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第十一章
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「ほらほら、もうみんな帰って」
集まった群衆は三々五々去っていき、門の外には白漢旗と白洛因が残された。
「父さん、さっき野次馬が言ったことは気にしないで」
白洛因は白漢旗の肩を叩く。白漢旗はしばらく黙り込んでから口を開いた。
「因子、お前はこのことに関わるな。父さんが対処するから。お前はすぐにばあちゃんのところに行け。外の騒ぎを聞いて心配してるだろう。お前はばあちゃんを宥め、外に出るなと言い聞かせろ。わかったな?」
白洛因は頷き、冷たい表情で中庭に向かう。すると白ばあちゃんはもう外に出てきていて、ふらふらと不自由な体を動かし、孟建志を穴が開くほど見ていた。
白洛因はあわてて近づき、白ばあちゃんを遮る。
「シャ……シャ……」
白ばあちゃんは孟建志を指差し、顔を赤くしていたが、はっきりしゃべれなかった。白洛因は白ばあちゃんを部屋に連れて行き、優しい声で宥める。
「ばあちゃん、あれは物乞いだよ。ずっとうちの前にいてみんなで追い出そうとしたんだけどどうしようもなくて家に入れたんだ。ご飯をやるだけだよ」
「可哀想な人には必ず自業自得なところがあるんだ」
白洛因の心は千々に乱れていたが、白ばあちゃんが的を射た言葉を淀みなく話すのを聞いて、目の前が明るくなった。
白ばあちゃんは年を取って口が動かしづらくなっていたが、本来家の中で一番頼りになる人間だった。
白ばあちゃんを部屋に入れ、白洛因はもう一度外に出る。
中庭では話し合いが行われていた。
「お前たちが一緒になるのはかまわねえが、俺を犠牲にしたんだから償えよ」
「私たちがあんたの何を犠牲にしたっていうの?」
鄒おばさんは孟建志を睨みつける。孟建志は白目をむき、息を荒げた。
「俺の何を犠牲にしたって? お前は俺の嫁だろう。息子も俺のだろうが? お前に奪われてそのままにできるか。お前たちだけよろしくやって俺を捨て、自分たちだけ美味いもん食って、俺は宿無しか? お前たちに良心はないのか?」
「孟建志!」
鄒おばさんは机を叩く。
「調子に乗るのもいい加減にしなさいよ!」
「どっちが調子に乗ってるんだ? いいか、お前はいま誰の家にいる? 俺たちの子供は誰を父ちゃんと呼んでるんだ?」
孟建志は声高に叫んだ。鄒おばさんは怒りのあまり息が止まりそうになり、胸を押さえて痛ましい表情になる。
「いまさら私が嫁だと言い出して息子があんたの息子だと認めるの。あんたが女と逃げたときはどうして私を思い出さなかったの。五年も家に帰らず家に一銭も金を送らなかったことはなぜ言わないの?」
「女?」
孟建志は冷たく笑った。
「お前にそんな資格があるのか? お前がいなけりゃ俺はとっくに小呉と一緒になってたさ。お前がいなきゃ彼女が俺の金を持って逃げたか? 俺様が出世しようとしたときに、お前のせいで俺の女は逃げたし、息子は俺を父親だと認めなくなった。今では寝る場所すらねえ……」
白漢旗はわかった。この男は根っから腐っている。いくら話し合っても通じない。
「はっきり言え」
白漢旗は口を開いた。
「お前はいったいどうしたいんだ?」
それを聞き、孟建志の目は異様な光を放つ。
「回りくどい話はやめようぜ。これでいい」
孟建志は指を二本立てた。鄒おばさんは顔色を変える。
「二万元も取ろうっていうの?」
「二万?」
