ハイロイン

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第十一章

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 白漢旗バイ・ハンチーが結婚したので、白洛因バイ・ロイン顧海グー・ハイは話し合わねばならなかった。
 化学の授業時間、白洛因が机の上に伏せておとなしくしていると、突然リュックの中にある携帯電話が振動した。顧海からのメッセージだ。あと二十分待てば直接話せるのに、なんでいま携帯にメッセージを送って来るんだ?
「ベイビー、話し合おうぜ。このままお前の家に住み続けるか、俺の家に越してくるのか」
 白洛因は目を上げて化学教師をチラリと見やり、こっそり顧海に返信した。
「俺は自分の家に住む」
 顧海は携帯を見て、ハンサムな眉間に皺を寄せる。
「父さんは結婚したし、お前も大きくなったんだ。いつまでも家で甘えてるのはよくないだろう?」
「じいちゃんとばあちゃんと阿郎アランが心配なんだ」
 顧海は軽く拳を握り、骨の音を響かせた。
「週末に帰ればいいじゃないか。寮に住んでるつもりになればいい。うちのほうが学校に近いぞ」
 白洛因はのろのろと指で携帯の文字盤をつつく。
「馴染めない」
「いつかは馴染めるさ。大学に行けば寮に入らなきゃならないだろう? 留学する可能性だってあるぞ? どのみちあと一年もすれば家族と離れるんだ。後々苦労しないように、早いうちに引っ越そうぜ」
「引っ越さない」
 顧海はまた返信する。
「もう俺の媳婦になったっていうのに、なんでまた実家に逃げ帰ろうとするんだ?」
 白洛因はそのメッセージを見た途端、顧海の予想通り背筋を伸ばして振り返り、鋭く冷たい視線で顧海を睨みつけてから、殺気を込めて携帯に文字を打ち込んだ。
「この野郎、もう一度……」
 だが打ち終える前に前方から悪魔に召喚される。
「白洛因、顧海、二人ともこちらに来なさい」
 化学教師は優しい表情ながらも凶悪に目を細め、さっきまでこそこそ話をしていた二人を睨みつけた。
 白洛因と顧海が立ち上がって歩き出そうとしたとき、化学教師はもう一度吠えた。
「あなたたちの携帯電話も持って来なさい!」
 二人は顔を見合わせる。嫌な予感がした。それでも二人の超イケメンは臆することなく携帯を持ち、堂々と級友に向かって立った。
「さっき送り合ったメッセージを皆に読んで聞かせなさい」
「……」
「読みなさい!」
 顧海が携帯を手にすると、「ベイビー」という文字が目に入った。白洛因の脳内では媳婦という呼び名が踊っている。
「読まないのね? じゃあ私が代わりに読んであげます!」
 化学教師は激しい口調で二人に迫り携帯電話を奪うと、怒りに満ちた様子で教壇に立って携帯を弄りまわす。全生徒が見守る中、彼女は遅々として口を開かなかった。
 二人は緊張する。内容があまりにも不適切で口に出せないのだろうか。
 そしてついに教師は怒りに満ちた様子で二人に尋ねた。
「どうやってロックを解除するの?」
「……」
 二人はこれでかなり体面を損なった。携帯は没収されたし、皆の前で大量のメッセージを読み上げさせられた。二人とも内容は適当に変えたが、男子学生同士が授業中にメッセージを送り合う行為は格好のいいものでもない。授業の後、二人はそそくさと階段の踊り場に向かう。ひとりはポケットに両手を突っ込み、威風堂々としていた。もう一人は背筋を伸ばし、力に満ちたまなざしをしていて、まさにこの学校きっての秀才だった。
「多分携帯は返してもらえないだろうから、盗むしかないな」
 白洛因は目をわずかに細め、珍しく顧海の提案に乗る様子を見せる。
「ああ、彼女の性格だと俺たちが頼んだところで返してもらえないだろう。盗んだほうがマシだ。そうすれば携帯電話も手元に戻るし、彼女を脅すネタにもなる。没収した携帯はどうせいつかは返さないといけないものだろう?」
 白洛因の口元に悪い笑みが浮かぶと顧海は胸が疼いてその口に噛みつきたくなる。白洛因は顧海のスケベな視線をとても敏感に察知し、危険を感じて一歩離れる。
「どうやって盗む?」
 顧海の問いに、白洛因は堅い意志を覗かせた。
「簡単じゃないが、鍵をピッキングするんだ」
 顧海は白洛因がピッキングの名手だということを思い出す。
「でもまずどんな鍵か確かめないと」
 月曜日の午後は二時間かけて教師の全体会議が開かれていた。白洛因と顧海はそっと教室を抜け出し、化学教師の事務室へと向かう。あたりに人がいないことを確認し、白洛因は鍵の前に座って子細に研究した。顧海は見張り役に徹する。通りかかった人物が生徒なら追いやり、教師ならジェスチャーで白洛因に待てと知らせる。
 白洛因はわずかな時間で立ち上がり、長いため息をついてから顧海のほうへやってきた。
「針金一本と学食のカードがあればできる」
 道具を探し出し、白洛因は素早く手を動かす。顧海は周到にあたりの様子を窺った。彼はわずか一分で鍵を開け、しかも外からは一切破損がわからなかった。白洛因は鍵を半分しか壊さなかった。この後また元に戻しておく必要があるからだ。顧海はからかう。
「お前のその両手があれば、たとえ仕事がなくても二人で生きていけるな」
 白洛因は顧海を蹴る。
「とっとと中に入れよ」
 今度は役割を変えて白洛因が見張りになり、顧海が部屋の中で携帯電話を探した。周囲はとても静かで、たまに階段に人影が現れてもみんな階段を上がって行く。白洛因はしばらく事務室の周りを歩き回った。かなり時間が経ったが、中を探る音しか聞こえず、顧海は出てこない。
 ついに中から口笛が聞こえてきた。白洛因は部屋を覗き込む。
「見つけたか?」
 顧海は手の中のものを掲げ、よこしまな表情を浮かべている。
「生理用品があった」
「……」
 そのまま待ち続けたが朗報は得られず、やがて見慣れた人影が現れた。白洛因は顔色を変えて遠方にいる人影に向かって声を上げる。
「先生、こんにちは!」
 顧海はビクンと体を震わせ、大股で窓に駆け寄った。そのとき、窓辺に置かれた携帯電話を見つける。それを掴んで素早くポケットに入れると、五階の窓から三階に置かれた室外機の上に飛び降りた。大きな音がして、授業中の生徒たちが叫ぶ。
「誰かが飛び降りたぞ!」
 顧海はさらに二階の防犯用の柵に掴まり、そのまま地面に着地した。窓際に座っていた生徒たちは首を伸ばして下を覗き込んだが、人影が見当たらないことに驚く。
 化学教師は白洛因に頷き返し、自分の事務室へ向かった。だが鍵を開けようとして、すでに扉が開いていることに気づく。
「おかしいわね。さっき閉めたはずなのに」
 化学教師はぶつぶつ言いながら事務室に入ったが、顧海は探ったものをすべて元の場所に戻しておいたので、異変には気づかなかった。白洛因は中から声が聞こえてこないので顧海が窓から飛び出したことを確信する。だけどここは五階だぞ! あいつはまだ生きているだろうか。白洛因は足早に彼の元に向かおうとしたが、階段に辿り着く前に顧海と鉢合わせる。
「手に入れたぞ」
 顧海は明るく魅惑的な笑顔を浮かべていた。白洛因は心底顧海の能力に感服し、顧海も白洛因の賢さに敬意を表した。二人は互いを視線で褒め合い、自分たちはこの世で一番有能な人間だという気分になった。
 だが白洛因はハッと気づく。
「しまった。鍵を直しそびれた……」 
 白洛因は急いで引き返したが、ちょうど化学教師が部屋から出て来るところに出くわした。
「あれ? おかしいわね。鍵が閉まらないわ……」
 白洛因は踵を返して立ち去ろうとする。しかし化学教師はいくらバカでも事態を察し、白洛因の背中に向かって叫ぶ。
「そこの二人、戻って来なさい!」
 事務室の扉はしっかり閉ざされ、二人は壁に向かって立たされた。化学教師は麺棒と同じくらい太い棍棒を手に持ち、彼らの後ろをゆっくりと歩く。そして五分ほど経ってからようやく棍棒を持ち上げ、彼らの尻に当てて冷たく言い放った。
「もっと尻を上げなさい」
 顧海は眉をひそめ、逆らうように答えた。
「先生、高校生相手に体罰を行うんですか」
「高校生?」
 化学教師は歯を剥く。
「自分たちが高校生だという自覚はあるの? 高校生がこんなことをする?」
 顧海は背筋を伸ばして口をつぐむ。棍棒で数回叩かれるくらい痛くもかゆくもない。化学教師は怒りの目で顧海を見る。
「まだ反省が足りないようね。私がこれで叩けばすぐに音を上げるでしょう」
 そう言って風を切り、棍棒で顧海の尻を叩いた。顧海は女性教師の力を侮っていた。叩かれた瞬間、腰から下がすべて痺れて感覚がなくなる。棒が太いせいだろう。鋭い痛みではないが鈍痛が表面からじわじわと骨にまで響いた。
「今度はあなたの番よ」
 化学教師が棍棒を白洛因に向け、顧海は青ざめた。白洛因には耐えられない。彼が耐えたとしても、俺が見ていられない。そこで彼は白洛因が腰を突き出す前に飛び出して庇った。
「先生、俺を打ってください。俺が主犯で彼は無理にやらされただけです。見てください。品行方正な学生でしょう。彼を打って何かあれば、我がクラスの損失ですよ!」
 化学教師は鼻で笑った。
「私は彼を二年間教えて来たけど、あなたが来る前も別に品行方正じゃなかったわ。私の前で兄弟分の仁義なんて語っても無駄よ。その手は食わないし、二人とも逃げられないわ」
 そう言って顧海をどかせようとしたが、彼はびくともせず、彼女の顔色はさらに悪くなった。白洛因は顧海を押す。
「お前はどいてろ。打たれるのは別に初めてでもない」
 お前は初めてじゃないかもしれないが、俺はお前が打たれるのを見るのは初めてなんだぞ! 顧海は手を伸ばし、まるで宝物のように白洛因を守ろうと化学教師を睨みつけた。
「先生、実は白洛因は俺の弟なんです……」
 白洛因は後ろで苛立ち、つい口を挟む。
「誰が弟だ。俺はお前の兄貴だぞ」
 顧海は白洛因を睨み、お前を守るために言ってるんだからおとなしくしていろと示した。
 そしてまた化学教師に懇願を続ける。
「父さんに言われたんです。弟が打たれたらお前を打つぞと。もしあなたが彼を打てば、俺はまた父親に打たれます。それならば、あなたが俺を打てば一度ですみますよ」
 化学教師は眉をひそめ、しばらく考えながら手の中の棍棒をゆらゆら揺らした。
「あなたの言うことにも一理あるわね」
 顧海はほっと息をつく。
「こうしましょう。私はあなたを打つのをやめて、彼だけを打つわ。どうせあなたは父親に叩かれるんでしょう。そうすれば私の力も温存できるし、あなたも打たれる回数が減るわ」
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