ハイロイン

ハイロインofficial

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第九章

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「ずっとみんなで一緒に食卓を囲みたかったのよ。でも私とあなたのお父さんは色々考えて、まずお互いにちゃんと知り合ってから食事会を開いたほうがいいと思ったの」
 姜圓ジァン・ユァンは笑いながら顧威霆グー・ウェイティンに目を向ける。
「自己紹介の必要はないわよね?」
「必要ないだろう。子供たちは知り合いなんだ。一緒に食事をしながら話をしよう」
 顧海グー・ハイ白洛因バイ・ロインは隣に座り、姜圓と顧威霆がその向かいに隣り合わせに座った。顧威霆はナマコを箸で掴み、白洛因の茶碗に入れる。すると次の瞬間、顧海はそれを箸で自分の茶碗に入れた。顧威霆の態度は少し固くなる。
「まだ料理はたくさんある。どうして洛因の皿から取るんだ」
「こいつはナマコが嫌いなんだよ!」
 顧海ははっきりと言った。
「食ったら腹を壊すんだ」
 姜圓は隣で朗らかに笑う。
「見て、二人の仲のいいこと。そうだわ、まだ聞いてなかったんだけど、小海は何月生まれなの? 同学年とはいえ、あなたたちのどっちがお兄ちゃんなのか、確かめないと!」
 それを聞いて二人は料理が喉を通らなくなった。どちらが上なのか気になったからだ。
姜圓は先に口を開く。
「洛因は旧暦の五月生まれよ。小海は何月?」
顧威霆が口を挟んだ。
「同じく五月だ」
 二人はさらに緊張した。今度は顧海が白洛因に聞く。
「五月何日生まれだ?」
「一日だ」
 晴天の霹靂だ。顧海は思わず椅子から滑り落ちそうになった。
「お前は?」
 白洛因が尋ねる。顧海は信じなかった。お前が俺より早く生まれただと?
 顧海は腰をしゃんと伸ばし、後ろめたさを挑戦的な態度で覆い隠した。
「俺も五月一日だ。お前何時に生まれた?」
 顧威霆は情け容赦なく顧海の言葉を遮る。
「お前は五月六日だろう?」
「……」
「うふふふ」
 姜圓は笑いすぎて顔が赤くなった。
「小海はお兄ちゃんになりたかったのね。まさかうちの洛因に先を越されるなんて」
 顧海は心の中で罵る。お前のせいだ。なんでもっと遅く産まなかったんだ。
 白洛因は口の端でそっと笑った。
 食事が終わる頃、姜圓は突然言い出す。
「こんなに仲良しなら、いっそ二人ともうちで一緒に暮らしましょうよ! そのほうがあなたたちの面倒も見やすいし、学校に行くにも運転手に直接送迎してもらえるし、私もあなたのお父さんも安心できるわ」
 白洛因は箸を置き、単刀直入に姜圓に告げた。
「俺は絶対に引っ越してきたりしない。たまに食事をするのが限界だ」
 白洛因の言葉は姜圓の想定内だった。この家庭を完全に受け入れてもらうにはやはり時間が必要だろう。当座の急務は顧海を家に帰すことだ。白洛因と顧海の仲がこんなに良ければ、顧海が戻れば白洛因も彼に説得されて来るかもしれない。
「小海、あなたも外にいると……」
「俺は帰らない」
 顧海は姜圓の言葉を遮る。
「俺はいま国貿の家に引っ越して、うまくやってる」
「あら……そうなの」
 姜圓は少し出鼻を挫かれた。
「居心地がよければそれでいいわ。ただ一人だと寂しいでしょう。もし何かあっても手を貸してくれる人もいないじゃない」
 そのとおりだ。俺は孤独で寂しい。もし息子を俺と同居させてくれたら、俺はすぐにあんたを「お母さん」と呼ぶのに。
「あの家にはハウスキーパーがいる」
 顧威霆は今回とても寛容だった。顧海が自分の手の届くところで生活してさえいればそれで満足なのだ。
 料理を食べながら顧海は白洛因の茶碗に鹿茸のスライス(鹿の角、漢方薬としても有名)を放り込み、小声でささやく。
「たくさん食え。これはインポを治すやつだ」
 白洛因は思わずスープを顧海の頭からぶっかけそうになったがなんとか堪えた。そしてテーブルに乗った料理を見回し、その中から牛鞭(牛のペニス)を箸で摘み、仕返しにすべて顧海の皿に乗せていく。
 一体誰がこんな料理を頼んだんだ!
