月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第85話

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「それで・・・・・・、どうしてもお願いしたいことが・・・・・・」
「ああ、良いよ、王柔。ありがとう、ここからはアタシが話そう」
 いよいよ本題に入ろうと、さらに緊張した口調になった王柔を、王花が押しとどめました。王花の声からは、その言葉と同じく、王柔へのねぎらいが感じられました。
 はじめは、王柔はさらに話を続けたそうな様子を見せました。これが他の誰かからの言葉であれば、王柔は自分で話を続けようとしたかもしれません。でも、王柔にとって王花は最も信頼のできる人、自分を守ってくれる母親のような人でした。それで彼は王花の方に一つ「すみません」とでもいうように頭を下げると、自分の椅子に腰を掛けました。振り絞っていた力が急に抜けて勢いよく腰を下ろしたせいか、丸椅子はギシッっと大きな抗議の声をあげました。その王柔の肩には、彼の後ろに置いてあった椅子に座った理亜の手が置かれていました。もっとも、理亜の身体は、椅子には腰掛けることが出来るものの、彼の肩には触れることが出来ないのですが・・・・・・。
 王花が王柔の話を引き継いだことが、長い話に一呼吸を置く効果をもたらしました。
 それは、王柔と理亜の話についていくのが精一杯だった羽磋にとっては、とてもありがたい小休止になりました。
「フフフッ、なんだか戸惑っているようだね、羽磋殿」
 そんな羽磋に対して、机の向かい側から王花が話しかけました。羽磋にとっては、自分と比べて、王花の余裕のある態度がとても信じられないのでした。大人はみなそれだけの大きな器を持っているのでしょうか、それとも、この王花が特別なのでしょうか。まだ成人した男としての自信が持てない羽磋は、どうしても、なにかあるたびに自分と他者とを比較してしまうのでした。
「まぁ、それも無理はないよ。普通の遊牧生活や交易の旅で、なかなか出会う話じゃないからね」
 そうです、王花の言うとおり、王柔の話は、これまで羽磋が属していた遊牧生活の中では、想像もしたことのない話だったのでした。
 王柔は吐露村から土光村まで、ヤルダンと呼ばれる難所を抜けることも含めて案内人の役割を引き受けていました。彼が案内人を務めることとなった交易隊は、奴隷の一団を商品として引き連れていました。その奴隷として連れられていた者の一人が、今、王柔の後ろに隠れるようにして座っている少女、理亜だというのでした。
 王柔の話では、ヤルダンの中で風粟の病を発症したことから、交易隊の隊長の判断で、理亜はそこに取り残されたとのことでしたが、彼女の様子からは、今はまったくそのようには感じられませんでした。
「それで、今の話だとそちらのお嬢ちゃんは風粟の病に罹ったそうだが、そっちはどうなっているんだ」
 羽磋も疑問に思っていたそのことをはっきりと形にしたのは、冒頓でした。羽磋も疑問に思いはしたものの、事と次第では理亜を隔離しなければならなくなる重大なことなので、なかなか口に出しにくいと感じていたのでした。それをはっきりと口にできるのは、冒頓の「強さ」故でしょう。羽磋は冒頓に対して、率直な尊敬のまなざしを送るのでした。
「ああ、勿論そのことは最初に確認したよ。アタシたちだけでなく、この村の人すべてに関わってくることだからね」
 冒頓の飾らない率直な質問を当然のことと受け止め、王花は少しも気分を害する様子もなく答えました。

 あの日、理亜が消えてしまった事で強い衝撃を受け気を失っていた王柔は、目を覚ました後すぐに、王花のところへ走りました。彼の報告を受け、一緒に理亜を探してくれと懇願された王花たちでしたが、まずしなければいけなかったことは、夜の闇の中、再び村の外へ出ようとする王柔を押しとどめる事でした。
 目を覚ました王柔が自分の周りを見回して理亜を発見できなかったということは、彼女がどこにいるのか全く手掛かりがないということです。ゴビ全体を覆う夜の一部を松明で照らしたとしても、それは自分たちの足元を照らすのにようやく役に立つ程度で、とても消えてしまった少女を手掛かりもなく探すことへの役には立たないのでした。ましてや、今日は新月で、月明かりもないのですから!
 じりじりと夜が明けるのを待つ間に王花たちができることといえば、王柔からできるだけ詳しく話を聞き、一体何が起きているのかを考え、また、どうしたら効率よく彼女を探し出せるのかを考えることだけだったのでした。
「王柔、ホントにその子は消えてしまったのかい?」
「そうなんだよ、王花さん。自分でも信じられないけど、これは本当なんだ。西日が落ちて、夕焼けが消えるのと同じように、ああ、ちょうどそういう時間帯だったけど、本当に理亜は消えてしまったんだ」
「夕焼けが消えるように、夕焼けが消えたと同時に、かい・・・・・・」
 王花は自分の記憶のどこかにひっかる物があるような表情を見せましたが、それ以上何かを王柔に語ることはありませんでした。
 もう二度と朝が来ることはないのじゃないかと王柔が疑い始めた頃、ようやく朝日が夜の黒い幕をめくって、光の帯をゴビの果てから上空に向かって投げ込み始めました。
「王花さん、太陽が、太陽が!」
「ああ、王柔そんなに騒がなくても、アタシにも見えているよ。ようやく外が明るくなってきたようだね。大丈夫、きっとその子は直ぐに見つかるさ」
「そうだといいんですが・・・・・・。お願いです、明るくなってきましたし、理亜を探しに行きましょう!!」
 王柔には、王花の言葉が自分のために言っている、単なる慰めにしか思えませんでした。なにしろ、理亜は自分の目の前で、いや、自分の腕の中で消えてしまったのですから、王花が言うように直ぐに見つかるとは思えません。それどころか、見つかるかどうかもわからないのです・・・・・・。
 悲壮な顔つきをした王柔を先頭に、生まれたばかりのやわらかな朝の光の中を、ゴビに向って走り出していく王花たち。果たして彼女たちは、夜闇に溶けて消えてしまった少女、理亜を首尾よく探し出せるのでしょうか。それとも、そもそも、王柔の願い、理亜を探し出したいという願いは、叶うことのないものなのでしょうか・・・・・・。
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