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第十三章
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夕飯の後、白漢旗が白洛因の部屋に行くと、白洛因は板を積み上げていた。
「なにしてるんだ?」
白漢旗は隣に座る。白洛因は顔も上げずに答える。
「飛行機の模型を作ろうと思ってるんだ。新学期に学校で飛行機模型の展示会があるんだよ」
「そうか、がんばれよ!」
白漢旗は白洛因の頭を軽く叩く。白洛因はうんと答え、黙って作業に戻った。
白漢旗は居心地が悪くなって立ち上がりかける。だがまだ話はできていないと思い直して座り直した。しかしどうにも邪魔をしているような感じがする。
「新学期に展示会があるのか?」
白漢旗は尋ねる。白洛因は頷いた。
「だからいま作ってるのか?」
白洛因は作業をする手を止め、無表情に白漢旗を見た。
「父さん、一体何が言いたいんだ?」
白漢旗は恥ずかしくなる。
「俺は、聞きたかったんだ……」
「顧海がどうして一緒に来なかったかってこと?」
「ああ……そうだ。それを聞こうと思ってたんだ。休みに入って一度会ったきりだ。あのときお前たちは一緒にいなかったけど、いったいどういうことなんだ?」
白洛因は淡々と答えた。
「奴は自分の家で年越しをしてるよ」
「そうか……それもそうだ。年越しは大切なイベントだから、実家に帰って過ごすべきだ」
「まだ何かある?」
白洛因は尋ねる。白漢旗は固まり、不自然な笑顔を浮かべた。
「いや、もう何もないよ」
白漢旗が出て行ってから気分が削がれ、白洛因は窓の外を見た。孟通天が中庭で棒を振り回していたが鄒おばさんが部屋に入れと叫び、視界から動くものがなくなる。ただ一本の棗の木が葉を落とし、裸の枝が露わになっていた。ぼんやりしているうちに時間だけが経つ。メッセージの着信音が聞こえて携帯電話を手に取るともう十一時を過ぎていた。石慧からだ。
『明日、時間ある?』
白洛因は携帯電話を放り投げて返事をしなかった。もう何通もメッセージを無視している。やはり失ったものはその時が一番美しく、拾っても元には戻らない。少し前には石慧との電話の後は心拍数が上がりしばらく平静になれなかったが、いまは唯一残っていたその感覚すらない。あんなに美しかったものは煙のように消え失せ、なんの価値も見いだせない。
なぜこんなことになった? 俺は薄情な人間なのか? 白洛因はため息をついて目を閉じる。
白漢旗は息子の部屋を覗いたが彼が目を閉じているので寝ていると思い、電気を消した。白洛因が枕元の携帯電話に手を伸ばすと、冷たいものに触れた。
爪切りだ。携帯の光に照らされ、爪切りに刻まれた言葉が目に入る。
『“媳婦”をやりたくない男はいい”老公“じゃない』
もうひとつの爪切りは顧海のところにあって、上には
『失せろ』
と刻まれている。
白洛因は突然笑い出した。笑っているうちにふと疑問が浮かぶ。その疑問は笑いの中にわずかな苦さを落とした。俺が奴に一番たくさん返した言葉は『失せろ』なのか?
深夜、白洛因はまた不眠に陥った。
石慧がふたたびメッセージを送って来る。
『眠れない。どうしよう。あなたに会いたい。どうしよう』
白洛因は自分のパンツの中へ手を伸ばし、ゆっくりと自分を慰めた。このときだけは一切の雑念が消え、静かに単純な快楽を楽しめる。身体は徐々に熱くなり、心の温度も上がっていく。だが突然脳裏に顧海の顔が浮かび、手が震えて混乱する。これまでは顧海が彼を弄り回しても脳内で顧海を女性に変えることで没入できた。
なぜいまごろ彼で興奮するんだ。俺は本当に変態になってしまったのか?
焦燥、不安、空虚、憂慮などマイナスの感情が次々に沸き起こり、体の快楽に抗う。二つの正反対のエネルギーがぶつかり合い、進むことも退くこともできず、白洛因の心を苛む。炎に包まれたように波状に襲ってくる熱波が徐々に感情を焼き尽くしていく。
白洛因は自暴自棄になり、欲望のままに任せた。妄想の中で自分の手を顧海の手に置き替え、いつも顧海が自分の体を舌で弄り回す情景を思い浮かべて興奮する。そして徐々にコントロールを失っていき、顧海の体に挿入したい欲望が強く、とても強く沸き起こって来た。頂点に達して逐情する瞬間、白洛因の口からは思わずうめき声が出る。
「顧海……」
ひそかに訴えるような、耳元に小声でささやくような響きに白洛因自身も驚いた。なぜこんなときに自分は彼の名前を呼ぶんだ?