 食事が終わると、もう外は暗くなっていた。顧威霆と姜圓は車に乗って帰り、顧海と白洛因はあたりをぶらついた。
 姜圓は期待していた。私たちが二人を邪魔せず仲良くさせれば、彼らはいつの日か完全に仲良くなり、二人して喜んで家に戻ってくるかもしれない。
「まだ食べたりないな」
 顧海は腹をさする。白洛因は淡々と答えた。
「ああいう場所の食事は満腹にならないよな」
「適当に何か買って帰るか」
 顧海は提案した。白洛因はすぐさま警戒する。
「どこに帰るんだ?」
「俺の家だよ!」
 顧海は下心が透けて見える笑顔を浮かべた。
「俺は満腹だ」
 白洛因はまったく相手にしなかった。顧海はわざと困ったような顔を作る。
「もし嫌ならお前の家に行ってもいいよ」
 言外に俺が譲るからお前も譲れと言っている。だが白洛因はその手は食わなかった。
「俺の家にも来なくていい」
「なんで止めるんだよ」
 顧海は小走りに白洛因の前に立つ。
「おじさんは何度も俺に家に戻って来いと電話をかけてきてるんだぞ!」
「父さんは社交辞令でそう言っているだけだ。本気にするな」
 白洛因は顧海を押しのけ、歩き続ける。顧海はあわてて追いかけた。
「おじさんは正直な人で、うわべだけの社交辞令は言わない」
 白洛因は足を止める。
「本当に来たいか?」
「あたりまえだ」
「じゃあ俺を兄さんと呼べ。そしたら一度だけ譲ってやるよ」
「……」
 白洛因の口は弧を描き、手を挙げてタクシーを呼ぼうとした。
「やめろよ!」
 顧海は白洛因の手を下ろさせる。
「マジで言ってるのか?」
 白洛因は一歩も譲らない気配だった。顧海はしばらく黙って彼を見つめた。
「こういうのはどうだ。俺がお前を兄さんと呼んだら……」
「?」
 白洛因が首を傾げると顧海は彼に近づき、チンピラめいた口ぶりで告げる。
「俺と同じ部屋で寝てくれるか?」
「一万回呼んでも無駄だ!」
 顧海は邪気のある魅力的な顔で笑った。拒絶されてもまったくめげず、白洛因の後ろから恥知らずな視線で腰から下を舐めまわすように眺める。以前なら目の前に男性スーパーモデルがいても棒きれと区別がつかなかったが、白洛因のすらっとした体型に素晴らしく長い足、しっかりとした臀部を見れば浮ついた妄想が止まらなくなる。
 もしいつかこいつを抱くことができたら、きっと麻薬を吸うのと同じ気分になるだろう。
 長い距離を二人は時間をかけて歩いた。以前は気ままに好きなことをしゃべりまくっていたが、今日は黙ったままだった。一人は下心を抱え、もう一人は心境が変わってしまった。窓辺の障子が破れるまでは互いの心をごまかして気ままにふるまえるが、一旦破れてしまえば一挙手一投足や一言が意味を持ち、二人の関係の方向性を決めていく。
 風が吹き、それまで木にぶら下がったまましばらく耐えていた葉っぱがついに飛ばされ、白洛因の顔をかすめてどこか見知らぬ場所へ飛んで行った。振り返ると、顧海の襟に葉っぱが一枚引っかかっていた。白洛因は手を伸ばしてそれを取る。
 顧海は振り返って白洛因に微笑む。髭の剃り跡が街灯に照らされ、抜けきれない青臭さと男らしい魅力が混在していた。十七、八歳特有のものだろう。余計なものや気取りがなく、純粋にお互いの目には相手しか映っていない。
 顧海は家に戻って以前のようにおしゃれな服を身にまとい、カッコよさに拍車がかかっていた。白洛因はこんな優秀な若者が自分を粗末にするのを見ていられなかった。
「顧海、俺たちはまっとうな道に戻れないのか?」
 白洛因はついに耐え切れず口を開いた。顧海は魂が呼び覚まされたように我に返る。
「何を言ってるんだ?」
「俺たちの道は曲がってる。俺はまだお前をまっとうな道に戻せるんじゃないか?」
「戻せるわけがない!」
 顧海は即座に答えた。
「俺たちの歩いている道は曲がってるだけじゃなくすごく危険なんだ。四十五度の傾斜がついていて、しかも脇には肥溜めがある。壁に張り付きながら素早く前に駆け抜けないと、少しでも足を止めれば肥溜めに落ちるぞ!」
「……本当にムカつく奴だ」
 顧海は悪い笑みを浮かべながら白洛因と共に家に戻った。
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