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第二章
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朝、顧海が教室に入ると、そこにいたガラの悪そうな男子が無遠慮な視線を向けてきた。顧海が脇をすり抜けようとすると腕を掴んで引き留める。
「聞きたいことがある」
顧海は男子のだらしない顔を一瞥する。
「なんだ?」
「人には聞かせられない話だからあっちに行こうぜ」
顧海は辛抱強く場所を移動した。
「じゃあ聞くけどよ……」
男子は顧海の耳元に熱い息を吹きかけてくる。
「お前、退役軍人だって本当か? 身分証を偽造して学歴を得るために俺たちのクラスに紛れ込んだのか?」
「わああああああ!」
長い雄叫びが廊下に響き渡った。
顧海が教室に入ると、まるで宝くじに当たったような気分になった。なんと白洛因が遅刻せず登校している。彼はしゃんと背筋を伸ばして自分の席に座り本の上に手を載せていたが、視線はぼんやりさまよわせていた。
「どうしたんだ? 今日は車で来たのか?」
顧海は笑いながら自分の席につく。
「朝三時に起きた」
顧海はピクっと反応したがまるで本気にしていないようだった。
「じゃあ何時に寝たんだよ」
「二時五十分」
「ほとんど寝てないってことか?」
白洛因は机に倒れこみ、両手をだらりとたらして机に頬を付けた。壁の釘をじっと見つめたままぼんやりしている姿は、まるで魂を奪われてしまったかのようだ。
顧海は片付けるふりをしつつ、ずっと白洛因を観察していた。
目の周りにクマができ、目は血走っている。本当に一晩中眠れなかったのかもしれない。
白洛因は机に伏せているうちにやがて眠気がやってきたようで、少しだけ体勢を変え、眠りやすい角度を取った。
ガシャーン!
耳をつんざく音で目を覚ます。続いて後ろの机が彼の背中からガツンとぶつかってきて、白洛因は息をのんだ。
「落としちゃったから拾おうと思って」
投げ落とした定規を拾い、顧海は机を元の場所に戻す。
背中は痛かったが、白洛因は我慢した。もちろん顧海はわざとやったのだろう。だが彼とやりあう気分ではない。頭は鉛のように重く、机に伏せるとあっという間に眠ってしまった。
「おい、小僧」
顧海は白洛因の襟足に生えている髪の毛を摘まんでぐいっと引っ張る。
「夕べ一睡もしなかったのは、喜びすぎたからじゃないだろうな?」
白洛因の瞳には殺意が宿ったが眠さで朦朧となる。彼はゆっくり振り向き、小声で告げた。
「言っておくが今日の俺はめちゃくちゃ機嫌が悪いんだ。怒らせないほうがいいぞ」
だが顧海にはまったく通じない。
「機嫌が悪い? 喜びが臨界点を越えていっそ悲しくなったのか?」
白洛因は歯を食いしばって顧海の襟元を掴むと、怒りをこめて睨みつけた。
「俺の言っていることがわからないのか」
顧海は両掌を上に向け、不穏な笑みを浮かべる。
「なんのことだかまったくわからないな」
「今日の朝自習は第三単元の単語を勉強しましょう。まず私が一度読んで聞かせます」
教室は静まり返った。羅暁瑜の綺麗な顔が生徒たちの眠気を覚ます。白洛因と顧海はしばし睨み合っていたが、白洛因は彼から手を離して強張ったように前を向いて机に伏せ、再び目を閉じた。
それから五分の間、白洛因はまた顧海が手を出してくるのを警戒して眠れなかったが、何の動きも感じられなかったので本格的に眠り始めた。だが、まさに夢の入り口に立ったそのとき、突然背後から両手が伸びてきて彼のランニングを引っ張り始める。
「まったく……こんなに穴が開いてるのにまだ着てるのか? 捨てるのが惜しいとしても、繕えばいいだろう。あのときの糸を全部俺に使ったのか?」
白洛因は頭を振り、何度も起こされて非常に苛立たしい気持ちを態度に表す。
「いい加減にしろよ」
顧海は気遣うような表情を浮かべてみせた。
「ごめんな。もう邪魔しないから寝てろよ」
白洛因は机を前に動かし、さらに椅子も前に移動させ、顧海の手が届かないようにする。それからもう一度伏せたが、最初よりもさらに警戒を強めた。
一分、二分、三分……白洛因は心の中で時間を計っていたが、やがて緊張がほぐれ、徐々に警戒心が落ちて行った。すると突然白洛因は指を動かし、目を開く。だが何も起きていない。そこで再び目を閉じた。だが、またも白洛因の背中に手が伸びてくる。
死ね!
