33 / 103
第四章
4
しおりを挟む
次の日の朝早く、顧海はいつものように白洛因を後ろに乗せて自転車で学校へ向かった。白洛因はこれまで顧海に背中を向けて座っていたのに、今日は前を向き、ハブステップに立って顧海の肩に手を置く。こうすれば前を見渡せ、顧海がわざとでこぼこ道を走るのを止められる。
だが今日は風が強い。北京に吹く風はとても強く、砂どころか地面の埃をすべて巻き上げる。
白洛因は背も高く風を真っ向から浴びるため、息をするだけで大量の砂が口に入って来た。
「なんで座らないんだ? お前の風避けになってやるのに」
白洛因は顧海の肩を苦々しくつねり、何も答えなかった。
顧海は白洛因の考えを見抜いていたので、すぐに言い添える。
「俺は絶対に小石の上を通ったりしない。安心しろ!」
「明日の土曜日、遊びに行かないか?」
「え?」
耳元に吹き付ける風の音に車のクラクションが加わり、顧海は白洛因の声がはっきり聞こえなかった。
白洛因はわずかに頭を下げ、できるだけ顧海の耳元に口を近づける。
「土曜日、一緒に釣りに行かないか?」
顧海が握るハンドルはふらついたが、視線は前方を見たまま、とても難しい決定を迫られているようだった。
「用事があって行けない」
白洛因の瞳はわずかに暗くなる。
「じゃあ仕方ないな」
声は小さかったが、顧海にはとてもはっきり聞こえた。
「わかった。土曜日、お前のところに行く!」
白洛因がわずかに俯くと、顧海の高い鼻梁が見える。
「たったいま行かないって言わなかったか?」
顧海がちらりと振り返ると、白洛因のしっかりとした顎が目に入った。
「風が強かったし、お前の聞き間違いじゃないか」
早朝、空は少し曇っていた。自転車をこぐと腕がひんやり寒く感じる。顧海が白洛因の家に到着したとき、彼はすでに準備を整えて戸口で待っていた。
顧海は初めて白洛因の私服姿を見た。これまではいつも学校の制服、それも夏服を着ていたからだ。他の学生はジャージの上着を着始めているのに、白洛因はいまだにランニングだ。だからクラスメートらは白洛因の熱量がとても高いのだと思っている。だが今日は珍しく長袖を着ているので顧海はからかおうと思った。
「お前も俺たち人間みたいに暑さ寒さを知っていたんだな」
白洛因はとても含みのある笑顔を浮かべ、釣竿を勢いよく顧海の体と足に振り下ろした。顧海のふくらはぎは火がついたように熱くなり、深く息を吸い込む。それから白洛因は顧海の自転車を家の中庭に運び込んだ。今日は徒歩で行くらしい。
道中、顧海はわざと歩みを緩めて後ろから白洛因をじっくりと眺めた。街角でよく見るごく普通の服も、白洛因が着るととてもセンスがあるように思える。白洛因の顔はあどけないが、この服を着た途端に男性特有のフェロモンを感じる。
「なかなかいい服じゃないか。どこで買ったんだ?」
「父さんのだよ」
なるほど、どうりで大人っぽいわけだ……。
「父親の服を着るのか?」
白洛因は淡々と答えた。
「俺たち親子は服を共有するからな。俺はショッピングが嫌いだし、父さんが買ってきた服は選好みせずに着る」
顧海は笑う。
「まさか長袖は二人で一着しかないとか言うなよ。お前が着て出かけたらお前の父さんは裸で仕事に行かなきゃならないだろう……」
顧海の突っ込みに白洛因はとてもおおらかな冗談で返した。
「俺たちを買いかぶりすぎだ。俺たち四人家族は冬に一枚しか綿入れがないから、一人が着て行ったら残りの三人は地面の穴に埋まって暖を取るしかないんだ」
