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第十章
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週末、彼らは顧海の新しい家に集まった。
「一索!」
李爍が牌を出す。
「ポン!」
白洛因が麻雀牌を副露した。周似虎は驚く。
「またポンなのか?」
白洛因は笑って何も答えない。顧海は自分の牌を見て、指を麻雀牌の上でゆっくりとさまよわせ、ようやく牌を切った。
「三筒」
「カン」
白洛因はまた自分の目の前から牌を引き当てた。
李爍は悔しげに頭を掻きむしり、心中でぼやく。
「なんでずっとポン、チー、カンばかりなんだ? くそ、俺が次に牌を出したら、お前はまたチーするんじゃないか……」
「七索!」
白洛因はそのまま牌を倒した。
「上がり!」
李爍と周似虎はさすがに訝しがる。また上がりなのか? 白洛因はここに座ってからすでに七連勝している。すべての局で勝ち、まったくミスをしない。
「そんなバカな。今度こそ勝つぞ!」
李爍は煙草を口に咥え、眉をひそめて牌を混ぜた。
今回は周似虎の牌はとてもよく、手牌を並べた途端喜色満面になり、李爍に目配せをする。今回は俺様の勝ちだ。お前も協力しろよ。
顧海はとても静かだった。技術が足りないわけでも牌が悪いわけでもない。ただ彼は心の底から白洛因に勝たせたいと思っていたので、彼が必要な牌は何でも出していた。
「五索」
白洛因が牌を出す。
「チー!」
「ポン!」
周似虎は李爍に向かって笑いながら牌を振ってみせる。
「いいだろう。俺様が先にもらうよ。悪いな」
李爍は周似虎を怒りの眼差しで睨んだ。この一局は何周もしながら誰もおしゃべりをせず、周似虎は自分の牌を見た。
上がりまであと一歩、六萬か九萬が来ればこっちのものだ。周似虎は机の下で李爍に手で合図をした。李爍は自分の牌を見た。確かに九萬の牌がある。よし、じゃあ待ってろ。俺様のところに来たらお前を一度勝たせてやる。
白洛因はお目当ての牌がそろそろ来ると見当をつけて山から牌を引き、手の中で握って触ると口角を上げて冷たい笑顔を浮かべ、隣にいる顧海をうっとりさせた。
「上がり」
白洛因は自分の牌を倒す。
「ツモ、一気通貫」
李爍と周似虎は机に倒れ込み、苦悶の表情を浮かべた。もう無理だ。こいつは麻雀じゃなくて強盗をしに来たんじゃないか? いくらなんでも勝ちすぎだろう。
四人は昼から始めて夜まで遊び続け、白洛因は大量の札束を自分のポケットに入れた。
食事をするとき、李爍は耐え切れず白洛因に聞く。
「お前はなんであんなに麻雀が強いんだ?」
周似虎も尋ねる。
「お前ズルはしてないよな?」
「こいつはそんなことする必要はないさ」
顧海は笑った。
「多分牌を覚えてるんだと思うよ」
やはり白洛因をよくわかっているのは顧海だった。李爍はまた訝しがる。
「牌を覚える? どうやって? まさか牌山を作るときに自分の思うように配置できるのか? あんなにたくさんある牌を全部覚えられるのか? それに牌は自分一人が引くわけじゃないだろう? 四人で順番に取るんだ。自分がどれを引けるかわからないだろう」
顧海は誇らしげに自分の嫁をひけらかした。
「言っておくがこいつは自分の前に並べた二段分の牌を覚えてるだけじゃないぞ。お前たちが並べた牌もほとんど覚えてる。だから俺たちが運に任せて牌を引くとき、こいつはとっくに予想しながら引いてるんだ。一度見たものは忘れないって言ったらお前たち信じるか?」
李爍と周似虎は敬服の眼差しで白洛因を見る。彼こそが噂に名高い雀神なのか?