白洛因はガバッと起き上がって怒鳴りつけた。
「ふざけんなよ。いかれてんのか?」
隣に立つ人間を凶悪な視線で睨みつけ、そのまま茫然とする。
羅暁瑜の目線と手が白洛因の上でぴたりと止まり、一秒前まで朗読していた声も消え、全員の視線が教室で堂々と居眠りし、それを起こした教師を罵った男に注がれていた。
「ごめんなさい先生、俺はてっきり……」
白洛因は顧海には絶対に目を向けなかった。どんなにムカつく顔をしているのか見なくてもわかったからだ。羅暁瑜の表情はついに晴れから曇りに変わった。
「ちょっと来なさい」
廊下に出ると、白洛因は羅暁瑜に釈明を始める。
「先生、俺が怒鳴ったのは先生じゃなくて顧海なんです」
羅暁瑜の目が赤くなる。
「言い訳をしなくていいのよ。顧海が席替えを希望したときに言ったわ。あなたと仲良しだから近くの席に行きたいって」
「……」
白洛因は諦めた。
「わかりました。じゃあ先生を罵ったってことでいいです。罰を受けます」
すると驚くことに羅暁瑜は泣き出した。白洛因は泣いている女性がとにかく苦手だった。それなのに夕べも今朝も連続で泣かれ、憂鬱さが瞬時に増す。
仕方なくすべてのポケットを探したがティッシュが見当たらない。それもそうだ。トイレで大きいのをするときでさえ持っていないことがあるのだから。
「先生、俺が間違ってました。泣かないでください」
癇癪持ちでキツイ性格なんじゃなかったのか? なんでこんなにすぐ泣くんだ? まさか彼女も失恋したとでもいうのか?
「いいわ。中に入りなさい。私はもう少しここで泣いていくから」
「先生……」
「入りなさい!」
羅暁瑜はついに声を荒げ、同時にはらはらと涙をこぼす。それは誰もが可哀想に思うような、特に男性なら誰でも胸を痛めるような風情だった。
白洛因は思わず想像した。もし石慧が目の前でこんなふうに泣いたら、俺はほだされて復縁するだろうか。
「聞きたいことがある」
顧海は男子のだらしない顔を一瞥する。
「なんだ?」
「人には聞かせられない話だからあっちに行こうぜ」
顧海は辛抱強く場所を移動した。
「じゃあ聞くけどよ……」
男子は顧海の耳元に熱い息を吹きかけてくる。
「お前、退役軍人だって本当か? 身分証を偽造して学歴を得るために俺たちのクラスに紛れ込んだのか?」
「わああああああ!」
長い雄叫びが廊下に響き渡った。
顧海が教室に入ると、まるで宝くじに当たったような気分になった。なんと白洛因が遅刻せず登校している。彼はしゃんと背筋を伸ばして自分の席に座り本の上に手を載せていたが、視線はぼんやりさまよわせていた。
「どうしたんだ? 今日は車で来たのか?」
顧海は笑いながら自分の席につく。
「朝三時に起きた」
顧海はピクっと反応したがまるで本気にしていないようだった。
「じゃあ何時に寝たんだよ」
「二時五十分」
「ほとんど寝てないってことか?」
白洛因は机に倒れこみ、両手をだらりとたらして机に頬を付けた。壁の釘をじっと見つめたままぼんやりしている姿は、まるで魂を奪われてしまったかのようだ。
顧海は片付けるふりをしつつ、ずっと白洛因を観察していた。
目の周りにクマができ、目は血走っている。本当に一晩中眠れなかったのかもしれない。
白洛因は机に伏せているうちにやがて眠気がやってきたようで、少しだけ体勢を変え、眠りやすい角度を取った。
ガシャーン!
