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婚約解消を受け入れるよ side J
しおりを挟む僕は先日見た馬車が気になっていた。あれは間違いなくノーステリア伯爵家のものだった。誰が乗っていたのかも、僕とミーナ嬢を見ていたのかもわからないけど……。
そろそろ彼女にも会いに行かないといけない。僕は義務になってしまった彼女との逢瀬を憂鬱に思う。必ず領地の話を聞かないといけないのも面倒なんだよね。
……半年前彼女が言った通りお互いの考えがあわないと感じるなら、婚約解消をした方がいいのかも知れない。
それならば早いほうがいいのだろう。今日はミーナ嬢と約束はあるけどまだ時間はある。僕は早速彼女の家に先触れを出した。
久しぶりに訪れた伯爵家のタウンハウスの中庭は、優しい色彩の花が咲き誇っていた。
僕はメイドに促されて椅子に座り、緊張する気持ちを落ち着かせるよう息を吐く。
これから婚約解消の話をする。もしかしたら彼女を泣かせてしまうかもしれない。傷ついた彼女の顔を想像するだけでつらい。けど長引かせる方が酷いことだよね。
しばらくして現れた彼女は群青色のエンパイアラインのドレス姿だった。深い海を思わせる色を纏った彼女は落ち着いた大人の女性に見える。
僕と選んだドレスじゃない。……やっぱりミーナ嬢のことを知っているんだ。だけど彼女の首元に僕があげた『お守り』のネックレスが揺れている。きっとまだ僕への気持ちがあるんだね……。
申し訳ない気分を抱えながら挨拶するために立ち上がると、彼女は美しく微笑んだ。
「お久しぶりです。来てくださって嬉しいわ。研究はもう終わったのかしら?」
まるで別人のようだ。僕の知ってる彼女は綺麗だけど実は感情豊かで可愛らしい感じだった。目の前に座るのは完璧な淑女の貴族令嬢に見える。
「研究は、そうだね……。それよりも今日は大事な話があって来たんだ」
彼女の慇懃な態度。彼女もこれから話されることに覚悟してるのだろう。つらいことは僕から言わないといけない。
僕は意を決して視線を上げ、まっすぐに彼女を見た。
「君の望み通り、君との婚約解消を受け入れるよ」
言ってしまった。彼女はどんな顔をしてるだろうか。悲しむ顔が見れなくて俯いてしまう。
「何故、と伺っても?」
落ち着いた彼女の声に思わず顔を上げる。彼女の顔には怒りも悲しみも感じとれなかった。僕は何故か母を思い出して慌てて目を伏せた。
「……半年前、君に婚約解消を申し込まれてからずっと歩み寄ろうと努力していたけど、やはり君の大切なものを理解することができないと思ったんだ」
僕達の婚約はお互いの恋愛感情が大切なんだから、それが揺らいでしまっていることが重要なんだ。敢えてミーナ嬢の話をする必要はない。それでも先日のことを咎められたらどうこたえようか考える。
「わかりました。手続きの書類は早急に準備いたします」
思いがけずあっさりと了承された。ほっとはしたけど、用意されたお茶を飲むこともなく帰りを促された。
「お見送りいたしますわ。ネオルト男爵令息様」
彼女は悲しいはずの場とは裏腹に美しく微笑んでいた。隙のない所作で翻り僕の少し前を歩きだす。初めて屋敷の外まで見送られながら伯爵家の門を出た。
「それではごきげんよう」
彼女の声に振り返ると、閉まる門扉の向こう側に美しくカーテシーをする伯爵令嬢の姿が見えた。
完全に門扉が閉じると何故か不安になった。
僕の望み通り、いや想像よりも面倒なことなく話が済んだのだ。彼女も望んでいた。これでお互いにあわない婚約者に煩わされることもなくなったんだ。
僕は落ち着かない気持ちのままミーナ嬢との待ち合わせの場所に向かった。今日はカフェで話題のケーキを食べる約束だ。伯爵家を訪問した格好のままだったので、彼女は目を丸くした。
「あれぇ。今日はいつもと違いますね?かっこいいです」
「今日は伯爵家に行ってたからね。実は婚約を解消したんだ」
僕は何でもないよう装って言うと、彼女は新緑色の瞳をキラキラさせる。
「ほんとですか?……ならわたしも希望はありますよね!?」
彼女の態度がわかりやすくてつい意地悪を言ってしまう。
「どうかな。婚約解消をしたばかりだし、暫くわからないよ」
「もぉ~っ、いじわるしないでください~」
そう言って頬を膨らませた。
僕は笑ったけど、本当に暫くは誰かと婚約はする気にはなれないかもしれない。
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