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第三章
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次の朝、悲劇の一日が幕を明けた。白洛因は毎日ルーティーンのように、昼間は顧海と戦い、夜は家で石慧に無駄に消耗させられている。ただでさえ疲労困憊しているのに、今朝はさらに鼻づまりで窒息しかけて目が覚めた。見ると、掛け布団がほとんど床にずり落ちている。
風邪を引くのは当然の流れだ。
白洛因は一枚多く服を着て学校に行く途中で診療所に立ち寄った。医者は『白加黒』という風邪薬を処方してくれた。
学校に着いてすぐに白洛因は薬を一錠飲んだ。だがどうやら黒いほうを飲んでしまったようだ。白洛因の脳裏にこの薬のキャッチフレーズが浮かぶ。
『昼間は白を飲めば眠くならない。夜は黒を飲んでぐっすり』
朝自習の時間から授業まで、白洛因は顔も上げずに眠り続けた。我慢できなくなったのは顧海だ。どうにも落ち着かず、後ろの席からあらゆる方法で白洛因を起こそうとする。だが彼は深い眠りに落ちていて、机をぶつけてクラス中が振り返るほどの衝撃を与えてもまったく目を覚まそうとはしなかった。
三時間目は羅暁瑜の授業だった。彼女は白洛因に問題を答えさせるのが好きで、今回も例外ではなかった。透き通るような声で「白洛因」と告げると、全クラスメートが白洛因に注目した。すると白洛因は頬に赤い跡をつけながらも立ち上がり、淀みなく答える。
こんなことはこれまでに何度もあったので、誰も不思議には思わなかった。
だが顧海はわからないことは徹底的に究明するタイプだった。
彼は白洛因と知り合った日から彼が本当に寝ているのかどうか疑っていた。眠りながら授業も聞ける人間などいるはずがない。クラスメートたちは口を揃えて白洛因のこれは神がかった超能力だと言うが、顧海はそんな非科学的なものは信じない。
つまり白洛因は寝ていないのだ。
検証するため、三時間目が終わってから顧海は保健室で睡眠薬を二錠買い、砕いて白洛因の水筒へ入れた。午後の授業が始まるまで、白洛因は昏々と眠り続けた。
風邪薬には当然睡眠効果があり、しかも夜用を飲んだ人間は朝までぐっすり眠り続けるに決まっている。白洛因は喉が渇き、水筒の水をごくごくと飲んだ。
おかしい。今日の水は少し苦い。飲めば飲むほど喉が渇く。白洛因は水筒の水を飲み切り、給湯室から熱湯を汲んでくると、少し冷ましてからまた飲もうと机の上に置いた。
その水も飲み終えると、白洛因は即座に眠気に襲われる。今回の眠りは底がなかった。
午後の一、二時間目には教師は白洛因を当てなかったので、顧海は検証ができなかった。三、四時間目は自習時間で、静かで秩序のある環境は眠るのに最適だった。白洛因はまったく姿勢を変えず、机の上から本が床に落ちてもまったく気づかなかった。
そして、学習係が宿題を集め始め、白洛因のところへ来ると、軽く声をかけた。
「白洛因、お前の数学の宿題は」
白洛因はまったく反応しない。学習係は少し焦り、白洛因の頭を軽く叩いた。
「ほら、起きろよ。宿題を提出しないと」
尤其は振り返って脅かす。
「先生が来たぞ」
白洛因はそれでもぴくりとも動かない。周囲はようやく心配し始めた。白洛因のいつもの眠りは警戒心を失くしておらず、どれだけ気持ちよく眠っていても、誰かが呼んだりやるべきことがあればすぐに起きて動けるのだ。
今日は一体どうしたんだ?