耳をつんざく音で目を覚ます。続いて後ろの机が彼の背中からガツンとぶつかってきて、白洛因は息をのんだ。
「落としちゃったから拾おうと思って」
投げ落とした定規を拾い、顧海は机を元の場所に戻す。
背中は痛かったが、白洛因は我慢した。もちろん顧海はわざとやったのだろう。だが彼とやりあう気分ではない。頭は鉛のように重く、机に伏せるとあっという間に眠ってしまった。
「おい、小僧」
顧海は白洛因の襟足に生えている髪の毛を摘まんでぐいっと引っ張る。
「夕べ一睡もしなかったのは、喜びすぎたからじゃないだろうな?」
白洛因の瞳には殺意が宿ったが眠さで朦朧となる。彼はゆっくり振り向き、小声で告げた。
「言っておくが今日の俺はめちゃくちゃ機嫌が悪いんだ。怒らせないほうがいいぞ」
だが顧海にはまったく通じない。
「機嫌が悪い? 喜びが臨界点を越えていっそ悲しくなったのか?」
白洛因は歯を食いしばって顧海の襟元を掴むと、怒りをこめて睨みつけた。
「俺の言っていることがわからないのか」
顧海は両掌を上に向け、不穏な笑みを浮かべる。
「なんのことだかまったくわからないな」
「今日の朝自習は第三単元の単語を勉強しましょう。まず私が一度読んで聞かせます」
教室は静まり返った。羅暁瑜の綺麗な顔が生徒たちの眠気を覚ます。白洛因と顧海はしばし睨み合っていたが、白洛因は彼から手を離して強張ったように前を向いて机に伏せ、再び目を閉じた。
それから五分の間、白洛因はまた顧海が手を出してくるのを警戒して眠れなかったが、何の動きも感じられなかったので本格的に眠り始めた。だが、まさに夢の入り口に立ったそのとき、突然背後から両手が伸びてきて彼のランニングを引っ張り始める。
「まったく……こんなに穴が開いてるのにまだ着てるのか? 捨てるのが惜しいとしても、繕えばいいだろう。あのときの糸を全部俺に使ったのか?」
白洛因は頭を振り、何度も起こされて非常に苛立たしい気持ちを態度に表す。
「いい加減にしろよ」
顧海は気遣うような表情を浮かべてみせた。
「ごめんな。もう邪魔しないから寝てろよ」
白洛因は机を前に動かし、さらに椅子も前に移動させ、顧海の手が届かないようにする。それからもう一度伏せたが、最初よりもさらに警戒を強めた。
一分、二分、三分……白洛因は心の中で時間を計っていたが、やがて緊張がほぐれ、徐々に警戒心が落ちて行った。すると突然白洛因は指を動かし、目を開く。だが何も起きていない。そこで再び目を閉じた。だが、またも白洛因の背中に手が伸びてくる。
死ね!
白洛因はガバッと起き上がって怒鳴りつけた。
「ふざけんなよ。いかれてんのか?」
隣に立つ人間を凶悪な視線で睨みつけ、そのまま茫然とする。
羅暁瑜の目線と手が白洛因の上でぴたりと止まり、一秒前まで朗読していた声も消え、全員の視線が教室で堂々と居眠りし、それを起こした教師を罵った男に注がれていた。
「ごめんなさい先生、俺はてっきり……」
白洛因は顧海には絶対に目を向けなかった。どんなにムカつく顔をしているのか見なくてもわかったからだ。羅暁瑜の表情はついに晴れから曇りに変わった。
「ちょっと来なさい」
廊下に出ると、白洛因は羅暁瑜に釈明を始める。
「先生、俺が怒鳴ったのは先生じゃなくて顧海なんです」
羅暁瑜の目が赤くなる。
「言い訳をしなくていいのよ。顧海が席替えを希望したときに言ったわ。あなたと仲良しだから近くの席に行きたいって」
「……」
白洛因は諦めた。
「わかりました。じゃあ先生を罵ったってことでいいです。罰を受けます」
すると驚くことに羅暁瑜は泣き出した。白洛因は泣いている女性がとにかく苦手だった。それなのに夕べも今朝も連続で泣かれ、憂鬱さが瞬時に増す。
仕方なくすべてのポケットを探したがティッシュが見当たらない。それもそうだ。トイレで大きいのをするときでさえ持っていないことがあるのだから。
「先生、俺が間違ってました。泣かないでください」
癇癪持ちでキツイ性格なんじゃなかったのか? なんでこんなにすぐ泣くんだ? まさか彼女も失恋したとでもいうのか?
「いいわ。中に入りなさい。私はもう少しここで泣いていくから」
「先生……」
「入りなさい!」
羅暁瑜はついに声を荒げ、同時にはらはらと涙をこぼす。それは誰もが可哀想に思うような、特に男性なら誰でも胸を痛めるような風情だった。
白洛因は思わず想像した。もし石慧が目の前でこんなふうに泣いたら、俺はほだされて復縁するだろうか。
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