ハイロイン

ハイロインofficial

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第十章

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週末、二人は家具屋へ行った。顧海グー・ハイはとあるソファーの前で足を止め、顎に手を当ててしばらく考えてから白洛因バイ・ロインに尋ねる。
「これはどうだ?」
白洛因はわずかに目を細めた。
「まあいいけど、ちょっと大きくないか」
「大きいか? ちょうどいいと思うけどな!」
白洛因は座って感触を確かめる。
「この手のソファーは俺の体格でもこんなに座面が余るし、完全にベッドとして使えるな。お前の家のリビングは確かに広いが、インテリアは割とシンプルだろう。こんなに大きなソファーはちょっと合わないんじゃないか」
「大きなソファーなら上で好きに寝転がれるだろう!」
白洛因は呆れる。
「ソファーは座るために買うんだろう? 寝転がりたいなら大きめのベッドを買えばいい」
顧海は従業員の女性に凝視されてもかまわず、いやらしい顔で白洛因に笑いかけた。
「ベッドはベッド、ソファーはソファー、それぞれの味わいがあるんだよ」
白洛因は数秒黙り、何も聞かなかったように別の売り場に向かった。
「ベッドは多めに買うべきじゃないか」
白洛因はそう勧めたが、顧海は首を傾げる。
「多めに買ってどうするんだ?」
「お前は友達も多いし、たまに家で集まったときにそのまま泊っていけるじゃないか」
顧海はさりげなく答える。
「俺はこれまで誰も家に泊めたことはない。特に男は」
白洛因はやや含みのある視線を顧海の顔に向けた。顧海はすぐ自分の言い間違いに気づく。
「お前は例外だよ。だってお前は俺の媳婦シーフ(妻、奥さん)だし……」
「なんだって?」
白洛因はすぐに毛を逆立て、あやうく店で家庭内暴力をふるいそうになった。
「顧海、お前の母さんの最大の過ちは、お前にその口をつけたことだな!」
顧海は白洛因が耳の付け根まで赤くなっていることに気づいて浮かれ、罵られても気にせず鼻の下を伸ばす。もう時間の問題じゃないか? 奥さん、恥ずかしがることなんてないぞ!
「この勉強机はどうだ?」
顧海が聞くと、白洛因は首を振る。
「派手過ぎて好きじゃない。南側のあれは?」(※北京ではよく東西南北で場所を語る)
「頑丈さが足りないんじゃないか?」
顧海は眉をひそめた。
「じゃあこれを買えばいい。お前の家なんだから自分の好みで買うべきだろう」
白洛因の言葉に顧海は心の中でぼやく。そんなわけにはいかない。この部屋をレイアウトしているのはお前を引っ張り込むためだ。家具はどれもお前が気に入ったものでないと、買う意味がないじゃないか。
「じゃあ南側のやつにしよう」
「うん」
夜の授業が終わると、突然雨が降ってきた。どしゃぶりではないが、この季節に雨に濡れればとても寒い。白洛因は自転車を駐輪場から押してきて顧海に言う。
「お前はタクシーで自分の家に帰れ」
顧海はそれに答えず、白洛因のリュックを自分で背負った。意図は明らかだ。
自転車を押しながら校門を出ると、顧海は顔にかかった雨水を拭いながら白洛因に言う。
「お前がこいでくれ」
珍しいことだ。顧海が初めて白洛因に乗せてくれと頼んできた。これまでは晴れの日だろうが風の日だろうが一切かまわず、白洛因が疲れないようにと自分でこいできたのに。
白洛因はかえって喜んだ。弟が初めて頼ってくれたのだ。兄らしく振舞わねばならない。