白洛因は笑った。
「こいつの与太話を信じるなよ。やっぱり運がないと無理だよ。今日はたまたま運が良かったんだ」
「それにしても運が良すぎるだろう」
李爍は酒を煽る。
「もう絶対お前とは麻雀しない」
顧海と白洛因は顔を見合わせ、たくらみが成功したと笑った。
李爍と周似虎が帰った後、二人は寝室で金を数えた。顧海が負けた分と白洛因が勝った分を相殺してみたが、結局全部周似虎と李爍の金だった。
「全部で一万二千元ある」
顧海はにっこり笑う。
「お前はやっぱりいい媳婦だ」
それまで笑っていた白洛因はその言葉に毛を逆立てた。
「今度俺をそう呼んだらお前のあそこをちょん切るぞ!」
「俺のをちょん切る?」
顧海はニヤリと笑う。
「じゃあ大きな盆を用意しないと入らないぞ」
白洛因は羞恥と憤怒がない交ぜになったように顧海から目を逸らした。
「第二番全国高校生ラジオ体操「青春の活力」……用意、一二三四、五六七八、二二三四、五六七八……」
高校生たちが運動場で飛び跳ねる。見渡す限り黒い頭に青い制服のジャージが並んでいたが、動きはバラバラだっ
た。隣とは違う方向に体を捻り、お互いが赤い顔を見合わせ、そのうち一人がこっそり捻る方向を変える。
「全クラス解散!」
白洛因はその場に立ったまま近くにいる顧海と目を合わせて笑い、二人で教室に向かう。
「突然アイスが食いたくなった」
白洛因が口を開く。顧海は首をすくめた。
「こんな季節に? もう雪も降りそうなのに、アイスを食うなんて……」
「なんだかわからないけど突然冷たいものが食いたくなった」
「ダメだぞ」
顧海は表情を硬くする。白洛因は心の中でぼやいた。なんでお前に管理されなきゃならない。俺は相談してるんじゃな
いぞ。ただ心を口に出しただけだ。お前に何ができる。俺は食うぞ。
そう考え、身を翻して学校の売店へ向かって歩き出した。顧海は追いかける。
「どうするつもりだ?」
「アイスを買うんだよ!」
白洛因は自分のやりたいようにやるつもりだった。顧海は怖い顔でしばらく睨んでいたが、やがて低い声で告げた。
「そこで待ってろ!」
顧海は人であふれる売店へ入って行く。体操が終わったばかりで売店は大混雑だった。もしラーメンスナックを買えば、レジに辿り着くときには粉々になっていただろう。顧海は人ごみをかき分けてアイスケースの前に辿りついた。これまで彼は人ごみはもちろんのこと、誰かに何かを買いに行くのもカッコ悪いと思っていた。
白洛因がおとなしく待っていると、突然強い力でぶつかられ危うく転びそうになった。振り返ると楊猛が自分の背中に飛び乗ってしがみつき、周章狼狽している。
「因子、助けてくれ!」
楊猛は泣き叫んだ。白洛因は手を後ろに回して楊猛の背中を叩く。
「まずそこから下りろ!」
「いやだ。助けてくれなきゃ下りない」
白洛因は顧海が金を払っているところを確認する。
「下りて話をしろよ」
楊猛はいじけたように白洛因の背中に頭を擦り付けた。
「俺が下りたらお前、逃げるだろう」
「どこにだよ。俺が逃げると思うか?」
楊猛は安心し、ようやく白洛因の背中から飛び降りる。
「話せよ」
白洛因は自分の服を整えた。楊猛は周囲を見回し、疚しそうな表情になる。
「お前のクラスのあの尤其、あいつおかしいんじゃないか? 最近何かというと俺に絡んでくるんだよ。絡むといえば聞こ
えがいいが、毎回俺を罵るんだ。俺が怒るのもちょっと申し訳ないっていうか、だってお前と仲がいいだろう? でも俺が怒らないとあいつどんどん調子に乗るんだ。授業が終わると毎回俺のクラスに来て待ち構えてるんだよ」
「尤其がお前に絡む?」
白洛因はまったく理解できなかった。
楊猛は白洛因の腕を抱え込み、恐怖の表情を浮かべる。