尤其は伏せている白洛因の頭を持ち上げ、顔色を変える。
「こいつの顔、真っ青だぞ」
その言葉にそれまで考えこんでいた顧海はハッとした。まさか睡眠薬アレルギーじゃないだろうな。顧海は慌てて椅子を前に引き、片手で白洛因のふらつく肩を支えながらもう片方の手で蒼白な彼の顔を叩いた。
「白洛因? 白洛因?」
白洛因はまったく反応がない。尤其が先に声を上げる。
「気を失ってるぞ。早く保健室に連れて行かないと」
そう言って白洛因を背負おうとしたが立ち上がれず、二人同時に床に転がった。
顧海は見ていられず、尤其を押しやる。
「どけ、俺がやる」
そう言いながら白洛因の腕を自分の背に回し、しっかり安定させてから大急ぎで階下に向かった。尤其は後から追いかけてくる。
「なんで鳥を背負ってるみたいに身軽に動けるんだ?」
尤其は息を切らしながら尋ねた。彼は手ぶらにもかかわらず顧海に追いつけないのだ。
白洛因の体重はもちろん軽くない。だが普段から重い背嚢で背負って走るトレーニングしている顧海にとっては無いに等しい。一分もしないうちに二人は保健室に駆け込み、白洛因をベッドに寝かせた。
養護教員は若い女性で、二人のハンサムがひとりのハンサムを抱えて来たのでのぼせ上った。
「あら顧海、また来たのね」
顧海がここで睡眠薬を買ったとき、養護教員は彼に根掘り葉掘り尋ねてきて、その馴れ馴れしさが顧海を心の底から不快にさせた。保健室を出たときにはホッとしてもう二度と来るまいと思っていたのに、まさかこんなにすぐにまた来ることになるとは。
尤其は尋ねた。
「保健室の先生と知り合いなのか?」
顧海は質問に答えず、ずっと白洛因を見つめていた。
養護教員は尤其を探るように見つめていたが、瞳がにわかに輝く。
「あなた……尤其じゃない?」
尤其はどうでもいいように頷いた。
「わあ、あなたがみんなのアイドル、尤其なのね。そうじゃないかと思ったのよ。当たったわ。この間二人の女子がここに来て、ずっとあなたのことを話していたの……」
尤其は振り返って顧海の顔色を見た途端、急に焦り出した。
「早くしてくれよ」
尤其は自分のクールなイメージなどかまわず養護教員を急かす。
「病人はあっちだ。早く見てやってくれ」
養護教員は白洛因の前に立つと、また目を輝かせた。
「これって白洛因じゃない?」
陰湿で冷たい声が重々しく養護教員の耳に響く。
「それ以上一言でも余計なことを言えば、この保健室は明日にでも閉鎖させるぞ」
「彼は睡眠薬を飲んだだけなの?」
顧海は尤其に視線を向ける。尤其はしばらく考えていたが、突然顔色を変えた。
「机の上に薬のシートがあったような気がする。どんな薬なのかはよく見てないけど、朝来た時に風邪を引いていたから、多分風邪薬だと思う」
養護教員はじっと考え込み、尤其の顔に目を向けた。
「じゃあその薬のシートを持ってきて見せてちょうだい」
風邪を引くのは当然の流れだ。
白洛因は一枚多く服を着て学校に行く途中で診療所に立ち寄った。医者は『白加黒』という風邪薬を処方してくれた。
学校に着いてすぐに白洛因は薬を一錠飲んだ。だがどうやら黒いほうを飲んでしまったようだ。白洛因の脳裏にこの薬のキャッチフレーズが浮かぶ。
『昼間は白を飲めば眠くならない。夜は黒を飲んでぐっすり』
朝自習の時間から授業まで、白洛因は顔も上げずに眠り続けた。我慢できなくなったのは顧海だ。どうにも落ち着かず、後ろの席からあらゆる方法で白洛因を起こそうとする。だが彼は深い眠りに落ちていて、机をぶつけてクラス中が振り返るほどの衝撃を与えてもまったく目を覚まそうとはしなかった。
三時間目は羅暁瑜の授業だった。彼女は白洛因に問題を答えさせるのが好きで、今回も例外ではなかった。透き通るような声で「白洛因」と告げると、全クラスメートが白洛因に注目した。すると白洛因は頬に赤い跡をつけながらも立ち上がり、淀みなく答える。
こんなことはこれまでに何度もあったので、誰も不思議には思わなかった。
だが顧海はわからないことは徹底的に究明するタイプだった。
彼は白洛因と知り合った日から彼が本当に寝ているのかどうか疑っていた。眠りながら授業も聞ける人間などいるはずがない。クラスメートたちは口を揃えて白洛因のこれは神がかった超能力だと言うが、顧海はそんな非科学的なものは信じない。
つまり白洛因は寝ていないのだ。
検証するため、三時間目が終わってから顧海は保健室で睡眠薬を二錠買い、砕いて白洛因の水筒へ入れた。午後の授業が始まるまで、白洛因は昏々と眠り続けた。
風邪薬には当然睡眠効果があり、しかも夜用を飲んだ人間は朝までぐっすり眠り続けるに決まっている。白洛因は喉が渇き、水筒の水をごくごくと飲んだ。
おかしい。今日の水は少し苦い。飲めば飲むほど喉が渇く。白洛因は水筒の水を飲み切り、給湯室から熱湯を汲んでくると、少し冷ましてからまた飲もうと机の上に置いた。
その水も飲み終えると、白洛因は即座に眠気に襲われる。今回の眠りは底がなかった。
午後の一、二時間目には教師は白洛因を当てなかったので、顧海は検証ができなかった。三、四時間目は自習時間で、静かで秩序のある環境は眠るのに最適だった。白洛因はまったく姿勢を変えず、机の上から本が床に落ちてもまったく気づかなかった。
そして、学習係が宿題を集め始め、白洛因のところへ来ると、軽く声をかけた。
「白洛因、お前の数学の宿題は」
白洛因はまったく反応しない。学習係は少し焦り、白洛因の頭を軽く叩いた。
「ほら、起きろよ。宿題を提出しないと」
尤其は振り返って脅かす。
「先生が来たぞ」
白洛因はそれでもぴくりとも動かない。周囲はようやく心配し始めた。白洛因のいつもの眠りは警戒心を失くしておらず、どれだけ気持ちよく眠っていても、誰かが呼んだりやるべきことがあればすぐに起きて動けるのだ。
今日は一体どうしたんだ?
