ハイロイン

ハイロインofficial

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第六章

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夜八時。顧海グー・ハイは列車で天津に向かった。
 南口から外に出た途端、強く抱きしめられる。金璐璐ジン・ルールーは力を込めて顧海の背中を叩き、語気に恨みがましさを滲ませた。
「やっと私に会いに来たのね」
 顧海は金璐璐に綺麗に包装された月餅を手渡す。
「明日は中秋節だろう。一緒に過ごそうぜ」 
 金璐璐は言葉にならないほど感激した。顧海の言葉は彼の心の中で自分が一番近しい人間だということの証明だ。
「そうだ。あんたに新しい服を買ってあるの。帰ったら着替えて。いま自分がどんな格好してるか分かってる?」
 金璐璐はそう言いながら顧海の服から出ている糸を引っ張った。
 珍しいことに顧海は拒絶しなかった。あるいは百キロも離れた場所でなら自分の身分がバレてもいいと思ったのかもしれない。高級ブランドに身を包むと顧海のすらりとした体躯がことのほか際立った。街を歩いていても常に注目され、金璐璐は絶えず口を尖らせる。
「約束して。北京に帰ったらまたあのボロボロの服に着替えてね。私に会いに来るときだけこの服を着てきて」
 顧海は内心ため息をつく。北京に戻ったら、たとえ強制されても着ることはない。
 金璐璐は歩きながらじっと顧海を見つめ、目が合うまで視線を逸らさなかった。
「何を見てるんだよ」
 金璐璐は口角を上げる。
「また元のあんたに戻ったみたいね」
 顧海は冷たい眼差しで金璐璐を見る。
「どういう意味だ?」
「この間あんたに会いに北京に行ったときは、変なものに憑りつかれたみたいに私に向かって笑いかけたり、たまにいいことを言ってくれたりしたでしょう。前は全然そんなことなかったのに。でもいまはまた正常に戻ったみたい。そんなに優しくないし、黙ってるし、何に対しても関心がないし……」
「俺がこれまでお前に態度が悪かったってことか?」
「いいえ、その逆よ。私はこういうあんたが好きなの。安心感があって」
 顧海は突然立ち止まって金璐璐を振り返り、脈絡なく尋ねた。
「俺はまともな人間だと思うか?」
 金璐璐は吹き出す。
「バカね。当たり前でしょう。そうじゃなきゃなんで私はあんたとつきあってるのよ」
「……」



 観覧車が一番高い場所まで上がると、美しい天津の夜景が一望できる。
 カップル用のゴンドラに座っているのは金璐璐と顧海の二人だけだった。
 金璐璐は顧海の腕を引き、東の空を指さす。
「見て、今夜の月はすごく丸いわ」
 顧海にとっては十五夜の月は永遠に丸くならない。
 彼の心の中ではずっと欠けたままだ。毎年一家団欒のこの季節が一番つらい。本当はこのまま白家に居座って過ごそうと思っていたのだが、昨日姜圓ジァン・ユァンが現れた途端その考えは立ち消えた。自分が落ち込んでいるときに一番会いたくない人間は白洛因バイ・ロインだということに気づいたのだ。
 あるいはここ最近の時間が楽しくて浮かれすぎ、暗い顔で白家の門をくぐる自分が想像できないだけなのかもしれない。
 いいさ。なんとかこの二日間をやり過ごそう。



