ハイロイン

ハイロインofficial

文字の大きさ
30 / 103
第四章

1

しおりを挟む
「ただいまの時刻は、北京時間六時ちょうどです」
 顧海グー・ハイは古い携帯電話の音声で目を覚ました。これまで毎朝五時きっかりに目を覚ましてきたのに、昨日はあれから色々あって夜更かししすぎた。まず住居を探して走り回り、その後はコオロギの鳴き声がうるさくて眠れず、明け方になってようやく目を閉じた。
 しかし顧海はとても元気だった。ギシギシ鳴る木製のシングルベッドから下りて一足三十元のスポーツシューズを履き、簡単に身支度を済ませると、中古の自転車に乗って家を出る。
 彼はとても爽やかな気分で登校した。
 しかし、白洛因バイ・ロインは真逆の状態だった。
 目が覚めると割れるように頭が痛く、吐き気もひどかった。夕べの記憶は曖昧でどうやって帰ってきたのかも覚えていない。焼烤(バーベキュー)を食べに行って顧海に遭遇し、少ししゃべったがその後のことは一切思い出せなかった。
 時計を見るともう六時だった。今日も遅刻確定だ。
 ゾウおばさんの店で豆腐脳を食べ、ようやく吐き気が少し収まる。勘定時におばさんに尋ねた。
「おばさん、服に着いた血はどうやって落とすの?」
 女性なら知っているはずだ。
「まず冷たい水につけておいて、それから硫黄石鹸でこすり落とすのよ。どうしても落ちなければ持ってきて。洗ってあげるわ」
「大丈夫、自分で洗えるから」
 白洛因は一度家に戻って血のついたランニングを洗濯用の洗面器に水を張って浸け置きし、それからようやく学校へ向かった。
 すると、いくらも歩かないうちに自転車に乗った顧海に出くわす。
 彼は自転車のベルを使う必要はなかった。ペダルをこぐだけでギーコギーコと大きな音を立て、目立つからだ。ブレーキも効かないようだが、顧海は長い両足をついて無理に止めていた。
「乗れよ。俺様が学校に連れて行ってやるぜ」
 白洛因はまったく取り合わず、前を向いて歩き続ける。
「そのボロ自転車じゃ、俺が乗ったらバラバラに壊れるぞ」
「徒歩のくせに自転車の奴をバカにするのか?」
 顧海は自転車に跨ったまま、白洛因と同じ速度で進む。
 ぴったり横に貼りついて大きな騒音を立てられれば、歩いていようが自転車に乗っていようが文句を言うのは当たり前だろう。白洛因はしばらく黙っていたが、顧海のほうにチラッと目をやる。彼はじっと自分を見つめていた。
「よそ見をするなよ」
 白洛因が咎めると、顧海はにやりと笑った。
「隣のほうが前を見るより綺麗だからだよ!」
 白洛因は聞こえないふりをする。
「こっちのほうに住んでるのか?」
「そうだよ」
 顧海の言葉はまるで本当のことのようだった。
「ずっとこのへんに住んでるよ」
「じゃあこれまでどうして会わなかったんだ?」
「俺が今日初めて遅刻したからだろう。俺が毎朝自転車でここを通るときにはお前はまだ起きていなかったんだ」
「俺はこのあたりの人は大体全部知ってるぞ。お前の父さんの名前は?」
 顧海はわざと話題を逸らした。
「なんで今日俺が寝坊したのか聞かないのか?」
 白洛因にはわかっていたが、わざと知らないふりをした。
「わかるわけないだろう」
「お前は夕べ飲みすぎて、俺が送って行ったんだ。戸口のところでお前は俺に抱きついて死んでも離そうとしなかった」