雨交じりの風が吹きつけ、体の芯まで冷える。顧海は自分の上着を脱いで白洛因をしっかりと包んだ。このとき白洛因は初めて何故顧海が自分にこがせたのか理由がわかった。
「そんなに俺に着せなくていい。俺は寒くないからお前が着ろ」
白洛因の顔は雨でびしょ濡れになっている。顧海は彼の話を聞かず、背負っていたリュックを白洛因の頭の上にかざした。それから温かい手で少しずつ白洛因の顔を拭い、やさしく甘やかす。雨は冷たかったが二人の心はぬくもりに包まれていた。
顧海の大きな手が白洛因の顔を拭ってくれると寒さが吹き飛ぶ。彼は初めて公共の場で顧海が過剰に触れることを咎めなかった。
言葉は交わさなかったが、心は通じ合っていた。
風は後ろから吹きつけ、顧海の薄いTシャツを濡らしていく。この季節に風が吹けば、登校するときには逆風で、帰るときには順風だと顧海はわかっていたのだ。
白洛因の家に着くと、顧海は新しく建てた浴室で体を洗う。脇に放り投げた服はすべて濡れそぼっていた。白洛因は寝室から厚手の上着を持ってきて、浴室をノックする。
「入れよ」
顧海の言葉に白洛因は中に入ったが、目も合わさずに服を脇のフックにかけ、淡々と伝えた。
「外は寒い。冷えないようにシャワーの後はちゃんと着ろ」
顧海の心は温かさに溶けて排水溝から流れそうになった。
「蛇口がおかしいから見てくれ。冷たい水が出てこないんだよ」
白洛因は顧海に背中を向ける。
「嘘もいい加減にしろよ!」
そう言い捨てて扉を開けて出ていく。ほどよい温かさのシャワーを広い背中に浴びながら、顧海は思わず感嘆のため息をついた。賢い媳婦は扱いが難しく、簡単には騙せない!
顧海に続いて白洛因が浴室に入る。温かい浴室の中は暖房でぽかぽかだ。一カ月前にはこの季節に家で入浴しようとは到底思えなかった。少しでも気温が高いうちに家の中で洗面器にお湯を汲んで体を拭くのが精一杯で、それ以外はほぼ近所の共同浴場へ行っていたが、値段が安いためにいつも混み合っていて、利用の時間制限もあった。
顧海と仲良くなってから白洛因や家族の生活レベルが向上したのは確かだ。
「俺はお前を口説いて大きな愛情でお前の心を動かしてみせるから!」
「俺はちゃんとお前を可愛がる。お前が十数年間もらうはずだった愛は俺が全部やるからな」
顧海の濡れた服を手にしたとき、白洛因はふいに彼の言葉を思い出した。それを聞いた時は冷たい目を向けただけ
だったが、実はとても感動していた。顧海は大きい嘘はつかない。だからこそ拒絶しづらいし、断るのが忍びないのだ。
自分を愛する人間がこの世にもう一人増えるのが嫌なはずはないだろう?
白洛因が心配なのは、自分がこのままどんどん彼に頼ってしまうことだった。
外の雨は止み、顧海は部屋を一つずつ見て回る。すると白ばあちゃんがおぼつかない手つきで金槌を手に胡桃を割っている姿が見えた。金槌ではなかなか胡桃を割ることができず、滑って転がり落ちてしまう。白ばあちゃんはそのたびにふうふう言いながら胡桃を拾いに行く。
「ばあちゃん、俺が手伝うよ」
そう言って顧海は胡桃を二つ握り、殻の硬さを利用して力を入れると、音を立てて砕いた。白ばあちゃんは驚いて目を丸くする。この子はなんて力持ちなんだ。金槌よりも便利な手だ。顧海はそのまま十数個の胡桃を割り、白ばあちゃんは隣で丁寧に皮を剥いて皿に乗せる。
白洛因がシャワーを終えて白ばあちゃんの部屋に入ってきたとき、顧海は胡桃を手の中で割っているところだった。
「あそこに金槌があるだろう。力自慢か?」
白洛因は眉をひそめる。
「ケガしたらどうするんだ」
顧海は口角を上げて笑い、こそこそと白洛因に耳打ちした。
「俺が手をケガしたら、心配してくれるのか?」
白洛因は顧海を斜めに見る。