 夜十一時過ぎ。歩行者もまばらな街角にいるのはほとんどカップルばかりで、待ちわびた休日にできるだけイチャつこうとしているようだった。金璐璐は顧海を連れて小さな店を一軒ずつ巡り、疲れを知らないように店員に値段を尋ね、二種類を手に取って比べながら、たまに顧海に意見を求めてきたりした。顧海はその都度どれもいいと答えた。
「あそこの下着店に一緒に入ってよ」
 顧海は煙草を咥えて深く吸い、金璐璐の顔に煙を吐き出す。
「下着を使う必要があるのか? どこもかしこもまっ平らなくせに……」
 金璐璐は顧海の胸元を強く叩いて怒った。
「ひどいわ!」
 顧海は笑って何も答えなかった。
 金璐璐は煙の向こうに見える顧海の顔が幻のように思え、しばらく言葉を失う。胸が甘酸っぱい思いに満たされ、彼がこの瞬間自分だけのものであるという理由で感動に包まれた。
 金璐璐が店に入った後も顧海は道端で煙草を吸い続ける。
 下着店の隣はお菓子屋で、まさにいまが掻き入れ時だった。出てくる客はみな綺麗に包装された月餅を持っている。ショーケースには色々な餡の月餅が並んでいた。ナッツ、中華ハム、小豆餡、棗ペースト、フルーツ……それから黄身と蓮の実。
 顧海は煙草の火を消し、ショーケースから少しずつ月餅が減っていくのを黙って眺めた。



 灯りを消して眠ろうとすると、白漢旗バイ・ハンチーが部屋に入ってきた。
「今日はどうして大海が来なかったんだ?」
 白洛因は掛け布団を引っ張り上げ、無関心を装う。
「知らないよ。来なくてよかった。あいつがいたらちゃんと眠れないし」
 白漢旗はベッドの脇に座ってじっと白洛因を見る。
「聞いてないのか? お前が代わりに彼の自転車に乗って帰って来たんだろう? 何かあったんじゃないだろうな」
「大の男が攫われたりはしないだろう」
「言っておくが大海はいい子だぞ。欠点ばかりあげつらうのはやめなさい。彼は喜んでうちで飯を食い、泊まっていたんだ。お前を本当の友達だと思っていたからだろう。何かにつけてあの子を追い出そうとするのはよくないぞ」
「俺がいつあいつを追い出そうとした?」
 白洛因は眉をひそめ、苛立ちを見せた。
「あいつが勝手に黙っていなくなったんだよ。俺は教室でずっと待ってたのに、ふらっとどこかに行っちまったんだ。教科書も自転車も持って帰って来てやったんだ。それでも俺が間違ってるっていうのかよ」
 大事な息子の機嫌が悪くなり、白漢旗はあわてて説教をやめてあやすような口調に変える。
「わかったわかった。父さんが間違ってた。早く寝なさい。せっかくの休みなんだ。明日は早起きしなくていいんだから……」
 白漢旗は白洛因のために明かりを消し、そっと扉を閉めた。

 部屋が真っ暗になると大きな月があたりを明るく照らしたが、白洛因の心は暗くどんよりと沈んだままだった。
 理由もなく苛立つ。
 休みの前の興奮やあるはずの期待もなく、白洛因は完全に混乱していた。まるで頭の中が縄でぐるぐる巻かれ、その縄が喉から下に延び、胸全体まで塞がれたように苦しかった。
 その夜、白洛因は熟睡できなかった。
 隣には誰もいないのに広々とは使えず、寝返りも身を縮め、たまに腕を伸ばしてもまたすぐに引っ込める。そこに誰もいないとわかる頃にはもう夜が明けかけていた。



 翌朝早くゾウおばさんが野菜籠を手に抱えてやってきた。
「今日はごちそうを作るわ。大海は? 早く呼んできて。ずっと私の手伝いをしたがってたの。今日は役に立ってもらえるわ」
 白洛因は寝ぐせをつけ顔も洗わず出て行き、ぼんやり答える。
「あいつはいないよ」
 そう言うと、歯磨きとコップを持って水場へ向かう。
 秋が来て水は冷たくなり、口をゆすぐときも冷たさに歯根が疼いた。
 鄒おばさんはぶつぶつと文句を言う。
「なんであの子は来ないの。こんなにたくさん野菜も買ったし、醤爆鶏丁が好きだと言うからわざわざ鶏を絞めてきたのに」
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