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1話『バレンタインの熱量の清算について』
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2月も中盤まで進み、高校1年生も終盤に入った。
麗華の高校1年目はとにかく周囲とコミュニケーションを取り、好感度を稼ぎに奔走した年だった。
その甲斐があり、男子生徒達や教師達にも知られ、好印象を与えている。
そして、女子生徒達には特に気を配ったので、同級生はもちろん高学年の生徒にもファンを獲得していた。
それが影響するのが今日、2月14日。バレンタインだ。
「えー、お集まりの皆様。チョコレートをお渡しの際に長時間の会話はお控えください。そして、渡し終えましたら騒がず速やかに各々の教室へお戻りください。それでは、バレンタインチョコレートお渡し会始まりです!」
麗華の教室の入り口には長蛇の列が出来ており、チョコレートを渡そうと待機しているのだ。
集団での混乱防止、朝のホームルームまでに間に合うように、列整理や進行アナウンスをするまでになっていた。
それを買って出たのは小学6年2組で隣の席で、それから高校まで一緒の浅桜ミミだった。
ミミのおかげでお渡し会はスムーズに進行し、麗華も感謝の言葉や軽いファンサービスを見せることができた。
ホームルーム5分前には全員さばき、トラブルなく終了する。
「お疲れ様。無事終わって良かった。チョコレートまとめておいたからね」
「ありがとう。……自分で言うのもアレだけどスゴイ量だね」
渡された袋は、サンタクロースのイラストで描かれているようなボリューム感をしている。
「それだけ麗華様が人気だってこと。あとこれは私の分のチョコ」
「サンクス、ミミちゃん。何から何まで本当にありがとうね。なにかあったら、私に頼ってね」
「うん。私は隣のクラスなんでまた後ほど」
笑顔を見せ合い、手を振りながら別れた2人。
それとすれ違いに担任の教師が教室に入り、間もなくホームルームが始まった。
教室には、麗華の隣に巨大な袋が鎮座するシュールな光景が広がる。
「ただいまー」
「おかえりなさいって……なに?その袋。サンタクロースの真似」
「クリスマスはもう終わったろ。わが妹よ」
「ああそうか、今日はバレンタインだからか。あと、家で格好つけた喋り方しないで。聞いてて疲れるから」
「ごめんごめん。切り替え忘れてた。まったく辛辣だね蕾は」
公衆の面前で大きな袋を背負い、帰宅を終えた麗華。
それを迎えたのは中学二年生の妹、榊部蕾だった。
麗華は外では少し声を低くし、演劇のような少々オーバーな喋りをするが、家ではダウナー気味の作り気のない口調で喋る。
本来はこっちが素の喋りなのだ。
とりあえず居間に袋を運び、一息つく麗華。
「こんな量のチョコレート食べられるの?」
蕾が当然抱くであろう疑問に麗華は、
「皮算用だけど頂いたチョコは板チョコ150枚分ぐらいと考える。50個分は蕾とお母さんとおばあちゃんに、申し訳ないけどお裾分けさせて貰おう」
「私そんなに甘いの好きじゃないよ」
「悪いけど決定事項! お姉ちゃんをブクブクにする気!」
「えぇ」
有無を言わさず、チョコレートのお裾分けを決定され、不服そうな顔の蕾。
「残り100個分もホワイトデーまでには食べておきたいから、だいたい1日3枚。1枚250カロリーと想定して1日750カロリーか」
「お姉ちゃん、それ結構ヤバくない」
「食事を250カロリー程度減らせば、1日500カロリーぐらいになる。そうすればランニングぐらいで消費できるはず」
「でもお姉ちゃん普段から、筋トレとボクササイズしてるじゃない」
「それでもいつもより食べるんだから、やっておかないと。走ること自体は、嫌いじゃないし」
「いつものルーティンに組み込むと走る時間結構遅くなるんじゃない?」
「そうだね。お風呂入る前になりそうかな」
「夜に女の子が1人でランニングなんて危なくない」
「なら、蕾もこの姉と一緒に汗を流さないかい?」
外向きの声色で提案する麗華だったが、
「嫌だよ! 私ゲームしたい」
と蕾に一蹴される。
思い立ったが吉日。いつもの筋トレとボクササイズをウォーミングアップがてら終えて、フード付きのジャンパーを身につける麗華。
「麗華、本当に行くの?」
