ハイロイン

ハイロインofficial

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第四章

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「ただいまの時刻は、北京時間六時ちょうどです」
 顧海グー・ハイは古い携帯電話の音声で目を覚ました。これまで毎朝五時きっかりに目を覚ましてきたのに、昨日はあれから色々あって夜更かししすぎた。まず住居を探して走り回り、その後はコオロギの鳴き声がうるさくて眠れず、明け方になってようやく目を閉じた。
 しかし顧海はとても元気だった。ギシギシ鳴る木製のシングルベッドから下りて一足三十元のスポーツシューズを履き、簡単に身支度を済ませると、中古の自転車に乗って家を出る。
 彼はとても爽やかな気分で登校した。
 しかし、白洛因バイ・ロインは真逆の状態だった。
 目が覚めると割れるように頭が痛く、吐き気もひどかった。夕べの記憶は曖昧でどうやって帰ってきたのかも覚えていない。焼烤(バーベキュー)を食べに行って顧海に遭遇し、少ししゃべったがその後のことは一切思い出せなかった。
 時計を見るともう六時だった。今日も遅刻確定だ。
 ゾウおばさんの店で豆腐脳を食べ、ようやく吐き気が少し収まる。勘定時におばさんに尋ねた。
「おばさん、服に着いた血はどうやって落とすの?」
 女性なら知っているはずだ。
「まず冷たい水につけておいて、それから硫黄石鹸でこすり落とすのよ。どうしても落ちなければ持ってきて。洗ってあげるわ」
「大丈夫、自分で洗えるから」
 白洛因は一度家に戻って血のついたランニングを洗濯用の洗面器に水を張って浸け置きし、それからようやく学校へ向かった。
 すると、いくらも歩かないうちに自転車に乗った顧海に出くわす。
 彼は自転車のベルを使う必要はなかった。ペダルをこぐだけでギーコギーコと大きな音を立て、目立つからだ。ブレーキも効かないようだが、顧海は長い両足をついて無理に止めていた。
「乗れよ。俺様が学校に連れて行ってやるぜ」
 白洛因はまったく取り合わず、前を向いて歩き続ける。
「そのボロ自転車じゃ、俺が乗ったらバラバラに壊れるぞ」
「徒歩のくせに自転車の奴をバカにするのか?」
 顧海は自転車に跨ったまま、白洛因と同じ速度で進む。
 ぴったり横に貼りついて大きな騒音を立てられれば、歩いていようが自転車に乗っていようが文句を言うのは当たり前だろう。白洛因はしばらく黙っていたが、顧海のほうにチラッと目をやる。彼はじっと自分を見つめていた。
「よそ見をするなよ」
 白洛因が咎めると、顧海はにやりと笑った。
「隣のほうが前を見るより綺麗だからだよ!」
 白洛因は聞こえないふりをする。
「こっちのほうに住んでるのか?」
「そうだよ」
 顧海の言葉はまるで本当のことのようだった。
「ずっとこのへんに住んでるよ」
「じゃあこれまでどうして会わなかったんだ?」
「俺が今日初めて遅刻したからだろう。俺が毎朝自転車でここを通るときにはお前はまだ起きていなかったんだ」
「俺はこのあたりの人は大体全部知ってるぞ。お前の父さんの名前は?」
 顧海はわざと話題を逸らした。
「なんで今日俺が寝坊したのか聞かないのか?」
 白洛因にはわかっていたが、わざと知らないふりをした。
「わかるわけないだろう」
「お前は夕べ飲みすぎて、俺が送って行ったんだ。戸口のところでお前は俺に抱きついて死んでも離そうとしなかった」
「お前の面の皮はどれだけ厚いんだ?」
 白洛因は顔をしかめた。
「俺は何があってもお前に抱きついたりはしない!」
「そうとは限らないぞ。昨日めそめそと過去のコイバナを語ったのは誰だ? 俺が肉の串焼きを食べているっていうのに、お前は俺に抱きついてホェちゃん慧ちゃんって。鳥肌が立ったぞ」
 昨晩のことは少しだけ覚えている。だが本当にわからない。俺はどうしてあんな打ち明け話をこんな胡散臭い男にしたんだ?
「誰かさんは飲みすぎて、パンツも脱がずに用を足そうとしたんだぞ。俺が急いで下ろしてやらなきゃパンツはまだ湿ってるだろうよ」
 顧海は隣で昨夜のことをべらべらしゃべり続ける。白洛因は心中で彼を罵った。
「俺はしたくないっていうのに奴はどうしても俺にパンツを下ろさせ、でかさを比べようとするんだ。白洛因、奴は恥知らずだと思わないか?」
 顧海は白洛因をからかいながら、夕べの酔っ払った無邪気で可愛い姿を思い出して楽しくなり、はばかることなく笑い始める。
 白洛因は腹を立て、大きな歩幅で足を速めた。それを察し、顧海は猛然とペダルを踏む。しかしボロ自転車では加速もままならず苦戦していると、白洛因に自転車の後部を掴まれた。
 後部座席に荷重がかかり、顧海は白洛因が乗ったことを知る。
「さっきは乗らなかったのに悪口を言ったら乗るのか? ……おい!……この野郎、俺にやり返す気か?」
 膝小僧を二回蹴られ顧海が振り返ると、白洛因の背中が目に入る。
「なんで後ろを向いてるんだ?」
「お前を見なくて済むからだよ」
 自転車は順調に進んだが荷台は狭い。二人は背中をくっつけて座り、まるでイタリアのスポーツブランド『Kappa』のロゴマークのような姿勢で路地を越えていく。白洛因は飛び去る景色を眺めながら登校するのは初めてで、朝の空気がこんなに清々しいことも知らなかった。
「なあ、昨日はお前が俺を背負って帰ったのか?」
 顧海はわずかに口角を上げる。
「本当に思い出したのか?」
「あてずっぽうだ」
「俺は二回もお前をおんぶしたんだぞ。お前はいつ俺をおんぶしてくれるんだ?」
「お前には足があるじゃないか」
「お前にだってあるだろう。なのに俺はどうして背負わなきゃならなかったんだ?」
「お前が望んでやったことなのに、俺に聞いてどうする」
 顧海は目を眇め、自転車を手で支えながら方向を変え、わざと小石や減速帯など障害物のある場所を通ったため、ボロ自転車はバラバラになりかけた。白洛因の座り心地はもちろん言うまでもない。
 白洛因は必死に座席にしがみつき、なんとか転落を避けた。初めのうちは単に道が悪いだけかと思ったが、やがて振動がどんどんひどくなることに気づく。脇にはちゃんとした道があるのにわざとそこを走ろうとしないのだ。
「自転車もまともにこげないのか?」
「これぞ自転車に乗る醍醐味だろう。俺はトレーニングになるし、お前は按摩治療ができる。超自然療法じゃないか」
 白洛因が強く肘を突くと、ちょうど顧海の腰のツボに当たった。電流が走ったように痺れ、顧海は深く息を吸い込む。ジンジンしているが悪くない。
 見上げた空はこれまでになく晴れ渡っていた。
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