孟建志は冷笑した。
「よくもそんなことが言えたもんだ! 北京では二万なんてはした金じゃ爪楊枝も買えねえだろう。お前のあの店だって一カ月の家賃は二万じゃ済まないよな? よく聞け、俺が言ってるのは二十万元だ」
「二十万?」
鄒おばさんは激高する。
「孟建志、寝言は寝て言いなさいよ?」
孟建志の目はギラギラし、危険な兆候を見せた。
「鄒秀雲、お前のあの店、売り上げは一カ月で数十万はあるよな? 二十万元で安心が買えるなら安いもんじゃねえか。俺は金さえもらえばもう絶対お前たちの邪魔はしねえ。だがくれなけりゃ俺が生きている限りお前のしでかした醜聞を街中で宣伝して回る。このあたりの人間みんなに鄒秀雲がどんな奴か言いふらし、お前が店を続けられないどころか一生人に顔向けできないようにしてやる……嘘だと思うなら試してみろよ」
それを聞いて鄒おばさんは猛然と孟建志に向かって行った。
「このクソ孟が! あんたになんて負けないわよ!」
白漢旗はあわてて鄒おばさんを引き留める。鄒おばさんの顔は蒼白で、孟建志を睨みつけ激しく震えていた。
「父さん、まずおばさんを部屋に入れてあげて」
白洛因は孟建志を棗の木の下に引きずって行き、驚くほど冷静に告げる。
「ここは俺の家だ。何か話があるなら俺に言えばいい」
孟建志は棗の木に寄りかかり、陰険で暗い目をした。
「お前たちが金を出すっていうなら俺には文句はないぜ」
白洛因は口を閉ざし、答えない。
「お前たち一家にとっては二十万元なんて簡単だろう? お前の父親は技術者だっていうじゃないか。二十万元くらい何枚か図面を引けば稼げるだろう。だが俺にとっては命がけの金額だ。俺が二十万稼ぐとしたらどれだけレンガを運ばなきゃならないと思う? 二十万稼ぐ前に死んじまうね。お前たちが二十万くれれば、俺の命を救うことになる。命だぞ?人命より重いものはあるか? 徳を積みたくはないのか?」
「いつ帰るんだよ」
顧海は顧洋を見る。顧洋はまったく気にせず手の中でライターを弄りながら、淡々と答えた。
「まだ決めてない。来る前は一週間くらいで処理ができると思ったんだが、この国の人間の仕事の遅さと来たら……あと一週間かかるかもしれない」
「早く片付けて帰れよ」
「なんで俺を追い出そうとするんだ?」
顧洋は疑いの眼差しを向ける。
「お前はいつも早く帰って来いと急かすじゃないか。今回は何故か俺を嫌がっているようだな?」
そうさ、嫌がってるんだ。誰が自分の嫁の前で格好つけさせるもんか!
「毎日時差で苦しそうだからだよ」
顧洋は笑顔の下に冷たさをにじませた。
「小海、お前ずいぶん変わったな。人を心配する心が芽生えたのか?」
「いちいちもって回った言い方をするなよ」
顧洋はかすかに微笑み、顧海をじっと見た。
「お前のあの小さな兄さんはどこに行った?」
最初は誰のことなのかわからなかったが、顧洋の表情で白洛因だと気づく。
「それを聞いてどうする?」
「好奇心だ」
その言葉は顧海の耳を刺した。
「帰ってくれ」
孟建志はまさか自分がここまでしゃべったのに拒絶されるとは思わなかった。
「なんだと? 俺を追い出す? いいか、俺を怒らせたらお前たち一家をめちゃくちゃにしてやるぞ」
白洛因はさらに冷静になる。
「そんなことができるものならやってみろ」
白洛因の様子に孟建志は猜疑心と不安を感じた。こいつは何故焦らないんだ? 俺が外で騒いだときにはこいつが一
番激高したのに? だがいまはすごく自信があるように見える。まだ二十歳にもならないひよっこにどんな悪巧みができる?
