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第十二章
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浴室にはシャワーが二つと浴槽がひとつある。顧海はシャワーを出し、浴槽にも湯を張った。振り返ると、白洛因は持ち込んだものを置いて服を脱ごうとしている。
顧海は白洛因の一連の動作をギラギラと舐めるように見つめた。白洛因は背後から痛いような視線を感じ取る。特に腰から下の位置にかけては二つの炎が燃えていた。振り返ると、どこかの美丈夫が何事もないようにシャワーを浴びている。全身の筋肉をあますところなくすべて晒し、その素晴らしい姿に白洛因は羨みながらも目を奪われた。
だが顧海はまったく気にしない素振りで白洛因には目もくれない。自分の思い過ごしかと白洛因は不安をひっこめ、サッと服を脱いだ。
お湯は熱く、たちこめた水蒸気が白洛因の体を取り巻く。顧海はこっそり目を向けた。その視線は足の踝から徐々に上がっていく。真っすぐに伸びた長い足が動くたびに顧海の心は震えた。魅惑的な尻は引き締まっているが丸く美しい形で、とてもそそられる。聞いた話だが、尻の肉付きがいい人間は総じてとても性欲が強いらしい。すらりと伸びた背中にはまるで鋼が入っているようで、頸椎から尾骶骨にかけてのラインは滑らかで流線的だ。ハンサムなのは言うまでもないが、彼は顔立ちがしっかりしていて、そのオーラで人を圧倒する。
顧海は思わず彼の軍服姿を想像した。ものすごく似合うし魅惑的に違いない。もし軍装の彼を押し倒すことができたら、きっと魂も吹き飛ぶほど気持ちがいいに決まっている。
顧海が妄想に耽っていると、突然白洛因が近づいてきた。長い足が見え、顧海は息を止める。白洛因は顧海の頭に手を伸ばし、口元に異様な笑みを浮かべた。顧海はその微笑みに体中が溶けてしまいそうになる。
「お前が浴びてるのは水だ」
「……」
白洛因は自分の場所に戻り、心の中で罵声を浴びせる。どうりであいつの周りに水蒸気が立たないわけだ。あのバカ、この寒空に冷水のシャワーを浴びるなんて、死にたいのか。
顧海は我に返り、ようやく水温に気づいた。外は北風が吹き荒れていたが、顧海は浴室で冷たい水を浴びてもまったく気づかないほど体を火照らせていた。白洛因のおかげだ。
「一緒に湯船に浸かろうぜ」
顧海の誘いかけに、白洛因は首を振る。
「必要ない。俺はもう洗い終わった」
「そんなに早く出たら、その分お前の母さんに色々言われるぞ」
白洛因はシャワーを止め、タオルで体を拭き始めた。
「誰が出ていくって言った?」
顧海は固まる。
「出ないのに風呂に入らない? じゃあここで何をするんだ」
「お前が風呂に入ってる姿を見るんだよ!」
白洛因はわずかに口角を上げた。顧海の顔にも笑みが透ける。
「じゃあ俺の代わりに浴槽の湯の温度を見てくれよ」
白洛因は歩きかけ、足を止める。
「服を着てからにする」
お前が何を考えているか、わからないとでも思うのか。裸のまま腰をかがめて水温を見るだと? 俺は漫画しか読まない無知な少女じゃない。そんなに簡単に騙されるものか!