白漢旗は夜中にトイレに行き、息子がパジャマ姿で庭に蹲って煙草を吸う姿に気づいた。
「因子」
白洛因は立ち上がって白漢旗を見る。
「父さん、なんで起きて来たんだ?」
「トイレだよ。こんなところでしゃがんでどうした? 早く中に入りなさい。こんな薄着をして、年越しに病気になる気か?」
白洛因は煙草の火を消し、白漢旗をじっと見つめた。
「父さん、トイレが終わったら俺の部屋で寝てくれよ」
その瞬間、白漢旗は幸福のあまり顔を赤くした。白洛因が小さい頃はいつも同じ布団で寝ていて、眠る前には布団がぽかぽかだった。もう長い間白洛因が一緒に寝ようと言ったことはない。今日は特別だ。白漢旗は白洛因の頭を抱え込んで笑う。
「こんなに長く家を空けていたくせに、父さんに甘えるのか?」
白洛因は何も答えない。白漢旗は彼の尻を軽く叩いて叱る。
「早く部屋に入りなさい。頬まで冷たくなってるじゃないか」
「父さん、聞きたいことがあるんだ」
白漢旗は寝返りをうって白洛因のほうを向き、背筋を伸ばして真面目な顔を作る。
白洛因は戸惑った。
「なんでそんな顔をするんだよ。俺はただ普通にしゃべろうと思っただけなのに」
「そうか……」
白漢旗はすぐに力を抜く。
「てっきり国家の大事について話すのかと思ったよ」
なぜ国家の大事を父さんに話すんだと白洛因は心中でぼやいた。
「父さんは顧海はどういう人間だと思う?」
白漢旗はさっと指を伸ばして白洛因の頭をこづく。
「どうした? また大海とケンカしたのか?」
白洛因は長いため息をついた。
「それはさておき、客観的に顧海を評価してほしいんだ」
「あの子はまったく申し分ない」
白漢旗は親指を立ててみせる。白洛因はベッドに腹這いになり、顎を枕に乗せて静かに白漢旗の続きを待った。だが白漢旗はうんうんと二声上げたきり、何も言わなかった。
「それで終わり?」
「ああ。他に言うことはあるか?」
白洛因は顔をしかめ、白漢旗を怒りの眼差しで睨んだ。
「もう少し具体的に言ってくれよ。例えば品性とか性格とか、道徳的な部分とか……」
白漢旗は慎重に言葉を選ぶ。
「品性は問題ない。性格もいい。道徳も問題ない」
それは何も言っていないのと同じだ。もういい。聞いても無駄だ。白洛因は布団を被り、眠ろうとした。
しかし、諦めた途端、白漢旗はゆっくり語り始める。
「大海は育ちがいいのに虚栄心がなく、志も高い。苦労も厭わないし、おおらかだ。俺が一番好きなのは、あの子の正直で嘘のないところだ。これまで俺はお前たちの年頃の子は単純で深く考えていないと思っていたが、違うとわかったよ。いまの子供はたくさん考えているが、中にはうまく立ち回れない子もいるんだな。だが大海は違う。気性が真っすぐで、感情をすべて表に出す。好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌い。好き嫌いがはっきりしていて四の五の言わない」
白洛因は静かに聞いていたが、目を開いて問いかける。
「父さんの人を見る目は確かか?」
「当たり前だろう。お前ほど頭はよくないが、人を見る目は確かだぞ。何年生きてると思う? どれだけ多くの人間と付き合ってきたかわかるか? お前はまだ青二才だ。出会った人間を数えても手の指で足りるだろう」
白洛因はまた質問を投げかけた。
「顧海みたいな奴を怒らせたら、どんなことでもすると思う?」
「たとえば? 例を挙げてみろ」
「たとえば、どこかの女の子が気に入らないからって人に襲わせたりとか」
「ありえないだろう」
白漢旗はあっさり否定する。
「大海の考え方はまっすぐだ。そんな徳を欠いたことは彼には絶対できないよ」
「例えばその子がすごく嫌いだったら?」
「どんなにその子が嫌いでも、お前のお母さんよりはマシだろう。彼はお前の母さんにどうしてる? 孟建志のような人間もすごくムカつくだろう? 大海は奴を何発か殴っただけだろう? 孟建志を殺したか?」
白洛因はゆっくりと壁に視線を移し、黙り込んだ。
白漢旗は眠くなり、眠りに落ちるときに白洛因の布団を叩いてつぶやいた。
「俺が保証する。大海は絶対そんなことができる子じゃない。バカなことを考えていないで、さっさと寝なさい」
もしかしたら、俺は本当に誤解していたのか? 白洛因の瞼は徐々に重くなり、目を閉じた。
その後の眠りはとても浅く、耳元で白漢旗のいびきが響き、朦朧としながら、白洛因は自分が夢を見ているのか過去を思い出しているのかわからなくなった。白漢旗の結婚式の夜、顧海は自分を背負って屋上に上がり、彼を抱きしめて言った。
「俺はこの世界でお前の父さんを除いて一番お前を可愛がるよ」
孫警護官の必死の説得もあり、顧海は珍しいことに顧威霆と家に戻って春節を過ごすことを承諾した。