麗華の母、花子が声をかける。 夜中に外へ出歩く娘を心配しているのだ。
「大丈夫だよ。お母さん。家の周辺回るだけだから」
「でも、不審者が出るかもだし」
「大丈夫でしょ。お姉ちゃん鍛えてるし、背も高いから、エンカウントしても経験値にしちゃうって」
「返り討ちはさすがに……」
ゲーム脳な発言の妹に、麗華は困惑する。
「とりあえず今日だけだからね」
「わかった。行ってくる」
渋々了承する母を横目に、家を後にする。
頭部の冷えをフードを被って防ぎ、夜道を進む。
麗華にとってこの瞬間は新鮮であった。
(そうか今私1人なんだ)
家には家族、学校では親しい生徒達がそばにいるが、今は1人。
だいたいの時間を人と一緒過ごしている麗華には、中々こないシチュエーションだったのだ。
(普段から1人は嫌だけど、少しの時間ならなんかワクワクするね)
次第に足取りが軽快になっていき、家の周辺を走るだけでは満足できなくなる。
(そんな遠くないし公園まで行っちゃおうかな!)
と家周辺とは、少し離れたところにある公園へ足を進める。
久しぶりに訪れた公園に、思わず心踊る麗華。
ただ久しいだけではなく、夜の誰もいない公共施設に、麗華は非日常を見出したのだ。
じっとしていられず、家で行っているシャドーボクシングをし始める。
さながら減量中のボクサーにでもなった気分で。
「ちょっと君」
静寂からの一声に、麗華はビクッと一瞬硬直する。
非日常感を謳歌していた情緒が、一気に日常へ戻る。
「そこで何してるの?」
話しかけてきたのは、男性と女性の2人。
麗華は服装を見て、2人が警察官だと気がついた。
「いや、ちょっとランニングしていて、公園まで来たところなんです」
正直に答えるが、警察官たちの表情は固かった。そして、男性警察官が口を開く。
「最近、この周辺で露出狂が現れたと通報が数件入っていてね」
「露出狂ですか? まだ寒いのに随分気合い入ってますね」
冗談混じりに答える麗華だったが、警察官の表情は依然固い。
「昨日の通報によると、ジャンパーを着て、フードを被った男性との証言なんだ。つまり君の格好はそのものなんだが」
ランニングが原因ではないと確信できる汗をかき、焦りが顔にじみ出る麗華。
「ちょっと待ってください! 私女です!」
女性警官は訝しげな表情をする。
「女? 背丈も声も男性に見えるけど」
(しまった。声を作ったままだった……)
咳払いをし、
「ちょっと訳あって、外だと声低くしてるんです。普段はこんな感じなんですよ」
声色を戻し、訴えかける。
「その見え見えの裏声見苦しいわよ」
「違いますよ!」
女性警官にはその訴えは、届かなかった。
「ところで身分を証明できるもの持ってる?」
男性警官からの問いに、麗華はポケットを探すが、
(不味い!家周辺でランニングする予定だったからそんなの持ってきてない)
「その様子だと、ないみたいだね。ここじゃ埒が明かないから交番まで行こうか」
「えっそれは……」
本格的に不味い状況になってきた麗華は提案する。
「そうだ。家そんなに遠くないんですよ。家まで来てくれれば」
と家の方向に小走りする。それが、悪手だった。
「君! 逃げる気か!」
「いやっ! 違いますよ!」
警察官も逃さないように鬼気迫る表情で、迫ってくる。
その圧に正常な判断ができなくなるぐらい焦り、
「私は露出狂じゃないんですぅ!」
と全力疾走で逃走してしまう麗華。
「待って!」
「待ちなさい!」
最悪な手段を選んでしまう麗華であった……。
日頃のトレーニングのおかげで警察官を撒くことはできたが、夜の暗さで自分の所在地を見失っていた。
「警察に見つからず素早く帰りたいけど、ここドコだっけ」
一旦息を整え、歩きながら帰り道に繋がる目印を探す。
2、3分歩くと離れたところにさっきの公園が見えた。
帰路への目途が立ち、安堵の表情を浮かべる。
「良かったぁ。さっさと帰って、お風呂入ろ」
安堵もつかの間、背後から足音が聞こえ声が出る。
「キャッ! 警官さん許して!」
振り向くとそこには警察官ではなく、ジャンパーを着た、フードを被った人物が。
「まさか、あんた……」
麗華の予想は的中する。
その人物は、ズボンを下ろし下半身を露出したのだ。
そのまま10秒ほど場が固まる。
麗華には焦りや、恐怖はなかった。ただ目前の露出狂をどうしてやろうかと考えていたのだ。
(こいつのせいで私は御上に追われたんだ。ただではおかない!)