「お前の父親を呼んで来い! お前とじゃ話にならない。お前にはそんな資格はないからな」
白洛因は孟建志を遮り、冷淡に答える。
「父さんを呼んできても答えは同じだ」
「お前……お前……」
孟建志は歯噛みをし、獰猛な顔になる。
「俺ができねえと高をくくってるのか?」
「そうは言ってない。とっととここから出て、父さんと鄒おばさんを貶める内容のビラを貼りまくればいい。楽しみだな!」
「言っとくが公安局に身内がいたって怖くないぞ。俺は法を犯してないからな!」
白洛因は冷笑する。
「身内に公安局の人間はいないし、あんたが法を犯したとも言ってない」
孟建志は逆に焦り、大声で白漢旗を呼んだ。白洛因は眼の奥に氷が張ったような顔で告げる。
「失せろ!」
孟建志は知らんぷりを決め込んだ。白洛因は彼から手を放し、犬のケージを開けた。するとずっとかまってほしくて吠えていた阿郎が飛び出して来る。白洛因はその頭を撫でて言った。
「この二日間、我慢させたな。あいつを見たか? あいつを見たら即座に噛みつけ。いいな?」
孟建志は家の中に向かおうとしたが、チベタン・マスティフがいきなり自分に飛びかかって来たではないか。彼は慌てふためき、大門の外に向かって駆け出した。白洛因は大門のところで阿郎を抑え、孟建志が出るとすぐに閉めた。
部屋に戻ると白洛因はパソコンで多くの人が集う掲示板を探し、スレッドを立てようと考えた。タイトルは、“【必見】妻子を
捨てて逆ギレ⁉︎ クズ男が恥知らずな大芝居を打った件”だ。だがまだ煽りが足りない。こんな家庭内の騒動や社会的なクズ人間は山ほどいるし、目立たない。そこでタイトルを“【我慢大会】もし一分間見続けられたら俺はアソコを切り落とす”に変えた。
いいさ、徹底的にあのクソ男を潰せるなら、俺は自分の小因子を人質にさし出す。
白洛因はこれまでの神レスや祭スレを研究し、その語り口や文体を学んであっという間に習得した。彼の作文は毎回ほぼ満点で、適当に書いたものですら新聞に載る。普段寡黙だからといって白洛因を甘く見てはいけない。人を煽る文章を書かせたら右に出る者はいない! その能力がなければ顧海というお坊ちゃまを手玉に取ることなどできないのだ。あいつが非道徳極まりない行いをするというなら同じ報いを受けてもらう。
スレッドが上がると反応は早かった。アクセス数はあっという間に一万を突破し、レスは百を超える。怒りを露わにする者や半信半疑な者がいる一方、「孟建志は死ね」という過激派や「この手のクズは社会のいびつな発展の象徴だ」という理論派が登場し、これが架空の作り話なのではと疑う者まで現れた。
白洛因は楊猛に電話をかける。
「スレッドをトップに上げるのを手伝ってくれ」
楊猛は目を丸くした。
「白洛因、お前ネット掲示板は嫌いじゃなかったのか? スレッドを見てるのか?」
「そんなことはどうでもいいから手伝ってくれ」
楊猛は白洛因がどんなスレッドを立てたのか気になり、内容を読んだ途端に怒りを爆発させる。一人で見ているだけでは気が収まらなくなり、父親を引っ張ってきた。彼の父親は若い頃このあたりでは有名な文学青年だったので、白洛因の言葉に触発される。彼は華奢な体をパソコンの前でゆらゆらと揺らし、しとやかな指を震わせた。
「息子よ。ちょっとどいてろ。父さんが手伝ってやる!」
楊猛は突然ある人間を思い出した。尤其だ。
「なんでまたお前から電話をしてきたんだ?」
奴の機嫌はよさそうだった。楊猛は確信に満ちた笑みを浮かべる。
「お前が一番罵り上手だからな!」
「はあ?」
「お前の表現力を発揮するときが来たぞ、兄弟。お前の才能と潜在能力が花開くチャンスだ!」
尤其は白洛因がスレッドを立てたと聞いてすぐに話を引き受け、読んでいるうちに興奮してきた。こいつは俺の口を発揮するためのスレッドだ! 彼はさっそくサイトに登録する。そして、いくつもアカウントを作り、まったく言葉を重複させることなく何ページも罵り続けた。