「すぐ見てほしい」
白洛因は脱衣所へ行き、ゆっくりと答える。
「そんなに急ぐなら自分で見ろよ」
そう言った途端、濡れそぼった両手が彼の腰に伸びてきた。それからすぐに背中全体が濡れる。堅牢な顎が彼の肩に乗り、温かい唇が頬を覆った。
「どけよ! たったいま拭いたばかりなのに」
「しーっ……」
顧海は白洛因の口元に指を当て、小声でささやく。
「お母さんが外にいるぞ」
「だからなんだっていうんだ」
白洛因は肘で顧海の下腹を突いた。
「どけ」
顧海はどかないどころか、逆にもっとぴったりくっついて来る。腰に置いた手を白洛因の首に当て、脅すように低く魅惑的な声を出した。
「白洛因、お前は賢いな。いつも俺の小さな企みを見透かす。俺に死ねっていうのか? 俺の小海子はどうすればいい。お前が賢いほど、もったいぶればもったいぶるほど俺はお前をやりたくなる。すごく、すごくやりたくなるんだ……」
そう言いながら小海子を白洛因の尻の間に押し付け、わざと淫蕩な喘ぎ声を聞かせる。
白洛因はこの手のもの言いにも慣れてきて、以前ほど激しい反応は見せなくなっていた。彼は後ろ手に小さな怪獣を強く握っておとなしくさせ、顧海を横目に睨む。
「そんなにしたいのか?」
顧海は顎を白洛因の肩に乗せた。
「したくて我慢できないのか?」
顧海は白洛因の肩を甘噛みし、たまらない気持ちを表現する。
「じゃあ鍋肉味の鶏巴を二袋、食いに行けよ」
「……」
「ずいぶんゆっくり入ってたのね」
姜圓は白洛因と顧海に笑顔を向けた。顧海はまったく気にせず答える。
「冬場はしっかり湯船で温まるべきだろう」
「それもそうね」
姜圓は二人の息子を手招きした。
「いらっしゃい。ママが果物を剥いてあげたわよ。二人とも食べなさい」
「ママ」という二文字を耳にした途端、二人は同時に寒気を感じた。
「いらないよ」
白洛因は冷淡に答える。
「寝室で宿題をやらないといけないから」
「急がなくていいわよ。あんな宿題やらなくてもいいくらいだわ。詰め込み教育は非科学的よ。本来大脳には十分な休息が必要なのに、あなたたちはどうでもいい宿題をさせられてる。どうりで名門大学に受かって卒業しても底辺の人間は変わらず、上流階級にはいわゆる高級人材が上がってこないわけだわ」
あんたを追い出す口実を見つけたいだけなのに、何をそんなに得意げになってるんだ。顧海は冷たく鼻を鳴らし、自分の寝室へ戻る。姜圓は白洛因の手を掴んで優しい声を出した。
「ママが髪の毛を乾かしてあげる」
「いいよ。拭けば済む」
白洛因は掛けてあったタオルを手に取り、髪を拭く。
「そんなのダメよ」
姜圓はドライヤーを持ってきて白洛因を座らせようとする。
「これで乾かしましょう。でないと明日の朝頭が痛くなるわよ」
「俺はこの方法で十数年過ごしてきたけど、頭が痛くなったことなんてないぞ!」
姜圓は傷ついたようにドライヤーを持つ手を下げ、ゆっくりと言った。
「そうね。あなたはあっという間に大きくなって、悪い習慣を身につけてしまったわ。直したくても直せない」
顧海はまた姜圓が情に訴えかけようとしていることを察し、大股で近づき彼女の手からドライヤーを奪う。
「俺が乾かしてやるよ」
白洛因はまだ眉をひそめている。
「いやだ。そんな習慣はない」
「とっとと乾かせば早く寝れるぞ」
言外に、俺たちが寝ればこいつは帰らざるをえないだろうと告げていた。
顧海が白洛因の後ろに立って髪を乾かし始めると、姜圓はその隙に自分が来た意図を語り始める。
