ハイロイン

ハイロインofficial

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第四章

7

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 白漢旗バイ・ハンチーは食事が始まるまでの間、しきりに息子の顔色を窺っていた。彼は心の中では後悔していた。なぜ許してしまったのだろう。自分は人に強く言うことさえできない。ほら見ろ、結局は一時の痛快さと引き換えに愛する息子を怒らせてしまった。
「それならじいちゃんとばあちゃんには部屋で食べさせて、俺たち三人は庭で食べようか」
 白洛因バイ・ロインの表情はさらに硬くなった。
「どうしてじいちゃんとばあちゃんを二人だけにするんだ。じいちゃんは自分じゃ魚の骨が取れないだろう? 家族を追い払うことはないだろう。あいつひとり庭で食べればいい。誰も強制的にうちに残って食べろとは言ってないんだから」
「でも彼はお客さんだぞ。そんなわけにいかないだろう」
 白洛因は黙ったまま踵を返して茶碗を取りに行き、白漢旗の言葉を無視する。
 白漢旗はため息をついて両親の部屋に行き、ばあちゃんには話をしないよう、じいちゃんには気を付けてゆっくりちょっとずつ食べることでむせ返るのを防ぐように言い聞かせた。



 一家四人に顧海グー・ハイを加えた五人は身を寄せ合って四角いテーブルを囲んだ。テーブルにはごちそうが並び、魚以外に白漢旗は炒め物を二皿作った。見た目は悪いが味はなんとか食べられる。
 それはかつてないほど静かな食事となった。
 一番おしゃべり好きなばあちゃんも息子に禁じられ、一言も話せない。小さな目であたりをキョロキョロ見回し、おとなしくしている。だが彼女が孫の友達をとても気に入っていることは見て取れた。しゃべれなくても料理を盛るのはいいだろう。彼女はせっせと顧海の皿に運び、にっこり笑いかける。
 顧海もばあちゃんが大好きになった。彼は六歳で祖母を失くしている。唯一覚えているのは、祖母が艶やかな髪を櫛で梳いている場面だった。もし生きていたとしても、白ばあちゃんのように慈愛に満ちてはいないだろう。
 敬意を表するため、顧海もばあちゃんに魚を取り分ける。
「おばあちゃん、食べて。俺は自分で取れるから」
 ばあちゃんは何度も頷いて礼を言おうとしたが、何も話せないのでおうおうと声を出すだけだった。顧海は顔色を変え、白漢旗がばあちゃんに話しかけている隙に小声で白洛因に耳打ちをする。
「お前のおばあちゃん……話せないのか?」
 白洛因は思わず顧海の頭から料理をぶちまけそうになった。
「お前のばあちゃんはどうなんだ!」
「俺のおばあちゃんはとっくに死んでいないよ」
 白洛因はちょうど自分の皿に魚を取ったが、じいちゃんがもの欲しそうにじっと見ていることに気づき、顧海の言葉を無視してじいちゃんの皿に骨を取り除いた魚を盛ってあげた。じいちゃんは自分でも魚の骨を取ることはできるのだが、いつも取り切れずに喉に詰まらせる。じいちゃんは嚥下能力が衰えているので、骨が喉に詰まれば間違いなくむせ返り、口の中のものを撒き散らして客に不愉快な思いをさせるからと、ずっと慎重に食べていたのだ。
 顧海はさきほどから白洛因がずっと祖父母の面倒を見ているせいでほとんど食べていないことに気づき、胸を打たれた。そこで自分の皿で白洛因のように魚の骨を取り除き、白洛因の皿に乗せてやる。彼がそんなことをしたのは初めてだった。顧海はかつてこう言っていた。もし将来彼に魚の骨を取らせる女性が現れたら、それは間違いなく妻になる相手だろうと。だが残念ながら彼が初めて骨を取ってあげたのは男子だった。
 白洛因は祖父の皿に魚を乗せてから、自分の皿に新たに魚が増えていることに気づく。
 顧海は何も言わなかったが、白洛因も誰がくれたのかはわかっていた。
 食事を始めてから白洛因はずっとモヤモヤしていたが、少しだけ気分が晴れる。
 顧海は白洛因を気にして何度も視線を向けてきた。
 白洛因は魚を口に入れ、眉をひそめて顧海を見る。
「まだたくさん骨が残ってる。これじゃ取ってないのと変わらないじゃないか!」
 おいおい……顧海は心の中で叫ぶ。ずいぶんなご身分じゃないか! 俺は前世でお前にどんな借りを作ったんだ? なんでお前が相手だといつも骨折り損になるんだ?
 白洛因はわけもなく楽しくなる。彼は顧海が心の中で何を考えているのかお見通しだった。



 食事も終わりかけた頃、それまでの和やかな雰囲気はじいちゃんの咳で霧散した。
 白漢旗は顔色を変えて父を抱え起こそうとしたが、間に合わない。じいちゃんが咳き込むのはむせ返ったからだ。口の中にあった米も魚も全部食卓に吐き出し、ごちそうがすべて台無しになった。
 白漢旗は焦って責める口調ながらも父親を気遣う。
「ゆっくり食べろって言ったじゃないか」
 顧海はこのときようやく白洛因が必死に自分を追い返そうとした理由を察した。
 あんなに憂慮していたのに、実際ことが起きてしまえばいっそ心は軽くなった。白洛因は鷹揚に手を伸ばしてティッシュで丁寧にじいちゃんの口元を拭う。顧海には一切目を向けなかった。他人が家族に異様な目を向ける様子を見たくなかったのだ。だから顧海が箸を止めてもあえて事情を説明することもしなかった。
 白洛因が白じいちゃんの首元と前襟を綺麗に拭い、あらためてご飯を盛りつけようとすると、横から手が伸びて来る。
「まずじいちゃんにお湯を飲ませてやれよ」
 顧海はお湯を持ってきた。白洛因は何も言わずに受け取ってじいちゃんに渡す。
 その後、顧海は自分から口火を切り、白漢旗や老人二人と会話を始めた。ばあちゃんは嬉しくなって頬を紅潮させ、みるみるうちに興奮した。彼女は心の底から話がしたかったのだ。たとえ一言でもいい。会話をさせてほしかった。
「あなたのお孫さんは本当に強いので、クラス中の誰も彼を怒らせたりしないですよ」
 顧海は子供を喜ばせるような仕草で白ばあちゃんに親指を立ててみせる。
 ばあちゃんは大きく目を見開き、驚いたように顧海を見た。
「あんたでもやっつけられないのかい? あっ……」
 ばあちゃんは自分が話をしてしまったことに気づいて慌て、両手で口を塞ぎ目を泳がせながら白漢旗を見る。
 顧海はばあちゃんのかわいらしい姿に楽しくなった。
「ええ、俺もやっつけられないんですよ」
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