ハイロイン

ハイロインofficial

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第五章

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 テスト解説の退屈な授業が始まった。化学教師は仏頂面で冷たく生徒を見回す。
「誰かわからない問題はある?」
「一問目……」
 クラスのあちこちから声が聞こえてきた。
 化学教師は眉を逆立て恐ろしい形相で、空気を震わせるような怒号をあげる。
「一問目から解けないの? 誰ができなかったの。手を挙げてみなさい!」
 手を挙げる者はいなかった。化学教師はため息をつく。
「そう。じゃあこの問題は飛ばすわ。他に分からない問題は?」
「四問目」
「四問目も解けないの?」
 化学教師はまた怒鳴り声をあげる。
「何度説明したらわかるのよ? この問題が解けない奴がまだいるなんてありえない。間違えた人は授業の後に誰もいない場所で自分の頬を叩きなさい。そしたら次から解けるようになるわ」
 それに異議を唱える者は誰もいなかった。
「あとわからない問題は?」
 弱々しい声が響く。
「十問目」
「十問目?」
 化学教師は両手を腰に当て、五十七人の生徒たちをふがいない奴らだと呆れるように睨んだ。
「わかりやすい問題よ。Aだと思う? あきらかに違うでしょう! Bが合ってる? そんなわけないでしょう。Dを選ぶのはバカだけ。じゃあ答えは決まっている。Cでしょう! これ以上説明する必要がある?」
「……」
「ほかに分からない問題はある?」
 生徒たちは声を揃える。
「ありません。全部わかりました」
 化学教師は激しく机を叩き、生徒の鼓膜が震えるほど怒鳴りつけた。
「全部わかった? 全部わかったならこの授業の必要はないでしょう。それならなぜ満点を取った人がいないの?」
「……」
 
 そのとき教室の前方にある扉が音を立て開いた。
「陳先生、お邪魔してすみません。生徒の呼び出しなのですが」
 羅暁瑜ルオ・シャオユーの透き通った声が聞こえ、凍りついた教室は一陣の春風が吹きこんだように温かくなる。生徒たちは呼び出しが自分であってくれと渇望の眼差しを向けた。
 化学教師は渋々承諾したものの、授業を邪魔されて不機嫌な様子だ。
白洛因バイ・ロイン、こっちへ来て」
 校舎の外に出ても白洛因は相手の名を聞こうとはせず、羅暁瑜も告げようとはしなかった。彼女の厳しい顔色から察するに相手は普通の人間ではない。それで大体想像がついた。
 軍用車両が一台木陰に止まっている。白洛因は無表情のまま近づいて行った。
「どうぞ」
 恭しく軍用車のドアが開かれ、白洛因は怯むことなく車に乗り込んだ。そして軍人二人に連れられ茶館へ入る。
 顧威霆は一糸乱れぬ軍服姿で豪華な個室に座り、白洛因を待っていた。
「報告いたします。無事にお連れいたしました」
「お前たちは外に出ていろ」
部屋にはわずかにお茶の香りが漂っている。白洛因は無言のままじっと顧威霆グー・ウェイティンを見つめ、顔色をまったく変えなかった。
「座りなさい」
 珍しいことに顧威霆の語気はいつもよりもいくぶん優しかった。白洛因はゆっくりと顧威霆の正面に座ったが、それでも言葉を発することはなかった。
 顧威霆は白洛因の様子を観察しながら内心驚いていた。十六、七歳の子供が彼のような人間に会えば恐れをなすものだが、白洛因はまったく動じていない。彼は粗末な服を着ていたが卑屈さは微塵も感じられず、その瞳は強靭な気迫に満ちていた。十分賞賛に値する。
 一方、白洛因が顧威霆に抱いた印象はたったひとつだけだった。
 このオヤジ、どこかで見た気がするぞ?
「俺がここに来た理由はわかっていると思う。俺は君の母親の夫、つまり君の義理の父親だ。君は我々と一緒に住む提案を拒絶したそうだね。それはこちらも想定していた。今日ここに来たのは君の生活に干渉するためではなく、年長者として君の生活や学業に対してアドバイスをしようと思ってのことだ」
 アドバイスの気配は微塵も感じられず、完全に命令口調だった。いくら穏やかさを取り繕っても白洛因には居丈高に命令しているようにしか聞こえない。
「ありがとうございます」
 白洛因は最低限の言葉を簡潔に返す。
 顧威霆は白洛因の冷たい態度を気にする様子もなく、彼の信じる道理を説き続けた。
「若者は負けず嫌いの頑なさを持つべきだ。その点において君と俺の息子はよく似ている。実を言うと君と息子は同じ年齢なんだ。奴も頑固で私の意見を聞き入れない。それでも自分に利害が及ぶことになると冷静に判断できるんだ。男は情に流されるばかりではいけない。たとえ君の父親のためであったとしても、今の環境に甘んじるべきではない。家族への思いやりや責任だと思っているだろうが、それは自分への甘えや堕落でもあるんだ」
 白洛因はゆっくりと茶器を持ち上げて一口飲んだ。香りが馥郁としているので確かに上等なものなのだろう。
「俺は君にもっとよい環境を与えられる。それは我々の義務だからな。別に一緒に生活しなくてもいいがこのチャンスを逃すべきではない。君が賢い人間ならば母親を目の敵にせず、むしろ彼女からすべてを奪い、自分が失ったものを取り戻せ。これは施しや哀れみではない。本来君が手にして当然のものだ。それをしないのは君の未熟さで、気骨があるからではない」
「誤解されているようです」
「ん?」
 顧威霆は疑問の色を浮かべる。
「どういうことだ?」
「俺は姜圓ジァン・ユァンに何かを要求しようと思ったことなどない。彼女をまったく母親だとみなしていないからです」
 顧威霆は黙り込んだ。
 白洛因は身を起こし、視線で顧威霆に礼儀を表す。
「もしほかに用事がなければ授業に戻ります」
「母親とみなしているかどうかは、君自身にしかわからない」
 顧威霆の声が白洛因の背中に響く。語気は強くないものの心に刺さる言葉だった。
「もし君が大成しても、得をするのは決して俺と君の母親ではない。よく考えろ」
「ありがとうございます」
 白洛因はゆっくり微笑む。
「俺は自分には才能があると思っているので、どんな道を進んだとしても大成します」
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