月の砂漠のかぐや姫

くにん

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月の砂漠のかぐや姫 第350話

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 冒頓は部下たちを集めると、母を待つ少女の奇岩たちと戦った広場を足早に出て行きました。ヤルダンの入口にあった崖で奇岩たちに襲われた後、彼は怪我人や徒歩の者、それに、吐露村まで行く予定の交易隊や荷物を置いて、騎馬の者だけを引き連れてヤルダンの内部へ突入してきました。ようやくその目的を達したのですから、残してきた者たちと早く合流したいと気が急きます。
 広場の中ではあれほど地面の揺れを激しく感じたのに、不思議なことにそこを少し離れると、揺れを全く感じなくなりました。改めて冒頓たちは、あの揺れは自然が起こした地震ではなく、精霊の力が働いた結果、限られた場所にだけ引き起こされた現象だったのだと、実感するのでした。
 揺れが治まっているということだけを考えると、馬に乗ることも可能かもしれません。でも、もう太陽が完全に沈んでしまっていて、頼りとなるのは月明かりしかない時間帯になっていましたから、冒頓は無理に馬を走らせることはせず、それを引いたまま進むことにしました。
 ヤルダンの道は入り組んでいる上に、幅が広くなったり狭くなったりと一定ではありません。さらに、馬の足が取られそうな段差が至る所にありますし、大小の砂岩がゴロゴロと転がっていたりもします。もともと馬を駆るのに適した場所ではないのです。朝方は「早く奇岩に一撃を喰らわせてやりたい」と気が急いていたため、危険を承知で馬を走らせたのですか、目的を達したいまとなっては、それも、夜になっていることも考え合わせれば、あえて危険を冒してまで騎乗をする必要はないのでした。
 もっとも、屈強な男たちが早足で進む速度に、小さな理亜がいくら頑張ってもついていけるはずがありません。冒頓は比較的小柄な馬、つまり、苑が乗っていた馬に理亜を乗せることにしました。その馬を引くのは慣れている苑です。そして、馬の両側に羽磋と王柔がつき、理亜が鞍の上から転げ落ちないように、気を配るようにしました。
「はぁ、はぁ。う、羽磋殿っ。地上ではどうなっていたのですか?」
 行軍の途中ですから、声を出して呼吸を乱すと余計に苦しくなるのはわかっているのですが、王柔は馬を挟んで反対側を歩く羽磋に対して、声を出さずにはいられませんでした。自分を地下に残して羽磋と理亜が地上に戻った後でいったい何があったのか、理亜とほんの少し話しただけでは、全くわかっていなかったのです。王柔はそれを知りたくて仕方がなかったのでした。
「いや、はぁ、はぁ。王柔殿こそ、どうやって地上に、はぁ、戻ってこられたのですか?」
 一方で、自分がいなかった間に相手の方で何が起きていたのかを知りたいと切望していたのは、羽磋も同じでした。羽磋は、酷く傷ついた濃青色の球体の様子から、「自分たち地上に送り返すのに精一杯で、とても王柔を送り返すことはできないだろう」と判断していました。そして、地下世界から地上へ戻る手段は、その球体に頼る以外には思いつきませんでした。残念だけれど、王柔が地上に戻ることはないと、思っていたのです。
 それが、あんなにも高々と吹き上げられた水流に乗って、王柔が帰還することになるなんて! 一体全体、何が地下世界で起きていたのでしょうか。
 理亜が乗る馬を挟んでやり取りをする訳ですから、羽磋も王柔も大きな声を出さなければいけません。ただ、それで護衛隊の皆から遅れるわけにはいきませんから、できるだけ息を乱さずに早足で進むこともしなければなりません。そのため、自然と羽磋も王柔も、短い言葉を互いに投げあうような仕方で話すようになりました。
 これでは話したいことを上手く伝えることができません。聞きたいことを聞けずに、もどかしい気持ちも高まります。でも、幸か不幸か、護衛隊の男たちが馬を駆って進んできた道を歩いて引き返している彼らには、長い行軍が待っていましたから、終いには羽磋も王柔も、そして、理亜が乗る馬を引いていた苑も、地上と地下で起きた一部始終について、大まかな形でではありますが、理解することができるようになっていました。
 地上では、理亜と母を待つ少女の奇岩が出会い、半分ずつ混ざり合っていたお互いの心を、正しい状態に戻しました。自分の心を取り戻した理亜の身体も元に戻り、他人に触れることができない、夜になると消えてしまうという異常は無くなりました。母を待つ少女の奇岩の方にも大きな変化が起きました。自分の心を取り戻した少女「由」は、岩の身体にされる前の身体も取り戻したのです。でも、地下世界に自分の母親がいると理亜に知らされた由は、地面で口を開けていた亀裂の中に身を投じてしまうのでした。
 羽磋と理亜が地上に戻った後の地下世界では、丘の上に王柔が座り込んでいました。少し離れた所には、すっかり静かになった濃青色の球体が、転がっていました。
 羽磋が考えていたとおり、やはり二人を地上に向かって水流と共に噴出することで、力を使い果たしたのでしょう。その外殻に生じているひび割れからは、幾筋もの煙のようなものが立ちあがっているのですが、その他には動きらしい動きはありません。球体の内部に見られた嵐雲の渦巻きも見られなければ、その下部から絶え間なく落ちていた青く輝く水流も無くなっていました。こう捉えるのが正しいのか王柔にはわからなかったのですが、彼には球体が「死んでしまった」ように思えました。
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