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第七章
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顧海が外に出ると、金璐璐はすでに路地の突当たりまで辿り着いていた。顧海は彼女の姿を見つけて大股で走る。金璐璐に追いつくと、彼女は木の根元に蹲り、大声で泣き叫んでいた。こんな金璐璐は初めて見る。二人の間にこれほどまでの亀裂が生まれた原因は金璐璐か自分なのか、彼にはわからなかった。
かつて二人は熱愛期や倦怠期、ケンカ期を通って来たが、どんなときでも彼女への恋愛感情は揺るがないと思っていた。だがいま、顧海は自分が疲れていることに気づく。恋愛感情に対してなのか、これまでの生活に対してなのかはわからない。
金璐璐は顧海を見て泣き止んだ。たとえこの恋愛で自分が不利になったとしても、もう顧海に軽蔑されたくなかった。
「顧海、ケンカの後に追いかけてきてくれたのは初めてね」
顧海は静かに金璐璐の泣きはらした赤い目を眺めた。痩せた頬の下にある一見頑固だが実は脆い唇を目にすれば、自然と胸は痛む。周似虎の言うように彼女は自分が三年間大切にした恋人だ。三年は短い時間ではない。三年もあればどんな間柄でも本当の愛情と呼べるものが培われるだろう。
「これからはもうこんなふうに暴れるなよ」
顧海がそう言うと、金璐璐は猛然と彼に抱きついて大声で泣いた。てっきりもうこれで終わりだと思っていたからだ。ケンカをするたびに彼女は怯え、なりふりかまわず自分から譲ってきた。だが今回は顧海が自分から折れてくれて金璐璐はとても助かった。だからこれ以上駄々はこねまいと胸に誓う。自分でもさっきはやりすぎたと反省していたのだ。
二人は木の下でこれまでの出来事や思い出を語り合った。それは二人がケンカ別れをした後に必ず行う儀式のようなものだった。それから握手で仲直りをする。
「もう暴れない。二度とぐずらない」
金璐璐は涙を拭き、顧海の手を引く。
「行きましょう。引っ越しを手伝うわ」
雑居住宅に戻ると、もう白洛因がすべて運び出した後だった。
顧海は何もない部屋と綺麗に片付けられた床を見て胸を痛める。白洛因はいったい何度行き来し、どれだけ働いたんだろう。金璐璐はようやく思いついたように尋ねた。
「ところであんたはどこに引っ越すの?」
「因子の家だよ。俺は最近ずっと因子の家に泊まってたんだ」
金璐璐の顔は引きつったが、仲直りした直後なのでそれ以上深く問い詰めることはなかった。
食事をしながら金璐璐はまた学校の出来事を話し始めた。性格の悪い女子を懲らしめたとか、食堂の料理に虫が入っていて皿を売り子の顔に叩きつけたとか、クラスの担任がとてもダサい服を着ているとか、彼女の学校の新しい制服がひどいデザインだとか……。
顧海はずっと黙っていたが、鴨の脳味噌の燻製が出てくるとやっと笑って口を開いた。
「因子はすごくこれが好きなんだ」
金璐璐の浮かれた気分は顧海に打ち砕かれる。
「顧海、聞きたいことがあるんだけど」
顧海は視線を向け、冷淡に答えた。
「なんだ?」
「あんたちょっと白洛因に対して優しすぎない?」
「つまらないことを言うなよ」
顧海は不機嫌な顔になる。金璐璐は忌々しげに鴨の頭を箸で自分の皿へ乗せた。
顧海は途端に食欲がなくなり、箸を置く。
「どんな男にも特別な相棒がいるもんだろう? お前はいつも彼を目の敵にするが、わかってないよ。あいつのことを知ればきっと好きになる。家庭環境は良くないが人としてのレベルがすごく高いし、独特の個性がある。普段はあまり笑わないけど腹の底はムッツリスケベで、相手を気遣うときにも照れくさいからって陰でこっそり助けるんだ。しかもそれを見破られると怒るんだぜ。口は悪いけど根はすごく優しいんだ。俺がずっとあいつの家に居候してタダ飯を食ってるという理由でわざと追い出そうとするけど、俺がなかなか家に帰ってこないと誰より先に心配するんだよ。ああそうだ、忘れてた。すごく賢くて手先が器用だから、うちのクラスのドアも外から紐を引くと内側からも施錠されるように改造したんだ。さっきのあの携帯も川で水没したのにあいつは直せたんだよ……」
本来の目的は金璐璐の心配を払拭することだったが、話しているうちに止まらなくなり、金璐璐の機嫌はさらに悪化する。顧海がこんなにたくさん話すのは初めてだというのに、彼女以外の人間を褒め続けているのだ。それは火に油を注ぐ行為にほかならない。
だが顧海はそのことにまるで気づいていなかった。彼は自分が面白い話は他の人間が聞いても面白いはずだと信じていたのだ。金璐璐はどうにか怒りを押し殺しつつ憎々しげに口の中の麺を咀嚼する。優位を奪われて面白いわけがない! 男だからなによ。男だからこそありえない。あんたはどっちが大事なのかもわからなくなったの?
