ハイロイン

ハイロインofficial

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第三章

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 新学年になって初めて定期テストの成績が発表された。
 顧海グー・ハイの成績は自分の予想以上に高かった。思い起こせばこのところ勉強に時間を割いていない。それなのにこんなにいい成績が取れるとはなかなかのものだ。
「お前は何点だった?」
 顧海は一日中眠り呆けている男がいったいどんな成績を取るのか知りたかった。
「合計点か?」
 顧海は頷く。
「俺は五百二十一点だった。お前は?」
「計算してない」
「見せろよ。俺が計算してやる」
 白洛因バイ・ロインが承諾する前に顧海は彼のテスト用紙を奪い取った。ここで何とか白洛因より優位に立っておかないと、体育以外本当に白洛因に勝てるものがない。
「数学、百五十点」
 顧海は驚愕しながら名前を確認する。確かに白洛因のもので、しかも満点だ。理系クラスの数学レベルは普通クラスよりも高いとはいえ、満点を取れる生徒は本当にごくわずかだ。
「国語、百二十六点」
 顧海は再び固まり、自分のテストと比べてみた。九十六点。三十点も差がある。白洛因のテストをもう一度見てみると、作文だけでも十五点も差がある。白洛因はほぼ満点だ。
「不公平だ……」
 顧海は顔を曇らせる。
「お前の作文を俺の字で書いたら、絶対四十点もつかないに決まってる」
 白洛因は相手にしなかった。
「理科総合が二百八十七、英語が百三十一、合計六百九十四点?」
 この点数が大学入試なら北京でトップになれる。ありえない! 顧海は信じられなかった。授業中にあんなに居眠りしているのに、こんな点数が取れるのか? 天の理に反している。
「カンニングしたんだろう?」
「俺の前は尤其ヨウ・チーで、後ろはお前だ。誰をカンニングするんだ?」
 尤其の合計点は四百点しかなく、さらに悲惨だった。
 隣に座る女子がそんな顧海を見かねて声をかけてくる。
「白洛因は一位の成績でこのクラスに入ってきたし、全校でも常に五位以内にいるのよ」
 ここにきて、なぜ羅暁瑜ルオ・シャオユーが白洛因に全幅の信頼を寄せているのか、周囲のみんなが白洛因を秀才だと誇るのかをようやく理解できた。いつも居眠りしている奴といつも集中していない奴。二人は同じ穴のムジナだと思っていたが、奴は常に頭の中で計算機を叩いている。どんなに痛めつけたと思っても、最後にバカを見るのは自分だ。
「お前、ひどいな!」
 顧海は白洛因の首筋を軽く叩く。
 俺がひどいって? もし天の神様が本当に見ているなら、とっくに後ろの席の奴を殺しているはずだと白洛因は思った。
「俺のどこがひどいんだ?」
「お前のせいで天才を受け入れるキャパシティがブレイクダウンしたんだ」
 白洛因は一笑に付し、容赦なく反撃する。
「俺もお前のせいでアホを受け入れるキャパシティがブレイクダウンしたぜ」


