あの日咲かせた緋色の花は

棺ノア

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第6章

回復

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翌朝、寝不足の気だるさを引きずりながらリビングに行くと、母が朝食の準備をしてくれていた。

「…おはよう」

「あらおはよう。どうしたの?嫌な夢でも見た?」

そう言って裕璃の頭を撫でてくれる母はいつも通り振る舞っているつもりなのだろう。しかし、赤みを帯びて少し腫れた左頬が、昨夜の出来事を物語っていた。

「…お母さん、ほっぺ痛そう…」

裕璃がするりと頬に触れると、「バレちゃったか」と母は苦笑した。

「ちょっとね~、昨日の夜、寝ぼけてドアを勢いよく開きすぎちゃって。よそ見しながら手前に引いたらぶつかっちゃったのよ~!ほんと、ドジよねぇ?」

それが事実であるなら、そんな跡にはならないだろう。しかし、母は何が何でも昨夜のことについて本当のことを言おうとはしなかった。

母が隠したがっているのに自ら言及するのは憚られると考えた裕璃は、その痛ましい嘘を信じたフリをすることにした。

「え~!そうなの?危ないから気をつけなきゃダメだよ?」

「えぇ、そうね」

そんなやり取りをしていると、父がリビングに顔を出した。

「あ、おはようお父さん」

「っ…!!貴方、おはよう」

裕璃は普段通りに挨拶したが、母は明らかに動揺していた。父はそんな二人を一瞥すると、ボソリと小さく「…おはよう」と呟き、水を一杯飲むと「朝食はいいから」と言って出ていった。

呆然としながら父が出ていったドアを眺めていると、しばらくは何やらゴソゴソしているようだったが、玄関から出ていく音がした。朝食を食べるために早めに出たのだろう。

その音を聞き母はふぅとひと息つくと、裕璃に微笑んで背中をさすった。

「お父さん、今すごく疲れてるんだって。だからしばらくはそっとしてあげてね」

「…うん、分かった。お母さんもちゃんと休んでね」

「ふふ、ありがとう」

気高く振る舞う母だったが、唇を噛みしめているのを裕璃は見逃さなかった。


その日以降、母が不自然に傷ついている様子はなかったため、殴られたのはあの夜だけだったのだと裕璃は思っていた。
実際、母は父に殴られてはいなかったのだが、それと同時に会話がめっきり減ったため、以前のような和やかな家庭に戻ることもなかったのだった。


そんな様子で一年が過ぎ、とうとう父は重度の精神病と診断されて入院することになった。
会社はこのタイミングで辞め、治療に専念することにしたのだ。

父が仕事を辞めたため今までよりも節約して生活をしなければならなくなったが、母は浪費家ではなくそれを苦に感じることはなかったし、幸いにも結婚前に勤めていた職場が人手不足で復帰できることになり、極貧生活を送ることはなかった。

それからは母と慎ましく暮らしていた。
たまに父のお見舞いに行くと、最初こそ無反応だったものの徐々に回復の兆しを見せ、半年も経つと弱々しくではあるが笑みを見せるようになったのだ。

そうして父は退院し、工藤家に戻ってきた。病気が再発する危険があったためしばらくは自宅療養だったが、以前のようなピリピリとした空気はどこにもなく、穏やかな生活を取り戻した。



「聞いてくれ!次の職場が決まったぞ!二人とも、今まで本当にありがとう…!」

自宅療養が始まって一年が経ち、父は就活をしていた。

すると努力が実を結び、それなりに働きやすいと言われている会社に再就職できたのだ。

「おめでとう…!努力した甲斐があったわね…!」

「おめでとう!良かったね!」

父の報告に歓喜し、家族三人で抱き合った。

一時はもう元のような仲の良い家族に戻ることはできないと諦めていたが、父の病気が回復したことで家族の仲も修復できたのだ。

その後、父の就職先について少し心配していた母だったが、上司や同僚に恵まれていると嬉しそうに話す父を見て安心したようだった。

特に高橋という同僚とは仲良くしているそうで、よく一緒に昼食を食べたりするのだとにこやかに話しており、そんな楽しそうな父の姿を見られることが裕璃はとても嬉しかった。

今度こそはみんなで幸せになれるんだ。

裕璃はそう信じて疑うことなく生活し、何事もなく二年の月日が流れた。

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