掲示板にコメントを入れるだけでなく、自分のブログでも煽りまくる。尤其のブログはそもそも大人気で、売れない芸能人なみのフォロワーはいる。普段も写真をアップすると広告として盗用されるくらいの影響力はあった。
あっという間に尤其のファンが騒ぎ出し、次々と転載されて山ほどレスがつき、事態は雪だるま式に大きくなっていった。罵れば罵るほど気分が高揚し、尤其はキーボードに穴を開ける勢いだった。携帯電話が鳴り、尤其は片手で電話を取ったが、もう片方の手はキーボードを叩き続ける。
「尤其、覚えてる? 私は董娜よ」
「うん」
「あなたに十二ロールのトイレットペーパーをあげたことがあるわ」
「いま忙しくてあんたに構ってる時間はないんだ」
そう言って電話を切ろうとすると、電話の向こうから叫び声が聞こえた。
「切らないで! 私は××掲示板の管理人よ!」
尤其は携帯を耳につける。
「明日の朝一番にこのスレッドをトップに載せたくない?」
尤其は手を止め、何も考えずにキスの擬音で答えた。
「チュッチュ」
「キャー! どうしよう! いますぐスレッドをトップに上げるわね!」
集まった群衆は三々五々去っていき、門の外には白漢旗と白洛因が残された。
「父さん、さっき野次馬が言ったことは気にしないで」
白洛因は白漢旗の肩を叩く。白漢旗はしばらく黙り込んでから口を開いた。
「因子、お前はこのことに関わるな。父さんが対処するから。お前はすぐにばあちゃんのところに行け。外の騒ぎを聞いて心配してるだろう。お前はばあちゃんを宥め、外に出るなと言い聞かせろ。わかったな?」
白洛因は頷き、冷たい表情で中庭に向かう。すると白ばあちゃんはもう外に出てきていて、ふらふらと不自由な体を動かし、孟建志を穴が開くほど見ていた。
白洛因はあわてて近づき、白ばあちゃんを遮る。
「シャ……シャ……」
白ばあちゃんは孟建志を指差し、顔を赤くしていたが、はっきりしゃべれなかった。白洛因は白ばあちゃんを部屋に連れて行き、優しい声で宥める。
「ばあちゃん、あれは物乞いだよ。ずっとうちの前にいてみんなで追い出そうとしたんだけどどうしようもなくて家に入れたんだ。ご飯をやるだけだよ」
「可哀想な人には必ず自業自得なところがあるんだ」
白洛因の心は千々に乱れていたが、白ばあちゃんが的を射た言葉を淀みなく話すのを聞いて、目の前が明るくなった。
白ばあちゃんは年を取って口が動かしづらくなっていたが、本来家の中で一番頼りになる人間だった。
白ばあちゃんを部屋に入れ、白洛因はもう一度外に出る。
中庭では話し合いが行われていた。
「お前たちが一緒になるのはかまわねえが、俺を犠牲にしたんだから償えよ」
「私たちがあんたの何を犠牲にしたっていうの?」
鄒おばさんは孟建志を睨みつける。孟建志は白目をむき、息を荒げた。
「俺の何を犠牲にしたって? お前は俺の嫁だろう。息子も俺のだろうが? お前に奪われてそのままにできるか。お前たちだけよろしくやって俺を捨て、自分たちだけ美味いもん食って、俺は宿無しか? お前たちに良心はないのか?」
「孟建志!」
鄒おばさんは机を叩く。
「調子に乗るのもいい加減にしなさいよ!」
「どっちが調子に乗ってるんだ? いいか、お前はいま誰の家にいる? 俺たちの子供は誰を父ちゃんと呼んでるんだ?」
孟建志は声高に叫んだ。鄒おばさんは怒りのあまり息が止まりそうになり、胸を押さえて痛ましい表情になる。
「いまさら私が嫁だと言い出して息子があんたの息子だと認めるの。あんたが女と逃げたときはどうして私を思い出さなかったの。五年も家に帰らず家に一銭も金を送らなかったことはなぜ言わないの?」
「女?」
孟建志は冷たく笑った。
「お前にそんな資格があるのか? お前がいなけりゃ俺はとっくに小呉と一緒になってたさ。お前がいなきゃ彼女が俺の金を持って逃げたか? 俺様が出世しようとしたときに、お前のせいで俺の女は逃げたし、息子は俺を父親だと認めなくなった。今では寝る場所すらねえ……」
