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第三章
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尤其が立ち去った後、顧海はベッドの脇に座り、静かに白洛因を見つめた。彼はこれまで見たこともないほど穏やかで優しい表情をしていて、顔中をリラックスさせている。いまなら多少悪口を言っても彼の健やかな眠りを妨げることはないように思えた。
「安心して。彼は何ともないわ。検査はすべて正常よ。思うに二種類の薬を同時に飲んだために軽度の急性睡眠薬中毒を起こしているのね。目が覚めれば大丈夫。今後睡眠薬を飲むときには量に気を付けて。一錠で十分よ」
顧海はずっと沈黙したまま、顔色は蒼白だった。
尤其は戻ってきて養護教員に薬のシートを渡す。
「これが風邪薬です」
養護教員は頷き、白洛因の額を触ってやさしい声で言った。
「点滴が必要なようね。少し熱があるし、薬の過剰摂取で過眠の症状が出てるだけよ」
養護教員が隣の部屋へ行くと、尤其が白洛因に近づいて顧海に告げる。
「俺が見てるからお前は帰っていいよ。俺ひとりで大丈夫だから」
「お前が帰れよ」
軽く短い言葉だったが、相手に与える圧は相当高い。
顧海は白洛因に布団をかけた。
顧海の言動に、尤其は複雑な気分になる。ほかの人間には顧海と白洛因は水と油のように見えるだろうが、尤其はそうは思わなかった。顧海は白洛因のことが好きなのではないか。それも、ものすごく好きなんじゃないだろうか。彼は自分から積極的に誰かに挨拶をすることはないのに、白洛因には毎回飽きずに絡み続けている。他人のことはどうでもいいような態度を取っておきながら、白洛因が相手だと異常なまでの情熱を見せる。あらゆる手段で白洛因を痛めつけているのに、深刻な事態となれば誰よりも慌てている……。ほかの人間は理由がわからないだろうし、白洛因には見当もつかないだろうが、尤其には理解できた。
例えるならば、恋を知ったばかりの男子が好きな女の子に対してどう気持ちを表現すればいいかわからないのと同じだろう。そこで彼は常に彼女を困らせておさげを引っ張ったり宿題のノートを盗んだり、相手が泣くまで虐めてしまう。白洛因と顧海は両方とも男子なので恋愛にはならないだろうが、相手の注意を引こうとする目的は同じだった。
白洛因は顧海がこのクラスでただ一人、友達になりたいと思っている男なのだろう。男が友達を作る法則は、相手が自分より強く、その能力を認めているからこそ近づこうとする。だから尤其は顧海が白洛因を認めているのだろうと考えた。
そして顧海だけでなく、尤其も同じように白洛因を認めている。
白洛因には一種独特な吸引力があり、その魅力は時間が経てば経つほど強く濃くなる。まるで三千年に一度しか咲かないという伝説の優曇華花のようだ。花の中でも最も沈黙を守るその花弁がほころぶ日を、艱難辛苦を越え三千年待ち続ける人間がいるのだ。
「薬を処方してあげるわ」
夢想に耽っていた尤其は、養護教員の一言で我に返る。
「何の薬ですか?」
養護教員はふわりと微笑んだ。
「せっかく私のところに来たんだもの、手ぶらで帰すわけにはいかないわ! ここにはたくさんのサプリメントがあるから持って帰っていいわよ。高校生は勉強が大変でしょう。毎日大脳に栄養を与えないとね」
尤其は養護教員を一瞥する。
「あんたが自分で飲めばいい」
「……」
顧海は白洛因の顔をじっと眺める。どうしても彼が誰かに似ている気がしてならなかった。誰かはわからないが、彼の鼻と唇をどこかで見たような気がするのだ。
「ん……げほっ、げほっ」
白洛因の咳で顧海の思考は途切れた。
「喉が渇いた……」
白洛因は夢を見ていた。夢の中で自分は夸父(神話の人物、太陽を追いかけて死んだとされる)になり、太陽を追いかけていた。追えば追うほど喉が渇き、黄河のほとりに辿り着くまえに喉が渇いて目が覚めた。