旧暦の十二月二十八日を迎えると街は閑散とし、車も減って渋滞は少なくなる。北京に住む人間なら誰でも知っていることだ。毎年春節が来ると北京は空っぽになる。これまでの伝統や習俗は廃れて商業的なものが増え、年越しの風情が薄れていく。
顧海はすでに半月の間自分の住処に戻っていなかった。今回も必要なものを取りに来ただけだ。車庫にはまだ白洛因の車が止まっていたが、顧海は目も向けずに車庫の鍵を抜いてエレベーターに乗りこむ。エレベーターの中で一人になり、顧海はふと感じた。この半月、自分はまるで生ける屍のようだ。毎日食事と睡眠以外は訓練に明け暮れ、思考を止めている。たまに心が遠くに行きそうになると、古い兵士から過去の経歴を聞いてひそかに正気を取り戻す。訓練場で駆け回る去勢された軍用犬と同じだ。顧海は自分をそんなふうに考えた。
クローゼットを漁り、実家で数日過ごす服を探す。白洛因にひどく傷つけられてから顧海は自暴自棄になっていた。これまでなら姜圓と同じ屋根の下で過ごすなんて耐えられなかったが、もうどうでもいい。やはり忍耐力は訓練で上がるらしい。
クローゼットの底から綺麗に畳まれた制服のランニングシャツが出てきた。しかも綺麗に包装されている。
それは、白洛因が自分の手で洗ってくれたランニングシャツだった。あの頃はこれがあまりにも貴重で、もったいなくてずっとクローゼットにしまっていた。
顧海はしばらく凍りついた後、猛然と包みを破り、中に入っていたランニングシャツを床に放り投げる。そしてそれを荒々しく踏みつけたが、まるで自分の心を踏みにじっているようだった。痛みはもはや遮りようがなく、心に突き刺さる。あまりに痛くて壁に頭をぶつけたくなった。
お前はバカだ。勝手に彼女とイチャついてろ。お前なんて騙されて遊ばれてしまえ。いつか後悔するぞ!
「なにしてるんだ?」
白漢旗は隣に座る。白洛因は顔も上げずに答える。
「飛行機の模型を作ろうと思ってるんだ。新学期に学校で飛行機模型の展示会があるんだよ」
「そうか、がんばれよ!」
白漢旗は白洛因の頭を軽く叩く。白洛因はうんと答え、黙って作業に戻った。
白漢旗は居心地が悪くなって立ち上がりかける。だがまだ話はできていないと思い直して座り直した。しかしどうにも邪魔をしているような感じがする。
「新学期に展示会があるのか?」
白漢旗は尋ねる。白洛因は頷いた。
「だからいま作ってるのか?」
白洛因は作業をする手を止め、無表情に白漢旗を見た。
「父さん、一体何が言いたいんだ?」
白漢旗は恥ずかしくなる。
「俺は、聞きたかったんだ……」
「顧海がどうして一緒に来なかったかってこと?」
「ああ……そうだ。それを聞こうと思ってたんだ。休みに入って一度会ったきりだ。あのときお前たちは一緒にいなかったけど、いったいどういうことなんだ?」
白洛因は淡々と答えた。
「奴は自分の家で年越しをしてるよ」
「そうか……それもそうだ。年越しは大切なイベントだから、実家に帰って過ごすべきだ」
「まだ何かある?」
白洛因は尋ねる。白漢旗は固まり、不自然な笑顔を浮かべた。
「いや、もう何もないよ」
白漢旗が出て行ってから気分が削がれ、白洛因は窓の外を見た。孟通天が中庭で棒を振り回していたが鄒おばさんが部屋に入れと叫び、視界から動くものがなくなる。ただ一本の棗の木が葉を落とし、裸の枝が露わになっていた。ぼんやりしているうちに時間だけが経つ。メッセージの着信音が聞こえて携帯電話を手に取るともう十一時を過ぎていた。石慧からだ。
『明日、時間ある?』
白洛因は携帯電話を放り投げて返事をしなかった。もう何通もメッセージを無視している。やはり失ったものはその時が一番美しく、拾っても元には戻らない。少し前には石慧との電話の後は心拍数が上がりしばらく平静になれなかったが、いまは唯一残っていたその感覚すらない。あんなに美しかったものは煙のように消え失せ、なんの価値も見いだせない。
なぜこんなことになった? 俺は薄情な人間なのか? 白洛因はため息をついて目を閉じる。
白漢旗は息子の部屋を覗いたが彼が目を閉じているので寝ていると思い、電気を消した。白洛因が枕元の携帯電話に手を伸ばすと、冷たいものに触れた。
爪切りだ。携帯の光に照らされ、爪切りに刻まれた言葉が目に入る。
『“媳婦”をやりたくない男はいい”老公“じゃない』
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と刻まれている。
白洛因は突然笑い出した。笑っているうちにふと疑問が浮かぶ。その疑問は笑いの中にわずかな苦さを落とした。俺が奴に一番たくさん返した言葉は『失せろ』なのか?