「洛因、小海、もうあなたたちはすっかり仲良しになったみたいだから、もしもっといい環境があるなら挑戦してみたらどうかと思うの。あなたのお父さんと相談したんだけど、あなたたちを二年くらい留学させたいのよ。外国の教育は国内とは比べ物にならないわ。よその家の子は出たくても出られないだろうけど、あなたたちにはこんなにいい条件が揃ってるんだから、このチャンスは無駄にしちゃダメよ。男の子ならいつまでも家にしがみつかずに志を持ってほしいの。わかる?」
白洛因はしばらく黙りこんでから口を開く。
「俺はいまの生活で満足してる」
俺も、と顧海は心の中で賛同した。
「普通の高校で学ぶのが俺には絶対必要な経歴なんだ」
「外国の高校も同じよ。友達がたくさんできるし、豊富な経験も積めて、ここにいるよりずっと有意義なことができるのよ」
「乾いたぞ」
顧海は白洛因の髪を撫でる。白洛因は立ち上がって姜圓に告げた。
「時間の無駄だ。俺には家長に自分の進路を決めさせるという素晴らしい習慣はない」
姜圓はまだ話を続けようとしたが、顧海はリビングの明かりを消す。
「俺たちの大脳に十分な休息を与えるために、どうぞお帰りください」
姜圓はそのままじっとソファーに座っていたが、やがてのろのろと立ち上がった。
「じゃあゆっくり休んで。私は帰るわね」
ドアが閉まると、二人は鬼の形相になった。
「マジうぜえ。マジうるせえ」
「なんであいつが鍵を持ってるんだ? これから毎日通って来たらどうする」
顧海は不機嫌な顔つきでで考え込み、白洛因を指さす。
「とっとと鍵を換えようぜ」
そこで二人は夜の十時から戸口で作業を始めた。
白洛因の額にはうっすら汗が浮かぶ。ここの鍵は学校のものに比べてずっと複雑だ。とりあえず一息つくと、白洛因は隣の顧海に言った。
「ドライバーが足りない」
「どうすればいいんだ?」
顧海は白洛因に意見を求める。
「隣に借りるか?」
「こんな夜遅くに迷惑だろう」
白洛因は少し考えた。
「お前買って来いよ」
「下に買いに行くのか?」
白洛因は顔も上げずに言った。
「ああ。コンビニに行けよ」
顧海は顔色を変える。白洛因は顧海が動かないので視線を上げ、悪い笑みを浮かべる。
「お前が“鶏巴”を買ったあのコンビニだよ」
顧海は怒って白洛因をドアに押し付け、歯をむいて言った。
「いい加減にしろよ、お前」
白洛因はまた楽しげにひとしきり笑う。そのおかげでさっきまでの不快感はすべて雲の彼方へ吹き飛んだ。
早朝五時。顧海は携帯電話のアラームを聞き、目をこじ開けて窓の外を見た。まだ月が出ていて、まったく朝には見えない。くそ、どこのバカがこんな時間に設定したんだ? その十秒後、顧海はまた目を開いて自分がそのバカだと思い出した。瞼には鉄の重りがついているようだ。一秒でも目を閉じたら二度と開けられない。それを無理やりこじ開け、白洛因が気持ちよく寝ている姿を眺める。それからようやく顧海は自分をベッドから引きはがした。
部屋の照明は消えていたが、白洛因は誰かが自分の顔にキスをしたのがわかった。軽く触れる程度のものだったので、そのままかまわなかった。再度目を開いたとき、部屋の灯りは煌々とつき、顧海はしっかりと制服に着替えてクローゼットで服を探していた。
「何時だ?」
白洛因が起き上がると顧海は白洛因の前に服を放り投げる。
「今日はこれを着ろ。外はけっこう寒い」
白洛因は洗面所で身支度を始めた。するととても馴染みのある匂いが漂って来て、思わず洗面所から顔を出す。顧海は台所に立ち、買ってきた朝食を皿に盛りつけていた。白洛因は歯ブラシを置いて心の中でここから鄒おばさんの店までの往復距離と時間を計算し、顧海が何時に起きたか推測した。朝食を食べながら、白洛因は我慢できずに口を開く。