白漢旗はわかった。この男は根っから腐っている。いくら話し合っても通じない。
「はっきり言え」
白漢旗は口を開いた。
「お前はいったいどうしたいんだ?」
それを聞き、孟建志の目は異様な光を放つ。
「回りくどい話はやめようぜ。これでいい」
孟建志は指を二本立てた。鄒おばさんは顔色を変える。
「二万元も取ろうっていうの?」
「二万?」
孟建志は冷笑した。
「よくもそんなことが言えたもんだ! 北京では二万なんてはした金じゃ爪楊枝も買えねえだろう。お前のあの店だって一カ月の家賃は二万じゃ済まないよな? よく聞け、俺が言ってるのは二十万元だ」
「二十万?」
鄒おばさんは激高する。
「孟建志、寝言は寝て言いなさいよ?」
孟建志の目はギラギラし、危険な兆候を見せた。
「鄒秀雲、お前のあの店、売り上げは一カ月で数十万はあるよな? 二十万元で安心が買えるなら安いもんじゃねえか。俺は金さえもらえばもう絶対お前たちの邪魔はしねえ。だがくれなけりゃ俺が生きている限りお前のしでかした醜聞を街中で宣伝して回る。このあたりの人間みんなに鄒秀雲がどんな奴か言いふらし、お前が店を続けられないどころか一生人に顔向けできないようにしてやる……嘘だと思うなら試してみろよ」
それを聞いて鄒おばさんは猛然と孟建志に向かって行った。
「このクソ孟が! あんたになんて負けないわよ!」
白漢旗はあわてて鄒おばさんを引き留める。鄒おばさんの顔は蒼白で、孟建志を睨みつけ激しく震えていた。
「父さん、まずおばさんを部屋に入れてあげて」
白洛因は孟建志を棗の木の下に引きずって行き、驚くほど冷静に告げる。
「ここは俺の家だ。何か話があるなら俺に言えばいい」
孟建志は棗の木に寄りかかり、陰険で暗い目をした。
「お前たちが金を出すっていうなら俺には文句はないぜ」
白洛因は口を閉ざし、答えない。
「お前たち一家にとっては二十万元なんて簡単だろう? お前の父親は技術者だっていうじゃないか。二十万元くらい何枚か図面を引けば稼げるだろう。だが俺にとっては命がけの金額だ。俺が二十万稼ぐとしたらどれだけレンガを運ばなきゃならないと思う? 二十万稼ぐ前に死んじまうね。お前たちが二十万くれれば、俺の命を救うことになる。命だぞ?人命より重いものはあるか? 徳を積みたくはないのか?」
「いつ帰るんだよ」
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「まだ決めてない。来る前は一週間くらいで処理ができると思ったんだが、この国の人間の仕事の遅さと来たら……あと一週間かかるかもしれない」
「早く片付けて帰れよ」
「なんで俺を追い出そうとするんだ?」
顧洋は疑いの眼差しを向ける。
「お前はいつも早く帰って来いと急かすじゃないか。今回は何故か俺を嫌がっているようだな?」
そうさ、嫌がってるんだ。誰が自分の嫁の前で格好つけさせるもんか!
「毎日時差で苦しそうだからだよ」
顧洋は笑顔の下に冷たさをにじませた。
「小海、お前ずいぶん変わったな。人を心配する心が芽生えたのか?」
「いちいちもって回った言い方をするなよ」
顧洋はかすかに微笑み、顧海をじっと見た。
「お前のあの小さな兄さんはどこに行った?」
最初は誰のことなのかわからなかったが、顧洋の表情で白洛因だと気づく。
「それを聞いてどうする?」
「好奇心だ」
その言葉は顧海の耳を刺した。
「帰ってくれ」
孟建志はまさか自分がここまでしゃべったのに拒絶されるとは思わなかった。
「なんだと? 俺を追い出す? いいか、俺を怒らせたらお前たち一家をめちゃくちゃにしてやるぞ」
白洛因はさらに冷静になる。
「そんなことができるものならやってみろ」
白洛因の様子に孟建志は猜疑心と不安を感じた。こいつは何故焦らないんだ? 俺が外で騒いだときにはこいつが一
番激高したのに? だがいまはすごく自信があるように見える。まだ二十歳にもならないひよっこにどんな悪巧みができる?
