ハイロイン

ハイロインofficial

文字の大きさ
85 / 103
第十章

6

しおりを挟む
やっとチャイムが鳴ると楊猛ヤン・モンはサッと駆け出し、白洛因バイ・ロインは教室へ戻った。
「この時間は問題を解きます。プリントを出して。私がチェックした問題を、授業が終わる前に提出してください」
白洛因は他のみんなはプリントがあるのに、自分の机の上にはないことに気づき、尤其ヨウ・チ―の背中を突く。
「俺のプリントは?」
「え? さっき後ろに回したぞ」
白洛因は後ろの顧海グー・ハイをチラッと見ると、やはりプリントを二枚持っている。
「寄越せ」
白洛因は後ろに手を伸ばした。顧海は頑なに言い張る。
「ない」
「そこに二枚あるじゃないか」
白洛因が怒りを込めて睨むと、顧海は冷たくせせら笑う。
「プリントが配られたときにいなかっただろう? プリントなんていらないんじゃないか? しゃべりに行けよ! 力の限りしゃべれよ! 一時間ずっとしゃべってれば問題なんて解かなくていいだろう」
白洛因は勢いよく顧海の机を押し、プリントを奪い取った。
それから一時間かけ顧海はようやく腹の虫を収めたが、授業が終わるとすぐ後ろのドアが開き、あの小綺麗な顔が現れた。あいつときたらまったく分をわきまえないうえに情に訴えるように手を振って彼を呼びつけやがる。
「因子、出て来い、出て来いよ!」
白洛因が立ち上がると、後ろに座っている男は彼の椅子を猛然と蹴った。椅子の足が白洛因の足に、それも強くぶつかる。白洛因は息を飲んで無理に怒りを押し殺し、椅子を蹴り飛ばすと顧海には目もくれず教室を出て行った。
「なんでまた来たんだ?」
楊猛は唇を尖らせる。
「また教室に押しかけられるのが怖くて、授業が終わる前に逃げて来たんだ」
「俺のところに来たら奴はお前を罵らないのか?」
楊猛は激しく頷いた。
「奴はお前が怖いんだ。だからお前と一緒だとおとなしくなる。ほら、俺がお前のところに来れば奴は教室から出てこないだろう」
白洛因は困った。
「じゃあこれからずっとここに逃げてくるつもりか?」
楊猛は尤其をよくわかっているようだった。
「うん。あいつが俺にまとわりつく限り、俺はお前にひっつく」
白洛因は憂鬱になって額を抑える。
「他のところに逃げられないのか?」
「無理だよ!」
楊猛は首を振ってきっぱり言い切った。
「どこに逃げてもここより危ない。学校はこんなに広いのにあいつはどこに逃げても探し出すんだ。それに授業に出るときは逃げられないだろう? あいつは教室の外で授業が終わるのを待ち構えてるから、俺は出るに出られないんだ」
どうすればいいか困り、白洛因は歯噛みをしながら尤其こそ諸悪の根源だと思い至った。
自習の時間、白洛因は尤其の背中を叩いて小声で話しかける。
「お前と楊猛はいったい何があったんだ?」
「楊猛?」
尤其はしらばっくれる。
「楊猛って誰だ?」
「俺の幼馴染だよ! この間一緒に俺の家に来ただろう」
「ああなるほど」
尤其はようやくわかった素振りを見せる。
「奴がどうした?」
「お前がいつも奴に絡むって言ってる」
「俺が奴に絡む?」
尤其は肩をすくめ、ありえないというように笑った。
「俺たちは別に親しくもないし、絡んでどうする」
そう言ってティッシュを出し鼻をかむ。白洛因は続けた。
「奴はお前が授業終わりに彼のクラスのドアで待ち伏せてるって言ってるぞ」
尤其はさらに驚いた様子だった。
「俺が彼らのクラスのドアで待ち伏せ? あいつこそうちのクラスのドアで待ち伏せてるじゃないか。お前も知ってるだろう。この二時間俺は外に出たか? むしろ向こうがこっちに来てるぞ」
「……」
「前の二人、もう少し静かにしてくれないか」
響きのある声が後ろから聞こえてくる。クラス中に聞こえるようにわざと大きな声を出したので、その瞬間クラスは静まり返り、誰も声を出さなくなった。そして全員が密かに彼らを見守っていると、白洛因は尤其と話し続けられなくなり、白洛因は尤其の背中を叩いて前を向くように促した。