深夜、白洛因はまた不眠に陥った。
石慧がふたたびメッセージを送って来る。
『眠れない。どうしよう。あなたに会いたい。どうしよう』
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焦燥、不安、空虚、憂慮などマイナスの感情が次々に沸き起こり、体の快楽に抗う。二つの正反対のエネルギーがぶつかり合い、進むことも退くこともできず、白洛因の心を苛む。炎に包まれたように波状に襲ってくる熱波が徐々に感情を焼き尽くしていく。
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「顧海……」
ひそかに訴えるような、耳元に小声でささやくような響きに白洛因自身も驚いた。なぜこんなときに自分は彼の名前を呼ぶんだ?
白漢旗は夜中にトイレに行き、息子がパジャマ姿で庭に蹲って煙草を吸う姿に気づいた。
「因子」
白洛因は立ち上がって白漢旗を見る。
「父さん、なんで起きて来たんだ?」
「トイレだよ。こんなところでしゃがんでどうした? 早く中に入りなさい。こんな薄着をして、年越しに病気になる気か?」
白洛因は煙草の火を消し、白漢旗をじっと見つめた。
「父さん、トイレが終わったら俺の部屋で寝てくれよ」
その瞬間、白漢旗は幸福のあまり顔を赤くした。白洛因が小さい頃はいつも同じ布団で寝ていて、眠る前には布団がぽかぽかだった。もう長い間白洛因が一緒に寝ようと言ったことはない。今日は特別だ。白漢旗は白洛因の頭を抱え込んで笑う。
「こんなに長く家を空けていたくせに、父さんに甘えるのか?」
白洛因は何も答えない。白漢旗は彼の尻を軽く叩いて叱る。
「早く部屋に入りなさい。頬まで冷たくなってるじゃないか」
「父さん、聞きたいことがあるんだ」
白漢旗は寝返りをうって白洛因のほうを向き、背筋を伸ばして真面目な顔を作る。
白洛因は戸惑った。
「なんでそんな顔をするんだよ。俺はただ普通にしゃべろうと思っただけなのに」
「そうか……」
白漢旗はすぐに力を抜く。
「てっきり国家の大事について話すのかと思ったよ」
なぜ国家の大事を父さんに話すんだと白洛因は心中でぼやいた。
「父さんは顧海はどういう人間だと思う?」
白漢旗はさっと指を伸ばして白洛因の頭をこづく。
「どうした? また大海とケンカしたのか?」
白洛因は長いため息をついた。
「それはさておき、客観的に顧海を評価してほしいんだ」
「あの子はまったく申し分ない」
白漢旗は親指を立ててみせる。白洛因はベッドに腹這いになり、顎を枕に乗せて静かに白漢旗の続きを待った。だが白漢旗はうんうんと二声上げたきり、何も言わなかった。
「それで終わり?」
「ああ。他に言うことはあるか?」
白洛因は顔をしかめ、白漢旗を怒りの眼差しで睨んだ。
「もう少し具体的に言ってくれよ。例えば品性とか性格とか、道徳的な部分とか……」
白漢旗は慎重に言葉を選ぶ。
「品性は問題ない。性格もいい。道徳も問題ない」
それは何も言っていないのと同じだ。もういい。聞いても無駄だ。白洛因は布団を被り、眠ろうとした。
しかし、諦めた途端、白漢旗はゆっくり語り始める。
「大海は育ちがいいのに虚栄心がなく、志も高い。苦労も厭わないし、おおらかだ。俺が一番好きなのは、あの子の正直で嘘のないところだ。これまで俺はお前たちの年頃の子は単純で深く考えていないと思っていたが、違うとわかったよ。いまの子供はたくさん考えているが、中にはうまく立ち回れない子もいるんだな。だが大海は違う。気性が真っすぐで、感情をすべて表に出す。好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌い。好き嫌いがはっきりしていて四の五の言わない」
