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PART8
『新田アユカ』
◆◆◆
セックスを終えてベッドに横たわる課長が仕切りに『腹減った』と甘えてきたので、私はさっと着替えてスーパーへの買い出しへと車を走らせた。
自動ドアが開くなりカゴを持つと、クーラーでうんと冷やされた店内に身震いする。
薄着で来てしまったことに後悔しつつも、妙な充足感に足取りは軽くなる。
結婚をしたいとそこまで思ったことはないが、世話が焼ける課長と過ごす内に、それも悪くはないなと顔をニヤけさせてしまった。
鼻歌なんかを漏らしながら野菜を選んだり、切らした調味料をカゴにどさどさと入れて、私はお会計を済ませた。今日は聞きそびれたけど、明日は課長の好きな食べ物を聞いておこう。
サッカー台へ重たくなったカゴを移動させ、透明のポリ袋にお馴染みの特大鶏肉パックを入れていると、何故か涙が頬を伝ったことに驚いた。
何だろう、勝手に涙が垂れてくる。
私はルンルン気分で食材を買っていたはずなのに。
私は公衆の面前であることを憚らず、両手で顔を塞ぎ、溢れ出る涙を押さえつけた。
火葬場で祖母の頭蓋骨を見た光景が、頭にベットリと張り付いていた。
火葬というのは、土葬文化の人からするとグロテスクで残酷に映るらしい。
改めて考えてみれば、愛しい人の焼かれた白骨をトンカチみたいな物で砕いて、箸で掴み上げて箱の中に納めていくだなんて異様な状況だ。
課長はどんな想いでお母さんのお骨を箸で掴み上げたのだろう。考えただけでも、胸が締め付けられた。
やはりどこか祖母の死を受け入れられずにいることが引き金となっているようだった。私はサッカーの手を止めて嗚咽に喉を詰まらせ、小さな声で咽び上げていると、真横から女性の困惑したような声が聞こえてきた。
「……雪村?」
私を苗字で呼ぶ女性の知り合いなんていたっけ?などと呑気に思いながら、ハッとして涙を袖で拭い、慌てて振り返って謝ろうとすると、そこにはいつか見たことがある釣り上がったキャットアイの同年代の女性が立っていた。
「あ、アユカ、ちゃん……」
◆◆◆
私と新田アユカはエコバッグを脇にかかえて、スーパーのサッカー台の真横に隣接している小さなフードコートのテーブルの席に気付けば何故か2人で座っていた。
これほど気まずい組み合わせは無いだろう。
新田アユカは想像を絶する以上に私に優しく声をかけてきて、自販機のコーヒーを買って手渡してくれた。今日にでも地球は滅亡するのではないだろうか。もしくはマルチ商法の勧誘か。
「……ビックリした」
いやいやいやいや、それはこちらのセリフだ。
私は挙動不審になりながら缶コーヒーのプルトップをぎこちなくこじ開けた。
「ありがとう……いただきます」
「人前なのに泣いてる若い女の人がいるから、何かと思って見てたら、アンタなんだもん……」
「は、恥ずかしいな……。ごめんね、変なところ見せちゃって」
「なんか、あったの?」
ヨコシマな興味本位やら人の不幸を笑いたいとか、そんな悪意を感じさせる声色ではなかったので、自分の口が勝手に心境を吐露し始めた。
「いや、あの……3日前におばあちゃんが死んじゃって。ほら、一緒に住んでたし、初孫で可愛がられてたから。だから、まだ、全然、心の整理がつかなくて……もう時期32にもなるのに人前で泣いちゃって情けないや」
「そう……、別に歳とか関係ないんじゃないの?そりゃ悲しいでしょ、普通に。泣くでしょ」
まさか新田アユカにこんな風にして言葉を掛けてもらえるなんて夢にも思わなかった。いや、これは夢なのだろうか。
体育館の用具室で彼女に髪を引っ張り上げられて、マットの上に頭を何度も叩き付けられた思い出がフラッシュバックした。
「ていうか、まあ……私が言うのもなんだけど。アンタが泣いてるところを初めて見て、めっちゃビックリしたの。
雪村ってさ、その……私がどんなに酷い目に遭わせても、いっつもヘラヘラしててさ。
それが逆にムカついて。そんでヒートアップしちゃった。後半は桜庭くんの嫉妬というよりかは、どんなに攻撃してもヘラヘラしてるアンタに一泡吹かせたくて……なんか、こっちこそ良い大人なのに、ごめん……」
あああ地球が爆発するからやめてくれ!!新田アユカが私に謝るだなんて、空前絶後の天変地異の前触れだ!!
