ハイロイン

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第六章

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その後数日、顧海グー・ハイの災いは転じて福となった。
 古時計の落下で足には大きな青痣ができてしまった。それもちょうど膝だったので、足を曲げることができない。白洛因バイ・ロインは顧海の苦痛を少しでも和らげるため、家族を代表して彼の世話をすることになった。通学時には自転車に乗せ、朝食も彼の前まで運び、歩くときも支える。トイレで彼のムスコを支えること以外はなんでもやった。
 顧海はケガをしたことでさらに図々しくなった。毎晩白洛因の家で夕食を食べ、そのまま夜まで居座り、動きづらいからという理由で泊まる。まるで白家の一員になったかのようだ。
 そして白洛因は顧海の悪い癖に気づいた。何かというとすぐに抱きついてくるのだ。
 毎晩眠りかけて意識が朦朧としていると腕が延びてきて抱え込まれる。ベッドは狭いから仕方がないとしても、自転車に乗るときにもこの悪い癖を発動し、わけもなく抱きついてくる。
 白洛因は嫌がった。大の男がなぜイチャイチャ抱き合わなきゃならないのか。
 だから今日は自転車に乗る前にしっかり言い渡した。
「わかったな。抱きつくなよ!」
 顧海は白洛因をじっと見つめ、含んだような表情で答える。
「なんでダメなんだ」
 話にならない。顧海は本当にムカつく男で、口から出るのはほぼ全部戯言だ。白洛因は端的に言い捨てる。
「キモいからだよ!」
 これまでなら顧海も男が男に抱き付くなんて不自然だし嫌だと思っていた。だがどんなことにも例外はある。白洛因はその例外だ。顧海が執着しているのは白洛因の腰ではなく、触られた後の彼の表情だった。顔に出すのを我慢し、嫌だと思っていても口にするのが恥ずかしそうな様子が見たいのだ。
 途中まではおとなしくしていたが、カーブに差し掛かると顧海は再び手を伸ばしてくる。それも抱き付くのではなく、白洛因の服の中に手を差し込んできた。
滑らかな背骨に直接触れられると白洛因は全身の毛が逆立ち、尻の下から電流を流されたようになる。
「どういうつもりだ!」
 白洛因はついに怒鳴りつけた。
 顧海は手の平で白洛因の背骨をさすってからひっくり返し、手の甲でも同じように下心などない素振りで撫でさする。
「お前の体温で手を温めてるんだよ!」
 白洛因は怒りで顔色を変えた。ふざけるな。お前の手は俺より暖かいじゃないか。いったい何を温めるっていうんだ。見てろよ。お前の足が完全に治ったら仕返しをしてやるからな!
 


「顧海、お前を呼んでる人がいるぞ」
 顧海はものいいたげに白洛因を見る。白洛因は手を振って意思表示をした。
「俺は行かない。そこらへんにいる誰かに支えてもらえ」
 顧海は片足で跳び跳ねながら教室の後ろの扉へ向かったが、白洛因の目が届かなくなるとすぐに両足で普通に歩き始めた。それも颯爽とした速足だ。
 その場にいた人物を目にし、顧海はこの場に白洛因がいなくてよかったと思った。
 孫警護官は顧海を見て緊張の糸が解けたように微笑み、からかうように肩を叩く。
「坊ちゃん、探しましたよ」
  顧海は表情をこわばらせた。
「何をしに来た」
「用事があって来たんです。車の中で話しましょう」
 顧海は不機嫌さを眉間に表す。
「話があるならここでしろ。お前と出かける暇などない」
 孫警護官は恭順な態度で顧海の前に立った。
「問題は、話があるのは私ではないということです」
 顧海の額に青筋が浮かぶ。
「じゃあさっさと帰れ!」
 そう言い捨てて踵を返す。
「首長は連れて帰るまでは戻るなとおっしゃってます」
 顧海は足を止め、豪華な軍用車や孫警護官のいかにも軍人らしい様子に目をやった。見上げれば三階の窓が開いている。白洛因が顔を出せば彼らは見られてしまうだろう。
「行くぞ」
 顧海は無表情のまま車に乗りこんだ。
 


「何が飲みたい?」
 姜圓ジァン・ユァンは笑顔で顧海に尋ねる。顧海は店員に向かって顎を上げ、立ち去れと示した。
「何もいらない。話があるならすぐ言えよ」
「あなたのお父さんと相談したんだけど……」
「俺に戻れという話なら無駄だ」
 顧海は姜圓の話を遮り、強硬な態度を見せる。
「あんたたちと一緒に暮らすことはない」
「違うのよ……」
 姜圓は無理に笑顔を浮かべた。
「誤解よ。私たちは無理にあなたに一緒に暮らせと言ってるわけじゃないの。あなたに家に戻ってもらって、私とお父さんが引っ越そうと思うのよ。そうすればひとりで外をふらふらしなくてよくなるでしょう。いくら外が楽しくてもあなた自身の家には敵わないわ。そうでしょう? お母さまと長く暮らした家だもの。思い入れがあるのも当然……」
「俺がいつ帰ろうがどう帰ろうがあんたに何の関係がある?」
 姜圓は静かに顧海を見つめる。
「あなた、私の息子によく似てるわ」
 それからまた突然明るい笑い声をあげ、周囲の目を引いた。
「あなたたち二人とも相手を言い負かすのがすごく上手なの……ふふ……」
 顧海はまったく無表情のまま冷たく姜圓を睨みつける。彼女は微笑みを消し、この冗談は笑えないと気づいたようだった。顧海が一番嫌なのは顧威霆グー・ウェイティンや姜圓が彼の前で向こうの家族の話を持ち出すことだった。彼の記憶の底にあるとっくに砕け散った家庭をいまさらながらに思い出すからだ。
「誤解しないで。私は……えっと……あなたに会うとどう話せばいいかわからなくなるの。私と息子の関係も同じ。私が何を言っても彼は私を仇のように扱うのよ。あなたたちの世代と交流が少ないからよね。これからはちゃんと理解できるように学ぶわね……」
「話はそれだけか?」
「え?」
 姜圓はまた思考をかき乱された。顧海は立ち上がる。
「話が終わったなら俺は帰る」
「まだよ。待ってちょうだい」
 姜圓は立ち上がる。
「あなたにとって私は母親じゃないでしょうけど、私はあなたをずっと息子だと思ってるわ。できるだけ早く家に戻って来て。もし私が目障りならしばらく引っ越してもいいのよ。大学受験が終わってあなたが新しい場所に落ち着いてから戻るから」
「笑わせるな」
 顧海は振り返った。
「もしそんな誠意があるなら、なんで俺の父親と結婚した?」
 姜圓は返す言葉を失う。顧海は鼻で笑い、大股で出て行った。
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