ハイロイン

ハイロインofficial

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第十三章

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 白洛因バイ・ロインは相変わらず家に帰らなかった。顔の傷が治っていなかったし、あともう数日静かに過ごしていたかったからだ。白漢旗バイ・ハンチーは何度も電話をかけてきたが、白洛因は顧海グー・ハイの家にいるから数日後に帰ると伝え、父親は二人を信用していたので、それ以上聞いてはこなかった。
 石慧シー・ホェは顧海を訪ね、顔を合わせるなり問い詰めた。
「白洛因がどこにいるか教えてちょうだい」
 顧海が一週間封印してきた傷口がぱっくりと裂ける。
「あんたのところじゃないのか?」
 石慧は苦笑した。
「私のところなら良かったんだけど。もう一週間も顔を見てないわ」
 顧海は自分の顔を叩きたくなった。やはり自分は彼を誤解していたのだ。
「家に帰ったのかもしれない」
 石慧は首を振る。
「いいえ、彼の家に行ったら、お父さんはあなたのところだと言ったわ」
 顧海は顔色を変え、立ち去ろうとした。石慧は柔らかい声を出す。
「大丈夫よ、きっと何も起きないわ。とても理性的な人だもの」
「俺のところにいないとわかったなら、これ以上話すことはないだろう?」
「もちろん、あなたのところに来たのはこの件だけじゃないの」
 石慧はとても誠実に微笑んだ。白洛因に関わることなら聞き逃せないと思い、顧海は座り直す。
 石慧は顧海の瞳から漂う冷たさを察した。こんな感情を男から向けられるのは珍しい。たとえ見知らぬ男が彼女の目の前に座ったとしても、こんなに冷たい目はしない。
「もしかして、あなたは私のことが嫌いなのかしら?」
 顧海は淡々と返す。
「好きでも嫌いでもない。何とも思わないだけだ」
「あなたに好きになってもらえるように努力するわ」
 石慧はにっこり笑った。顧海は冷たく返す。
「とっとと本題に入れよ」
 石慧は笑みを消し、エネルギーに満ちた大きな瞳にどうすることもできない無力感を浮かべた。
「白洛因に私とよりを戻すように勧めてほしいの」
 顧海の瞳には皮肉な色が浮かぶ。俺に白洛因とお前のよりを戻させる? そんな高望みは徹底的に潰してやる。
「ありえない」
 石慧は瞳を揺らした。
「どうして?」
「あいつはもうあんたを好きじゃない」
 白洛因の身近な人間からそう告げられ、石慧が受けた打撃は本人から言われるのと同じくらい大きかった。白洛因の言葉は時々真実ではないこともあるが、彼の親友が自分を騙す理由は見つからなかった。石慧は唇を噛み、沈んだ面持ちになる。
「じゃあ……教えてくれる? いま彼は好きな人がいるの?」
 顧海は恐ろしくきっぱりと言い切った。
「いる」
 石慧の顔色はさらに悪くなる。
「それは誰なのか、教えてくれる?」
「いま目の前に座ってる」
 石慧があわてて周囲を見回すと、顧海は指で机をこつこつと叩いた。
「探す必要はない。俺だよ」
 石慧は雷に打たれたように体を震わせ、信じられないという顔で顧海を見た。白洛因が? 男を好きになったの? ありえないわ! 外国にはそういう人間もたくさんいたので石慧にとっては珍しいことでもなかったが、それが白洛因となると到底受け入れられなかった。
「……私をからかってるんでしょう?」
 顧海は手の中でライターを弄り、有無を言わさぬ強気な表情を浮かべる。
「そう見えるか?」
 石慧の心臓は凍りつき、足は靴の中で震え始める。白洛因に電話をかけたときに男が出て、自分は白洛因の彼氏だと言ったことが思い出された。そのときは気にしなかったが、あの声は今思えば顧海だったような気がする。それに彼女が白洛因を訪ねたとき、顧海は絶対一緒についてこようとした。さらに彼女と白洛因がカフェで会った時、隣にあの目障りな軍人たちがいたこともすべて納得がいく。
「まだ何か言うことはあるか?」
 顧海は石慧を見た。石慧は柔らかかった視線を固く変え、負けを認めまいと声を尖らせた。
「彼はあなたを受け入れたの?」
 顧海は無情に反撃する。
「そうじゃなきゃ俺はあんたにこんな話をするか?」
「じゃあ彼はどうして姿を消したの?」
「それは俺たち二人の問題で、あんたには関係ない」
 すると石慧はなぜか自信を取り戻し、笑顔を浮かべて皮肉を言った。
「白洛因はあなたのことなんて好きじゃないわ。彼があなたとの間に歪んだ感情を持ったのは、私がいなくなって心が空っぽになったから、誰かに埋めてほしかっただけよ。私が帰ってきたんだから、あなたはいらないの。あなたもすぐにわかるわ。彼の心にいたのはずっと私だって」
「想像力が豊かだな」
 顧海は顔色を変えなかった。石慧はまた笑う。
「想像じゃない。それ以外の結論はありえないわ。白洛因はとても理性的な人よ。自分の原則をしっかり持ってるの。遊びならともかく、本気で男の人を好きになったりしないわ」
 顧海はうっすらと笑った。
「美人さん、俺はあんたのメンタルを過小評価してたよ」
 石慧は鞄を持って立ち上がり、顧海のそばまで来ると、赤く柔らかい唇をわずかに開く。
「あなたは私に勝てないわ」
 