「言っとくけど、いまみたいに全体活動の後にも来るからな。しかもめちゃくちゃしつこいんだ。見てみろ、ほら見てみろ、こっちを睨んでるだろう。俺を狙ってるんだ、あいつ……」
そのとき後ろから強く肩を叩かれ、片方の膝が崩れ落ち、体が斜めになった。尤其ばかり警戒していて、後ろにもっとまずい男がいることを忘れていたのだ。
楊猛はあまりの痛みに白洛因の腕に縋りついたが、顧海はサッと顔色を変え、楊猛が掴んだ腕を自分のほうへ引い
た。楊猛は転びそうになったが、顧海は掴まれたほうの手にアイスを乗せた。白洛因は持ち替えようとしたが、顧海は断固としてそれを許さなかった。この手しか使えなかったらそいつを放すしかないぞ。
楊猛は白洛因がアイスのパッケージを剥がし、ミルクアイスにパリパリのチョコレートが挟まっているのを見ると、思わず手をこすり合わせる。
「ずいぶんアイスを食ってないな。ヤバい、俺も食いたくなってきた」
白洛因は笑いながら一口齧ったが歯の根っこが痛くなるほど冷たかった。楊猛は腹をすかせた猫のように白洛因の持つアイスを見つめ、待ちきれないように聞く。
「味はどうだ?」
顧海は楊猛を押しやり、白洛因の手からアイスを奪うと、口角を上げて楊猛を見る。
「俺が代わりに味見をしてやるよ」
そう言うと大口を開けて二口齧り、アイスは半分ほどに減ってしまった。
「まあまあだな。美味いよ」
見ろ、半分に減った状態でどの面下げて味見させてくれって言うんだ。だが顧海が思うよりも楊猛は厚かましかった。白洛因が一口齧った後、綺麗な手を伸ばしえへへと笑う。
「良かったら俺にも一口食べさせてくれよ」
「……」
白洛因はさらに一口齧り、楊猛に渡した。
「ほら、あとは全部やるよ」
楊猛は大喜びで残りのアイスを食べた。それもわざとゆっくりと、顧海に見せびらかしながら。顧海は怒り狂う。俺が苦労して行列に並んで買ったアイスなのに、なんでお前におこぼれをやらなきゃならないんだ。それだけじゃない。肝心なのは、アイスには白洛因の唾液がついているんだ。この野郎、それを俺に食わせろ! 俺に食わせろ!
楊猛はアイスを食べ終えると、ゴミ箱へ向かって小走りに包装紙を捨てに行った。
顧海は暗い顔で白洛因を見る。
「なんで奴に食わせた?」
「別にいいだろう。お前だって食ったんだし」
「俺とあいつを一緒にするのか?」
顧海は怒りを露わにする。白洛因は眉をひそめた。
「顧海、つまらないことを言うなよ」
俺はお前の友達に笑顔で接したのに、なんで俺の友達にはそんなに冷たいんだ? その言葉は白洛因の口から出るこ
とはなかった。楊猛がごみを捨て終え、駆け戻ってきたからだ。
三人は一緒に校舎の階段を上る。楊猛は二階のクラス、白洛因と顧海は三階だ。だが楊猛は二階を過ぎても足を止めず登り続ける。顧海は冷たい顔で促した。
「おい、行き過ぎたぞ」
「いや、ここが三階だってわかってるよ。俺は因子ともう少し一緒にいたいんだ」
顧海は眉をひそめてクラスへ歩いて行った。白洛因と楊猛はクラスの入り口に面した窓辺で立ち話をした。
「尤其がお前をけなす? あいつがまたなんで? お前たち何か揉めたりしたか?」
「何もあるもんか!」
楊猛の体は小さいが声は大きく、腹にため込んだ尤其への不満を口にする。
「あいつとは普段ほとんど話もしないし、せいぜい数回挨拶した程度だぞ。あいつマジでおかしいだろう。俺は最近授業が終わると急いで逃げ帰るんだ。そうじゃないとあいつが校門で待ち構えていて俺を捕まえるから。俺を殴るならまだしも、あいつは機関銃のように俺を罵るんだ……このつらさをどう説明すればいいかわからないよ……」
まさにそのとき、尤其がやってきた。楊猛は白洛因の腕に掴まり、猫が虎を見るような表情になった。そして小声で文句を言い続ける。
「ほら見ろ、ほら見ろ、あいつがまた来たぞ。俺を罵りに……」
だが尤其は白洛因に笑いかけただけで、楊猛には見向きもしなかった。
