ハイロイン

ハイロインofficial

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第四章

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 その五分後、白洛因バイ・ロイン顧海グー・ハイから十数メートル離れた場所に移り、釣り糸を垂れた。騒音が無くなったので精神状態も徐々に落ち着いてきて、浮きを見つめる目にも力がこもる。
 そのとき、浮きが動いた。
『大海よ、大海、俺の生きる場所。海風が吹いて波が立ち……』('82年の大ヒット映画『大海在呼唤』の主題歌)
 顧海の古い携帯電話の着メロが鳴り響き、周囲の草むらも揺れた。白洛因は驚いて一瞬力を緩め、それからもう一度竿を持ち上げたが、そこには何もなかった。
「もしもし、李爍リー・シュオか? ああ、電話するの忘れてた。行けなくなったんだ。璐璐ルールーが病気になって行ってやらないと……なんだって? 璐璐はお前たちのところにいるのか?」
 白洛因はぐっと我慢し、顧海の電話が終わってからまた釣り糸を垂らした。
『大海よ、大海、俺の生きる場所。海風が吹いて波が立ち……』
「もしもし? 虎子フーズー周似虎ジョウ・スーフーの愛称)? お前李爍と一緒じゃないのか? 一緒? じゃあなんで俺に電話してきたんだ? 嫌がらせか? 言っておくが本当に用事があるんだよ……」
 白洛因の前にある浮きはぴくりとも動かなくなった。
 顧海が携帯から手を離したとき、視界には誰もいなくなっていた。あたりを探し回り、対岸に人影を見つけると、すぐに彼に向かって叫ぶ。
「なんでそっちに逃げたんだよ」
 白洛因は聞こえないふりをした。
「俺、もう携帯の電源切ったぞ」
 白洛因は視線すら向けようとはしない。
「なあ、ひとりで釣りして面白いか?」
「……」
 白洛因の視線はただひたすら自分の浮きに注がれていた。そのとき、浮きが動いた。白洛因は素早く釣り糸を巻き、十センチほどの鯉を釣り上げる。
 そして脇に置いておいたバケツに魚を入れると、また釣り糸を垂らした。



 顧海の邪魔が入らなかった三十分ほどの間に白洛因は四、五匹釣り上げ、沈んでいた顔がようやく笑顔になった。顧海に目をやると、彼の釣り糸にはまったく何の反応もない。バケツにも水しか入っておらず、小エビすらいない。
 顧海は釣り糸をしまい、ぬかるんだ場所に足を取られながら白洛因のいる場所へ近づく。
 白洛因は浮きに全神経を注いでいた。何度も浮きが沈む。これは大きな魚がかかったのに違いない。顧海は白洛因のすぐそばまで来ていたが、彼はまったく気づかない。顧海はバケツの中の魚をちらりと見て、白洛因のほうに手を伸ばした。
 白洛因は猛然と竿を引く。大きな魚だ。二キロくらいあるかもしれない。
 顧海は白洛因の肩を叩く。
「すごいなあ、こんなにたくさん釣るなんて」
 顧海の突然の動きに、極度に集中していた白洛因は驚いて竿を草むらに落としてしまった。慌てて拾ったが、竿も釣り糸も無事だったものの、餌と魚はいなくなっていた。
 白洛因の顔色は言うまでもない。
「もうやめる」
 白洛因は釣竿をしまい、腰を曲げてバケツを持ち上げ立ち去ろうとする。
 だが、顧海はそれを阻んだ。
「俺のせいで怒ったのか?」
「釣りたくなくなっただけだよ。つまらないから」
 顧海を肘で押しやり歩き始めると、後ろでドボンと水音が聞こえた。
 白洛因は固まった。そんなに強い力で押していない。なぜ川に落ちたんだ?
 顧海は釣りこそできないが、手掴みで捕まえるのは得意だった。彼は十歳から軍のサバイバル訓練に参加し、魚を手で捕ることを覚えた。大きい魚だろうと小魚だろうと彼にかかれば絶対に逃げられない。
 顧海は眼光鋭く泳ぐ魚を眺め、しばらく待った。その後また場所を変え、待ち続ける。
 やがて川の中心に近づき、水嵩も首を越えた。
「上がって来いよ!」
 白洛因は叫ぶ。
「バカなことをするな! 水が冷たいだろう!」
 顧海は目標を定めると、猛然と手を伸ばして掴みにかかる。ぬるっとした冷たい感触が指から全身に伝わった。
 やっと捕まえたぞ。
 顧海はゆっくり泳いで浅い場所までやって来ると、両手を上げて振ってみせた。
「こいつだろう?」
 白洛因はようやくわかった。顧海が河に入ったのは、さっき逃がした魚を捕まえるためだったのだ。
「うん、そいつだ」
 白洛因は笑った。屈託のない笑顔に秋の日差しが降り注ぐ。その泰然とした満足げな顔を顧海は静かに見つめ続けていたが、突然心がバランスを失い始め……。
白洛因の顔から笑みが消えた。
「お前……足が攣ったんじゃないだろうな?」
 顧海はそこでようやく自分が泥地に三十センチほど沈んでいたことに気づいた。



 岸に上がり、二人はバケツを持って家の方角に歩き始める。顧海は白洛因の意気揚々とした様子を見て笑いながら彼の頭を突いた。
「そこまでか? たった一匹の魚でそこまで喜ぶか? もし俺が取ってこなかったら、どうせしばらく俺を無視するつもりだったんだろう?」
 冗談めかして笑いながらも、半分は本気だった。なぜ躊躇なく河に飛び込んだのか自分でもよくわからない。
 夕べベッドの上で寝ころんで天井を見つめ、なぜ自分が白洛因と釣りに行こうと決めたのか、いくら考えてもわからなかったのと同じだ。
 白洛因は笑いをひっこめた。
「それとこれとは別だ。せっかく釣りに来たのになぜお前は電話ばかりかけてたんだよ」
 顧海は必死に釈明する。
「後から電源を切ったじゃないか」
 白洛因は黙ったまま何も答えない。上機嫌はどこかへ吹き飛んでしまったようだ。
 顧海は誠意を見せようとポケットに手を入れ、携帯電話を白洛因の前にかざす。
「ほら、電源を切ってあるだろう?」
 白洛因は顧海の携帯から水がしたたり落ちる様を黙って眺める。顧海もじっと見つめた。
 しまった。ポケットに携帯を入れっぱなしだった……。
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