「じゃあ家には太ったお婆さんと痩せたお婆さんがいるんだな?」
それを聞いて、白洛因はようやく楽しそうに笑う。
「お前も郭徳綱(中国伝統芸の相声で有名なコメディアン)のネタを知ってたか」
二人は歩きながら話した。白洛因は実はとてもしゃべりがうまい。油断すると巧みな話術にうっかり嵌められてしまうので、常に頭を働かせなければならない。軽い話に聞こえても、後から深い意味が込められていることに気づくのだ。
「ついたぞ」
白洛因は地べたに座り、さっと釣り糸の端を出し、瓶のふたを開けて餌を釣り針につけた。それから比較的平らな場所を探して浮きを投げて座る。顧海も白洛因のいるほうへ歩いていく。
ここは天然の池で、小さいが水質は悪くない。養殖ではないので魚も大きいものはいない。だいたい十センチ以下の小魚だ。肉は少ないが歯ごたえがある。
「釣り終えたら魚の重さで金を払うのか?」
白洛因は呆れたように顧海を一瞥する。
「ここが釣り堀だと思うか? この近くに家なんてないぞ。どこに払いに行くんだ?」
顧海は白洛因の頬をつねり、怒った素振りをした。
「もう少し態度をよくしろよ。口を開く前にもう不機嫌な顔になってるじゃないか」
白洛因はつねられた頬を動かし、ゆっくり振り返った。
「言っておくが俺は誰かに頬をつねられるのが一番嫌なんだ」
顧海はまたつねる。白洛因は苛立ち、容赦なく言い捨てた。
「お前は変態か?」
顧海は服を開け八つに割れた腹筋を見せつけると、片頬を持ち上げ傲慢な笑みを浮かべた。
「そう見えるか?」
白洛因は白い眼を向ける。
「筋肉自慢以外できることはないのか?」
「お前の頬をつねることだよ」
だが今日は風が強い。北京に吹く風はとても強く、砂どころか地面の埃をすべて巻き上げる。
白洛因は背も高く風を真っ向から浴びるため、息をするだけで大量の砂が口に入って来た。
「なんで座らないんだ? お前の風避けになってやるのに」
白洛因は顧海の肩を苦々しくつねり、何も答えなかった。
顧海は白洛因の考えを見抜いていたので、すぐに言い添える。
「俺は絶対に小石の上を通ったりしない。安心しろ!」
「明日の土曜日、遊びに行かないか?」
「え?」
耳元に吹き付ける風の音に車のクラクションが加わり、顧海は白洛因の声がはっきり聞こえなかった。
白洛因はわずかに頭を下げ、できるだけ顧海の耳元に口を近づける。
「土曜日、一緒に釣りに行かないか?」
顧海が握るハンドルはふらついたが、視線は前方を見たまま、とても難しい決定を迫られているようだった。
「用事があって行けない」
白洛因の瞳はわずかに暗くなる。
「じゃあ仕方ないな」
声は小さかったが、顧海にはとてもはっきり聞こえた。
「わかった。土曜日、お前のところに行く!」
白洛因がわずかに俯くと、顧海の高い鼻梁が見える。
「たったいま行かないって言わなかったか?」
顧海がちらりと振り返ると、白洛因のしっかりとした顎が目に入った。
「風が強かったし、お前の聞き間違いじゃないか」
早朝、空は少し曇っていた。自転車をこぐと腕がひんやり寒く感じる。顧海が白洛因の家に到着したとき、彼はすでに準備を整えて戸口で待っていた。
顧海は初めて白洛因の私服姿を見た。これまではいつも学校の制服、それも夏服を着ていたからだ。他の学生はジャージの上着を着始めているのに、白洛因はいまだにランニングだ。だからクラスメートらは白洛因の熱量がとても高いのだと思っている。だが今日は珍しく長袖を着ているので顧海はからかおうと思った。
「お前も俺たち人間みたいに暑さ寒さを知っていたんだな」
