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月の砂漠のかぐや姫 第114話
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「おう、だいぶん陽が傾いてきたな。どこかいい場所をみつけて泊まるとしないとな。野営の時の夜番は二交代制にして、交易隊と護衛隊から一人ずつ出すことにするか。小苑、お前、夜番の前半、いけるか?」
「もちろんっす。で、交易隊からは誰が出るんすか」
「そりゃ、おめぇ、羽磋に決まってんだろうが」
「羽磋殿? あっ、ありがとうございますっ、冒頓殿!」
冒頓の粋な配慮に、苑は文字通り飛び跳ねて喜びました。
この交易隊は、月の民の交易隊です。小野の部下から選ばれた者たちが、駱駝と荷の管理をしています。しかし、この交易隊全体の指揮を執っているのは、交易隊ではなく護衛隊の隊長であり、しかも、月の民の人間でもない、匈奴の冒頓でした。これは、通常であれば考えることができないような体制ですが、この交易隊の人間は、冒頓の出す指示に素直に従って足を進めているのでした。
もちろん、交易隊の隊長である小野から自分の部下に対して、「冒頓の指示に従ってください」という命令が、前もって出されていたのでしょうが、それにしても、この極めて異例な指揮が成立しているのは、冒頓という人物が持つ、指導者としてのとても優れた資質、強烈に人を引き付ける魅力があってのことなのでした。
「ほら、小苑、陽が落ちるまでに、もう少し進みたいからな。しっかりと警戒を頼むぜ」
「わかりましたっす。いけーっ、空風」
ピー、ピー!
苑が鳴らす指笛の音は、先程までのものとは違って、より一層元気なものになったようでした。
少しずつ勢いを増しながら地上に向けて戻り始めた陽の下で、交易隊は進み続けます。
羽磋と王柔を先頭にする一団が足を踏み出す度に巻き上がる砂煙が、駱駝や馬が巻き上げるそれと合わさって、風に流されて行きます。
一歩ずつ一歩ずつ、彼らは歩を進めていきます。彼らが踏み出す歩幅は、土光村と吐露村の間に横たわるゴビの広さから考えると、ほんのわずかなものに過ぎません。それでも、少しずつ少しずつ、土光村は遠く小さくなっていき、やがて、ゴビの大地と見分けがつかなくなってしまいました。
そして、それにつれて、目的地である吐露村と、道中で通り抜けなければならないヤルダンが、少しずつではあっても、確実に近づいているのでした。
今はまだ、この小さな交易隊は、ゴビの海に浮かぶ一枚の草の葉のようなものですが、やがては、ヤルダンという狭く険しい渓谷を抜けて、吐露村へと流れつくはずです。
そうすれば、きっと。
吐露村にいる阿部殿に会えれば、きっと。
羽磋は、自分の傍らで、なにげない会話をやり取りしている二人を眺めながら、強く強く、輝夜姫のことを思い出すのでした。
交易隊が土光村を出発して二日目になりました。
今日も、これまでと同じように、太陽が天上に悠然と腰を据えていて、秋空特有の薄い雲がときおりかかることはあっても、その強い光は途切れることなくゴビの大地に降り注いでいました。
月の民の一族に限らず、遊牧民は太陽の運行に従って生活を行っています。もちろん、この交易隊も同じであり、日の出とともに活動を開始して、日が落ちる前には野営の準備を終えるのです。野盗や野獣に備えて夜番の者を配し、火を絶やさないようにはするものの、それは最低限のものに抑えています。火を燃やすのには焚き材が要り、それはゴビでは容易には手に入らないからです。結局のところ、自然に従って生活を行うことが、一番労力が少なくてすむのでした。
太陽はもう高く高く上っています。日の出とともに活動を開始した交易隊は、この日も着実に前進を続け、ゴビの赤い大地に長い筋を刻み付けていました。
「羽磋殿、大丈夫ですか。昨日は夜番の前半に当たっていたんでしょう。まさか、留学の方に夜番を振るなんて、僕はびっくりしてしまいましたよ」
王柔は、今日も交易隊の先頭を共に歩く、羽磋の体調を気遣っていました。
留学の徒と言えば、将来を期待された若者、指導者の卵です。土光村からこの隊が出発する前にも、羽磋は土光村の代表者に挨拶に行っていたと話していました。交易路の中継地として栄える土光村の代表者など、その村に暮らしている王柔であっても、祭りの際に遠目で見たことしかないほどの偉い人です。それほど偉い人に挨拶をしに行く立場にある羽磋と自分が、親しく話をしながら歩いているなんて、いまでも信じられないほどでした
そのような留学の若者に、まさか、辛い夜番が割りあてられるなんて・・・・・。
王柔には、指揮をしている冒頓の考えが、まるでわかりませんでした。
夜番に当たったものは、皆が眠っている間、獣避けであり悪霊除けでもある火を絶やさないように気をつけながら、周囲を警戒し続けなければなりません。もちろん、一晩通して起き続けることはできないので、前半と後半に分かれて配置されることが一般的で、羽磋も前半の配置だったそうですが・・・・・・。
ただでさえ辛いゴビでの行軍です。慣れない夜番の次の日で羽磋の体調がすぐれないのではないかと、案内人としてゴビを歩く機会が豊富な王柔は気になっていたのでした。
「もちろんっす。で、交易隊からは誰が出るんすか」
「そりゃ、おめぇ、羽磋に決まってんだろうが」
「羽磋殿? あっ、ありがとうございますっ、冒頓殿!」
冒頓の粋な配慮に、苑は文字通り飛び跳ねて喜びました。
この交易隊は、月の民の交易隊です。小野の部下から選ばれた者たちが、駱駝と荷の管理をしています。しかし、この交易隊全体の指揮を執っているのは、交易隊ではなく護衛隊の隊長であり、しかも、月の民の人間でもない、匈奴の冒頓でした。これは、通常であれば考えることができないような体制ですが、この交易隊の人間は、冒頓の出す指示に素直に従って足を進めているのでした。
もちろん、交易隊の隊長である小野から自分の部下に対して、「冒頓の指示に従ってください」という命令が、前もって出されていたのでしょうが、それにしても、この極めて異例な指揮が成立しているのは、冒頓という人物が持つ、指導者としてのとても優れた資質、強烈に人を引き付ける魅力があってのことなのでした。
「ほら、小苑、陽が落ちるまでに、もう少し進みたいからな。しっかりと警戒を頼むぜ」
「わかりましたっす。いけーっ、空風」
ピー、ピー!