「なんで俺が起きてから一緒に食べに行かなかったんだ?」
「お前が起きてから?」
顧海は冷たく鼻で笑った。
「そしたら朝飯を食べる時間なんてないだろう」
「じゃあどうして俺を早く起こさなかった?」
「なんでだと思う?」
顧海は半分噛みちぎった卵を白洛因の口に押し込んだ。
エレベーターに乗ると、顧海は白洛因に背を向けて立ち、一階につく寸前に突然振り返ってわざと怖い顔を作ってみせ、無防備な白洛因を驚かせた。白洛因は我に返ってから顧海を蹴る。
「ガキかよ」
顧海は笑いながら振り返り、白洛因の襟を整えてしっかりと上着のファスナーを上げてから一緒にエレベーターを降りた。寒いので自転車に乗るのをやめ、二人は体を鍛えるためにジョギングで学校に行くことにした。
顧海は白洛因の一連の動作をギラギラと舐めるように見つめた。白洛因は背後から痛いような視線を感じ取る。特に腰から下の位置にかけては二つの炎が燃えていた。振り返ると、どこかの美丈夫が何事もないようにシャワーを浴びている。全身の筋肉をあますところなくすべて晒し、その素晴らしい姿に白洛因は羨みながらも目を奪われた。
だが顧海はまったく気にしない素振りで白洛因には目もくれない。自分の思い過ごしかと白洛因は不安をひっこめ、サッと服を脱いだ。
お湯は熱く、たちこめた水蒸気が白洛因の体を取り巻く。顧海はこっそり目を向けた。その視線は足の踝から徐々に上がっていく。真っすぐに伸びた長い足が動くたびに顧海の心は震えた。魅惑的な尻は引き締まっているが丸く美しい形で、とてもそそられる。聞いた話だが、尻の肉付きがいい人間は総じてとても性欲が強いらしい。すらりと伸びた背中にはまるで鋼が入っているようで、頸椎から尾骶骨にかけてのラインは滑らかで流線的だ。ハンサムなのは言うまでもないが、彼は顔立ちがしっかりしていて、そのオーラで人を圧倒する。
顧海は思わず彼の軍服姿を想像した。ものすごく似合うし魅惑的に違いない。もし軍装の彼を押し倒すことができたら、きっと魂も吹き飛ぶほど気持ちがいいに決まっている。
顧海が妄想に耽っていると、突然白洛因が近づいてきた。長い足が見え、顧海は息を止める。白洛因は顧海の頭に手を伸ばし、口元に異様な笑みを浮かべた。顧海はその微笑みに体中が溶けてしまいそうになる。
「お前が浴びてるのは水だ」
「……」
白洛因は自分の場所に戻り、心の中で罵声を浴びせる。どうりであいつの周りに水蒸気が立たないわけだ。あのバカ、この寒空に冷水のシャワーを浴びるなんて、死にたいのか。
顧海は我に返り、ようやく水温に気づいた。外は北風が吹き荒れていたが、顧海は浴室で冷たい水を浴びてもまったく気づかないほど体を火照らせていた。白洛因のおかげだ。
「一緒に湯船に浸かろうぜ」
顧海の誘いかけに、白洛因は首を振る。
「必要ない。俺はもう洗い終わった」
「そんなに早く出たら、その分お前の母さんに色々言われるぞ」
白洛因はシャワーを止め、タオルで体を拭き始めた。
「誰が出ていくって言った?」
顧海は固まる。
「出ないのに風呂に入らない? じゃあここで何をするんだ」
「お前が風呂に入ってる姿を見るんだよ!」
白洛因はわずかに口角を上げた。顧海の顔にも笑みが透ける。
「じゃあ俺の代わりに浴槽の湯の温度を見てくれよ」
白洛因は歩きかけ、足を止める。
「服を着てからにする」
お前が何を考えているか、わからないとでも思うのか。裸のまま腰をかがめて水温を見るだと? 俺は漫画しか読まない無知な少女じゃない。そんなに簡単に騙されるものか!