白洛因は楊猛を斜めに見る。
「どういうことだ? あいつはお前を罵ったりしないぞ?」
楊猛は肩を落とし、まったく理解できない様子だった。
「今日のあいつはどうしたんだ? なんで俺を罵らない?」
白洛因は楊猛の頭を叩き、子供をあやすように言う。
「ほら、もうクラスに戻れよ。授業が始まるぞ」
「いやだ。チャイムが鳴ってから戻る。またあいつが来て怒鳴るかもしれない」
「……」
「一索!」
李爍が牌を出す。
「ポン!」
白洛因が麻雀牌を副露した。周似虎は驚く。
「またポンなのか?」
白洛因は笑って何も答えない。顧海は自分の牌を見て、指を麻雀牌の上でゆっくりとさまよわせ、ようやく牌を切った。
「三筒」
「カン」
白洛因はまた自分の目の前から牌を引き当てた。
李爍は悔しげに頭を掻きむしり、心中でぼやく。
「なんでずっとポン、チー、カンばかりなんだ? くそ、俺が次に牌を出したら、お前はまたチーするんじゃないか……」
「七索!」
白洛因はそのまま牌を倒した。
「上がり!」
李爍と周似虎はさすがに訝しがる。また上がりなのか? 白洛因はここに座ってからすでに七連勝している。すべての局で勝ち、まったくミスをしない。
「そんなバカな。今度こそ勝つぞ!」
李爍は煙草を口に咥え、眉をひそめて牌を混ぜた。
今回は周似虎の牌はとてもよく、手牌を並べた途端喜色満面になり、李爍に目配せをする。今回は俺様の勝ちだ。お前も協力しろよ。
顧海はとても静かだった。技術が足りないわけでも牌が悪いわけでもない。ただ彼は心の底から白洛因に勝たせたいと思っていたので、彼が必要な牌は何でも出していた。
「五索」
白洛因が牌を出す。
「チー!」
「ポン!」
周似虎は李爍に向かって笑いながら牌を振ってみせる。
「いいだろう。俺様が先にもらうよ。悪いな」
李爍は周似虎を怒りの眼差しで睨んだ。この一局は何周もしながら誰もおしゃべりをせず、周似虎は自分の牌を見た。
上がりまであと一歩、六萬か九萬が来ればこっちのものだ。周似虎は机の下で李爍に手で合図をした。李爍は自分の牌を見た。確かに九萬の牌がある。よし、じゃあ待ってろ。俺様のところに来たらお前を一度勝たせてやる。
白洛因はお目当ての牌がそろそろ来ると見当をつけて山から牌を引き、手の中で握って触ると口角を上げて冷たい笑顔を浮かべ、隣にいる顧海をうっとりさせた。
「上がり」
白洛因は自分の牌を倒す。
「ツモ、一気通貫」
李爍と周似虎は机に倒れ込み、苦悶の表情を浮かべた。もう無理だ。こいつは麻雀じゃなくて強盗をしに来たんじゃないか? いくらなんでも勝ちすぎだろう。
四人は昼から始めて夜まで遊び続け、白洛因は大量の札束を自分のポケットに入れた。
食事をするとき、李爍は耐え切れず白洛因に聞く。
「お前はなんであんなに麻雀が強いんだ?」
周似虎も尋ねる。
「お前ズルはしてないよな?」
「こいつはそんなことする必要はないさ」
顧海は笑った。
「多分牌を覚えてるんだと思うよ」
やはり白洛因をよくわかっているのは顧海だった。李爍はまた訝しがる。
「牌を覚える? どうやって? まさか牌山を作るときに自分の思うように配置できるのか? あんなにたくさんある牌を全部覚えられるのか? それに牌は自分一人が引くわけじゃないだろう? 四人で順番に取るんだ。自分がどれを引けるかわからないだろう」
顧海は誇らしげに自分の嫁をひけらかした。
「言っておくがこいつは自分の前に並べた二段分の牌を覚えてるだけじゃないぞ。お前たちが並べた牌もほとんど覚えてる。だから俺たちが運に任せて牌を引くとき、こいつはとっくに予想しながら引いてるんだ。一度見たものは忘れないって言ったらお前たち信じるか?」
李爍と周似虎は敬服の眼差しで白洛因を見る。彼こそが噂に名高い雀神なのか?