「お前の面の皮はどれだけ厚いんだ?」
 白洛因は顔をしかめた。
「俺は何があってもお前に抱きついたりはしない!」
「そうとは限らないぞ。昨日めそめそと過去のコイバナを語ったのは誰だ? 俺が肉の串焼きを食べているっていうのに、お前は俺に抱きついてホェちゃん慧ちゃんって。鳥肌が立ったぞ」
 昨晩のことは少しだけ覚えている。だが本当にわからない。俺はどうしてあんな打ち明け話をこんな胡散臭い男にしたんだ?
「誰かさんは飲みすぎて、パンツも脱がずに用を足そうとしたんだぞ。俺が急いで下ろしてやらなきゃパンツはまだ湿ってるだろうよ」
 顧海は隣で昨夜のことをべらべらしゃべり続ける。白洛因は心中で彼を罵った。
「俺はしたくないっていうのに奴はどうしても俺にパンツを下ろさせ、でかさを比べようとするんだ。白洛因、奴は恥知らずだと思わないか?」
 顧海は白洛因をからかいながら、夕べの酔っ払った無邪気で可愛い姿を思い出して楽しくなり、はばかることなく笑い始める。
 白洛因は腹を立て、大きな歩幅で足を速めた。それを察し、顧海は猛然とペダルを踏む。しかしボロ自転車では加速もままならず苦戦していると、白洛因に自転車の後部を掴まれた。
 後部座席に荷重がかかり、顧海は白洛因が乗ったことを知る。
「さっきは乗らなかったのに悪口を言ったら乗るのか? ……おい!……この野郎、俺にやり返す気か?」
 膝小僧を二回蹴られ顧海が振り返ると、白洛因の背中が目に入る。
「なんで後ろを向いてるんだ?」
「お前を見なくて済むからだよ」
 自転車は順調に進んだが荷台は狭い。二人は背中をくっつけて座り、まるでイタリアのスポーツブランド『Kappa』のロゴマークのような姿勢で路地を越えていく。白洛因は飛び去る景色を眺めながら登校するのは初めてで、朝の空気がこんなに清々しいことも知らなかった。
「なあ、昨日はお前が俺を背負って帰ったのか?」
 顧海はわずかに口角を上げる。
「本当に思い出したのか?」
「あてずっぽうだ」
「俺は二回もお前をおんぶしたんだぞ。お前はいつ俺をおんぶしてくれるんだ?」
「お前には足があるじゃないか」
「お前にだってあるだろう。なのに俺はどうして背負わなきゃならなかったんだ?」
「お前が望んでやったことなのに、俺に聞いてどうする」
 顧海は目を眇め、自転車を手で支えながら方向を変え、わざと小石や減速帯など障害物のある場所を通ったため、ボロ自転車はバラバラになりかけた。白洛因の座り心地はもちろん言うまでもない。
 白洛因は必死に座席にしがみつき、なんとか転落を避けた。初めのうちは単に道が悪いだけかと思ったが、やがて振動がどんどんひどくなることに気づく。脇にはちゃんとした道があるのにわざとそこを走ろうとしないのだ。
「自転車もまともにこげないのか?」
「これぞ自転車に乗る醍醐味だろう。俺はトレーニングになるし、お前は按摩治療ができる。超自然療法じゃないか」
 白洛因が強く肘を突くと、ちょうど顧海の腰のツボに当たった。電流が走ったように痺れ、顧海は深く息を吸い込む。ジンジンしているが悪くない。
 見上げた空はこれまでになく晴れ渡っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アイドルですがピュアな恋をしています。

