ハイロイン

ハイロインofficial

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第五章

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 今夜は月が明るく、部屋の明かりを消してもすべてがはっきりと見えた。二人はひとつのベッドに身を寄せ合う。顧海グー・ハイは窓側で、横を向けば木の間から月が見えた。
「あと二日もすれば中秋節だな」
 白洛因バイ・ロインがぽつりとつぶやく。
 顧海は白洛因を見た。暗がりに半分隠れた顔の曲線を月光がやさしく照らし、いつもは冷徹な瞳も穏やかで、まつ毛をゆっくり動かし瞬きをする。彼はよく一か所をじっと静かに見つめていることがある。
「今日担任はなんでお前を呼び出したんだ?」
「お前の家では十五夜をどう過ごす?」
「……」
 二人の質問は重なり、部屋には気まずい空気が立ち込めた。
 顧海は白洛因の答えを待ちながら、一方で彼の質問にどう答えるか考えた。身分を偽っているのは本当にしんどい。一歩間違えると今の設定に矛盾が出てしまう。一つ嘘をつくと、そのために無数の嘘で固なければならなくなる。いつか隠しきれなくなり、白洛因にしっぽを捕まえられるだろうが、そのときにまた嘘をつけば結果はさらにひどいことになるだろう。
 それに、永久に嘘をつき続けるわけにはいかない。
 このまま実家に帰らなければ父はなんとか彼を連れ戻そうとするだろう。反抗しなければすぐに身分はバレるが、反抗すれば大騒ぎになり、その結果やはり完全にバレるだろう。
 つまりどうあがいても末路は同じだ。
 とにかく一刻も早く白洛因の信頼を勝ち取り、何があっても壊れない友情を結んでから、事実をゆっくりありのまま伝えていくしかない。
「中秋節は特にやらない。月餅を買って食べるくらいかな」
 白洛因は月明りに照らされた顧海に視線を向ける。彼には一種独特の雰囲気がある。それは貧乏な一般大衆には決して醸し出せないものだ。
 顧海は横を向き、片方の肘をついて頭を乗せ、楽しそうに白洛因を見つめた。
「お前の家はどう過ごすんだ?」
 白洛因はわずかに微笑む。
「月餅を食べるよ」
 顧海は白洛因の笑顔を見て、彼はきっと月餅が好きなのだろうと思った。
「どの餡が好きなんだ?」
「卵の黄身と蓮の実餡」
「なんであんな餡が好きなんだよ」
 顧海には理解できなかった。
「あんな甘いかしょっぱいかわからないようなくどい味」
 白洛因は横目で顧海を睨む。
「じゃあお前は何が好きなんだ。言ってみろよ」
「太刀魚餡のやつ」
「お前んちには太刀魚餡の月餅があるのか?」
 白洛因は泣くことも笑うこともできずに困惑した。
「なんで羊の脊椎肉餡って言わなかったんだよ」
「だって羊の脊髄肉餡は生臭いだろう!」
 白洛因はついに爆笑した。月明りに照らされた笑顔が隣にいる顧海の心を酔わせる。
「白洛因」
「ん?」
 白洛因は顧海を見た。月光を背にした顧海は瞳の輪郭が際立ち、仄暗い深淵を思わせる。
「俺は実は違うんだよ」
 白洛因は努めて冷静に聞き返した。
「何が違うんだ?」
「俺はまともな人間だったんだ」
 顧海はそのとき「お前と会うまでは」という言葉を付け足し忘れた。
「顧海、もう二度とその手の話を言うなよ。もしお前が女だったと言いだしても俺は信じたかもしれないからな」
「……」
 何度も呼吸を整え、顧海はようやくその言葉を消化した。白洛因は寝返りを打って自分に背を向けていたが、このまま寝かせるわけにはいかない。一番大事なことを聞いていない。
「先生は一体何の用事だったんだ?」
 白洛因はわずかに振り返る。
「お前はそれを聞き出すためにここに泊ったのか?」
「いいや。お前が胸にしまいこんで辛くなるだろうと思ったからだ」
 白洛因は複雑な気持ちになる。彼はてっきり顧海がまた自分に嫌がらせをするのではと疑っていた。顧海は相手を敵視しているときには何世代にもわたる宿敵のように徹底的に叩きのめそうとするが、相手に親切にするときにはまるで前世で借りを作ったのかのように尽くしまくる。今日のことにしても、白洛因は白漢旗ですら気づかないほどうまくごまかせたと思っていたのに、顧海だけは見抜いていた。
 彼の行動はたまに常軌を逸することはあるが、白洛因はそれでも一種奇妙な信頼を寄せていた。あの晩酒を飲んだときに彼に本音を吐いたのは偶然だったとしても、いま彼にすべてを吐き出したいという衝動を抱いていることはごまかしようがなかった。
 かつて彼にどんな疑いを抱いたとしても、いまこの瞬間それは重要ではなく、彼には知己が必要だった。
「俺の母親が再婚した話を覚えているか?」
 顧海は頷いた。
「覚えてる」
「今日相手の男が会いに来て、俺にここを出て一緒に住めと言ってきたんだ」
「お前は承諾したのか?」
 白洛因は質問で返す。
「俺が承諾すると思うか?」
 さすが俺の兄弟分だ。顧海は心のうちで頷く。彼らは同じ境遇にある。彼の敵は自分の敵だ。
「一番ムカついたのはその言い方だよ。自分の息子と比べて奴をベタ褒めし、俺がいかに世間知らずか説教を垂れるんだ。わかるか? 俺が一番嫌いなタイプだ。偉そうな口ぶりでまるで世界中の人間がすべて自分の部下でなんでも思い通りになると思ってる」
 なんてこった……顧海はシーツを掴む。心の奥に届く言葉だった。
「俺もそういう奴は大嫌いだ。放っておけ!」
 白洛因の声は冷ややかに響く。
「あの言い方が我慢ならなかった」
「じゃあ呪ってやれ。奴の息子が明日交通事故に遭い、役立たずになるように!」
 パンと音がして、壁から落ちてきたものが顧海の足に当たる。
「おい、どうしたんだ?」
 白洛因はあわてて灯りをつける。
 壁にかかった三十年物の古時計がなぜか今日このとき、まるで謀ったように顧海の左足の上に落ちてきたのだ。もし顧海が体を鍛えていなければ十五キロの重さで本当に足が使い物にならなくなっただろう。
 顧海は眉をひそめる。
「この野郎、わざと仕組んだのか? なんで俺がここに寝た途端こいつが落ちてくるんだ?」
 白洛因は腹を抱えて笑った。何が少将だ。何が義父だ。そんなことはすべてどこかへ吹っ飛んだ。顧海の運の悪さがもたらした衝撃は絶大だった。
 三十年壁にかかっていた古時計がなぜよりによっていま、彼めがけて落ちて来るんだ?
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