食事が終わると、顧海の気分も少し晴れた。顧海はテーブルで会計をし、従業員がおつりを取りに行く合間に金璐璐を振り返る。
「今日、因子が俺の字が上手くなったって褒めてくれたんだ」
金璐璐は思わずカウンターに置いてあった観葉植物のパキラを倒しそうになった。
「お釣りです!」
その日の午後は金璐璐がハイブランド店で買い物をするのに付き合った。
寝る時間になると顧海は空虚な気分に襲われる。目を閉じて浮かぶのはすべて白洛因の輪郭だった。彼が吸っているのは煙草ではなく麻薬のようだ。少しずつ骨身に沁み込んでいくとまたモヤモヤし始め、混乱する。昼は頭もはっきりして街の喧騒に気が紛れていたが、夜にはまた元に戻ってしまう。
テレビはハイビジョンでラブストーリーを流し、金璐璐はぶつぶつ文句を言いながらも見ている。
「この女バカじゃないの? 男もバカよ。さっさと言えばいいじゃない。ほんといくじなしね。もう見ない。寝ましょう」
そして顧海に抱きついて布団に潜り込む。
夜の帳が降りてきて、顧海はやがて眠りに落ちた。
かつて二人は熱愛期や倦怠期、ケンカ期を通って来たが、どんなときでも彼女への恋愛感情は揺るがないと思っていた。だがいま、顧海は自分が疲れていることに気づく。恋愛感情に対してなのか、これまでの生活に対してなのかはわからない。
金璐璐は顧海を見て泣き止んだ。たとえこの恋愛で自分が不利になったとしても、もう顧海に軽蔑されたくなかった。
「顧海、ケンカの後に追いかけてきてくれたのは初めてね」
顧海は静かに金璐璐の泣きはらした赤い目を眺めた。痩せた頬の下にある一見頑固だが実は脆い唇を目にすれば、自然と胸は痛む。周似虎の言うように彼女は自分が三年間大切にした恋人だ。三年は短い時間ではない。三年もあればどんな間柄でも本当の愛情と呼べるものが培われるだろう。
「これからはもうこんなふうに暴れるなよ」
顧海がそう言うと、金璐璐は猛然と彼に抱きついて大声で泣いた。てっきりもうこれで終わりだと思っていたからだ。ケンカをするたびに彼女は怯え、なりふりかまわず自分から譲ってきた。だが今回は顧海が自分から折れてくれて金璐璐はとても助かった。だからこれ以上駄々はこねまいと胸に誓う。自分でもさっきはやりすぎたと反省していたのだ。
二人は木の下でこれまでの出来事や思い出を語り合った。それは二人がケンカ別れをした後に必ず行う儀式のようなものだった。それから握手で仲直りをする。
「もう暴れない。二度とぐずらない」
金璐璐は涙を拭き、顧海の手を引く。
「行きましょう。引っ越しを手伝うわ」
雑居住宅に戻ると、もう白洛因がすべて運び出した後だった。
顧海は何もない部屋と綺麗に片付けられた床を見て胸を痛める。白洛因はいったい何度行き来し、どれだけ働いたんだろう。金璐璐はようやく思いついたように尋ねた。
「ところであんたはどこに引っ越すの?」
「因子の家だよ。俺は最近ずっと因子の家に泊まってたんだ」
金璐璐の顔は引きつったが、仲直りした直後なのでそれ以上深く問い詰めることはなかった。
食事をしながら金璐璐はまた学校の出来事を話し始めた。性格の悪い女子を懲らしめたとか、食堂の料理に虫が入っていて皿を売り子の顔に叩きつけたとか、クラスの担任がとてもダサい服を着ているとか、彼女の学校の新しい制服がひどいデザインだとか……。