「すぐ見てほしい」
白洛因は脱衣所へ行き、ゆっくりと答える。
「そんなに急ぐなら自分で見ろよ」
そう言った途端、濡れそぼった両手が彼の腰に伸びてきた。それからすぐに背中全体が濡れる。堅牢な顎が彼の肩に乗り、温かい唇が頬を覆った。
「どけよ! たったいま拭いたばかりなのに」
「しーっ……」
顧海は白洛因の口元に指を当て、小声でささやく。
「お母さんが外にいるぞ」
「だからなんだっていうんだ」
白洛因は肘で顧海の下腹を突いた。
「どけ」
顧海はどかないどころか、逆にもっとぴったりくっついて来る。腰に置いた手を白洛因の首に当て、脅すように低く魅惑的な声を出した。
「白洛因、お前は賢いな。いつも俺の小さな企みを見透かす。俺に死ねっていうのか? 俺の小海子はどうすればいい。お前が賢いほど、もったいぶればもったいぶるほど俺はお前をやりたくなる。すごく、すごくやりたくなるんだ……」
そう言いながら小海子を白洛因の尻の間に押し付け、わざと淫蕩な喘ぎ声を聞かせる。
白洛因はこの手のもの言いにも慣れてきて、以前ほど激しい反応は見せなくなっていた。彼は後ろ手に小さな怪獣を強く握っておとなしくさせ、顧海を横目に睨む。
「そんなにしたいのか?」
顧海は顎を白洛因の肩に乗せた。
「したくて我慢できないのか?」
顧海は白洛因の肩を甘噛みし、たまらない気持ちを表現する。
「じゃあ鍋肉味の鶏巴を二袋、食いに行けよ」
「……」
「ずいぶんゆっくり入ってたのね」
姜圓は白洛因と顧海に笑顔を向けた。顧海はまったく気にせず答える。
「冬場はしっかり湯船で温まるべきだろう」
「それもそうね」
姜圓は二人の息子を手招きした。
「いらっしゃい。ママが果物を剥いてあげたわよ。二人とも食べなさい」
「ママ」という二文字を耳にした途端、二人は同時に寒気を感じた。
「いらないよ」
白洛因は冷淡に答える。
「寝室で宿題をやらないといけないから」
「急がなくていいわよ。あんな宿題やらなくてもいいくらいだわ。詰め込み教育は非科学的よ。本来大脳には十分な休息が必要なのに、あなたたちはどうでもいい宿題をさせられてる。どうりで名門大学に受かって卒業しても底辺の人間は変わらず、上流階級にはいわゆる高級人材が上がってこないわけだわ」
あんたを追い出す口実を見つけたいだけなのに、何をそんなに得意げになってるんだ。顧海は冷たく鼻を鳴らし、自分の寝室へ戻る。姜圓は白洛因の手を掴んで優しい声を出した。
「ママが髪の毛を乾かしてあげる」
「いいよ。拭けば済む」
白洛因は掛けてあったタオルを手に取り、髪を拭く。
「そんなのダメよ」
姜圓はドライヤーを持ってきて白洛因を座らせようとする。
「これで乾かしましょう。でないと明日の朝頭が痛くなるわよ」
「俺はこの方法で十数年過ごしてきたけど、頭が痛くなったことなんてないぞ!」
姜圓は傷ついたようにドライヤーを持つ手を下げ、ゆっくりと言った。
「そうね。あなたはあっという間に大きくなって、悪い習慣を身につけてしまったわ。直したくても直せない」
顧海はまた姜圓が情に訴えかけようとしていることを察し、大股で近づき彼女の手からドライヤーを奪う。
「俺が乾かしてやるよ」
白洛因はまだ眉をひそめている。
「いやだ。そんな習慣はない」
「とっとと乾かせば早く寝れるぞ」
言外に、俺たちが寝ればこいつは帰らざるをえないだろうと告げていた。
顧海が白洛因の後ろに立って髪を乾かし始めると、姜圓はその隙に自分が来た意図を語り始める。
「洛因、小海、もうあなたたちはすっかり仲良しになったみたいだから、もしもっといい環境があるなら挑戦してみたらどうかと思うの。あなたのお父さんと相談したんだけど、あなたたちを二年くらい留学させたいのよ。外国の教育は国内とは比べ物にならないわ。よその家の子は出たくても出られないだろうけど、あなたたちにはこんなにいい条件が揃ってるんだから、このチャンスは無駄にしちゃダメよ。男の子ならいつまでも家にしがみつかずに志を持ってほしいの。わかる?」
白洛因はしばらく黙りこんでから口を開く。