白洛因はとても含みのある笑顔を浮かべ、釣竿を勢いよく顧海の体と足に振り下ろした。顧海のふくらはぎは火がついたように熱くなり、深く息を吸い込む。それから白洛因は顧海の自転車を家の中庭に運び込んだ。今日は徒歩で行くらしい。
道中、顧海はわざと歩みを緩めて後ろから白洛因をじっくりと眺めた。街角でよく見るごく普通の服も、白洛因が着るととてもセンスがあるように思える。白洛因の顔はあどけないが、この服を着た途端に男性特有のフェロモンを感じる。
「なかなかいい服じゃないか。どこで買ったんだ?」
「父さんのだよ」
なるほど、どうりで大人っぽいわけだ……。
「父親の服を着るのか?」
白洛因は淡々と答えた。
「俺たち親子は服を共有するからな。俺はショッピングが嫌いだし、父さんが買ってきた服は選好みせずに着る」
顧海は笑う。
「まさか長袖は二人で一着しかないとか言うなよ。お前が着て出かけたらお前の父さんは裸で仕事に行かなきゃならないだろう……」
顧海の突っ込みに白洛因はとてもおおらかな冗談で返した。
「俺たちを買いかぶりすぎだ。俺たち四人家族は冬に一枚しか綿入れがないから、一人が着て行ったら残りの三人は地面の穴に埋まって暖を取るしかないんだ」
「じゃあ家には太ったお婆さんと痩せたお婆さんがいるんだな?」
それを聞いて、白洛因はようやく楽しそうに笑う。
「お前も郭徳綱(中国伝統芸の相声で有名なコメディアン)のネタを知ってたか」
二人は歩きながら話した。白洛因は実はとてもしゃべりがうまい。油断すると巧みな話術にうっかり嵌められてしまうので、常に頭を働かせなければならない。軽い話に聞こえても、後から深い意味が込められていることに気づくのだ。
「ついたぞ」
白洛因は地べたに座り、さっと釣り糸の端を出し、瓶のふたを開けて餌を釣り針につけた。それから比較的平らな場所を探して浮きを投げて座る。顧海も白洛因のいるほうへ歩いていく。
ここは天然の池で、小さいが水質は悪くない。養殖ではないので魚も大きいものはいない。だいたい十センチ以下の小魚だ。肉は少ないが歯ごたえがある。
「釣り終えたら魚の重さで金を払うのか?」
白洛因は呆れたように顧海を一瞥する。
「ここが釣り堀だと思うか? この近くに家なんてないぞ。どこに払いに行くんだ?」
顧海は白洛因の頬をつねり、怒った素振りをした。
「もう少し態度をよくしろよ。口を開く前にもう不機嫌な顔になってるじゃないか」
白洛因はつねられた頬を動かし、ゆっくり振り返った。
「言っておくが俺は誰かに頬をつねられるのが一番嫌なんだ」
顧海はまたつねる。白洛因は苛立ち、容赦なく言い捨てた。
「お前は変態か?」
顧海は服を開け八つに割れた腹筋を見せつけると、片頬を持ち上げ傲慢な笑みを浮かべた。
「そう見えるか?」
白洛因は白い眼を向ける。
「筋肉自慢以外できることはないのか?」
「お前の頬をつねることだよ」
11
あなたにおすすめの小説
アイドルですがピュアな恋をしています。
雪 いつき
BL
人気アイドルユニットに所属する見た目はクールな隼音(しゅん)は、たまたま入ったケーキ屋のパティシエ、花楓(かえで)に恋をしてしまった。
気のせいかも、と通い続けること数ヶ月。やはりこれは恋だった。
見た目はクール、中身はフレンドリーな隼音は、持ち前の緩さで花楓との距離を縮めていく。じわりじわりと周囲を巻き込みながら。
二十歳イケメンアイドル×年上パティシエのピュアな恋のお話。
先輩たちの心の声に翻弄されています!