白洛因は笑った。
「こいつの与太話を信じるなよ。やっぱり運がないと無理だよ。今日はたまたま運が良かったんだ」
「それにしても運が良すぎるだろう」
李爍は酒を煽る。
「もう絶対お前とは麻雀しない」
顧海と白洛因は顔を見合わせ、たくらみが成功したと笑った。
李爍と周似虎が帰った後、二人は寝室で金を数えた。顧海が負けた分と白洛因が勝った分を相殺してみたが、結局全部周似虎と李爍の金だった。
「全部で一万二千元ある」
顧海はにっこり笑う。
「お前はやっぱりいい媳婦だ」
それまで笑っていた白洛因はその言葉に毛を逆立てた。
「今度俺をそう呼んだらお前のあそこをちょん切るぞ!」
「俺のをちょん切る?」
顧海はニヤリと笑う。
「じゃあ大きな盆を用意しないと入らないぞ」
白洛因は羞恥と憤怒がない交ぜになったように顧海から目を逸らした。
「第二番全国高校生ラジオ体操「青春の活力」……用意、一二三四、五六七八、二二三四、五六七八……」
高校生たちが運動場で飛び跳ねる。見渡す限り黒い頭に青い制服のジャージが並んでいたが、動きはバラバラだっ
た。隣とは違う方向に体を捻り、お互いが赤い顔を見合わせ、そのうち一人がこっそり捻る方向を変える。
「全クラス解散!」
白洛因はその場に立ったまま近くにいる顧海と目を合わせて笑い、二人で教室に向かう。
「突然アイスが食いたくなった」
白洛因が口を開く。顧海は首をすくめた。
「こんな季節に? もう雪も降りそうなのに、アイスを食うなんて……」
「なんだかわからないけど突然冷たいものが食いたくなった」
「ダメだぞ」
顧海は表情を硬くする。白洛因は心の中でぼやいた。なんでお前に管理されなきゃならない。俺は相談してるんじゃな
いぞ。ただ心を口に出しただけだ。お前に何ができる。俺は食うぞ。
そう考え、身を翻して学校の売店へ向かって歩き出した。顧海は追いかける。
「どうするつもりだ?」
「アイスを買うんだよ!」
白洛因は自分のやりたいようにやるつもりだった。顧海は怖い顔でしばらく睨んでいたが、やがて低い声で告げた。
「そこで待ってろ!」
顧海は人であふれる売店へ入って行く。体操が終わったばかりで売店は大混雑だった。もしラーメンスナックを買えば、レジに辿り着くときには粉々になっていただろう。顧海は人ごみをかき分けてアイスケースの前に辿りついた。これまで彼は人ごみはもちろんのこと、誰かに何かを買いに行くのもカッコ悪いと思っていた。
白洛因がおとなしく待っていると、突然強い力でぶつかられ危うく転びそうになった。振り返ると楊猛が自分の背中に飛び乗ってしがみつき、周章狼狽している。
「因子、助けてくれ!」
楊猛は泣き叫んだ。白洛因は手を後ろに回して楊猛の背中を叩く。
「まずそこから下りろ!」
「いやだ。助けてくれなきゃ下りない」
白洛因は顧海が金を払っているところを確認する。
「下りて話をしろよ」
楊猛はいじけたように白洛因の背中に頭を擦り付けた。
「俺が下りたらお前、逃げるだろう」
「どこにだよ。俺が逃げると思うか?」
楊猛は安心し、ようやく白洛因の背中から飛び降りる。
「話せよ」
白洛因は自分の服を整えた。楊猛は周囲を見回し、疚しそうな表情になる。
「お前のクラスのあの尤其、あいつおかしいんじゃないか? 最近何かというと俺に絡んでくるんだよ。絡むといえば聞こ
えがいいが、毎回俺を罵るんだ。俺が怒るのもちょっと申し訳ないっていうか、だってお前と仲がいいだろう? でも俺が怒らないとあいつどんどん調子に乗るんだ。授業が終わると毎回俺のクラスに来て待ち構えてるんだよ」
「尤其がお前に絡む?」
白洛因はまったく理解できなかった。
楊猛は白洛因の腕を抱え込み、恐怖の表情を浮かべる。
「言っとくけど、いまみたいに全体活動の後にも来るからな。しかもめちゃくちゃしつこいんだ。見てみろ、ほら見てみろ、こっちを睨んでるだろう。俺を狙ってるんだ、あいつ……」
そのとき後ろから強く肩を叩かれ、片方の膝が崩れ落ち、体が斜めになった。尤其ばかり警戒していて、後ろにもっとまずい男がいることを忘れていたのだ。