「アンタって、泣くんだね……」
「そりゃ、まあっ、自分でもビックリだよ。確かに、私って笑っておけば悲しいことも無くなるのかなって、そうやって生きてきたけど、やっぱり悲しいもんは悲しいのね。自分は感情の整理が上手い方だと思ってたのに、まるでそんなの出来てなかった。恥ずかしいやら情けないやら……」
「そう……そっか、そうね」
新田アユカは下を俯いて何かを考え込んだ後に、再び口を開いた。
「あの、さ。今更こんなこと言って何なの?って思うかもしれないけど。私さ、中2の時に桜庭くんに『好きな子がいる』って言われて振られたのね。その時は、それがアンタだって全く知らなかったわけ。だけど、その好きな子が雪村だって私に教えてきたのって、実は祥子なんだよね。アンタがよく釣るんでた、委員長の、榊原祥子」
「え、それってどういうこと……?」
上手く飲み込めなかった私に向かって、はぁーっとため息を吐いてじれったそうに新田アユカは続けた。
「アンタ、ほんと鈍感っ。だから、祥子も桜庭くんのこと好きだったんだって!だから高校進学してからも大学進学してからも、桜庭くんに近付こうとして側にいたじゃないあの子!
……祥子と私って、中1の時までは同クラだったし仲良くしてたのよね。でも、祥子も私も桜庭くんを同時に好きになっちゃって、先に抜け駆けして桜庭くんに告白したのは祥子だったわけ。それを知った私は祥子と絶交したんだけど、彼女は見事に振られちゃって。そしてその時、彼女は聞いたらしいのよ、桜庭くんに。『その好きな子って誰なの?』って。そしたらアンタの名前を出してきたって」
彼女が何を言っているのかがさっぱり理解できなかった。あの祥子が、桜庭くんを……?そんなの祥子本人の口からも美樹からも聞いたことがない。
だってあんなに仲良くお弁当だって昼休みに一緒に食べていた仲だったのに。
ショックで呆然とする私に、新田アユカは追い討ちをかけた。
「分かる?問題なのは祥子が桜庭くんを好きだったってことをアンタに隠してたことじゃなくて、あの子が私をけしかけたってこと!私がアンタに狂ったように嫉妬すること分かってて言ってきたんだよ。私は見事にアンタに八つ当たりしまくった。祥子はアンタと仲が良いフリをして、陰でコソコソ笑ってたんだよ?アンタに近づいて仲良くなったのも、桜庭くんがアンタを好きって知った後だったしね。アンタと仲良くなって、1番近くでイジメられて苦しむ姿を見たかったからだし。ほんとあの子、怖いわよ?」
開いた口が塞がらずに、私はただ缶コーヒーのパッケージを見つめていた。
「ごめん、雪村をイジメてた私が言うのもアレだけど。祥子ほど性根の腐った奴はいないわ。
私だって、辛かった。桜庭くんのこと、ほんとにほんとに好きだったから。でも、ほんとはアンタのことそこまで憎んでいなかったのに。出来れば彼の好きな子がアンタだって知らずにいたかった。イジメてる私だって、辛かったんだよ。そんな私達を見て、あの子は笑ってたの……ほんとよ?……ごめん。今更だろうけど」
「……いや、ごめん。私がごめんて言うのも変な気もするけど、ごめんね。私、何も知らなかったし、正直、祥子がそんなことするなんて……信じられないや」
「……雪村って、ほんと鈍感よね?多分、今でも祥子のことだから桜庭くんのことまだ好きだよ。あの子の桜庭くんへの入れ込み方って、私を上回ってるし、年季入ってるから。相当怖いよ?
アンタ、この間の同窓会で桜庭くんと2人で消えたでしょ?マジで気をつけた方がいいよ。アンタと2年間も仲の良いフリしてた祥子って、もはやサイコパス……あ、そろそろ行かなきゃ。子どもが待ってるから。それじゃ」
なにそれ。
私は捲し立てるように話した彼女の言葉の端々を反芻して、パズルを組み立てるようにして整理をした。
祥子と新田アユカは中1の時に仲が良かった。
祥子が抜けがけして桜庭くんに告白してしまい、新田アユカは絶交した。
実は祥子は振られており、その時に桜庭くんに好きな子は誰か尋ねていた。
私を苦しめるために私に近づいて、中2の新学期に私と美樹に声をかけて仲が良くなった。
新田アユカが中2の夏に桜庭くんに告白して、振られた。
祥子が新田アユカに桜庭くんの好きな人というのが私だとバラし、私をイジメるよう仕組んだ。
嫉妬に苦しむ新田アユカと、イジメられる私を間近で見て笑う祥子……。
何で、そんなの、嘘でしょ?
よく出来た話だけど、そんなの新田アユカが私への罪滅ぼしの免罪符に作り上げた話に過ぎないのでは?
混乱した頭を冷やしながら、私は車に乗り込んでアクセルをふかした。
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