苑が鳴らす指笛の音は、先程までのものとは違って、より一層元気なものになったようでした。
少しずつ勢いを増しながら地上に向けて戻り始めた陽の下で、交易隊は進み続けます。
羽磋と王柔を先頭にする一団が足を踏み出す度に巻き上がる砂煙が、駱駝や馬が巻き上げるそれと合わさって、風に流されて行きます。
一歩ずつ一歩ずつ、彼らは歩を進めていきます。彼らが踏み出す歩幅は、土光村と吐露村の間に横たわるゴビの広さから考えると、ほんのわずかなものに過ぎません。それでも、少しずつ少しずつ、土光村は遠く小さくなっていき、やがて、ゴビの大地と見分けがつかなくなってしまいました。
そして、それにつれて、目的地である吐露村と、道中で通り抜けなければならないヤルダンが、少しずつではあっても、確実に近づいているのでした。
今はまだ、この小さな交易隊は、ゴビの海に浮かぶ一枚の草の葉のようなものですが、やがては、ヤルダンという狭く険しい渓谷を抜けて、吐露村へと流れつくはずです。
そうすれば、きっと。
吐露村にいる阿部殿に会えれば、きっと。
羽磋は、自分の傍らで、なにげない会話をやり取りしている二人を眺めながら、強く強く、輝夜姫のことを思い出すのでした。
交易隊が土光村を出発して二日目になりました。
今日も、これまでと同じように、太陽が天上に悠然と腰を据えていて、秋空特有の薄い雲がときおりかかることはあっても、その強い光は途切れることなくゴビの大地に降り注いでいました。
月の民の一族に限らず、遊牧民は太陽の運行に従って生活を行っています。もちろん、この交易隊も同じであり、日の出とともに活動を開始して、日が落ちる前には野営の準備を終えるのです。野盗や野獣に備えて夜番の者を配し、火を絶やさないようにはするものの、それは最低限のものに抑えています。火を燃やすのには焚き材が要り、それはゴビでは容易には手に入らないからです。結局のところ、自然に従って生活を行うことが、一番労力が少なくてすむのでした。
太陽はもう高く高く上っています。日の出とともに活動を開始した交易隊は、この日も着実に前進を続け、ゴビの赤い大地に長い筋を刻み付けていました。
「羽磋殿、大丈夫ですか。昨日は夜番の前半に当たっていたんでしょう。まさか、留学の方に夜番を振るなんて、僕はびっくりしてしまいましたよ」
王柔は、今日も交易隊の先頭を共に歩く、羽磋の体調を気遣っていました。
留学の徒と言えば、将来を期待された若者、指導者の卵です。土光村からこの隊が出発する前にも、羽磋は土光村の代表者に挨拶に行っていたと話していました。交易路の中継地として栄える土光村の代表者など、その村に暮らしている王柔であっても、祭りの際に遠目で見たことしかないほどの偉い人です。それほど偉い人に挨拶をしに行く立場にある羽磋と自分が、親しく話をしながら歩いているなんて、いまでも信じられないほどでした
そのような留学の若者に、まさか、辛い夜番が割りあてられるなんて・・・・・。
王柔には、指揮をしている冒頓の考えが、まるでわかりませんでした。
夜番に当たったものは、皆が眠っている間、獣避けであり悪霊除けでもある火を絶やさないように気をつけながら、周囲を警戒し続けなければなりません。もちろん、一晩通して起き続けることはできないので、前半と後半に分かれて配置されることが一般的で、羽磋も前半の配置だったそうですが・・・・・・。
ただでさえ辛いゴビでの行軍です。慣れない夜番の次の日で羽磋の体調がすぐれないのではないかと、案内人としてゴビを歩く機会が豊富な王柔は気になっていたのでした。
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