甘く冷たい液体が口の中に入り、白洛因の唇と舌は十分に潤った。手を伸ばしてコップを受け取ると、誰かの手に触れる。掌は大きく力があり、指の節ははっきりしていた。白洛因は彼の手からコップを外そうとしたが、どうしてもコップの淵に触れることができなかった。
顧海は白洛因の暴れる手を押さえ、再びコップを彼の口元へ持って行き、慎重に水を彼の口に流し込んだ。喉の渇きは収まると、白洛因は顧海の手を押しやる。
「父さん、もういいよ」
昼からずっと引き結ばれていた顧海の唇はやっとほころび、笑みを浮かべた。
「遠慮すんなよ」
白洛因はおかしいと気づき、ゆっくり目を開く。そして顧海の顔を見た瞬間、冷たい表情に変わった。
「なんでお前なんだ?」
「もう父さんとは呼んでくれないのか?」
白洛因は手を伸ばし顧海を叩こうとしたが、その手を掴まれ止められる。
「じっとしてろ。手に針が刺さってるんだぞ」
白洛因はようやく手の針と頭上にぶら下がる薬瓶に気づいた。
「どういうことだ?」
顧海は事の次第をすべて隠すことなく正々堂々と話した。だが自分が白洛因に睡眠薬を盛ったのは彼の超能力を調べるためで、失敗したのは白洛因が協力せず肝心な時に調子を崩したからだとでもいうかのようだった。
白洛因は養護教員にいますぐ即効性の高い救心丸を大量に処方してほしいと思った。
「わかった。俺のどこがお前を怒らせたのか教えろ。謝るから」
白洛因は辟易していた。顧海は耐えられるかもしれないが、自分には無理だ。顧海はランニングをダメにしても買い換えられるが、自分には一着しかない。顧海はケガをしても入院できるが、自分は点滴薬ひと瓶で二週間分の小遣いが吹っ飛んでしまう。
顧海は白洛因の気持ちを汲み取り、即座に答えた。
「お前の経済的損失は全部保障する。でもお前に手を出さずにいるのは無理だ」
白洛因は頭を深く枕に沈め、怒り満面で顧海を見る。
「この野郎、頭がイカれてるんじゃないか?」
顧海は浅く笑った。
「ああ、イカれてるんだよ。病気だ」
「じゃあさっさと薬を飲めよ!」
「お前が俺の薬だ」
白洛因は冷ややかな眼差しを向ける。
「どういう意味だ?」
「俺によくなってほしいなら、お前は我慢しなきゃならないってことだよ」
「……」
「安心して。彼は何ともないわ。検査はすべて正常よ。思うに二種類の薬を同時に飲んだために軽度の急性睡眠薬中毒を起こしているのね。目が覚めれば大丈夫。今後睡眠薬を飲むときには量に気を付けて。一錠で十分よ」
顧海はずっと沈黙したまま、顔色は蒼白だった。
尤其は戻ってきて養護教員に薬のシートを渡す。
「これが風邪薬です」
養護教員は頷き、白洛因の額を触ってやさしい声で言った。
「点滴が必要なようね。少し熱があるし、薬の過剰摂取で過眠の症状が出てるだけよ」
養護教員が隣の部屋へ行くと、尤其が白洛因に近づいて顧海に告げる。
「俺が見てるからお前は帰っていいよ。俺ひとりで大丈夫だから」
「お前が帰れよ」
軽く短い言葉だったが、相手に与える圧は相当高い。
顧海は白洛因に布団をかけた。
顧海の言動に、尤其は複雑な気分になる。ほかの人間には顧海と白洛因は水と油のように見えるだろうが、尤其はそうは思わなかった。顧海は白洛因のことが好きなのではないか。それも、ものすごく好きなんじゃないだろうか。彼は自分から積極的に誰かに挨拶をすることはないのに、白洛因には毎回飽きずに絡み続けている。他人のことはどうでもいいような態度を取っておきながら、白洛因が相手だと異常なまでの情熱を見せる。あらゆる手段で白洛因を痛めつけているのに、深刻な事態となれば誰よりも慌てている……。ほかの人間は理由がわからないだろうし、白洛因には見当もつかないだろうが、尤其には理解できた。
例えるならば、恋を知ったばかりの男子が好きな女の子に対してどう気持ちを表現すればいいかわからないのと同じだろう。そこで彼は常に彼女を困らせておさげを引っ張ったり宿題のノートを盗んだり、相手が泣くまで虐めてしまう。白洛因と顧海は両方とも男子なので恋愛にはならないだろうが、相手の注意を引こうとする目的は同じだった。