雪 いつき
BL
人気アイドルユニットに所属する見た目はクールな隼音(しゅん)は、たまたま入ったケーキ屋のパティシエ、花楓(かえで)に恋をしてしまった。 気のせいかも、と通い続けること数ヶ月。やはりこれは恋だった。 見た目はクール、中身はフレンドリーな隼音は、持ち前の緩さで花楓との距離を縮めていく。じわりじわりと周囲を巻き込みながら。 二十歳イケメンアイドル×年上パティシエのピュアな恋のお話。

先輩たちの心の声に翻弄されています!

七瀬
BL
人と関わるのが少し苦手な高校1年生・綾瀬遙真(あやせとうま)。 ある日、食堂へ向かう人混みの中で先輩にぶつかった瞬間──彼は「触れた相手の心の声」が聞こえるようになった。 最初に声を拾ってしまったのは、対照的な二人の先輩。 乱暴そうな俺様ヤンキー・不破春樹(ふわはるき)と、爽やかで優しい王子様・橘司(たちばなつかさ)。 見せる顔と心の声の落差に戸惑う遙真。けれど、彼らはなぜか遙真に強い関心を示しはじめる。 **** 三作目の投稿になります。三角関係の学園BLですが、なるべくみんなを幸せにして終わりますのでご安心ください。 ご感想・ご指摘など気軽にコメントいただけると嬉しいです‼️

冬は寒いから

青埜澄
BL
誰かの一番になれなくても、そばにいたいと思ってしまう。 片想いのまま時間だけが過ぎていく冬。 そんな僕の前に現れたのは、誰よりも強引で、優しい人だった。 「二番目でもいいから、好きになって」 忘れたふりをしていた気持ちが、少しずつ溶けていく。 冬のラブストーリー。 『主な登場人物』 橋平司 九条冬馬 浜本浩二 ※すみません、最初アップしていたものをもう一度加筆修正しアップしなおしました。大まかなストーリー、登場人物は変更ありません。

「目を閉じ耳を塞いだ俺の、君は唯一の救いだった」

濃子
BL
「知ってる?2―Aの安曇野先輩ってさ、中学のとき付き合ってたひとが死んでるんだってーー………」   その会話が耳にはいったのは、本当に偶然だったんだーー。 図書委員の僕、遠野悠月は、親の仕事からボッチでいることが多かった。けれどその日、読書をしていた安曇野晴日に話をふられ、彼の抱えている問題を知ることになる。 「ーー向こうの母親から好かれているのは事実だ」 「ふうん」  相手は亡くなってるんだよね?じゃあ、彼女をつくらない、っていうのが嘘なのか?すでに、彼女もちーー? 「本当はーー……」 「うん」 「亡くなった子のこと、全然知らないんだ」  ーーそれは一体どういうことなのか……?その日を境に一緒にいるようになった僕と晴日だけど、彼の心の傷は思った以上に深いものでーー……。   ※恋を知らない悠月が、晴日の心の痛みを知り、彼に惹かれていくお話です。青春にしては重いテーマかもしれませんが、悠月の明るい性格で、あまり重くならないようにしています。 青春BLカップにエントリーしましたが、前半は恋愛少なめです。後半の悠月と晴日にご期待ください😊 BETくださった方、本当にありがとうございます😁 ※挿絵はAI画像を使用していますが、あくまでイメージです。

灰かぶり君

渡里あずま
BL
谷出灰(たに いずりは)十六歳。平凡だが、職業(ケータイ小説家)はちょっと非凡(本人談)。 お嬢様学校でのガールズライフを書いていた彼だったがある日、担当から「次は王道学園物(BL)ね♪」と無茶振りされてしまう。 「出灰君は安心して、王道君を主人公にした王道学園物を書いてちょうだい!」 「……禿げる」 テンション低め(脳内ではお喋り)な主人公の運命はいかに? ※重複投稿作品※

坂木兄弟が家にやってきました。

風見鶏ーKazamidoriー
BL
父子家庭のマイホームに暮らす|鷹野《たかの》|楓《かえで》は家事をこなす高校生。ある日、父の再婚話が持ちあがり相手の家族とひとつ屋根のしたで生活することに、再婚相手には年の近い息子たちがいた。 ふてぶてしい兄弟に楓は手を焼きながら、しだいに惹かれていく。

彼はオレを推しているらしい

まと
BL
クラスのイケメン男子が、なぜか平凡男子のオレに視線を向けてくる。 どうせ絶対に嫌われているのだと思っていたんだけど...? きっかけは突然の雨。 ほのぼのした世界観が書きたくて。 4話で完結です(執筆済み) 需要がありそうでしたら続編も書いていこうかなと思っておいます(*^^*) もし良ければコメントお待ちしております。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

処理中です...