「俺はいまの生活で満足してる」
俺も、と顧海は心の中で賛同した。
「普通の高校で学ぶのが俺には絶対必要な経歴なんだ」
「外国の高校も同じよ。友達がたくさんできるし、豊富な経験も積めて、ここにいるよりずっと有意義なことができるのよ」
「乾いたぞ」
顧海は白洛因の髪を撫でる。白洛因は立ち上がって姜圓に告げた。
「時間の無駄だ。俺には家長に自分の進路を決めさせるという素晴らしい習慣はない」
姜圓はまだ話を続けようとしたが、顧海はリビングの明かりを消す。
「俺たちの大脳に十分な休息を与えるために、どうぞお帰りください」
姜圓はそのままじっとソファーに座っていたが、やがてのろのろと立ち上がった。
「じゃあゆっくり休んで。私は帰るわね」
ドアが閉まると、二人は鬼の形相になった。
「マジうぜえ。マジうるせえ」
「なんであいつが鍵を持ってるんだ? これから毎日通って来たらどうする」
顧海は不機嫌な顔つきでで考え込み、白洛因を指さす。
「とっとと鍵を換えようぜ」
そこで二人は夜の十時から戸口で作業を始めた。
白洛因の額にはうっすら汗が浮かぶ。ここの鍵は学校のものに比べてずっと複雑だ。とりあえず一息つくと、白洛因は隣の顧海に言った。
「ドライバーが足りない」
「どうすればいいんだ?」
顧海は白洛因に意見を求める。
「隣に借りるか?」
「こんな夜遅くに迷惑だろう」
白洛因は少し考えた。
「お前買って来いよ」
「下に買いに行くのか?」
白洛因は顔も上げずに言った。
「ああ。コンビニに行けよ」
顧海は顔色を変える。白洛因は顧海が動かないので視線を上げ、悪い笑みを浮かべる。
「お前が“鶏巴”を買ったあのコンビニだよ」
顧海は怒って白洛因をドアに押し付け、歯をむいて言った。
「いい加減にしろよ、お前」
白洛因はまた楽しげにひとしきり笑う。そのおかげでさっきまでの不快感はすべて雲の彼方へ吹き飛んだ。
早朝五時。顧海は携帯電話のアラームを聞き、目をこじ開けて窓の外を見た。まだ月が出ていて、まったく朝には見えない。くそ、どこのバカがこんな時間に設定したんだ? その十秒後、顧海はまた目を開いて自分がそのバカだと思い出した。瞼には鉄の重りがついているようだ。一秒でも目を閉じたら二度と開けられない。それを無理やりこじ開け、白洛因が気持ちよく寝ている姿を眺める。それからようやく顧海は自分をベッドから引きはがした。
部屋の照明は消えていたが、白洛因は誰かが自分の顔にキスをしたのがわかった。軽く触れる程度のものだったので、そのままかまわなかった。再度目を開いたとき、部屋の灯りは煌々とつき、顧海はしっかりと制服に着替えてクローゼットで服を探していた。
「何時だ?」
白洛因が起き上がると顧海は白洛因の前に服を放り投げる。
「今日はこれを着ろ。外はけっこう寒い」
白洛因は洗面所で身支度を始めた。するととても馴染みのある匂いが漂って来て、思わず洗面所から顔を出す。顧海は台所に立ち、買ってきた朝食を皿に盛りつけていた。白洛因は歯ブラシを置いて心の中でここから鄒おばさんの店までの往復距離と時間を計算し、顧海が何時に起きたか推測した。朝食を食べながら、白洛因は我慢できずに口を開く。
「なんで俺が起きてから一緒に食べに行かなかったんだ?」
「お前が起きてから?」
顧海は冷たく鼻で笑った。
「そしたら朝飯を食べる時間なんてないだろう」
「じゃあどうして俺を早く起こさなかった?」
「なんでだと思う?」
顧海は半分噛みちぎった卵を白洛因の口に押し込んだ。
エレベーターに乗ると、顧海は白洛因に背を向けて立ち、一階につく寸前に突然振り返ってわざと怖い顔を作ってみせ、無防備な白洛因を驚かせた。白洛因は我に返ってから顧海を蹴る。
「ガキかよ」
顧海は笑いながら振り返り、白洛因の襟を整えてしっかりと上着のファスナーを上げてから一緒にエレベーターを降りた。寒いので自転車に乗るのをやめ、二人は体を鍛えるためにジョギングで学校に行くことにした。
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