kings field 蜂蜜とエリクサー

祥々奈々

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二人のフローラ

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 王都からムートンへと王家の馬車が車列を組んで走る、五台を連ねる中央の白い馬車が最も大きく彫刻も優雅で気品に満ちていた。
 皇太子の花嫁となるバロネス・フローラ・ムートンの乗る馬車だ。
 岩人の里の教会で挙行される結婚式のために故郷となるムートンのマナーハウスへは暫くぶりの帰郷となる。
 客台に乗っているのは二人のフローラ。
 「また少し瘦せたんじゃない?」
 「そうかな、変わらないと思うけど」
 「また無茶しているのでしょう」
 「荒事は冒険者の仕事だからね、君の方こそ王宮暮らしには慣れたかい?気疲れしているのじゃないか」
 「まあ、なんとかやっているわ、忙しくて立ち止まっている余裕がないもの」
 「私には真似でできないな、もう影武者は期待しないでくれ」
 「なんだ、式を機会に一月ぐらい変わって貰おうと思っていたのに、残念」
 「ふふっ、それこそ無茶だわ」
 まるで鏡に向かって会話しているようだ、エミーが男性であることを除けば肉親であっても見分けることは難しいほどに似ている。

 王都まで戻ったエミーたちはブラック・コーラル号をセーフハウスとしてオルガたちを匿うことにした、宿敵だったエロースを見たエルザたちの反応が気がかりだったが以外にもあっさりとしたものだった。
 エロースは三人の前で両膝と額まで地面に付けて許しを乞うてはいたが、三人は一瞥しただけで「エミーが言うなら異存はないよ」
「ダーク・エリクサーが抜けたのだな」
「いいわい、気にするな」
 特に実害を受けたエルザとホランドが剣を抜くのではと構えていたが杞憂に終わった。
 傍に意識を取り戻したオルガがいたせいもあったたろう、なによりエロースの顔からはハウンド時代の攻撃的な雰囲気は消え失せ、本来の慈母的な優しさを三人は感じたからかもしれない。
 蟠りが無いわけではないだろうが、それを表面化するほど皆子供ではない、一流の冒険者なればこそ実情に合わせて昨日の敵も今日の友とする。