白洛因は静かに聞いていたが、目を開いて問いかける。
「父さんの人を見る目は確かか?」
「当たり前だろう。お前ほど頭はよくないが、人を見る目は確かだぞ。何年生きてると思う? どれだけ多くの人間と付き合ってきたかわかるか? お前はまだ青二才だ。出会った人間を数えても手の指で足りるだろう」
白洛因はまた質問を投げかけた。
「顧海みたいな奴を怒らせたら、どんなことでもすると思う?」
「たとえば? 例を挙げてみろ」
「たとえば、どこかの女の子が気に入らないからって人に襲わせたりとか」
「ありえないだろう」
白漢旗はあっさり否定する。
「大海の考え方はまっすぐだ。そんな徳を欠いたことは彼には絶対できないよ」
「例えばその子がすごく嫌いだったら?」
「どんなにその子が嫌いでも、お前のお母さんよりはマシだろう。彼はお前の母さんにどうしてる? 孟建志のような人間もすごくムカつくだろう? 大海は奴を何発か殴っただけだろう? 孟建志を殺したか?」
白洛因はゆっくりと壁に視線を移し、黙り込んだ。
白漢旗は眠くなり、眠りに落ちるときに白洛因の布団を叩いてつぶやいた。
「俺が保証する。大海は絶対そんなことができる子じゃない。バカなことを考えていないで、さっさと寝なさい」
もしかしたら、俺は本当に誤解していたのか? 白洛因の瞼は徐々に重くなり、目を閉じた。
その後の眠りはとても浅く、耳元で白漢旗のいびきが響き、朦朧としながら、白洛因は自分が夢を見ているのか過去を思い出しているのかわからなくなった。白漢旗の結婚式の夜、顧海は自分を背負って屋上に上がり、彼を抱きしめて言った。
「俺はこの世界でお前の父さんを除いて一番お前を可愛がるよ」
孫警護官の必死の説得もあり、顧海は珍しいことに顧威霆と家に戻って春節を過ごすことを承諾した。
旧暦の十二月二十八日を迎えると街は閑散とし、車も減って渋滞は少なくなる。北京に住む人間なら誰でも知っていることだ。毎年春節が来ると北京は空っぽになる。これまでの伝統や習俗は廃れて商業的なものが増え、年越しの風情が薄れていく。
顧海はすでに半月の間自分の住処に戻っていなかった。今回も必要なものを取りに来ただけだ。車庫にはまだ白洛因の車が止まっていたが、顧海は目も向けずに車庫の鍵を抜いてエレベーターに乗りこむ。エレベーターの中で一人になり、顧海はふと感じた。この半月、自分はまるで生ける屍のようだ。毎日食事と睡眠以外は訓練に明け暮れ、思考を止めている。たまに心が遠くに行きそうになると、古い兵士から過去の経歴を聞いてひそかに正気を取り戻す。訓練場で駆け回る去勢された軍用犬と同じだ。顧海は自分をそんなふうに考えた。
クローゼットを漁り、実家で数日過ごす服を探す。白洛因にひどく傷つけられてから顧海は自暴自棄になっていた。これまでなら姜圓と同じ屋根の下で過ごすなんて耐えられなかったが、もうどうでもいい。やはり忍耐力は訓練で上がるらしい。
クローゼットの底から綺麗に畳まれた制服のランニングシャツが出てきた。しかも綺麗に包装されている。
それは、白洛因が自分の手で洗ってくれたランニングシャツだった。あの頃はこれがあまりにも貴重で、もったいなくてずっとクローゼットにしまっていた。
顧海はしばらく凍りついた後、猛然と包みを破り、中に入っていたランニングシャツを床に放り投げる。そしてそれを荒々しく踏みつけたが、まるで自分の心を踏みにじっているようだった。痛みはもはや遮りようがなく、心に突き刺さる。あまりに痛くて壁に頭をぶつけたくなった。
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