その日の休み時間は五回あったが、楊猛は一度も欠かさず毎回やってきたので、後ろのドアを開ける人間はすべて楊猛の顔を覚え、皆から「お前また来たのか?」と声をかけられた。
白洛因にすればどちらの話ももっともらしかった。一人はとてもかわいそうな様子で、もう一人は無実の罪を着せられた素振りだ。その間に挟まれて辟易しているというのに、さらにもう一人、問題解決を手伝うどころか邪魔をする人間がいる。
ようやく放課後になり、顧海が後ろのドアを開けると、そこにはまたも楊猛の顔があった。
楊猛は数歩後ろに下がり、顧海に怖気づいた。この男はとても近寄りがたい。白洛因もクールな性格なのに、いったい二人がどうやって仲良くなったのか理解できない。
「一緒に帰ろうぜ!」
楊猛は背が低いので白洛因の肩には届かなかったが、無理をして飛び上がりながら肩に手を回した。校門まで来ると白洛因は足を止め、楊猛を見る。
「ここまででいいだろう。あいつは寮生だし、外には出られない。安心して帰れよ!」
「そんなことないぞ?」
楊猛は身を強張らせる。
「この間お前の家に行ったとき、あいつは後ろから付けて来たんだ。ダメだ。絶対お前と一緒に帰る!」
顧海は白洛因の後ろに佇み、真っ暗な表情で自転車を押して彼を待っていた。
「前回は特殊な状況だっただろう? 奴だって抜け出したことがバレたらペナルティを食らうリスクがあるし、自分で金を出して宿に泊まらなきゃならない。お前を罵るためだけにそんなことするか?」
「それでも俺はお前と一緒に帰る」
楊猛はきっぱりと言い切った。
「俺たちは幼稚園から一緒に通い始めてもう何年になる? そもそもお前たちのクラスの前の担任がいつも授業を引き延ばさなかったら、俺はお前と別々に帰ることもなかったんだ。思い出すとまだ嫌な気分だ。一人ぼっちでこんなに遠くまで歩いて帰るのがどれだけつらいかわかるか?」
「わかった、わかった」
白洛因は楊猛の肩を叩いた。
「一緒に帰ればいいんだろう」
後ろにいる男の顔はさらに暗くなった。白洛因は顧海をチラリと見る。
「三人で一緒に帰ろう」
顧海は勢いよく自転車に乗ると強くペダルをこぎ、白洛因にまったくかまわずに行ってしまった。
「えっ……あいつ、どうしたんだ? 俺を見るといつも怖い顔するよな」
楊猛が首を傾げると、白洛因の顔も暗くなった。
「いいよ。あいつのことは放っておけ!」
「前にあいつが面倒を起こしたとき、お前が俺にそう言ったんだぞ。因子、お前の周りにはなんで面倒くさい奴ばかり寄って来るんだ?」
白洛因は何も答えなかった。
楊猛の歩き方はひどかった。タンゴを踊るように三歩歩いてはくるっと背後を振り返る。白洛因は見ていられなくなった。
「楊猛、お前一体どういうことだ? 尤其はお前のところになんて行ってないし、全然親しくもないうえに、お前が彼を陥れて俺との関係を壊そうとしてるって言ってるぞ」
「うわうわうわ、汚い奴め! 本当に汚い奴だ!」
楊猛は腕を振り上げて叫ぶ。白洛因はそれを見ておよそ理解した。楊猛と尤其にはどちらも問題がある。尤其は間違いなく楊猛を困らせたのだろう。それは疑いようがない。だが楊猛はおおげさに捉えている。楊猛はからかい甲斐があるから尤其はふざけただけだろう。楊猛はすべて真に受けてこんなふうに騒いでいるのだ。
「はは……家に着いたぞ。入れよ」
白洛因は楊猛の頭を軽く叩く。