場の膠着から30秒は経ち、寒さからか露出狂の足が小刻みに震え出す。
(どうしようか? あんまり考えると、恐怖で動けなくなってると勘ぐられるのも癪だな。もう、シンプルイズベストで叫ぼう!)
麗華の選択はこうだ。
キャー! と出来るだけ高い声を出し、夜の静けさを切り裂いた。
突然の悲鳴に露出狂も驚きを隠せず、1歩下がる。
その動揺を見逃さず、露出狂の間合いに入った麗華。
「成敗!」
露出狂のふくらはぎに強烈なローキックを叩き込む。
不意打ちに露出狂はたまらず悶絶し、膝から崩れ落ちながら倒れ込んだ。
麗華の選択は、悲鳴で警察官に場所を教えて、ローキックで露出狂の逃走する機動力を奪うことだった。
「悲鳴はここからか!」
さっきの男性警察官の声が聞こえ、麗華は一目散に、帰路へ走った。
その走りは韋駄天の如く、麗華史上最速の走りだったであろう。
ドアを開く音に気がつき、蕾は玄関に向かった。
そこにはくたびれた顔の姉が佇んでいる。
「お姉ちゃんどうしたの? なんかあった?」
「いやぁ別に。ちょっと疲れただけだと思う。すぐにお風呂入って寝るよ」
まるでフルマラソン走ってきたかのような足取りの姉に、
「絶対なんかあったでしょ……」
と呟く蕾であった。
翌日。
「おはよう。蕾」
「おはよう。お姉ちゃんが私より遅く起きるの珍しいね」
「昨日慣れないランニングしちゃったからかな……」
ややひきつった笑顔で、誤魔化す麗華。
「さっきお母さんが言ってたんだけど、ちょっと先の公園辺りで露出狂が捕まったんだって」
蕾の話題に、麗華の動作が停止する。
「犯人が公園でシャドーボクシングしてて、警察官に声を掛けて逃げたんだって」
「へぇ~……」
「なのにその近くで犯行して、被害女性に声を上げられた挙句、蹴りで返り討ちにあったらしいよ」
「フーン……」
「警察に声かけられた場所の近くで、露出するなんて間抜けだと思わない? お姉ちゃん」
「まあ露出狂の時点で間抜けだからね」
「それもそうか。ところでお姉ちゃんは昨日大丈夫だったの?」
「……どうして?」
「露出狂が捕まったの、お姉ちゃんがランニングしてた時間だから気になって」
「全然大丈夫! フード被ったヤツとなんか出会ってないよ」
「フード? 私そんなこと言ったっけ?」
「うっ!……さあさあ朝ごはん! 朝ごはん!」
墓穴を掘り、勢いで会話を切り上げた姉に蕾は目を細め、疑念の眼差しを向ける。
麗華はその視線が耐えられず、うつむきながら朝食をとるのだった。
昨日限りで麗華はランニングをやめ、いつもの筋トレとボクササイズの量を増やすことに。
そして、今回の件で最初に決めたことは、ちゃんと守るべきとの、教訓を胸に刻むのだった
麗華の高校1年目はとにかく周囲とコミュニケーションを取り、好感度を稼ぎに奔走した年だった。
その甲斐があり、男子生徒達や教師達にも知られ、好印象を与えている。
そして、女子生徒達には特に気を配ったので、同級生はもちろん高学年の生徒にもファンを獲得していた。
それが影響するのが今日、2月14日。バレンタインだ。
「えー、お集まりの皆様。チョコレートをお渡しの際に長時間の会話はお控えください。そして、渡し終えましたら騒がず速やかに各々の教室へお戻りください。それでは、バレンタインチョコレートお渡し会始まりです!」
麗華の教室の入り口には長蛇の列が出来ており、チョコレートを渡そうと待機しているのだ。
集団での混乱防止、朝のホームルームまでに間に合うように、列整理や進行アナウンスをするまでになっていた。
それを買って出たのは小学6年2組で隣の席で、それから高校まで一緒の浅桜ミミだった。
ミミのおかげでお渡し会はスムーズに進行し、麗華も感謝の言葉や軽いファンサービスを見せることができた。
