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第二章
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教室に戻れば顧海の狡猾な視線から逃れることはできなかった。一見わからないが、彼の豪胆で冷静沈着な目線には蟲毒(古代中国の呪術)のような狡猾さが潜んでいる。
白洛因が座ると、後ろから声が聞こえて来た。
「言っただろう。もう邪魔しないって。それなのに怒鳴るなんて、バカじゃないのか?」
白洛因は無表情で教科書を片付ける。
「おい、聞いてるのかよ」
背後から椅子を蹴られ、白洛因の体は前に傾いたが、すぐにバランスを取り戻す。
わかっている。この手の人間は犬と同じだ。相手にしなければいい。餌をやれば一日中まとわりついてくるし、一度殴れば会うたびごとに噛みついてくるのだ。対処法はただ一つ。近づかないことだ。
「席を変わってくれ」
尤其は白洛因を振り返る。
「なんでだよ」
「何も聞かずに協力してくれ」
尤其は頷き、自分の教科書をまとめて白洛因の席に置いた。もちろんトイレットペーパーも忘れてはいない。
白洛因は尤其の席に座り、教科書を引き出しに入れようとしたが、中にびっしりと使用済みのティッシュが詰め込まれているのを見て思いとどまった。尤其に引き取らせようかとも思ったが、後ろの机は自分のものなので、泣く泣く諦めた。
誰にも邪魔されない時間はなんて気持ちがいいんだろう。
尤其は確かにおしゃべりだが、論点が要領を得ない。白洛因は後ろからの声を聞いているうちに眠くなった。朦朧としていると、バンと音がする。
さっきの傷が癒える間もなく、また机がぶつかった。
今度はなんだ? 振り返ると、尤其も痛みに顔を歪めていた。
「俺のせいじゃない。後ろの奴が押してきたから慣性の法則でお前にぶつかったんだ」
白洛因は頭に血が上る。顧海のやり口はわかっている。もし彼が一列目に行けば、顧海は後ろから一列分の机を教壇にまで押し出すだろう。手を上げれば損をするのは自分だ。いまは暴力ではなく知恵を絞らなくてはならない。
白洛因は膨れ上がった苛立ちを抑え込んで頭をフル回転させ、この執拗かつ狡猾な敵に対処する方法を考えた。
四時間目は自習だ。顧お坊ちゃまはまたも暇で寂しくなった。彼は尤其の肩を叩き、机の上のトイレットペーパーを指差す。
「ひと巻くれよ。紙がなくなったんだ」
尤其が冷ややかな目で周囲に目を向けると、教室は凍りついた。
「少し千切ってやるからそれでいいだろう。ひと巻もいるか?」
「……」
尤其は最終的に圧力に負け、泣く泣くトイレットペーパーをひと巻き顧海に渡す。
顧海は個包装になっているパッケージを解いてからトイレットペーパ―の端を剥がして手に
掴んだまま、わざと手が滑ったように本体を白洛因の机に向かって投げた。
「ごめん、力が入りすぎた」
顧海は大股で白洛因の席にやって来るとトイレットペーパーを回収する。だが投げたのは左側からで、取りに来たのは右側からだった。顧海のその一往復で尤其と白洛因はぐるりとペーパーで巻かれてしまった。
「あれ? おかしいな」
顧海は素知らぬ素振りで歩き回り、さらにもう一周する。
尤其はそれに気づいて止まれと叫んだ。
「もう巻くな。それ以上回ると俺たちがぐるぐる巻きになるだろう」
白洛因は尤其の手を掴んで止める。
「やらせておけ」
トイレットペーパーが芯だけになると、彼はメモを書いて隣の女子に渡した。
『このメモを一番北側の五番目の男子に渡せ』
「早く千切れよ。なにやってるんだ」
尤其は手を動かそうとした。白洛因はメモに気づき、急いで尤其を止める。
「千切るな。絶対に触るな」
白洛因は即座に引き出しから鼻紙の束を取り出し、顧海が作り出したトイレットペーパーの端から転がす。一瞬の出来事に尤其は何が起きているのかわからなかったが、気付けば後ろの席は鼻紙の海になっていた。
