月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第348話

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「イヤッ! オージュを待つノ!」
 腕にかかった羽磋の手を払いのけると、理亜はここで王柔を待つのだと叫びました。
 やはり、羽磋が考えていたとおりでした。普通の子供の心を取り戻した理亜には、周囲の状況がどうとかではなく、自分の大好きな王柔に会いたいという思いが、一番大切なのでした。
 もちろん、理亜の気持ちは羽磋にもわかります。彼女の気が済むまで、一緒に王柔を待ってやりたいとも思います。
 でも、いまはそのような感傷に割く時間は無いのです。もしも、羽磋が迷いを見せてこの場を離れるのが遅れたとしたら、それが彼と彼女の命を奪う原因となりかねないのです。
「理亜。ごめんよっ!」
 羽磋は理亜の背中側から両手を回すと、一息に彼女の身体を抱え起こしました。小柄な体つきの羽磋とは言え、相手は小さな女の子です。理亜を抱きかかえたまま走って、この場から去ろうとしたのでした。
 でも、羽磋は数歩も歩くことができませんでした。
 理亜の身体が重すぎたというのではありません。遊牧に出ているときには彼女よりも重い羊を抱えて動くこともありましたし、讃岐村に戻っているときには眠り込んでしまった子供を運ぶことも度々あったのです。
 ただ、それらの場合では、運ばれる羊や眠っている子供は羽磋の腕の中でおとなしくしていました。ところが、このときの理亜はおとなしくしているどころか、羽磋の身体を押し返したり、その足を蹴ったりと、なんとかしてその腕の中から逃げ出そうと、全力で暴れたのです。その動きはとても激しく、理亜の小さな身体のどこにそんな力があったのかと思うほどの力でした。
「イヤ、イヤッ、イヤアッ! オージュ、オージュウッ!」
「理亜っ。お願いだから、大人しく・・・・・・。うわっ、危ないっ」
 なんとかして理亜を抱えたまま歩こうとする羽磋でしたが、不規則に揺れる地面のせいもあって、すぐに彼女共々倒れてしまいそうになりました。慌てて理亜の身体を離すと、羽磋は地面に手をつきます。一方で、彼の手が身体から離れたとたんに、理亜は両手両足を使って、元居た場所へと這い戻るのでした。
「オージュウゥ・・・・・・」
 身体中に水しぶきがかかるのも構わずに、理亜は大きな割れ目から噴き出す水柱に向かって、王柔の名を叫びました。それは、親を求める子供の心からの叫びでした。
 ゴンッ、グワンッ。ドドドンッ!
 まるで、広場を囲むヤルダンの台地が、地面が、割れ目から噴き出す水柱が、一斉に理亜の声に応えたかのように震えました。それで生じた激しい振動のせいで、もう一度理亜の所に戻って彼女を抱きかかえようと、ちょうど立ちあがったところだった羽磋は、勢いよく地面に身体を打ち付けてしまいました。
 その次に訪れたのは、静寂でした。地面の揺れも数々の割れ目からの水の噴出も、ピタッと止まってしまったのです。そのため広場には静寂が生じたのですが、そこには安心感や安らぎのようなものは、ありませんでした。むしろ、これから勢いよく息を吹き出そうとする人が大きく空気を吸い込んでいるときのような、次に起きる出来事への緊張感が漂っていました。
 プフッ、プシュ・・・・・・。シュウ、シュシュウウ、オオオッ!
 その静寂を打ち破ったのは、やはり理亜の目の前にある大きな割れ目、つまり、由が飛び込んだ亀裂でした。
 一度は止んでしまった水の噴出が、これまでにない大きな音と鈍い振動を伴って再開したのです。そして、それは見る見るうちに勢いを増して行き、最後にはブシュウウンッと黒い塊を吐き出したのでした。
 この広場の赤土の下、つまり地下世界の天井部分は、硬い砂岩で構成されていました。きっと、激しい振動のせいで砕けた砂岩が、亀裂から水と共に地上に噴き出されたのでしょう。
 ひょっとすると、亀裂の内壁でも崩れたのでしょうか。その塊は羽磋が立ちあがったときよりも大きく、重さもかなりあるようでした。亀裂からは高々と水柱が立ち昇っているのですが、その塊はそれに乗るのではなく、地上に出たとたんに地面の上を勢いよく転がって行ったのでした。
「理亜っ、避けて!」
 とっさに羽磋は、大声で理亜に向かって叫びました。その大きな塊が、理亜の方に向かって打ち出されたからです。
 でも、「これから何かがそっちに向かって転がっていくよ」と前もって注意を受けていたならともかく、地面に開いた亀裂からこれまでと同じように水が噴出されたかと思ったら、いきなりそこから飛び出た何かが勢いよく自分の方へ転がってきたのです。そのような思いもかけない出来事に、何の訓練も受けていない子供が対応できるわけがありません。理亜ができたことと言ったら、反射的にギュッと目を瞑る事だけでした。
「ぶつかるっ!」
 その瞬間に思わず目を閉じてしまったのは、羽磋も同じでした。それは一瞬の間に起こった事でしたので、如何に身軽な羽磋でも理亜を守ろうと身体を動かすことはできなかったのです。反射的に理亜に対して声を出した後は、無意識の内に最悪の場面を見ないように目を閉じる以外のことは、何もできませんでした。
 でも。ああ、それでも。
 羽磋の耳に、理亜の身体に何かがぶつかったような音や彼女の泣声が、届くことはありませんでした。
 それどころか、彼が聞いたのは、喜びに満ちた理亜の叫び声だったのでした。
「オージュッ! オオジュゥッ!」
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