楊猛はそれでもまだきょろきょろあたりを見回し、路地の奥に誰もいないことを確認してからやっと安心して家に帰って行った。
楊猛の家から路地を回り込むとそこが白洛因の家だ。顧海は大門の前に立っていた。自転車を隣に倒し、足元には吸い殻が積み上がっている。白洛因は一瞥し、仏頂面で声をかける。
「入れよ!」
だが白洛因が中に入っても顧海は影も形も見せない。白洛因は怒りに任せて大門の框を蹴った。譲歩してやったのになんだよ。そのまま一晩外に立ってろ!
「おかえり。大海はどうした?」
白漢旗バイ・ハンチーが尋ねる。白洛因は答えずリュックを持って寝室に入り、音を立ててドアを閉めた。
十分が過ぎても外からは一切物音が聞こえてこない。顧海はずっと外に立っているのか、それともどこかへ行ったのかわからない。すぐにゾウおばさんの声が聞こえてきた。
「大海、なんで家に入らないの? この子ったらどうしたの。誰とケンカしたの? あらあら、煙草なんて吸ってないで早く中に入りなさい。外は寒いじゃない」
白漢旗は声を聞いて外に出たが、すぐに白洛因の寝室へ向かいドンドンとノックする。
「おい、出てきなさい!」
厳しい声に白洛因は不機嫌な顔でドアを開けた。白漢旗は血相を変えて怒る。
「お前はなんてわからずやなんだ。大海を締め出してどうする。彼が何をしたって言うんだ。お前は勝手すぎるぞ。小さい頃から自分の理屈だけしか認めない。大海は本当にいい子じゃないか。お前は彼にどうしろっていうんだ。俺には兄弟がいないが、もしいたとしたら……」
「誰が外に締め出したって?」
白洛因は父親に咎められ、さらに怒りが燃え上がる。
「あいつが入ってこないだけだろう!」
「お前が恥をかかせたから入ってこれないんだろう?」
「誰が恥をかかせたって?」
白洛因は声を荒げる。白漢旗は怒りに息を切らした。
「どうでもいいから早く中に入れてやれ!」
「いやだ!」
白洛因は椅子に座る。白漢旗も怒鳴り始めた。
「お前が行かないなら俺が行く!」
「行かなくていい!」
白洛因は立ち上がって白漢旗を止めようとしたが、時すでに遅く、父は大股で歩いて行ってしまった。白洛因は後に続き、内心歯噛みをする。顧海はやり方が汚い。こんな理不尽なことをしたって、あと三分も外にいれば凍死するぞ。
「大海、おじさんのいうことを聞いて中に入りなさい。因子のことはほっておけ。あいつは小さい頃から無神経なんだ」
白洛因はドアを蹴って外に出る。
「父さん、かまうなよ。好きなだけ外で立たせておけばいい!」
「お前こそ外に立ってろ!」
白漢旗は眉を逆立てた。顧海は口を開く。
「おじさん、俺のことは構わず中に入って。俺はもう少し外にいるよ。涼しいから!」
「涼しい」という言葉を顧海は歯の間から絞り出した。白洛因は顧海をじっと睨みつける。
「まだ入らないのか?」
「お前が外にいろって言ったんじゃないか」
白洛因は白漢旗を力の限り引きずり、一歩一歩中に連れて行った。顧海は白洛因を睨んだまま一言も発しなかったが、心の中では叫び続けていた。俺を冷たく外に置き去りにするのか? 宥めてくれないのか? 男だってたまには弱気なときもある。もう少しやさしくしてくれたっていいじゃないか……。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アイドルですがピュアな恋をしています。