「お前の父親を呼んで来い! お前とじゃ話にならない。お前にはそんな資格はないからな」
白洛因は孟建志を遮り、冷淡に答える。
「父さんを呼んできても答えは同じだ」
「お前……お前……」
孟建志は歯噛みをし、獰猛な顔になる。
「俺ができねえと高をくくってるのか?」
「そうは言ってない。とっととここから出て、父さんと鄒おばさんを貶める内容のビラを貼りまくればいい。楽しみだな!」
「言っとくが公安局に身内がいたって怖くないぞ。俺は法を犯してないからな!」
白洛因は冷笑する。
「身内に公安局の人間はいないし、あんたが法を犯したとも言ってない」
孟建志は逆に焦り、大声で白漢旗を呼んだ。白洛因は眼の奥に氷が張ったような顔で告げる。
「失せろ!」
孟建志は知らんぷりを決め込んだ。白洛因は彼から手を放し、犬のケージを開けた。するとずっとかまってほしくて吠えていた阿郎が飛び出して来る。白洛因はその頭を撫でて言った。
「この二日間、我慢させたな。あいつを見たか? あいつを見たら即座に噛みつけ。いいな?」
孟建志は家の中に向かおうとしたが、チベタン・マスティフがいきなり自分に飛びかかって来たではないか。彼は慌てふためき、大門の外に向かって駆け出した。白洛因は大門のところで阿郎を抑え、孟建志が出るとすぐに閉めた。
部屋に戻ると白洛因はパソコンで多くの人が集う掲示板を探し、スレッドを立てようと考えた。タイトルは、“【必見】妻子を
捨てて逆ギレ⁉︎ クズ男が恥知らずな大芝居を打った件”だ。だがまだ煽りが足りない。こんな家庭内の騒動や社会的なクズ人間は山ほどいるし、目立たない。そこでタイトルを“【我慢大会】もし一分間見続けられたら俺はアソコを切り落とす”に変えた。
いいさ、徹底的にあのクソ男を潰せるなら、俺は自分の小因子を人質にさし出す。
白洛因はこれまでの神レスや祭スレを研究し、その語り口や文体を学んであっという間に習得した。彼の作文は毎回ほぼ満点で、適当に書いたものですら新聞に載る。普段寡黙だからといって白洛因を甘く見てはいけない。人を煽る文章を書かせたら右に出る者はいない! その能力がなければ顧海というお坊ちゃまを手玉に取ることなどできないのだ。あいつが非道徳極まりない行いをするというなら同じ報いを受けてもらう。
スレッドが上がると反応は早かった。アクセス数はあっという間に一万を突破し、レスは百を超える。怒りを露わにする者や半信半疑な者がいる一方、「孟建志は死ね」という過激派や「この手のクズは社会のいびつな発展の象徴だ」という理論派が登場し、これが架空の作り話なのではと疑う者まで現れた。
白洛因は楊猛に電話をかける。
「スレッドをトップに上げるのを手伝ってくれ」
楊猛は目を丸くした。
「白洛因、お前ネット掲示板は嫌いじゃなかったのか? スレッドを見てるのか?」
「そんなことはどうでもいいから手伝ってくれ」
楊猛は白洛因がどんなスレッドを立てたのか気になり、内容を読んだ途端に怒りを爆発させる。一人で見ているだけでは気が収まらなくなり、父親を引っ張ってきた。彼の父親は若い頃このあたりでは有名な文学青年だったので、白洛因の言葉に触発される。彼は華奢な体をパソコンの前でゆらゆらと揺らし、しとやかな指を震わせた。
「息子よ。ちょっとどいてろ。父さんが手伝ってやる!」
楊猛は突然ある人間を思い出した。尤其だ。
「なんでまたお前から電話をしてきたんだ?」
奴の機嫌はよさそうだった。楊猛は確信に満ちた笑みを浮かべる。
「お前が一番罵り上手だからな!」
「はあ?」
「お前の表現力を発揮するときが来たぞ、兄弟。お前の才能と潜在能力が花開くチャンスだ!」
尤其は白洛因がスレッドを立てたと聞いてすぐに話を引き受け、読んでいるうちに興奮してきた。こいつは俺の口を発揮するためのスレッドだ! 彼はさっそくサイトに登録する。そして、いくつもアカウントを作り、まったく言葉を重複させることなく何ページも罵り続けた。
掲示板にコメントを入れるだけでなく、自分のブログでも煽りまくる。尤其のブログはそもそも大人気で、売れない芸能人なみのフォロワーはいる。普段も写真をアップすると広告として盗用されるくらいの影響力はあった。
あっという間に尤其のファンが騒ぎ出し、次々と転載されて山ほどレスがつき、事態は雪だるま式に大きくなっていった。罵れば罵るほど気分が高揚し、尤其はキーボードに穴を開ける勢いだった。携帯電話が鳴り、尤其は片手で電話を取ったが、もう片方の手はキーボードを叩き続ける。
「尤其、覚えてる? 私は董娜よ」
「うん」
「あなたに十二ロールのトイレットペーパーをあげたことがあるわ」
「いま忙しくてあんたに構ってる時間はないんだ」
そう言って電話を切ろうとすると、電話の向こうから叫び声が聞こえた。
「切らないで! 私は××掲示板の管理人よ!」
尤其は携帯を耳につける。
「明日の朝一番にこのスレッドをトップに載せたくない?」
尤其は手を止め、何も考えずにキスの擬音で答えた。
「チュッチュ」
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