白洛因は顧海がこのクラスでただ一人、友達になりたいと思っている男なのだろう。男が友達を作る法則は、相手が自分より強く、その能力を認めているからこそ近づこうとする。だから尤其は顧海が白洛因を認めているのだろうと考えた。
そして顧海だけでなく、尤其も同じように白洛因を認めている。
白洛因には一種独特な吸引力があり、その魅力は時間が経てば経つほど強く濃くなる。まるで三千年に一度しか咲かないという伝説の優曇華花のようだ。花の中でも最も沈黙を守るその花弁がほころぶ日を、艱難辛苦を越え三千年待ち続ける人間がいるのだ。
「薬を処方してあげるわ」
夢想に耽っていた尤其は、養護教員の一言で我に返る。
「何の薬ですか?」
養護教員はふわりと微笑んだ。
「せっかく私のところに来たんだもの、手ぶらで帰すわけにはいかないわ! ここにはたくさんのサプリメントがあるから持って帰っていいわよ。高校生は勉強が大変でしょう。毎日大脳に栄養を与えないとね」
尤其は養護教員を一瞥する。
「あんたが自分で飲めばいい」
「……」
顧海は白洛因の顔をじっと眺める。どうしても彼が誰かに似ている気がしてならなかった。誰かはわからないが、彼の鼻と唇をどこかで見たような気がするのだ。
「ん……げほっ、げほっ」
白洛因の咳で顧海の思考は途切れた。
「喉が渇いた……」
白洛因は夢を見ていた。夢の中で自分は夸父(神話の人物、太陽を追いかけて死んだとされる)になり、太陽を追いかけていた。追えば追うほど喉が渇き、黄河のほとりに辿り着くまえに喉が渇いて目が覚めた。
甘く冷たい液体が口の中に入り、白洛因の唇と舌は十分に潤った。手を伸ばしてコップを受け取ると、誰かの手に触れる。掌は大きく力があり、指の節ははっきりしていた。白洛因は彼の手からコップを外そうとしたが、どうしてもコップの淵に触れることができなかった。
顧海は白洛因の暴れる手を押さえ、再びコップを彼の口元へ持って行き、慎重に水を彼の口に流し込んだ。喉の渇きは収まると、白洛因は顧海の手を押しやる。
「父さん、もういいよ」
昼からずっと引き結ばれていた顧海の唇はやっとほころび、笑みを浮かべた。
「遠慮すんなよ」
白洛因はおかしいと気づき、ゆっくり目を開く。そして顧海の顔を見た瞬間、冷たい表情に変わった。
「なんでお前なんだ?」
「もう父さんとは呼んでくれないのか?」
白洛因は手を伸ばし顧海を叩こうとしたが、その手を掴まれ止められる。
「じっとしてろ。手に針が刺さってるんだぞ」
白洛因はようやく手の針と頭上にぶら下がる薬瓶に気づいた。
「どういうことだ?」
顧海は事の次第をすべて隠すことなく正々堂々と話した。だが自分が白洛因に睡眠薬を盛ったのは彼の超能力を調べるためで、失敗したのは白洛因が協力せず肝心な時に調子を崩したからだとでもいうかのようだった。
白洛因は養護教員にいますぐ即効性の高い救心丸を大量に処方してほしいと思った。
「わかった。俺のどこがお前を怒らせたのか教えろ。謝るから」
白洛因は辟易していた。顧海は耐えられるかもしれないが、自分には無理だ。顧海はランニングをダメにしても買い換えられるが、自分には一着しかない。顧海はケガをしても入院できるが、自分は点滴薬ひと瓶で二週間分の小遣いが吹っ飛んでしまう。
顧海は白洛因の気持ちを汲み取り、即座に答えた。
「お前の経済的損失は全部保障する。でもお前に手を出さずにいるのは無理だ」
白洛因は頭を深く枕に沈め、怒り満面で顧海を見る。
「この野郎、頭がイカれてるんじゃないか?」
顧海は浅く笑った。
「ああ、イカれてるんだよ。病気だ」
「じゃあさっさと薬を飲めよ!」
「お前が俺の薬だ」
白洛因は冷ややかな眼差しを向ける。
「どういう意味だ?」
「俺によくなってほしいなら、お前は我慢しなきゃならないってことだよ」
「……」
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