雪 いつき
BL
人気アイドルユニットに所属する見た目はクールな隼音(しゅん)は、たまたま入ったケーキ屋のパティシエ、花楓(かえで)に恋をしてしまった。 気のせいかも、と通い続けること数ヶ月。やはりこれは恋だった。 見た目はクール、中身はフレンドリーな隼音は、持ち前の緩さで花楓との距離を縮めていく。じわりじわりと周囲を巻き込みながら。 二十歳イケメンアイドル×年上パティシエのピュアな恋のお話。

先輩たちの心の声に翻弄されています!

七瀬
BL
人と関わるのが少し苦手な高校1年生・綾瀬遙真(あやせとうま)。 ある日、食堂へ向かう人混みの中で先輩にぶつかった瞬間──彼は「触れた相手の心の声」が聞こえるようになった。 最初に声を拾ってしまったのは、対照的な二人の先輩。 乱暴そうな俺様ヤンキー・不破春樹(ふわはるき)と、爽やかで優しい王子様・橘司(たちばなつかさ)。 見せる顔と心の声の落差に戸惑う遙真。けれど、彼らはなぜか遙真に強い関心を示しはじめる。 **** 三作目の投稿になります。三角関係の学園BLですが、なるべくみんなを幸せにして終わりますのでご安心ください。 ご感想・ご指摘など気軽にコメントいただけると嬉しいです‼️

冬は寒いから

青埜澄
BL
誰かの一番になれなくても、そばにいたいと思ってしまう。 片想いのまま時間だけが過ぎていく冬。 そんな僕の前に現れたのは、誰よりも強引で、優しい人だった。 「二番目でもいいから、好きになって」 忘れたふりをしていた気持ちが、少しずつ溶けていく。 冬のラブストーリー。 『主な登場人物』 橋平司 九条冬馬 浜本浩二 ※すみません、最初アップしていたものをもう一度加筆修正しアップしなおしました。大まかなストーリー、登場人物は変更ありません。

「目を閉じ耳を塞いだ俺の、君は唯一の救いだった」

濃子
BL
「知ってる?2―Aの安曇野先輩ってさ、中学のとき付き合ってたひとが死んでるんだってーー………」   その会話が耳にはいったのは、本当に偶然だったんだーー。 図書委員の僕、遠野悠月は、親の仕事からボッチでいることが多かった。けれどその日、読書をしていた安曇野晴日に話をふられ、彼の抱えている問題を知ることになる。 「ーー向こうの母親から好かれているのは事実だ」 「ふうん」  相手は亡くなってるんだよね?じゃあ、彼女をつくらない、っていうのが嘘なのか?すでに、彼女もちーー? 「本当はーー……」 「うん」 「亡くなった子のこと、全然知らないんだ」  ーーそれは一体どういうことなのか……?その日を境に一緒にいるようになった僕と晴日だけど、彼の心の傷は思った以上に深いものでーー……。   ※恋を知らない悠月が、晴日の心の痛みを知り、彼に惹かれていくお話です。青春にしては重いテーマかもしれませんが、悠月の明るい性格で、あまり重くならないようにしています。 青春BLカップにエントリーしましたが、前半は恋愛少なめです。後半の悠月と晴日にご期待ください😊 BETくださった方、本当にありがとうございます😁 ※挿絵はAI画像を使用していますが、あくまでイメージです。

灰かぶり君

渡里あずま
BL
谷出灰(たに いずりは)十六歳。平凡だが、職業(ケータイ小説家)はちょっと非凡(本人談)。 お嬢様学校でのガールズライフを書いていた彼だったがある日、担当から「次は王道学園物(BL)ね♪」と無茶振りされてしまう。 「出灰君は安心して、王道君を主人公にした王道学園物を書いてちょうだい!」 「……禿げる」 テンション低め(脳内ではお喋り)な主人公の運命はいかに? ※重複投稿作品※

坂木兄弟が家にやってきました。

風見鶏ーKazamidoriー
BL
父子家庭のマイホームに暮らす|鷹野《たかの》|楓《かえで》は家事をこなす高校生。ある日、父の再婚話が持ちあがり相手の家族とひとつ屋根のしたで生活することに、再婚相手には年の近い息子たちがいた。 ふてぶてしい兄弟に楓は手を焼きながら、しだいに惹かれていく。

彼はオレを推しているらしい

まと
BL
クラスのイケメン男子が、なぜか平凡男子のオレに視線を向けてくる。 どうせ絶対に嫌われているのだと思っていたんだけど...? きっかけは突然の雨。 ほのぼのした世界観が書きたくて。 4話で完結です(執筆済み) 需要がありそうでしたら続編も書いていこうかなと思っておいます(*^^*) もし良ければコメントお待ちしております。 ⚠️趣味で書いておりますので、誤字脱字のご報告や、世界観に対する批判コメントはご遠慮します。そういったコメントにはお返しできませんので宜しくお願いします。

義兄が溺愛してきます

ゆう
BL
桜木恋(16)は交通事故に遭う。 その翌日からだ。 義兄である桜木翔(17)が過保護になったのは。 翔は恋に好意を寄せているのだった。 本人はその事を知るよしもない。 その様子を見ていた友人の凛から告白され、戸惑う恋。 成り行きで惚れさせる宣言をした凛と一週間付き合う(仮)になった。 翔は色々と思う所があり、距離を置こうと彼女(偽)をつくる。 すれ違う思いは交わるのか─────。

処理中です...