 「もうすぐ旅立つのね」
 「ああ、乗組員はおおよそ揃ったけれど皆素人同然だ、今頃訓練で大忙しだろう」
 「忙しい時に御免なさい、でも今回だけは譲れないわよ」
 「分かっている、暫く会えないかもしれない、私も君の幸せを記憶に刻んでおきたい」
 出航してしまえば今後生きて会う事は出来ないかもしれない、二人とも覚悟している、でも言葉にはしない、すれば少しだけ残った可能性まで消してしまいそうだ。
 「トマスとカーニャには会ってくれたか?」
 「トマスさんとは何回か会って話をさせていただいたわ、いい人ね、それに優秀!」
 「そうだろう、トマスには邪な野心がない、貴族として育ったのに人を差別する事もない、なにより産業や都市整備の知識を豊富に持っている、彼のような男が領主となればその土地は発展するだろう」
 「そうね、ムートンを預けるに十分な素養があると思う」
 「問題はカーニャか・・・・・・」
 「そうね、流石に王家に謀反を起こして廃藩されたフラッツ家のままでは難しかった、でもそこも大丈夫、王様のサインも貰ったわ」
 「本当に!?良く説得できたな」
 「エミーの頼みはデルさんやルイスさんの頼み同然、無下にはできるはずはないわ、国の恩人だもの」
 「義兄さんたちのお蔭だな、でもカーニャもいい娘だ、きっとトマスを支えて良い働きをする、約束する」
 「カーニャさんには会っていないけれどエミーの事は信じているわ、後は本人の承諾をえれば全て上手くいく手筈よ」
 「ありがとう、恩にきるよ」
 「王様と王妃様が正式にエミーにも報償をと仰っておられるの、どうしても受けては貰えないの?」
 「そのような場では葬儀の時のように顔を隠すわけにはいかない、この顔を不特定多数の前に晒すことはできない、王家はともかく正式な儀式の席となれば反対勢力も必ずいる、リスクは避けなければならない」
 エミーの顔から穏やかな表情が消え、一瞬で冷気が車内を冷やす、演じていない素の顔が現れる。
 「エミー、またそんな顔する!」フローラの指が両頬を引っ張った。
 「いっ」エミーの氷の気配に吞まれないのはフローラくらいだろう、無理やりに口角を上げて矢顔を作らせる。
 「ほら、スマイル、スマイル!私ならもう大丈夫だよ、エドだっているし警備も嫌だっていうくらい厳重、心配はいらないよ、それに私のためにエミーを邪魔者のように扱うなんて耐えられない、貴方は皆のヒーローなんだから!」
 「しょんな大した事はしていにゃい、しょれにもう十分礼は貰った」
 頬を引っ張られたままなので発音がおかしい。
 「相変わらずの自己肯定感の低さね、もっとその薄い胸を張っていいのよ!」
 細指がエミーの胸をつついた。
 「君には言われたくない」
 「あっ!言ったわね、レディに対してそれはダメでしょう、それは!」
 「てっきりフリだと思ったが違ったのか」
 「あははっ、自分相手にディスっても仕方ないわ、分かった、王様にはその旨話すわ、でも今回の式にもお忍びで来るから挨拶だけは受けてあげてね」
 「なに!?王様夫妻が式に参列するのか、それは大ごとだぞ、警備だけで凄い人数になるのではないか」
 「だからお忍びなのよ、ムートンでの式自体公表していないし私の関係者だけしか招いていない、警備もチーム・エドワードと禁軍の一部だけよ」
 「これは私の我儘、そんなに堅苦しくはしたくない、ある意味始まりで終わり、エミーと同じ、航海に出るようなものだもの、みんなにきちんと挨拶をしてけじめを付けたいの」
 「そうか・・・・・・」
 フローラの感情が伝わる、それは幸せよりも不安と責任、寂しさが勝っている、ほろ苦く切ない味、フローラの父母は既に亡く、ムートンのマナーハウスを離れれば王宮には身近に知った者はいない、皇太子エドワードも多忙だ、結婚したとしても共有できる時間は多くはない、誰にも頼らない覚悟が必要だ。
 その意思には真っすぐに伸びた若木のような瑞々しさと強風にも折れない柔軟さを感じる、自分には無いものだ。
 まるで虹のような感情、様々な色が心を作っている。
 フローラを前にするといつも思う、その豊かな感情が羨ましい、エミーの視線に羨望があるのをフローラは気づかない。

 ギィンッ バシュッ ギィンッ 
「!」森の中からの微かな金属音をエミーの耳が捉えた。
「止まれ!」急いで運転手に声を掛ける。
「なに!?」何事かとフローラが問いかけるのを制してジグロを手に取る。
「近くで戦闘している奴らがいる!状況が分かるまでここで待機していてくれ、確認してくる」
 「戦闘?」
 「いいか、私が出たら鍵をかけてここら出るなよ、覗くのも駄目だぞ」
 「運転手!異変があったら私のことは構わずに走れ、いいな」
 「ちょっ、ちょっと待ってエミー!」フローラの言葉はエミーの足には追い付けない、馬車を飛び降り森の中へと走り込んでいく。
 「もう!また一人でいっちゃった・・・・・・」
 馬車の扉から森を覗いてもフローラには風に騒めく木々の声しか聞こえてこない、走る馬車の中でどうやって聞き分けたのか、必死に耳を凝らしてみてもその気配を感じることは出来なかった。

 血の匂いがする、気配から争っているのは四人か五人、発砲音はしない、剣同士の戦いだ。
 近い、すぐそこだ。
 バシュッ 「ぎゃっ!」「逃がすな!」悲鳴と怒声が入り混じる、気配を消して近づく。
 「諦めろ!ファームを脱出したのは見事だった、だがこれまでだ」
 褐色の肌に黒い瞳の男たち三人が若い男女二人、いや子供を囲んでいる、男の子一人は重傷のようだ。
 「あれは・・・・・・ヴァンデッタ・エージェントか!?」
 自分を追ってきたのかと身構えたが全員が同じ民族に見える、内輪揉めは勝手だがここはムートンの森、フローラの領地内で勝手な事は許されない。
 まして子供相手に真剣で殺そうとしているように見えた。

 気配を消したまま子供を追い詰めている男たちの後ろに回り込んだ。
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