尤其は伏せている白洛因の頭を持ち上げ、顔色を変える。
「こいつの顔、真っ青だぞ」
その言葉にそれまで考えこんでいた顧海はハッとした。まさか睡眠薬アレルギーじゃないだろうな。顧海は慌てて椅子を前に引き、片手で白洛因のふらつく肩を支えながらもう片方の手で蒼白な彼の顔を叩いた。
「白洛因? 白洛因?」
白洛因はまったく反応がない。尤其が先に声を上げる。
「気を失ってるぞ。早く保健室に連れて行かないと」
そう言って白洛因を背負おうとしたが立ち上がれず、二人同時に床に転がった。
顧海は見ていられず、尤其を押しやる。
「どけ、俺がやる」
そう言いながら白洛因の腕を自分の背に回し、しっかり安定させてから大急ぎで階下に向かった。尤其は後から追いかけてくる。
「なんで鳥を背負ってるみたいに身軽に動けるんだ?」
尤其は息を切らしながら尋ねた。彼は手ぶらにもかかわらず顧海に追いつけないのだ。
白洛因の体重はもちろん軽くない。だが普段から重い背嚢で背負って走るトレーニングしている顧海にとっては無いに等しい。一分もしないうちに二人は保健室に駆け込み、白洛因をベッドに寝かせた。
養護教員は若い女性で、二人のハンサムがひとりのハンサムを抱えて来たのでのぼせ上った。
「あら顧海、また来たのね」
顧海がここで睡眠薬を買ったとき、養護教員は彼に根掘り葉掘り尋ねてきて、その馴れ馴れしさが顧海を心の底から不快にさせた。保健室を出たときにはホッとしてもう二度と来るまいと思っていたのに、まさかこんなにすぐにまた来ることになるとは。
尤其は尋ねた。
「保健室の先生と知り合いなのか?」
顧海は質問に答えず、ずっと白洛因を見つめていた。
養護教員は尤其を探るように見つめていたが、瞳がにわかに輝く。
「あなた……尤其じゃない?」
尤其はどうでもいいように頷いた。
「わあ、あなたがみんなのアイドル、尤其なのね。そうじゃないかと思ったのよ。当たったわ。この間二人の女子がここに来て、ずっとあなたのことを話していたの……」
尤其は振り返って顧海の顔色を見た途端、急に焦り出した。
「早くしてくれよ」
尤其は自分のクールなイメージなどかまわず養護教員を急かす。
「病人はあっちだ。早く見てやってくれ」
養護教員は白洛因の前に立つと、また目を輝かせた。
「これって白洛因じゃない?」
陰湿で冷たい声が重々しく養護教員の耳に響く。
「それ以上一言でも余計なことを言えば、この保健室は明日にでも閉鎖させるぞ」
「彼は睡眠薬を飲んだだけなの?」
顧海は尤其に視線を向ける。尤其はしばらく考えていたが、突然顔色を変えた。
「机の上に薬のシートがあったような気がする。どんな薬なのかはよく見てないけど、朝来た時に風邪を引いていたから、多分風邪薬だと思う」
養護教員はじっと考え込み、尤其の顔に目を向けた。
「じゃあその薬のシートを持ってきて見せてちょうだい」
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