即刻退場となる。
「進化・・・・・・そうですわね、今現在私たちが目にしている生物は、馬は馬であり蝶は蝶、手足が増えたり、突然言葉を話し出すことはないでしょう、進化と呼べる変化がどの程度の事を指すのかにもよりますが人間も同じだと思います」
アンジュは扇子を広げると口元を隠し少し横から視線を送る。
「なるほど、さすがはアンジュさん、聡明な答えです」
コクリと目だけで微笑する。
「僕もそう思うのです、人類は進化の頂点にまで到達してしまった、今後文明は発達し景色は変わるでしょう、でも生物としての進化は起こらない、知能や身体的強さ、寿命の延長、恐らく今のまま永久に変わらない、神が最初の人を作ったとするなら、その時の人間が頂点、後は時と共に世代を重ねるごとに劣化していく、緩やかな絶滅への道を歩んでいる」
青空に白いカモメを追いながらクロワは語った。
「必要なのは変化、環境の変化でしょうか」
この遣り取りは以前に聞いた事がある、その時からどう答えるべきかは予習してきた。
「その通りです、私は異世界を経験しました、そこには姿は似ていても明らかに違う種族が存在していた、我々は交わらなければなりません、より良い存在に進化するために」
まくった袖から延びた腕を空に向かって伸ばす、影がクロワの顔に影を落とした。
「それは神の如き力、クロワ様は進化に何を見ておられるのでしょう」
いかに言葉を引き出すかだ、こちらの話はそのための布石でなければならない、完璧すぎる答えもいけない、必要なのは語る事ではなく聞く力だ。
「ふふっ、神になるなどとおこがましい事は考えていません、ただ失う事が嫌なのです、人が積み重ねてきた努力と知識、人の寿命は何かを探求するためにはあまりに短い、進化するためにもっと多くの時間が必要です」
「ダーク・エリクサーは正に神薬、選民は神とクロワ様の意思を認識できなければいけません、ただの若返り薬だと思っているような輩にはもったいないというもの」
「そんな輩にも利用価値はあります、真の選民の糧となって頂きましょう」
勧めるように出されたオートブルの皿に濃い赤の生肉、血の匂いが漂う。
「少し気味が悪いですわ」
「ただの物質です、命はありますが意思はありません、他の生物と変わりません」
爽やかな笑顔と明るい陽射しの中で恋人たちの甘い語らいのように見えるが、その内容はカニバリズム。
クロワはナイフで一口大に切ると迷うことなく口に運び、子牛のフィレを味わうようにゆっくりと咀嚼して満足そうに嚥下する。
「さあ、遠慮せずに」
戸惑うアンジュを促す。
「は、はい、頂きます」
意を決して手にしたナイフの先が震えてカチャカチャと小さな音を立てた、まずい、ここで臆する姿は見せられない、アンジュは毅然とそして優雅に生肉を口に入れる、濃い鉄の味に舌が痺れる。
「・・・・・・」
拒絶する喉を意思の力で黙らせて嚥下する。
クロワは微笑みながらその姿を眺める、その視線は子供を見るようだ。
「ああっ!!」
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「アンジュさん、貴方は私に似ている、きっと生き残ると思っていました」
その言葉が彼の地からアンジュを連れ戻す。
「ハッ!?・・・・・・嬉しいですわ、でもどの辺が似ていると?」
「そう、嘘つきで野心家なところでしょうか」
「いえ、わたくしはクロワ様に嘘など申しません」
「フフフッ、咎めているわけではありません、生き残る知恵を持つ者こそが美しいのです、産まれや出自など些末なこと、私も同じです」
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「えっ、ええ、もちろんですわ」
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「クロワ様はそれでよろしいのですか」
少し上目遣いに煽った表情は既に切り替えている。
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「そこに努力を払わない者、実力が伴わない者は淘汰される、それが神の摂理、我々は勝者であり続けるために進むのです」
「ご一緒させていただけますか、クロワ様」
「貴方はダーク・エリクサーへの適性という才能を持ち、嘘つきで狡賢く、そして美しい、この船の母としてその能力を生かしてください」
「!」
アンジュは第二の春を手に入れた事を知った。
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