「じゃあそのまま素手で割り続けろよ!」
「本当に俺には厳しいよな」
顧海は恨めしい顔つきをする。白洛因はそれを無視し、寝室から本を一冊持ってきて顧海の手にねじ込んだ。
「さっさと歴史の復習をしろ。もう三カ月も文系科目をほったらかしてるだろう。あと数日で学力試験だぞ。お前が及第点を取れなければ俺が恥をかくんだからな!」
顧海は嬉しそうに白洛因に身を寄せ、とても浮かれた様子で尋ねる。
「俺が及第点を取れないと、なんでお前が恥をかくんだ?」
「暗記しろ!」
白洛因は一喝した。
「文化大革命は1966年5月から1976年10月まで中国において毛沢東の誤った指導の下、林彪や江青二人の反革命集団に利用され、中華民族に重大な災難をもたらした政治運動……」
胡桃を食べていた白ばあちゃんがそれを聞いて手を止めた。
「ありえない!」
「え?」
顧海は訝しんで白ばあちゃんを見た。
白ばあちゃんはくりっとした丸い目で顧海を睨み、きっぱりと言いきる。
「毛ドゥードゥーは間違いを犯したりしないよ!」
「なんで間違いを犯さないんだ?」
顧海はわざと白ばあちゃんをからかった。白ばあちゃんは大真面目に顧海に告げる。
「毛ドゥードゥーは真っ赤な真っ赤な太陽なんだから」
顧海はそんな白ばあちゃんが面白くて大笑いし、白洛因も隣で笑った。
夜の十時過ぎになり、顧海と白洛因はベッドに座り、真ん中にパソコンデスクを挟んで、顧海は頬杖を突きながら瞳の中に光を集め、向かい側にいる白洛因を見つめた。
「アヘン戦争はどんな影響があったか」
顧海は考える。
「影響か、確か四つあった……いや、三つだ」
白洛因はその瞬間鬼の形相に変わった。
「三つ、うん、確かに三つだ。一つは社会の性質に変化が起こり、二つ目は社会の矛盾に変化が起こり、三つめは……なんだっけ」
パンと音を立て鉄の定規が顧海の手を打った。顧海はあわてて手を引き、歯をむき出して大げさにわめく。
「本当に打つ奴があるか!」
白洛因は冷たい顔で言い放った。
「この問題はもう何回目だ? なんでまだできないんだ?」
この野郎、お前が綺麗に洗った体でハンサムな顔をして目の前に座ってるっていうのに、なんで俺は暗記なんてしなきゃならないんだ?
白洛因は悩む。こいつは皮も肉も厚くて、打ったところでまったく効き目がない! もうすぐ学力試験だ。いまの顧海のレベルで合格点が取れるなら、門のところでクズ拾いをしているオヤジだって清華大学に受かるはずだ。
なんとか方法を考えなければならない。
「よし、まず一時間暗記しろ」
「今から一時間暗記しろって……?」
顧海はがっくりと枕に頭を突っ込んだ。
「いまもう何時だと思ってるんだ。いつもならとっくに布団に入ってる時間だよ。それに今日は雨にも濡れたし……そもそも頭もちょっと痛かったし……」
「じゃあ暗記しなくていい! いまから俺がチェックする。一問間違えたら寝るまでの時間が一分延びる。二問間違えたら二分、全部間違えたら父さんの部屋で寝ろ」
この方法がぴたりとハマった!
顧海はベッドの上に座り、興奮する。
「もし俺が全問正解したら、お前の上で寝ていい?」
白洛因は手に持った本を思い切り顧海の顔に押し付けた。
三十分後、顧海は本を白洛因に戻した。
「さあ、テストしてみろ!」
白洛因は次々に問題を出していく。あえて難しい問題を選んでも、顧海は淀みなく答えていく。白洛因はどんどん腹が立ってきた。こいつやっぱりわざとできないふりをしていたんじゃないか! 覚えられるくせに、切羽詰まらないとやらないのだ。
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