ホームルーム5分前には全員さばき、トラブルなく終了する。
「お疲れ様。無事終わって良かった。チョコレートまとめておいたからね」
「ありがとう。……自分で言うのもアレだけどスゴイ量だね」
渡された袋は、サンタクロースのイラストで描かれているようなボリューム感をしている。
「それだけ麗華様が人気だってこと。あとこれは私の分のチョコ」
「サンクス、ミミちゃん。何から何まで本当にありがとうね。なにかあったら、私に頼ってね」
「うん。私は隣のクラスなんでまた後ほど」
笑顔を見せ合い、手を振りながら別れた2人。
それとすれ違いに担任の教師が教室に入り、間もなくホームルームが始まった。
教室には、麗華の隣に巨大な袋が鎮座するシュールな光景が広がる。
「ただいまー」
「おかえりなさいって……なに?その袋。サンタクロースの真似」
「クリスマスはもう終わったろ。わが妹よ」
「ああそうか、今日はバレンタインだからか。あと、家で格好つけた喋り方しないで。聞いてて疲れるから」
「ごめんごめん。切り替え忘れてた。まったく辛辣だね蕾は」
公衆の面前で大きな袋を背負い、帰宅を終えた麗華。
それを迎えたのは中学二年生の妹、榊部蕾だった。
麗華は外では少し声を低くし、演劇のような少々オーバーな喋りをするが、家ではダウナー気味の作り気のない口調で喋る。
本来はこっちが素の喋りなのだ。
とりあえず居間に袋を運び、一息つく麗華。
「こんな量のチョコレート食べられるの?」
蕾が当然抱くであろう疑問に麗華は、
「皮算用だけど頂いたチョコは板チョコ150枚分ぐらいと考える。50個分は蕾とお母さんとおばあちゃんに、申し訳ないけどお裾分けさせて貰おう」
「私そんなに甘いの好きじゃないよ」
「悪いけど決定事項! お姉ちゃんをブクブクにする気!」
「えぇ」
有無を言わさず、チョコレートのお裾分けを決定され、不服そうな顔の蕾。
「残り100個分もホワイトデーまでには食べておきたいから、だいたい1日3枚。1枚250カロリーと想定して1日750カロリーか」
「お姉ちゃん、それ結構ヤバくない」
「食事を250カロリー程度減らせば、1日500カロリーぐらいになる。そうすればランニングぐらいで消費できるはず」
「でもお姉ちゃん普段から、筋トレとボクササイズしてるじゃない」
「それでもいつもより食べるんだから、やっておかないと。走ること自体は、嫌いじゃないし」
「いつものルーティンに組み込むと走る時間結構遅くなるんじゃない?」
「そうだね。お風呂入る前になりそうかな」
「夜に女の子が1人でランニングなんて危なくない」
「なら、蕾もこの姉と一緒に汗を流さないかい?」
外向きの声色で提案する麗華だったが、
「嫌だよ! 私ゲームしたい」
と蕾に一蹴される。
思い立ったが吉日。いつもの筋トレとボクササイズをウォーミングアップがてら終えて、フード付きのジャンパーを身につける麗華。
「麗華、本当に行くの?」
麗華の母、花子が声をかける。 夜中に外へ出歩く娘を心配しているのだ。
「大丈夫だよ。お母さん。家の周辺回るだけだから」
「でも、不審者が出るかもだし」
「大丈夫でしょ。お姉ちゃん鍛えてるし、背も高いから、エンカウントしても経験値にしちゃうって」
「返り討ちはさすがに……」
ゲーム脳な発言の妹に、麗華は困惑する。
「とりあえず今日だけだからね」
「わかった。行ってくる」
渋々了承する母を横目に、家を後にする。
頭部の冷えをフードを被って防ぎ、夜道を進む。
麗華にとってこの瞬間は新鮮であった。
(そうか今私1人なんだ)
家には家族、学校では親しい生徒達がそばにいるが、今は1人。