七瀬
BL
人と関わるのが少し苦手な高校1年生・綾瀬遙真(あやせとうま)。
ある日、食堂へ向かう人混みの中で先輩にぶつかった瞬間──彼は「触れた相手の心の声」が聞こえるようになった。
最初に声を拾ってしまったのは、対照的な二人の先輩。
乱暴そうな俺様ヤンキー・不破春樹(ふわはるき)と、爽やかで優しい王子様・橘司(たちばなつかさ)。
見せる顔と心の声の落差に戸惑う遙真。けれど、彼らはなぜか遙真に強い関心を示しはじめる。
****
三作目の投稿になります。三角関係の学園BLですが、なるべくみんなを幸せにして終わりますのでご安心ください。
ご感想・ご指摘など気軽にコメントいただけると嬉しいです‼️
冬は寒いから
青埜澄
BL
誰かの一番になれなくても、そばにいたいと思ってしまう。
片想いのまま時間だけが過ぎていく冬。
そんな僕の前に現れたのは、誰よりも強引で、優しい人だった。
「二番目でもいいから、好きになって」
忘れたふりをしていた気持ちが、少しずつ溶けていく。
冬のラブストーリー。
『主な登場人物』
橋平司
九条冬馬
浜本浩二
※すみません、最初アップしていたものをもう一度加筆修正しアップしなおしました。大まかなストーリー、登場人物は変更ありません。
「目を閉じ耳を塞いだ俺の、君は唯一の救いだった」
濃子
BL
「知ってる?2―Aの安曇野先輩ってさ、中学のとき付き合ってたひとが死んでるんだってーー………」
その会話が耳にはいったのは、本当に偶然だったんだーー。
図書委員の僕、遠野悠月は、親の仕事からボッチでいることが多かった。けれどその日、読書をしていた安曇野晴日に話をふられ、彼の抱えている問題を知ることになる。
「ーー向こうの母親から好かれているのは事実だ」
「ふうん」
相手は亡くなってるんだよね?じゃあ、彼女をつくらない、っていうのが嘘なのか?すでに、彼女もちーー?
「本当はーー……」
「うん」
「亡くなった子のこと、全然知らないんだ」
ーーそれは一体どういうことなのか……?その日を境に一緒にいるようになった僕と晴日だけど、彼の心の傷は思った以上に深いものでーー……。
※恋を知らない悠月が、晴日の心の痛みを知り、彼に惹かれていくお話です。青春にしては重いテーマかもしれませんが、悠月の明るい性格で、あまり重くならないようにしています。
青春BLカップにエントリーしましたが、前半は恋愛少なめです。後半の悠月と晴日にご期待ください😊
BETくださった方、本当にありがとうございます😁
※挿絵はAI画像を使用していますが、あくまでイメージです。
灰かぶり君
渡里あずま
BL
谷出灰(たに いずりは)十六歳。平凡だが、職業(ケータイ小説家)はちょっと非凡(本人談)。
お嬢様学校でのガールズライフを書いていた彼だったがある日、担当から「次は王道学園物(BL)ね♪」と無茶振りされてしまう。
「出灰君は安心して、王道君を主人公にした王道学園物を書いてちょうだい!」
「……禿げる」
テンション低め(脳内ではお喋り)な主人公の運命はいかに?
※重複投稿作品※
坂木兄弟が家にやってきました。
風見鶏ーKazamidoriー
BL
父子家庭のマイホームに暮らす|鷹野《たかの》|楓《かえで》は家事をこなす高校生。ある日、父の再婚話が持ちあがり相手の家族とひとつ屋根のしたで生活することに、再婚相手には年の近い息子たちがいた。
ふてぶてしい兄弟に楓は手を焼きながら、しだいに惹かれていく。
彼はオレを推しているらしい
まと
BL
クラスのイケメン男子が、なぜか平凡男子のオレに視線を向けてくる。
どうせ絶対に嫌われているのだと思っていたんだけど...?
きっかけは突然の雨。
ほのぼのした世界観が書きたくて。
4話で完結です(執筆済み)
需要がありそうでしたら続編も書いていこうかなと思っておいます(*^^*)
もし良ければコメントお待ちしております。
⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。
義兄が溺愛してきます
ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。
その翌日からだ。
義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。
翔は恋に好意を寄せているのだった。
本人はその事を知るよしもない。
その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。
成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。
翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。
すれ違う思いは交わるのか─────。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる