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第十二章
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化学教師はそう告げて顧海を引き離そうとしたが、逆に転ばされそうになる。
「あ、あなた……」
化学教師は小さな目を見開いて怒り狂う。
「逆らうの? 私はあなたの教師よ!」
「何をしようとかまわないが、白洛因は殴らせない」
化学教師が棍棒を手に狂ったライオンのように顧海に振り下ろそうとすると、顧海は軽々と手を上げて棍棒を掴んだ。化学教師は取り返そうと棒を持った手に力を込めたがびくともせず、逆に自分がくるくると回るはめになった。顧海はほんの少し力を加え棍棒を脇の下に挟むと威嚇する。
「俺にするか、それともどちらも殴らないか選んでください」
化学教師はハイヒールで地団太を踏み、金切り声を上げる。
「私に選ばせる? 私は教師よ! あなたに条件を出す資格なんてないわ。私は誰を殴ろうが好きなようにできるの。それが教師の権利よ!」
「選ばないんですね。わかりました」
顧海は黒い瞳を暗く光らせると棍棒を竜巻のように振り回して化学教師の前で弧を描き、隣の机に強く振り下ろした。大きな音とともに棍棒は折れ、砕けた破片が地面に散らばる。机の上にも長く曲がりくねった衝撃痕が残された。
化学教師は目を見張ったまま絶句した。顧海は白洛因の肩に手を置いて悠然と立ち去る。
「戻って来なさい!」
化学教師は細い踵のハイヒールで追いかけ、なりふりかまわず廊下に響き渡る声で叫んだ。
「この野獣ども! たかがちょっと成績がいいだけじゃないの。あんたたちなんてどうせいつか社会のクズになるのよ!」
校舎を出ても顧海はまだ怒っていた。
「あのクソババアめ。最初から気に入らなかったんだ。俺にルールを説くのか? クソッたれ、俺様がルールだ。俺は身内を庇っただけだ。それがどうした?」
「お前……」
白洛因が言葉を選びあぐねていると顧海は白洛因の鼻先に指を突き付けて咎める。
「そこまでするなとか言うなよ。殴られてもよかったとかそんなしけた話は聞きたくない! 言っておくぞ。そこまでする必要はあったんだ。すごく、なによりも、比べようもないくらい絶対必要だった!」
顧海の毛を逆立てた虎のような勢いに、白洛因は突然笑い始める。
「あのな、俺はすごくすっきりしたって言いたかったんだ」
顧海は動きを止めて振り返る。そうだった。携帯を盗むアイディアを出したのはそもそもこいつだった! 次の瞬間顧海は白い歯を見せて笑い、大きな手で白洛因の頬をつねった。
「悪い奴だ」
悪ガキたちは授業に出る気を失くし、そのまま学校を抜け出した。屋台街へ繰り出し、一軒ずつ入っては味見を繰り返す。そして彼らは山査子飴を齧りながら街を歩き、化学教師の悪口で盛り上がった。彼女の怒った顔は便秘を我慢しているようだとか、ベッドの中でもあの猛々しさなのかとか……。
笑いのツボにはまった二人は周囲の視線を無視し、街角で狂ったように腿を叩いて笑い合った。北京の街は夜の帳に包まれ、花屋からは『愛の挨拶』のピアノ曲が聞こえてくる。二人の足は曲調に合わせ歩みを進め、長い影が街灯の明かりの下でさらに伸びていった。
暗がりを見つけると、顧海は突然白洛因の腕を引き、人目を避けて唇にキスをする。それから振り返って自分の口の周りを舌で舐めまわし、小さな声で告げた。
「甘いな」
白洛因の唇には飴がついているので甘いに決まっている。
顧海はかつてこれほど夢中になって楽しんだことはなかった。普通の会話や簡単なアイコンタクトだけで言いようもなく幸せな気分になる。ただ黙って一緒に歩くだけでも、相手が彼なら光の差さない暗い道も瞬時に輝く。
あるいは、彼の人生において初めての恋愛がようやく始まったのかもしれない。
青いレンガの壁や赤い屋根瓦の建物は徐々に遠ざかり、代わりに鉄筋コンクリートのビルが現れ、道も広くなってきた。行き交う人の足も忙しなくなったが、二人はやはりぶらぶらと歩き、つまらなくなると車の流れや通行人を眺めた。
向かいから美女が二人、肩を並べて歩いてくる。
白洛因は口笛を吹き、顧海はチンピラめいた語気で「イカした姉ちゃんだな」と叫んだ。
女性たちは顔を見合わせ、恥ずかしそうにお互いの手を取って彼らのそばを足早に通り過ぎる。ほどなくしてまた一人の女性がやってきた。顧海は興奮して白洛因の肩を叩く。
「あれはどうだ?」
彼女に目をやった途端、白洛因は思わず電柱に頭をぶつけそうになった。虎のような背中に熊の腰、強面の顔に加えて歩く姿はブルドーザーのようだ。
「なんであんなタイプが好きなんだ?」
白洛因は理解できない。顧海はうっかり口を滑らせた。
「さっきみたいに華奢な女は、やってもあまり気持ちよくないからな!」
白洛因は無言で白い目を向けた。顧海は白洛因の耳元に口を寄せ、小声でささやく。
「誰とやってもお前ほど気持ちよくないよ」
白洛因の顔はパッと赤くなり、顧海の首根っこを掴んで看板に押しつけ、蹴りまくった。顧海は手で看板の淵を押さえ、口が歪むほど喜ぶ。二人は大騒ぎしながらようやく顧海の家に辿り着いた。
「たくさん歩いたからさっき食った分は全部消化しちまった」
顧海は足を止める。白洛因も深く頷いた。そこで二人は一緒に近くのコンビニに向かう。
「何か食いたいものはあるか?」
顧海は尋ねた。白洛因はしばらく考える。
「じゃあ、俺に鍋巴(おこげ)を二袋買ってくれよ」
「何の味だ?」
「鶏肉味のやつ」
顧海は中に入り、自分で探すのが億劫だったのでそのまま女性の店員に尋ねた。
「鍋肉味の鶏巴(男性器の隠語)を二袋くれ」
店員はびっくりして固まった後、顔から耳の付け根まで真っ赤になった。顧海は彼女が聞き取れなかったのかと思い、もう一度繰り返す。
「鍋肉味の“鶏巴”を二袋くれ」
白洛因は腹を抱えて飛び出していった。店主は笑いに口元を引きつらせる。
「兄ちゃん、それは本当に売ってないよ」
顧海はようやく自分の言い間違いに気づき、顔をこわばらせながら棚からおこげを二袋取り、さらに適当にお菓子を手に取ると会計を済ませ、そそくさと出てきた。
白洛因は笑いすぎて地面に座り込み、立てなくなっている。顧海は体面を失い怒りながら白洛因を睨んだ。
「そんなに面白いか?」
「顧海、因果応報だぞ。一日中ふざけてばかりいるから言い間違えたんだろう? ははははは」
顧海は恥ずかしげもなく断言する。
「俺はまさに“鶏巴”が食いたいんだ。今夜は絶対お前のを食うぞ、この野郎」
二人はエレベーターに乗ってもまだ笑っていた。白洛因は笑わないときはちっとも笑わないのだが、一旦ツボに入るとなかなか収まらない癖がある。エレベーターの扉が開いたとき、白洛因の腿は叩きすぎて痛くなっていた。顧海は鍵を取り出したが、ドアが施錠されていないことに気づく。
「鍵をかけ忘れたのか?」
白洛因の問いかけに顧海は顔色を変え、そのまま扉を開けた。中には灯りが煌々とついている。白洛因もおかしいと気づき、浮かべていた笑みを徐々に消して顧海の後ろから入った。
部屋の中にはいい香りが漂い、適当に投げ散らかしていたスリッパもきちんと靴箱に並べられている。リビングは明らかに誰かに整えられ、ローテーブルには切り花が飾られていた。
寝室から誰かが出てくる。
「おかえりなさい」
姜圓が二人に笑顔を向けた。彼らはサッと顔色を変え、ほぼ同時に口を開いた。
「なんであんたがいるんだ?」
姜圓は少し言いよどんでから、優しい口調で答える。
「あなたのお父さんが子供だけで住ませるのは心配だからって、私をここに来させたのよ」
「なんでここの鍵を持ってるんだ?」
「ああ、あなたのお父さんがくれたの。この部屋の鍵は、ひとつはあなたの手元に、もうひとつはお父さんのところにあるの。必要があればいつでも来られるようにって。便利でしょう」
顧海は表情を曇らせる。
「だからって来る前に連絡くらいしろよ」
姜圓は申し訳なさそうに笑った。
「私はあなたの携帯番号を知らないもの。連絡は取れないわ。でも安心して、私はただ簡単に片付けただけで、あなたたちのものには一切触れてないから」
顧海は何も言わず、そのまま寝室へ着替えに行った。
姜圓はすかさず白洛因の手を掴んでソファーに座らせる。
「洛因、聞いたわよ。あなたの父親があの女と結婚したって」
白洛因は冷静に答える。
「だから何だよ」
姜圓は胸を痛めた様子で白洛因を見た。
「何だよ、ですって? あの女には連れ子がいるのよ。あなたのことを考える隙間なんてないわ。あなたの父親もひどいわよ。自分が結婚したからってあなたを追い出すなんて……」
「俺が自分から出て来たんだ」
白洛因は姜圓の話を遮る。
「俺と会うたびに父さんの悪口を言うのをやめろよ。父さんを貶めたらあんたが偉くなるとでも思ってるのか?」
「洛因、誤解よ。ママはあなたが可愛いの。まだ十七歳の子供なのに、こんなふうに放り出していいはずがないわ。これまでは生活が苦しかったけど、いまなら大丈夫。私と一緒に帰りましょう? ママはあなたをしっかり可愛がって、これまでの償いをするわ」
感情たっぷりに語る姜圓に、白洛因はあっさり言い捨てた。
「もう遅いよ」
姜圓はまだ話を続けようとしたが、顧海が寝室から出てくる。
「因子、シャワーを浴びないか?」
いつもなら即座に断るが、今日は少し迷った。顧海はスケベ顔で不埒に目をギラつかせていたが、その一方で姜圓は父親の悪口をくどくどと言う。どちらか選べというなら浴室に行ったほうがまだマシな気がした。白洛因が立ち上がると、姜圓は口元に優しい笑顔を浮かべる。
「あなたたち兄弟は本当に仲がいいのね。安心したわ」
白洛因が寝室からパジャマを取り出して浴室に向かうとき、姜圓は一言付け加えた。
「仲良くしてる姿が見られて本当にうれしいわ」
顧海は扉を閉める前に冷たく言い放った。
「いつか泣く日が来るぞ」
「あ、あなた……」
化学教師は小さな目を見開いて怒り狂う。
「逆らうの? 私はあなたの教師よ!」
「何をしようとかまわないが、白洛因は殴らせない」
化学教師が棍棒を手に狂ったライオンのように顧海に振り下ろそうとすると、顧海は軽々と手を上げて棍棒を掴んだ。化学教師は取り返そうと棒を持った手に力を込めたがびくともせず、逆に自分がくるくると回るはめになった。顧海はほんの少し力を加え棍棒を脇の下に挟むと威嚇する。
「俺にするか、それともどちらも殴らないか選んでください」
化学教師はハイヒールで地団太を踏み、金切り声を上げる。
「私に選ばせる? 私は教師よ! あなたに条件を出す資格なんてないわ。私は誰を殴ろうが好きなようにできるの。それが教師の権利よ!」
「選ばないんですね。わかりました」
顧海は黒い瞳を暗く光らせると棍棒を竜巻のように振り回して化学教師の前で弧を描き、隣の机に強く振り下ろした。大きな音とともに棍棒は折れ、砕けた破片が地面に散らばる。机の上にも長く曲がりくねった衝撃痕が残された。
化学教師は目を見張ったまま絶句した。顧海は白洛因の肩に手を置いて悠然と立ち去る。
「戻って来なさい!」
化学教師は細い踵のハイヒールで追いかけ、なりふりかまわず廊下に響き渡る声で叫んだ。
「この野獣ども! たかがちょっと成績がいいだけじゃないの。あんたたちなんてどうせいつか社会のクズになるのよ!」
校舎を出ても顧海はまだ怒っていた。
「あのクソババアめ。最初から気に入らなかったんだ。俺にルールを説くのか? クソッたれ、俺様がルールだ。俺は身内を庇っただけだ。それがどうした?」
「お前……」
白洛因が言葉を選びあぐねていると顧海は白洛因の鼻先に指を突き付けて咎める。
「そこまでするなとか言うなよ。殴られてもよかったとかそんなしけた話は聞きたくない! 言っておくぞ。そこまでする必要はあったんだ。すごく、なによりも、比べようもないくらい絶対必要だった!」
顧海の毛を逆立てた虎のような勢いに、白洛因は突然笑い始める。
「あのな、俺はすごくすっきりしたって言いたかったんだ」
顧海は動きを止めて振り返る。そうだった。携帯を盗むアイディアを出したのはそもそもこいつだった! 次の瞬間顧海は白い歯を見せて笑い、大きな手で白洛因の頬をつねった。
「悪い奴だ」
悪ガキたちは授業に出る気を失くし、そのまま学校を抜け出した。屋台街へ繰り出し、一軒ずつ入っては味見を繰り返す。そして彼らは山査子飴を齧りながら街を歩き、化学教師の悪口で盛り上がった。彼女の怒った顔は便秘を我慢しているようだとか、ベッドの中でもあの猛々しさなのかとか……。
笑いのツボにはまった二人は周囲の視線を無視し、街角で狂ったように腿を叩いて笑い合った。北京の街は夜の帳に包まれ、花屋からは『愛の挨拶』のピアノ曲が聞こえてくる。二人の足は曲調に合わせ歩みを進め、長い影が街灯の明かりの下でさらに伸びていった。
暗がりを見つけると、顧海は突然白洛因の腕を引き、人目を避けて唇にキスをする。それから振り返って自分の口の周りを舌で舐めまわし、小さな声で告げた。
「甘いな」
白洛因の唇には飴がついているので甘いに決まっている。
顧海はかつてこれほど夢中になって楽しんだことはなかった。普通の会話や簡単なアイコンタクトだけで言いようもなく幸せな気分になる。ただ黙って一緒に歩くだけでも、相手が彼なら光の差さない暗い道も瞬時に輝く。
あるいは、彼の人生において初めての恋愛がようやく始まったのかもしれない。
青いレンガの壁や赤い屋根瓦の建物は徐々に遠ざかり、代わりに鉄筋コンクリートのビルが現れ、道も広くなってきた。行き交う人の足も忙しなくなったが、二人はやはりぶらぶらと歩き、つまらなくなると車の流れや通行人を眺めた。
向かいから美女が二人、肩を並べて歩いてくる。
白洛因は口笛を吹き、顧海はチンピラめいた語気で「イカした姉ちゃんだな」と叫んだ。
女性たちは顔を見合わせ、恥ずかしそうにお互いの手を取って彼らのそばを足早に通り過ぎる。ほどなくしてまた一人の女性がやってきた。顧海は興奮して白洛因の肩を叩く。
「あれはどうだ?」
彼女に目をやった途端、白洛因は思わず電柱に頭をぶつけそうになった。虎のような背中に熊の腰、強面の顔に加えて歩く姿はブルドーザーのようだ。
「なんであんなタイプが好きなんだ?」
白洛因は理解できない。顧海はうっかり口を滑らせた。
「さっきみたいに華奢な女は、やってもあまり気持ちよくないからな!」
白洛因は無言で白い目を向けた。顧海は白洛因の耳元に口を寄せ、小声でささやく。
「誰とやってもお前ほど気持ちよくないよ」
白洛因の顔はパッと赤くなり、顧海の首根っこを掴んで看板に押しつけ、蹴りまくった。顧海は手で看板の淵を押さえ、口が歪むほど喜ぶ。二人は大騒ぎしながらようやく顧海の家に辿り着いた。
「たくさん歩いたからさっき食った分は全部消化しちまった」
顧海は足を止める。白洛因も深く頷いた。そこで二人は一緒に近くのコンビニに向かう。
「何か食いたいものはあるか?」
顧海は尋ねた。白洛因はしばらく考える。
「じゃあ、俺に鍋巴(おこげ)を二袋買ってくれよ」
「何の味だ?」
「鶏肉味のやつ」
顧海は中に入り、自分で探すのが億劫だったのでそのまま女性の店員に尋ねた。
「鍋肉味の鶏巴(男性器の隠語)を二袋くれ」
店員はびっくりして固まった後、顔から耳の付け根まで真っ赤になった。顧海は彼女が聞き取れなかったのかと思い、もう一度繰り返す。
「鍋肉味の“鶏巴”を二袋くれ」
白洛因は腹を抱えて飛び出していった。店主は笑いに口元を引きつらせる。
「兄ちゃん、それは本当に売ってないよ」
顧海はようやく自分の言い間違いに気づき、顔をこわばらせながら棚からおこげを二袋取り、さらに適当にお菓子を手に取ると会計を済ませ、そそくさと出てきた。
白洛因は笑いすぎて地面に座り込み、立てなくなっている。顧海は体面を失い怒りながら白洛因を睨んだ。
「そんなに面白いか?」
「顧海、因果応報だぞ。一日中ふざけてばかりいるから言い間違えたんだろう? ははははは」
顧海は恥ずかしげもなく断言する。
「俺はまさに“鶏巴”が食いたいんだ。今夜は絶対お前のを食うぞ、この野郎」
二人はエレベーターに乗ってもまだ笑っていた。白洛因は笑わないときはちっとも笑わないのだが、一旦ツボに入るとなかなか収まらない癖がある。エレベーターの扉が開いたとき、白洛因の腿は叩きすぎて痛くなっていた。顧海は鍵を取り出したが、ドアが施錠されていないことに気づく。
「鍵をかけ忘れたのか?」
白洛因の問いかけに顧海は顔色を変え、そのまま扉を開けた。中には灯りが煌々とついている。白洛因もおかしいと気づき、浮かべていた笑みを徐々に消して顧海の後ろから入った。
部屋の中にはいい香りが漂い、適当に投げ散らかしていたスリッパもきちんと靴箱に並べられている。リビングは明らかに誰かに整えられ、ローテーブルには切り花が飾られていた。
寝室から誰かが出てくる。
「おかえりなさい」
姜圓が二人に笑顔を向けた。彼らはサッと顔色を変え、ほぼ同時に口を開いた。
「なんであんたがいるんだ?」
姜圓は少し言いよどんでから、優しい口調で答える。
「あなたのお父さんが子供だけで住ませるのは心配だからって、私をここに来させたのよ」
「なんでここの鍵を持ってるんだ?」
「ああ、あなたのお父さんがくれたの。この部屋の鍵は、ひとつはあなたの手元に、もうひとつはお父さんのところにあるの。必要があればいつでも来られるようにって。便利でしょう」
顧海は表情を曇らせる。
「だからって来る前に連絡くらいしろよ」
姜圓は申し訳なさそうに笑った。
「私はあなたの携帯番号を知らないもの。連絡は取れないわ。でも安心して、私はただ簡単に片付けただけで、あなたたちのものには一切触れてないから」
顧海は何も言わず、そのまま寝室へ着替えに行った。
姜圓はすかさず白洛因の手を掴んでソファーに座らせる。
「洛因、聞いたわよ。あなたの父親があの女と結婚したって」
白洛因は冷静に答える。
「だから何だよ」
姜圓は胸を痛めた様子で白洛因を見た。
「何だよ、ですって? あの女には連れ子がいるのよ。あなたのことを考える隙間なんてないわ。あなたの父親もひどいわよ。自分が結婚したからってあなたを追い出すなんて……」
「俺が自分から出て来たんだ」
白洛因は姜圓の話を遮る。
「俺と会うたびに父さんの悪口を言うのをやめろよ。父さんを貶めたらあんたが偉くなるとでも思ってるのか?」
「洛因、誤解よ。ママはあなたが可愛いの。まだ十七歳の子供なのに、こんなふうに放り出していいはずがないわ。これまでは生活が苦しかったけど、いまなら大丈夫。私と一緒に帰りましょう? ママはあなたをしっかり可愛がって、これまでの償いをするわ」
感情たっぷりに語る姜圓に、白洛因はあっさり言い捨てた。
「もう遅いよ」
姜圓はまだ話を続けようとしたが、顧海が寝室から出てくる。
「因子、シャワーを浴びないか?」
いつもなら即座に断るが、今日は少し迷った。顧海はスケベ顔で不埒に目をギラつかせていたが、その一方で姜圓は父親の悪口をくどくどと言う。どちらか選べというなら浴室に行ったほうがまだマシな気がした。白洛因が立ち上がると、姜圓は口元に優しい笑顔を浮かべる。
「あなたたち兄弟は本当に仲がいいのね。安心したわ」
白洛因が寝室からパジャマを取り出して浴室に向かうとき、姜圓は一言付け加えた。
「仲良くしてる姿が見られて本当にうれしいわ」
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