顧海はずっと黙っていたが、鴨の脳味噌の燻製が出てくるとやっと笑って口を開いた。
「因子はすごくこれが好きなんだ」
金璐璐の浮かれた気分は顧海に打ち砕かれる。
「顧海、聞きたいことがあるんだけど」
顧海は視線を向け、冷淡に答えた。
「なんだ?」
「あんたちょっと白洛因に対して優しすぎない?」
「つまらないことを言うなよ」
顧海は不機嫌な顔になる。金璐璐は忌々しげに鴨の頭を箸で自分の皿へ乗せた。
顧海は途端に食欲がなくなり、箸を置く。
「どんな男にも特別な相棒がいるもんだろう? お前はいつも彼を目の敵にするが、わかってないよ。あいつのことを知ればきっと好きになる。家庭環境は良くないが人としてのレベルがすごく高いし、独特の個性がある。普段はあまり笑わないけど腹の底はムッツリスケベで、相手を気遣うときにも照れくさいからって陰でこっそり助けるんだ。しかもそれを見破られると怒るんだぜ。口は悪いけど根はすごく優しいんだ。俺がずっとあいつの家に居候してタダ飯を食ってるという理由でわざと追い出そうとするけど、俺がなかなか家に帰ってこないと誰より先に心配するんだよ。ああそうだ、忘れてた。すごく賢くて手先が器用だから、うちのクラスのドアも外から紐を引くと内側からも施錠されるように改造したんだ。さっきのあの携帯も川で水没したのにあいつは直せたんだよ……」
本来の目的は金璐璐の心配を払拭することだったが、話しているうちに止まらなくなり、金璐璐の機嫌はさらに悪化する。顧海がこんなにたくさん話すのは初めてだというのに、彼女以外の人間を褒め続けているのだ。それは火に油を注ぐ行為にほかならない。
だが顧海はそのことにまるで気づいていなかった。彼は自分が面白い話は他の人間が聞いても面白いはずだと信じていたのだ。金璐璐はどうにか怒りを押し殺しつつ憎々しげに口の中の麺を咀嚼する。優位を奪われて面白いわけがない! 男だからなによ。男だからこそありえない。あんたはどっちが大事なのかもわからなくなったの?
食事が終わると、顧海の気分も少し晴れた。顧海はテーブルで会計をし、従業員がおつりを取りに行く合間に金璐璐を振り返る。
「今日、因子が俺の字が上手くなったって褒めてくれたんだ」
金璐璐は思わずカウンターに置いてあった観葉植物のパキラを倒しそうになった。
「お釣りです!」
その日の午後は金璐璐がハイブランド店で買い物をするのに付き合った。
寝る時間になると顧海は空虚な気分に襲われる。目を閉じて浮かぶのはすべて白洛因の輪郭だった。彼が吸っているのは煙草ではなく麻薬のようだ。少しずつ骨身に沁み込んでいくとまたモヤモヤし始め、混乱する。昼は頭もはっきりして街の喧騒に気が紛れていたが、夜にはまた元に戻ってしまう。
テレビはハイビジョンでラブストーリーを流し、金璐璐はぶつぶつ文句を言いながらも見ている。
「この女バカじゃないの? 男もバカよ。さっさと言えばいいじゃない。ほんといくじなしね。もう見ない。寝ましょう」
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