月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第177話

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「憎いとか言ってたのは、なんなんだあっ」
 冒頓は必死で短剣を振るって、次から次へと目の前に飛び出してくるサバクオオカミの奇岩を打ち倒し続けました。胸を激しく上下させつつ前へ前へと進みながらも、その苦しい息の中から大声を絞り出しました。
 その大声を止めようとしたのか、冒頓の喉元をめがけて新たに飛び込んできたサバクオオカミの奇岩がありましたが、彼はその体の下に潜り込むと、腹の中へ短剣をずぶりと差し込み、砂岩でできたその体を後ろへと投げ飛ばしました。そして新たな敵を求めて前方へと向きなおるその瞬間にも、更なる煽り文句を母を待つ少女の奇岩へと飛ばすのでした。
「手下に頼ってばかりで、情けない奴だぜ!」
 すると、冒頓の視界の奥の方、サバクオオカミの奇岩の背中が作る黄土色の波の上で、こちらをじっと見ている母を待つ少女の奇岩の姿が認められました。
 彼女のその姿を目にした時、冒頓の心の中に、急に一つの言葉が浮かび上がってきました。
 その言葉とは、「孤独」でした。
 母を待つ少女の奇岩は、同じ奇岩とは言っても、他の奇岩、つまりサバクオオカミの奇岩とは、全く異なっていました。その彼女の姿が、サバクオオカミの奇岩の背中の上にすっと飛び出している様子が、まるで、味方であるサバクオオカミの奇岩の群れと交じり合えずに、群れから一人だけはじき出されているかのように、冒頓の目には映ったのでした。
 そして、その印象を基として、冒頓の口からこの言葉が飛び出たのでした。
「だから、お前は一人なんだ。ずうっと一人だ。ああ、それは俺のせいだ。この俺のせいなんだよっ!」
 ゴゴオンッ! バシィィンッ! 
 母を待つ少女の奇岩の体は、天上からの雷に打たれでもしたかのように、大柄なサバクオオカミの奇岩の背の上で激しく跳ね、何度も大きく揺れました。
 冒頓が発した言葉は、まさに稲妻ように激しく母を待つ少女の奇岩の体を打ったのでした。
 母を待つ少女の奇岩は、細かに震える続ける体が落下しないようにと、乗っているサバクオオカミの奇岩の背中の上に上半身を伏せて、両手でしがみつく必要さえ生じたようでした。
「な、なんだよ。どうした、お前っ」
 それは、その言葉を発した冒頓でさえもが驚くほどの効果でした。
 生きているかのように動き、さらには自分の怒りをぶちまけてさえいた母を待つ少女の奇岩でしたが、戦いの中で冒頓たちと言葉や思いを行き交すことはありませんでした。彼女は人間とは明らかに異なる敵であって、大声で煽り文句を叫んでいた冒頓でさえも、それが人に対する時のような効果を発揮するとは、正直に言ってあまり期待してはいませんでした。ところが、「お前は一人なんだ」という冒頓の言葉は、初めて母を待つ少女の奇岩から反応を引き出したのでした。それも極めて激しい反応をです。
「オ、マエ、カ・・・・・・」
 母を待つ少女の奇岩が絞り出した言葉の波動は、寒山の尾根を降りてくる北風の様に、冷たく乾ききっていました。 
 サバクオオカミの奇岩も冒頓たち護衛隊も、母を待つ少女の奇岩が発する黒い冷気に凍らされたかのように、動きを止めてしまいました。圧倒的な負の思いをこの場に撒き散らしつつ伏せた顔をゆるりと持ち上げる彼女の仕草から目をそらすことなど、それが人であるか奇岩であるかにかかわりなく、その場にいたすべてのものには許されていなかったのでした。
「オ・・・・・・オ、マエカ、オマエカ、オマエカァアアアッ!」
 母を待つ少女の奇岩は、雪崩が発する轟音のように大声の波動を発しながら、その顔を冒頓に向けました。
 その目に当たる窪みに、何らかの光るものが見えたように冒頓には思えました。
 涙?
 まさか、如何に動く砂岩の塊と言えども、涙を流すことなどありえません。短剣で四肢を切り飛ばされたサバクオオカミの奇岩でさえも、一滴の血も流していないのですから。
 それでも、冒頓には、彼女の目が、そうです、少女の瞳が、涙を流しているように思えました。そして、その涙は、キラキラと光る透明のものではなく、どろりとして真っ赤な血のようなものであると確信しました。
 なぜなら、その目が言っていたからです。ニクイ、ニクイ、ニクイ、と。
 さらには、その憎しみを晴らす相手が見つかって、ウレシイ、ウレシイ、ウレシイと。
「オオオオオオッツ! アハアァッツ・・・・・・・・・・・・。ァア・・・・・・・・・・・・」
 母を待つ少女の奇岩は極限にまで上半身を逸らして天を仰ぎ、まっすぐに伸ばした喉を通して体内の全ての空気を絞り出すかのような叫びの波動を上げ続けました。
 そして、その波動が途切れると、今度は両手を天に差し上げて、大きく息を吸い込むような波動を発しました。長く、長く、深く、深く。もしも、彼女が人の様に呼吸をするものであるとしたら、その場の空気をすべて吸い込んでしまうかのような勢いで。
 それにつれて、ほのかなものであった母を待つ少女の奇岩の肌が放つ青い光が、見る者が眩しさを感じるまでに明るさを増して来ました。

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