わからないから、教えて ―恋知らずの天才魔術師は秀才教師に執着中

月灯

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答え合わせ②

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「ほかに気になることはありますか? どうせジルベルトは言わないだろうし、おれが答えますよ」
「そうだな……あ、」

 アーサーはずっと気になっていたことを思い出した。

「バジルくんは、なにかにつけジルベルトとの間を取り持とうとしてくれたけど、もしかしてそれも意図があってのことだったの?」
「ああ、それは……」

 バジルは溜め息をついた。

「おれとしてはもうさっさとくっついてほしくて」
「え?」
「どう見ても両想いじゃないですか、先生たち」
「え」

 思わずアーサーはかっと顔を赤くした。そうだ、《塔》所属ということは、アーサーの相手がジルベルトだと知っていたわけだ。

「どう見ても両想いなのに全然くっつかないまま五年くらい? あまりにまどろっこしすぎてお節介焼きましたよね」
「……それは……大変申し訳なく……」
「いや、だいたいジルベルトが悪いんで。むしろよく先生はあの男と付き合えますよね」

 さっきのリエもそうだが、《塔》の人間はジルベルトに対して容赦がない。学院の頃みたく腫れ物のように扱われるよりはいいのかな、とアーサーは詮ない感想を覚えた。

「あと、恋人になってくれたら堂々と守れるというのもあります。人員も割けますし」

 いわく相手が教会というのもあり、関係者以外にはおいそれと事情を話せないのだという。アーサーたまに会う学友程度では、秘密裏に守らざるを得ないそうだ。
 最近ちょっとおれ一人じゃきつくなってきて、とバジルはクッキーを摘まんだ。さく、と軽い音が響く。

「それは、やっぱり教会の動きが活発になってきたから?」
「主にそうですね。大司教が代わってから本当に余計なことばっかで――まぁ、それに教会以外にもいろいろ警戒すべきところはありますからとにかく手が回らなくって」

 なるほど、ただでさえ教務助手は忙しい。それに加えてとなると大変に違いなかった。バジルがちゃんと寝られているか心配になってくる。

「星花祭りに誘えと結構勧めたのもそのためです。教会がその日に動くことはわかっていたので、ジルベルトと先生が一緒にいてくれれば警護を分散させなくていいでしょう。今回みたいに先生を人質にするのも難しくなりますし」
「いろいろ考えてたんだね」
「まぁ、一応。ただ向こうのほうが上手でしたね」

 バジルは思い出すように上を見た。

「先生が誘う直前に外交官から命令が下りましてね。隣国から技術交流のために魔術師一行がやってくるから、その対応をしろと。その一行には貴族出身の女魔術師もいて、エスコートがジルベルトに回ってきました。あれでもそこそこ身分ありますからね」
「……お祭りのときに隣にいた人?」
「そうです」

 ジルベルトが言っていたとおりだ。すごく嫌そうな顔をしていたっけ。

「まぁ、向こうとしても稀代の魔術師と繋がりを作っておきたいというところでしょう。ジルベルトはいつも技術交流に顔を出しませんから。そしてその意向を教会上層部が後押ししたようです」

 そういう知恵は回るんですよ、とバジルは舌打ちした。

「当然ジルベルトは嫌がりましたけど、結局撤回できなくて。先生がデートに誘ったのは、その直後でした。しくじったと思いました」

 バジルが本当に悔しそうで、アーサーはなんだか申し訳ない気持ちになった。
 そうだ、とバジルが顔を上げる。

「ちなみになんですけど、なんて断られたんですか?」

 アーサーは思わず目を逸らした。

「その……無理って言われた、かな」
「無理」
「うん」
「……それだけです?」
「うん」
「うっっわ最低」

 バジルが初めて見る顔をした。
 もっと言い方あるだろ、やっぱりあの男に先生はもったいないのでは? とぶつぶつ言い始めたバジルに、アーサーは苦笑しながら茶をすすった。アーサーの好みに合わせてか、おなじみのイェイラの香りに心が落ち着く。

「でも、いいよ。事情があったのはわかったし」
「先生はジルベルトを甘やかしすぎです。あとそもそも人が良すぎる」
「そうでもないよ」

 実際、女性と並んでいたジルベルトを見たときには自分でも驚くほど強い感情を持った。自分があんなに醜く嫉妬できるのか、と失望するほどだ。そしてそのまま我を忘れて逃げ出して、結果的にはユージェフに付け入る隙を与えてしまったわけである。褒められるほどできた人間でもない。

「その、ありがとう。色々教えてくれて」
「いえ。どうせジルベルトは教えてないと思ったので」

 アーサーは苦笑した。そのとおりだ。
 顔を伏せれば、カップの中身がゆらりと揺れる。そこに映る顔は、少し不安そうに見えた。

「……ジルベルトは、僕がなにも知らないほうがいいと思っているのかもしれないね」

 指輪を撫でた。結局これも外れないままだ。渡されたときも「なにかあったら」と言うばかりで、説明もなかった気がする。昨日までの監禁もどきだってそうだ。

「なにも知らせず、自分だけでなんとかしようと思ってるんだと思う」

 閉じ込めて、耳と目を塞いで。アーサーが頼りないとかではなく、それがジルベルトなりの守り方なのだろう。だから、バジルは検査という名目でこっそり連れ出してくれたのだ。
 ジルベルトが悪いとは言わない。アーサーには自分でどうにかできるほどの実力はないし、実際己は知らないところでたくさん助けられてきたはずだ。

「でも、僕は知ることができてよかったな」

 アーサーはカップを置き、改めてバジルへ向かい合った。

「ありがとう、バジルくん」
「どういたしまして」
「うん。……あ、バジルって名前じゃないのか、本当は」

 ふと気づいた。潜入ということは、名前も経歴も偽物なのだろう。もしかすると、いつか教務助手も辞めてしまうのかもしれない。
 さみしいな、と思った。だがバジルはあっさり手を振った。

「ああ、そのままで大丈夫ですよ。確かにバジルは偽名ですけど、おれ、これからも教務助手のままなので」
「そうなの?」

 バジルは頷いた。

「はい。先生がジルベルトの弱点なのには変わりませんから。むしろ、この一件で広まったとも言えます。……というわけで」

 バジルはアーサーの手を握った。にこ、と笑う様は見慣れた教務助手の顔だ。

「よろしくお願いしますね。先生」
「こちらこそ! はは、嬉しい」

 よかった、バジルくんがいなくなったら寂しいから。そう笑うと、「うーんこれは人たらし」と彼は唸る。

「さて、戻りましょうか。これ以上先生の時間をとるとジルベルトがうるさいだろうし。あー……そろそろリエ師の機嫌直ってるといいなぁ」

 ケーキ、あとひとつくらいは食べてもいいですかね? と上目で窺ってくる教務助手に、アーサーは笑って頷いた。今度から準備室のお菓子をもう少し充実させておこう。


 余談ではあるが、戻ると先ほどの笑顔が嘘のように無表情のリエと、その横で黙々と始末書を書いているジルベルトがいた。
 それを見るや「よかったリエ師ご機嫌だ」とバジルが頷くので、アーサーは思わず首を傾げたのだった。
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