 顧海が癇癪を起こす暇もなく大声が響き渡り、周囲の視線は後ろの扉に集まった。見知らぬ人間が扉を蹴破り床に落ちた紙屑が舞い上がる。獰猛な顔つきは喧嘩っ早いチンピラのようだ。
「白洛因、このクソ野郎!」
 突然の罵声にざわめいていた教室は一瞬で静まり返る。
 白洛因が目をやると、そこには憎悪に満ちた顔があった。彼の名前は武放という。高校一年生から白洛因のことが気に入らなかった。理由はとてもシンプルだ。彼の好きな女の子がずっと白洛因に片思いをしていたからだ。彼は送迎車つきの金も権力もある官僚の息子で、教師も一目置いている。なぜ自分がこんな貧乏男に負け続けるのか我慢ならなかった。
「白洛因、言っておくが俺に逆らわないほうがいいぞ。俺はお前の化けの皮を剥いでやるからな。それでもこの学校にいられるか? 成績がいいからってなんでも好きにできると思うなよ。
俺が指示すればたとえ学校トップの人間でも追い出せるんだからな!」
 白洛因は立ち上がり、武放のいるほうへ歩いていく。語気はつとめて冷静だった。
「俺に一体何があるって? 言ってみろ。いっそ知りたいよ」
 武放は思慮を欠いた軽薄な笑みを浮かべる。
「本当にいいのか? 俺が話したらお前はきっと膝をついて泣き、俺に許しを請うぞ」
 白洛因は簡潔かつ冷淡に答える。
「言ってみろ」
「よし、忘れるなよ。お前が言わせたんだからな。みんな聞いてくれ。一度しか言わないぞ。白洛因は母親にしつけられてもいない劣等種だ。こいつの母親が何をしてるか知ってるか? 驚くぞ。いや待てよ、最近は売春婦とは言わないのか。ビッチか? はははは」
 教室中に非難の声が満ちる。驚く者や反感を露わにする者がいる一方、一番多いのは真偽を疑う者だった。白洛因にそんな母親がいるとは誰も信じていない。武放が嫉妬に駆られて事実を捏造し、白洛因を侮辱しているに違いないと思っていたのだ。
 白洛因は終始無言で表情を強張らせ、腕に浮いた血管だけが脈を打ち続けていた。
「ほら、白洛因は見るからにクソの輩だろう! 母親のいない奴はみんなこうなるんだ!」
白洛因は武放の側に近づき、腕を振り上げる。
 次の瞬間、白洛因の顔は返り血を浴びていた。
 武放は何が起きたかわかっていないようだった。白洛因も愕然とする中、顧海はふたたび拳を振り上げ殴り飛ばす。武放の顔の片側は見るも無残に変わっていた。大量の鼻血が吹き出して歯の隙間にまで流れこんでいる。彼は痛みにギャーギャー泣きわめいた。
「このクソったれが、俺を殴ったな?」
 武放は顧海に殴りかかろうとしたが、顧海が彼の膝めがけて強く蹴ると、骨が折れる恐ろしい音が聞こえた。武放はふたたび絶叫し床に倒れたが、顧海は襟を掴んで引き起こし、教室の後ろの扉から前の扉まで引きずっていく。
 パン! という平手打ちの音は廊下にいた全員の耳に届いた。
 ケンカを止めようと駆け寄る者もいたが、床に倒れた彼の様子に肝を冷やす。武放の顔は顧海にボロボロの綿の塊のようにされ、顎も歪んでしまっていた。顧海が殴ったせいで歯が四本折れ、それを吐き出したときには呼吸もままならなかった。
「謝れ!」
 顧海は白洛因を指差す。
 武放は泣きながら叫んだ。
「クソったれ、なんで俺が謝らなきゃならないんだ。それ以上殴れば明日には刑務所にぶち込むぞ! 嘘だと思うならやってみろ」
 武放の話もありえない話ではない。もし顧海が後ろ盾のないただの高校生であれば、官僚の息子をここまで殴りつければ服役は免れないだろう。
 顧海の拳は血に染まっていたが、左手で武放の頭を押さえ、彼の意表をついて右手の拳を叩き込んだ。
 嫌な音を立て、武放の片面は崩れ去った。
 通りかかった女生徒は驚いて叫び、教師ですらあえて直接止めようとはせず、急いで警備室に電話をかける。
「謝れ!」
 武放は滝のような涙を流し、泣き喚いてむせ返りそうになった。
 クラスの男子がさすがに見かねて顧海の元へ来ると、善意から声をかける。
「顧海、やめておけよ。面倒なことになるぞ!」
 顧海は無視し、武放の太腿の付け根を蹴った。
「謝れ!」
 武放は痛みに身を縮め、小エビのように床で痙攣する。
 白洛因は黙って側に立っていたが、驚きのあまり言葉が出なかった。顧海がここまで狂ったように自分のために仇を討ってくれようとするのか理由がわからない。
 尤其は白洛因を押しやる。
「お前が止めろよ。これ以上やれば大事になるぞ」
 白洛因は近づいたが、口を開く前に顧海は指を三本立てた。
「三数える間に謝らなければ、窓からお前を投げ捨てる。嘘だと思うならやってみてもいいぞ。一、二……」
 武放は猛然と顧海の足にしがみつく。顔全体はもはや血と肉の区別がつかず、本来の容貌とはまったく違っていた。
「ご……ごめんなさい……」
 武放が口を開くとどろりとした大量の血が流れ出し、周囲は恐怖に慄いてみな後ずさる。
 顧海は武放を引っ張って両膝をつかせると、彼の頭を白洛因の足元へ押さえこんだ。
「言えよ。お前は彼の子分で、お前こそ劣等種だって!」
 武放は黙り込む。
 白洛因は不穏な空気を感じ取り、やりすぎないように顧海を止めようとした。だが間に合わず、顧海はまた殴り、武放の歯茎が唇の外に飛び出した。
「もうやめろ!」
 白洛因は顧海を引っ張る。
「はやくこいつを病院に連れていけ」
「お前は正々堂々としていろ!」
 顧海は白洛因に向かって吠えた。
 彼と知り合って以来、白洛因は顧海のこんな顔を初めて見た。残忍さや恐ろしさを表すどんな言葉でも形容しきれない。
「謝れ!」
 顧海の怒号が廊下中に響き渡る。暗く冷たい廊下の隅には太陽の光さえ届かなかった。
 武放は白洛因の足に顔をこすりつけ、泣きながら喘ぎ、汚物を口から吐き出した。
「俺は……お前の……子分……うう……俺は劣……劣等種……うう……」
 顧海は武放から手を離して身を起こす。制服の襟元は血で赤く染まっていた。
 白洛因は二人の間に黙って立っていたが、心は空っぽだった。
 救急車のサイレンが聞こえてきて、群がっていた学生たちは膝を震わせ教室へ戻っていく。救急隊員らは足早に教室の戸口にやってくると、ショック状態に近い武放を担架に乗せた。
 十分後にはすべてが元に戻り、あたりは静まりかえる。
 廊下の血は清掃員が綺麗に拭き取ったが血生臭さは教室にも漂い、みんなは肝を冷やした。
「顧海、ちょっと来なさい」
 白洛因が顧海を振り返ったときにはすでに彼の姿はなかった。顧海はきっともう二度と戻っては来られないだろうとみんなは囁き合った。
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