楊猛はあまりの痛みに白洛因の腕に縋りついたが、顧海はサッと顔色を変え、楊猛が掴んだ腕を自分のほうへ引い
た。楊猛は転びそうになったが、顧海は掴まれたほうの手にアイスを乗せた。白洛因は持ち替えようとしたが、顧海は断固としてそれを許さなかった。この手しか使えなかったらそいつを放すしかないぞ。
楊猛は白洛因がアイスのパッケージを剥がし、ミルクアイスにパリパリのチョコレートが挟まっているのを見ると、思わず手をこすり合わせる。
「ずいぶんアイスを食ってないな。ヤバい、俺も食いたくなってきた」
白洛因は笑いながら一口齧ったが歯の根っこが痛くなるほど冷たかった。楊猛は腹をすかせた猫のように白洛因の持つアイスを見つめ、待ちきれないように聞く。
「味はどうだ?」
顧海は楊猛を押しやり、白洛因の手からアイスを奪うと、口角を上げて楊猛を見る。
「俺が代わりに味見をしてやるよ」
そう言うと大口を開けて二口齧り、アイスは半分ほどに減ってしまった。
「まあまあだな。美味いよ」
見ろ、半分に減った状態でどの面下げて味見させてくれって言うんだ。だが顧海が思うよりも楊猛は厚かましかった。白洛因が一口齧った後、綺麗な手を伸ばしえへへと笑う。
「良かったら俺にも一口食べさせてくれよ」
「……」
白洛因はさらに一口齧り、楊猛に渡した。
「ほら、あとは全部やるよ」
楊猛は大喜びで残りのアイスを食べた。それもわざとゆっくりと、顧海に見せびらかしながら。顧海は怒り狂う。俺が苦労して行列に並んで買ったアイスなのに、なんでお前におこぼれをやらなきゃならないんだ。それだけじゃない。肝心なのは、アイスには白洛因の唾液がついているんだ。この野郎、それを俺に食わせろ! 俺に食わせろ!
楊猛はアイスを食べ終えると、ゴミ箱へ向かって小走りに包装紙を捨てに行った。
顧海は暗い顔で白洛因を見る。
「なんで奴に食わせた?」
「別にいいだろう。お前だって食ったんだし」
「俺とあいつを一緒にするのか?」
顧海は怒りを露わにする。白洛因は眉をひそめた。
「顧海、つまらないことを言うなよ」
俺はお前の友達に笑顔で接したのに、なんで俺の友達にはそんなに冷たいんだ? その言葉は白洛因の口から出るこ
とはなかった。楊猛がごみを捨て終え、駆け戻ってきたからだ。
三人は一緒に校舎の階段を上る。楊猛は二階のクラス、白洛因と顧海は三階だ。だが楊猛は二階を過ぎても足を止めず登り続ける。顧海は冷たい顔で促した。
「おい、行き過ぎたぞ」
「いや、ここが三階だってわかってるよ。俺は因子ともう少し一緒にいたいんだ」
顧海は眉をひそめてクラスへ歩いて行った。白洛因と楊猛はクラスの入り口に面した窓辺で立ち話をした。
「尤其がお前をけなす? あいつがまたなんで? お前たち何か揉めたりしたか?」
「何もあるもんか!」
楊猛の体は小さいが声は大きく、腹にため込んだ尤其への不満を口にする。
「あいつとは普段ほとんど話もしないし、せいぜい数回挨拶した程度だぞ。あいつマジでおかしいだろう。俺は最近授業が終わると急いで逃げ帰るんだ。そうじゃないとあいつが校門で待ち構えていて俺を捕まえるから。俺を殴るならまだしも、あいつは機関銃のように俺を罵るんだ……このつらさをどう説明すればいいかわからないよ……」
まさにそのとき、尤其がやってきた。楊猛は白洛因の腕に掴まり、猫が虎を見るような表情になった。そして小声で文句を言い続ける。
「ほら見ろ、ほら見ろ、あいつがまた来たぞ。俺を罵りに……」
だが尤其は白洛因に笑いかけただけで、楊猛には見向きもしなかった。
白洛因は楊猛を斜めに見る。
「どういうことだ? あいつはお前を罵ったりしないぞ?」
楊猛は肩を落とし、まったく理解できない様子だった。
「今日のあいつはどうしたんだ? なんで俺を罵らない?」
白洛因は楊猛の頭を叩き、子供をあやすように言う。
「ほら、もうクラスに戻れよ。授業が始まるぞ」
「いやだ。チャイムが鳴ってから戻る。またあいつが来て怒鳴るかもしれない」
「……」
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