 石慧と会った後、顧海は白洛因に無数の電話をかけたがつながらず、焦りのあまり白洛因の家に向かった。
 白漢旗は会社から帰宅し居間に座って間もなく顧海の姿を目にし、急いで立ち上がり喜んで近づいていく。だが顧海の背後に白洛因の影が見当たらない。
「因子と一緒に帰って来たんじゃないのか?」
 顧海にはわかっていた。白洛因は父親を心配させまいと、顧海の家にいると嘘をついているのだ。だから真実を伝えるつもりはなかった。
「因子に頼まれてものを取りに来たんだ」
 白漢旗は目の中に浮かべた失望をさっと消し、すぐに笑って頷いた。
「そうか。じゃあ早く持って行きなさい」
 顧海は部屋の中を適当に漁り、白漢旗に言った。
「おじさん、ちょっと携帯を借りてもいい? 因子に電話をかけたいんだ。探しているものが見つからなくて」
「俺とお前の間に借りるも貸さないもないだろう。ベッドの横の棚にあるから使っていいぞ」
 顧海は白漢旗の携帯から白洛因に電話をかけてみる。すると、やはりつながった。あいつは俺の番号をブロックしてる。
「父さん、どうした?」
 久しぶりに白洛因の声を聞き、顧海は複雑な気分でしばらく言葉が出てこなかった。白洛因はもう一度呼びかける。
「父さん、どうした? なんで話さないんだ?」
「因子」
電話の向こうから返事はなく、やがてツーツーツーという音に変わる。顧海にとっては想定内の反応だった。自分の罪は重いし、白洛因が怒るのも当然だろう。顧海は何度もかけ直す。初めはつながらないだけだったが、やがて電源が切られた。
あたりは暗くなっていたが、顧海は車を走らせ警察に向かう。
「おやおや、顧坊ちゃん、今日はまたどうされましたか」
顧海はとても焦っていた。
「手を貸せ」
「なんでしょう」
「人を捜してほしい。ここに携帯電話の通話記録があるんだ。この人の具体的な位置を調べてほしい」
「それはちょっと複雑ですね。専門家にやらせないと。当直の人間には無理です」
 顧海の顔は沈んだ。
「私がやってみましょうか。ちょっと時間がかかるかもしれないけど、どうしても難しければ専門家に来てもらいます。どちらにせよ今夜中には捜し出してみせますよ」
 顧海は頷く。
「そうするよりほかないな」
 