だいたいの時間を人と一緒過ごしている麗華には、中々こないシチュエーションだったのだ。
(普段から1人は嫌だけど、少しの時間ならなんかワクワクするね)
次第に足取りが軽快になっていき、家の周辺を走るだけでは満足できなくなる。
(そんな遠くないし公園まで行っちゃおうかな!)
と家周辺とは、少し離れたところにある公園へ足を進める。
久しぶりに訪れた公園に、思わず心踊る麗華。
ただ久しいだけではなく、夜の誰もいない公共施設に、麗華は非日常を見出したのだ。
じっとしていられず、家で行っているシャドーボクシングをし始める。
さながら減量中のボクサーにでもなった気分で。
「ちょっと君」
静寂からの一声に、麗華はビクッと一瞬硬直する。
非日常感を謳歌していた情緒が、一気に日常へ戻る。
「そこで何してるの?」
話しかけてきたのは、男性と女性の2人。
麗華は服装を見て、2人が警察官だと気がついた。
「いや、ちょっとランニングしていて、公園まで来たところなんです」
正直に答えるが、警察官たちの表情は固かった。そして、男性警察官が口を開く。
「最近、この周辺で露出狂が現れたと通報が数件入っていてね」
「露出狂ですか? まだ寒いのに随分気合い入ってますね」
冗談混じりに答える麗華だったが、警察官の表情は依然固い。
「昨日の通報によると、ジャンパーを着て、フードを被った男性との証言なんだ。つまり君の格好はそのものなんだが」
ランニングが原因ではないと確信できる汗をかき、焦りが顔にじみ出る麗華。
「ちょっと待ってください! 私女です!」
女性警官は訝しげな表情をする。
「女? 背丈も声も男性に見えるけど」
(しまった。声を作ったままだった……)
咳払いをし、
「ちょっと訳あって、外だと声低くしてるんです。普段はこんな感じなんですよ」
声色を戻し、訴えかける。
「その見え見えの裏声見苦しいわよ」
「違いますよ!」
女性警官にはその訴えは、届かなかった。
「ところで身分を証明できるもの持ってる?」
男性警官からの問いに、麗華はポケットを探すが、
(不味い!家周辺でランニングする予定だったからそんなの持ってきてない)
「その様子だと、ないみたいだね。ここじゃ埒が明かないから交番まで行こうか」
「えっそれは……」
本格的に不味い状況になってきた麗華は提案する。
「そうだ。家そんなに遠くないんですよ。家まで来てくれれば」
と家の方向に小走りする。それが、悪手だった。
「君! 逃げる気か!」
「いやっ! 違いますよ!」
警察官も逃さないように鬼気迫る表情で、迫ってくる。
その圧に正常な判断ができなくなるぐらい焦り、
「私は露出狂じゃないんですぅ!」
と全力疾走で逃走してしまう麗華。
「待って!」
「待ちなさい!」
最悪な手段を選んでしまう麗華であった……。
日頃のトレーニングのおかげで警察官を撒くことはできたが、夜の暗さで自分の所在地を見失っていた。
「警察に見つからず素早く帰りたいけど、ここドコだっけ」
一旦息を整え、歩きながら帰り道に繋がる目印を探す。
2、3分歩くと離れたところにさっきの公園が見えた。
帰路への目途が立ち、安堵の表情を浮かべる。
「良かったぁ。さっさと帰って、お風呂入ろ」
安堵もつかの間、背後から足音が聞こえ声が出る。
「キャッ! 警官さん許して!」
振り向くとそこには警察官ではなく、ジャンパーを着た、フードを被った人物が。
「まさか、あんた……」
麗華の予想は的中する。
その人物は、ズボンを下ろし下半身を露出したのだ。
そのまま10秒ほど場が固まる。
麗華には焦りや、恐怖はなかった。ただ目前の露出狂をどうしてやろうかと考えていたのだ。
(こいつのせいで私は御上に追われたんだ。ただではおかない!)