顧海はヤバいと気づいてメモを取り戻そうとしたが間に合わず、相手に渡ってしまった。ほどなくして男子が手を伸ばして扇風機のスイッチを入れる。
風が巻き起こり、数十枚の鼻紙がすべて顧海の顔や体に飛んできた。
白洛因が座ると、後ろから声が聞こえて来た。
「言っただろう。もう邪魔しないって。それなのに怒鳴るなんて、バカじゃないのか?」
白洛因は無表情で教科書を片付ける。
「おい、聞いてるのかよ」
背後から椅子を蹴られ、白洛因の体は前に傾いたが、すぐにバランスを取り戻す。
わかっている。この手の人間は犬と同じだ。相手にしなければいい。餌をやれば一日中まとわりついてくるし、一度殴れば会うたびごとに噛みついてくるのだ。対処法はただ一つ。近づかないことだ。
「席を変わってくれ」
尤其は白洛因を振り返る。
「なんでだよ」
「何も聞かずに協力してくれ」
尤其は頷き、自分の教科書をまとめて白洛因の席に置いた。もちろんトイレットペーパーも忘れてはいない。
白洛因は尤其の席に座り、教科書を引き出しに入れようとしたが、中にびっしりと使用済みのティッシュが詰め込まれているのを見て思いとどまった。尤其に引き取らせようかとも思ったが、後ろの机は自分のものなので、泣く泣く諦めた。
誰にも邪魔されない時間はなんて気持ちがいいんだろう。
尤其は確かにおしゃべりだが、論点が要領を得ない。白洛因は後ろからの声を聞いているうちに眠くなった。朦朧としていると、バンと音がする。
さっきの傷が癒える間もなく、また机がぶつかった。
今度はなんだ? 振り返ると、尤其も痛みに顔を歪めていた。
「俺のせいじゃない。後ろの奴が押してきたから慣性の法則でお前にぶつかったんだ」
白洛因は頭に血が上る。顧海のやり口はわかっている。もし彼が一列目に行けば、顧海は後ろから一列分の机を教壇にまで押し出すだろう。手を上げれば損をするのは自分だ。いまは暴力ではなく知恵を絞らなくてはならない。
白洛因は膨れ上がった苛立ちを抑え込んで頭をフル回転させ、この執拗かつ狡猾な敵に対処する方法を考えた。
四時間目は自習だ。顧お坊ちゃまはまたも暇で寂しくなった。彼は尤其の肩を叩き、机の上のトイレットペーパーを指差す。
「ひと巻くれよ。紙がなくなったんだ」
尤其が冷ややかな目で周囲に目を向けると、教室は凍りついた。
「少し千切ってやるからそれでいいだろう。ひと巻もいるか?」
「……」
尤其は最終的に圧力に負け、泣く泣くトイレットペーパーをひと巻き顧海に渡す。
顧海は個包装になっているパッケージを解いてからトイレットペーパ―の端を剥がして手に
掴んだまま、わざと手が滑ったように本体を白洛因の机に向かって投げた。
「ごめん、力が入りすぎた」
顧海は大股で白洛因の席にやって来るとトイレットペーパーを回収する。だが投げたのは左側からで、取りに来たのは右側からだった。顧海のその一往復で尤其と白洛因はぐるりとペーパーで巻かれてしまった。
「あれ? おかしいな」
顧海は素知らぬ素振りで歩き回り、さらにもう一周する。
尤其はそれに気づいて止まれと叫んだ。
「もう巻くな。それ以上回ると俺たちがぐるぐる巻きになるだろう」
白洛因は尤其の手を掴んで止める。
「やらせておけ」
トイレットペーパーが芯だけになると、彼はメモを書いて隣の女子に渡した。
『このメモを一番北側の五番目の男子に渡せ』
「早く千切れよ。なにやってるんだ」
尤其は手を動かそうとした。白洛因はメモに気づき、急いで尤其を止める。
「千切るな。絶対に触るな」
白洛因は即座に引き出しから鼻紙の束を取り出し、顧海が作り出したトイレットペーパーの端から転がす。一瞬の出来事に尤其は何が起きているのかわからなかったが、気付けば後ろの席は鼻紙の海になっていた。
顧海はヤバいと気づいてメモを取り戻そうとしたが間に合わず、相手に渡ってしまった。ほどなくして男子が手を伸ばして扇風機のスイッチを入れる。
風が巻き起こり、数十枚の鼻紙がすべて顧海の顔や体に飛んできた。
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