白洛因は電話を受けてからずっと動揺していた。おそらく顧海は父親に実情を話しただろう。白漢旗は心配しているかもしれない。電話をかけたいが、電源を入れたくない。考えを巡らせ、白洛因はやはり明日家に帰ることを決めた。ホテルに泊まるのにも飽きた。顧海のことは放っておこう。あいつはいないものとすればいい。
そうと決めると白洛因は荷物を整理し始めた。
 荷造りが終わるともう十時半だった。白洛因はシャワーを浴びてから寝ようと思った。そして朝一番に家に帰ろう。
だが上着を脱いだ途端、ドアの外にあるインターホンが鳴る。白洛因は体を強張らせ、無意識に外にいるのは顧海だと考えた。こんなに早くここがわかったのか? ありえない。
不安を抱えてドアスコープから外を窺う。
すると石慧の顔が視界に入った。ドアを開けた瞬間、いわれのない失望が心によぎる。
石慧は震えながら部屋に入る。綺麗な顔は寒さで真っ青になり、両手も凍えて動かせなくなっていた。しゃれたヘアアクセサリーも歪んで目は潤み、ことさら哀れな様子だった。
「君……」
 白洛因は一瞬言葉を詰まらせる。
「早く中に入れよ」
 石慧は部屋のスチームに手をかざして温めた。白洛因は急いでエアコンのスイッチも入れ、温かいお湯をコップに注ぐ。
「これを飲んで温まって」
 そう言って石慧に渡した。お湯を飲んでいるうちにようやく彼女の足の震えも収まっていく。
「どうしてここがわかったんだ?」
 石慧は不満げに言った。
「あちこち尋ねて何日も捜したわ。それから近くのネットカフェやホテルや二十四時間営業の店を回って、ようやくここを見つけたの。あなた、もしかして私を避けるためなの……?」
 話しながら石慧は泣き出した。声もなく涙がぽたぽたとしたたり落ちる。白洛因は石慧が凍えて赤くなった手で涙を拭う様子を見ていられずにティッシュを渡し、やさしく言った。
「バカだな。泣くなよ。君のせいじゃない」
 石慧は両手を伸ばして白洛因の腰に抱きつく。そして頭を彼の肩につけ、声を上げて泣きじゃくった。
「もしも本当に私が嫌いだったらそう言って。すぐに帰るから。そんなに私を避けないでよ。どれだけ心配したと思うの?」
 感動と申し訳なさに襲われ、白洛因は軽く石慧の背中を叩いてなだめる。
「泣くなよ。本当に君のせいじゃない。それ以上泣いたら明日の朝目が腫れて大変だぞ」
 石慧は徐々に泣き止むとじっと彼を見つめ、きまりが悪そうに言った。
「濡れタオルで湿布してくれる?」
 白洛因は頷き、洗面所から濡らしたタオルを持ってくる。石慧はおとなしく目を閉じた。冷たいタオルが彼女の目に触れると濃密なまつ毛が動き、可憐に見えた。
「前は私が怒って泣いてもあなたは慰め方を知らなくて、泣き終わってからようやく濡れタオルをくれたわよね」
 白洛因のかつての記憶が蘇る。楽しかった日々はつい昨日のことのようだが、彼女が自分の目の前に座っていても、以前とは何もかもがすっかり変わってしまった。
 いったい何が変えてしまったのだろう?
「もう大丈夫だ」
 白洛因はタオルを取って淡々と言った。
「君がもう少し温まったら家に送って行くから」
 石慧の表情は固まり、声には恨めしさが滲む。
「もうこんなに遅いのに? 従兄たちもとっくに寝てしまったわ。誰が扉を開けてくれるの?」
「毎日こんな遅くまで俺を捜していたのか?」
「そうでもないわ」
 石慧は恥ずかしそうに笑った。
「いつもは八時か九時には帰ってた。今日はこのあたりを捜していて、残り数件だし調べてしまおうと思って遅くなったの」
 そう言ってくしゃみをする。白洛因は石慧の額を触り、顔色を変えた。
「少し熱があるな。病院に連れていくよ」
「いやよ。私が病院が嫌いだって知ってるでしょう。大丈夫、布団を被って眠ればすぐ治るわ」
 石慧がここまで言うのに追い出すのはさすがに薄情だと白洛因はため息をつき、立ち上がって言った。
「じゃあ眠ってろよ。俺はもうひとつ部屋を取るから」
 石慧は白洛因の腕をしっかりと掴む。力を込めすぎて爪が肉に食い込むほどだった。
「一人で眠るのは怖いし……私、熱があるのよ」
 最終的に白洛因は残ることに決めた。入浴もあきらめ、服はすべてスーツケースに詰め込む。
「私、裸で寝る習慣があるの。別にいいわよね?」
 石慧は恥ずかしそうに尋ねた。白洛因は顔も上げなかった。
「好きなように寝ればいい」
 スタンダードなダブルベッドの半分だけを使い、石慧は隣に大きな空間を残したまま、眠気には勝てずに先に眠ってしまった。しかし白洛因は横にならなかった。
 夜が更け、白洛因はひとりベランダに立って煙草を一本また一本と吸い続けた。
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