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月の砂漠のかぐや姫 第349話
しおりを挟む「え、王柔って、まさかっ」
理亜の声に驚いて目を開けた羽磋が見たのは、あの大きな亀裂の近くで座り込んでいる王柔と、その腰にギュッとしがみ付いている理亜の姿でした。二人の身体の上には、亀裂から吹き上げられた水が途切れることなく落ちてきていましたが、王柔も理亜もそれは全く気にならないようでした。
「遅くなってごめん、理亜。やっと地上に戻って来れたよ・・・・・・。大丈夫だったかい。どこか痛くなったところはない?」
「うん、うんっ。大丈夫。元気だヨ」
「そうか、良かった。良かった! そうだ、ちゃんと母を待つ少女の奇岩とお話しできたかい」
「うん、うん。できた、できたヨ! オージュ、オージュも、良かった・・・・・・。嬉しい・・・・・」
いまの二人にとって一番大事なことは、相手が無事でいるということでしたから、王柔と理亜が真っ先にしたことはお互いに抱き合うことでした。全身で「大切な相手が、ちゃんとそこにいる」と感じ取れた後で、言葉で無事を確認します。それから、王柔は地上に上がった理亜がその目的を達成できたのかを確認するのでした。
少し離れた所に座り込んでいた羽磋は、「あの濃青色の球体の状態の酷さから考えて、王柔が地下世界から帰って来ることは、とてもできないだろう」と諦めていましたから、もちろん、それが嬉しい驚きであるのは間違いないのですが、この王柔の帰還は全く想像もしていなかった出来事でした。
夕陽のもたらす柔らかな光を、水に濡れた二人の全身が反射しています。物語の一説のようなその光景に心を奪われた羽磋は、しばらくの間身体を動かすことを忘れて、二人の方をじっと見つめ続けるのでした。
「おうっ、王柔も戻ってこれたか! 良かったじゃねえか、羽磋っ」
前触れもなく自分のすぐ近くで冒頓の声がしたので、羽磋はビクッと背筋を震わせました。あまりに王柔と理亜の様子に意識を集中していたので、冒頓が愛馬を引きながら近づいて来ることに、全く気が付いていなかったのでした。
「ぼ、冒頓殿。はいっ、良かったですっ」
「よし、それじゃあの二人を呼んできてくれ。まだ揺れは続いているし、水の吹き出しも止まっちゃいねぇ。お嬢ちゃんも王柔も、ほっといたらずっとあそこで話を続けそうだがな、積もる話はヤルダンの入口にまで戻ってからにしてもらおう」
「はい、わかりました。すぐに呼んできます」
冒頓の言うとおりです。未だに広場では地震も水の噴出も続いていましたから、ここの底が抜けてしまう恐れは、高まりこそすれ無くなってはないのです。
跳ね起きるようにして立ち上がった羽磋は、王柔たちの元へ向かいます。その背中を見送った冒頓は、危険の予兆がどこかにないかと、素早く辺りに視線を走らせました。その結果、いますぐに激しい変動が起きることはなさそうだと判断した冒頓は、王柔と理亜に視線を戻しました。その表情は周囲を見やったときの鋭いものではなく、柔らかなものでした。
フッと冒頓の口元が、何かに気が付いたかのように緩みました。
「おう、なんだ。王柔とお嬢ちゃんが抱き合っているじゃねぇか。これもあれか、羽磋が言っていた、心を半分こにしていたのが元に戻ったせいなのか」
確かに、冒頓が気が付いたとおり、理亜と王柔はしっかりと抱き合っていました。そして、その少し前には、理亜の身体に羽磋が触れたこともありました。
羽磋、王柔、そして、理亜。この三人が地下の洞窟や大空間を進んでいた間は、そこに強く働いていた精霊の力の為か、理亜の身体が消えてしまうことは起こらなかったですし、彼女の身体に他人が触れることができないという現象も生じませんでした。そのため、羽磋と理亜が地上に戻って来た後も、彼らはあまりそのことに注意を払っていませんでした。
でも、冒頓にとっては、理亜をこのヤルダンに連れてきた理由の一つが、「理亜の身体に起きている不可思議な現象を無くすことができるかもしれない」ということでありましたから、他人の身体に触れることができなかった理亜が王柔と抱き合っている様子は、とても興味を引くものでした。
「よしよし。騒ぎを起こしていた奇岩はいなくなったし、どうやらお嬢ちゃんの身体も元に戻ったようだ。ここに来た目的はすべて達成できたってわけだ。後は無事にここを出ないとな。おい、羽磋っ。二人を連れてこっちに戻って来い。急いでここを出るぞ!」
自分たちがヤルダンに乗り込んで来た目的を達成したことを確認したからでしょうか、元々威勢のいい冒頓ではありましたが、羽磋に指示を出した際の声は、いつも以上に張りと勢いのあるものだったのでした。
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