場の膠着から30秒は経ち、寒さからか露出狂の足が小刻みに震え出す。
(どうしようか? あんまり考えると、恐怖で動けなくなってると勘ぐられるのも癪だな。もう、シンプルイズベストで叫ぼう!)
麗華の選択はこうだ。
キャー! と出来るだけ高い声を出し、夜の静けさを切り裂いた。
突然の悲鳴に露出狂も驚きを隠せず、1歩下がる。
その動揺を見逃さず、露出狂の間合いに入った麗華。
「成敗!」
露出狂のふくらはぎに強烈なローキックを叩き込む。
不意打ちに露出狂はたまらず悶絶し、膝から崩れ落ちながら倒れ込んだ。
麗華の選択は、悲鳴で警察官に場所を教えて、ローキックで露出狂の逃走する機動力を奪うことだった。
「悲鳴はここからか!」
さっきの男性警察官の声が聞こえ、麗華は一目散に、帰路へ走った。
その走りは韋駄天の如く、麗華史上最速の走りだったであろう。
ドアを開く音に気がつき、蕾は玄関に向かった。
そこにはくたびれた顔の姉が佇んでいる。
「お姉ちゃんどうしたの? なんかあった?」
「いやぁ別に。ちょっと疲れただけだと思う。すぐにお風呂入って寝るよ」
まるでフルマラソン走ってきたかのような足取りの姉に、
「絶対なんかあったでしょ……」
と呟く蕾であった。
翌日。
「おはよう。蕾」
「おはよう。お姉ちゃんが私より遅く起きるの珍しいね」
「昨日慣れないランニングしちゃったからかな……」
ややひきつった笑顔で、誤魔化す麗華。
「さっきお母さんが言ってたんだけど、ちょっと先の公園辺りで露出狂が捕まったんだって」
蕾の話題に、麗華の動作が停止する。
「犯人が公園でシャドーボクシングしてて、警察官に声を掛けて逃げたんだって」
「へぇ~……」
「なのにその近くで犯行して、被害女性に声を上げられた挙句、蹴りで返り討ちにあったらしいよ」
「フーン……」
「警察に声かけられた場所の近くで、露出するなんて間抜けだと思わない? お姉ちゃん」
「まあ露出狂の時点で間抜けだからね」
「それもそうか。ところでお姉ちゃんは昨日大丈夫だったの?」
「……どうして?」
「露出狂が捕まったの、お姉ちゃんがランニングしてた時間だから気になって」
「全然大丈夫! フード被ったヤツとなんか出会ってないよ」
「フード? 私そんなこと言ったっけ?」
「うっ!……さあさあ朝ごはん! 朝ごはん!」
墓穴を掘り、勢いで会話を切り上げた姉に蕾は目を細め、疑念の眼差しを向ける。
麗華はその視線が耐えられず、うつむきながら朝食をとるのだった。
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