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第二章
104話 親子
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ヴェレーナとは幼馴染だった。
どこを気に入られたのか分からないが、彼女は幼い頃から、頻繁に私に会いに来た。
『アルベルト兄さま!ごきげんよう』
すぐに風邪をひいては寝込むほど体が弱いのに、元気になると、木を登って窓から入ってくるようなお転婆な子だった。くるくる変わる表情が可愛くて、目が合うと必ずニッコリと笑いかけてくれる。
『ヴェレーナ。どうしていつも窓から入ってくるんだ。君は女の子なのだから、木登りはやめなさいと何度も言ってるだろう』
窓枠に手と足をかけている華奢な体を持ち上げて、室内の床に下ろしてやる。
ミルクティー色の癖のある長い髪と、裾の長いドレスが、ふわりと揺れた。
『私だって何度も言っているけれど、それは偏見というものだわ。むしろ、このドレス姿で木を登れることを褒めてくれないと。凄いでしょ?』
凄いが、そういう問題ではない。
落ちたらどうするんだ。
私の心配をよそに、ヴェレーナは楽しそうに笑っている。
その頬に手を添えると、途端に顔を真っ赤にした。
ヴェレーナは、それを誤魔化すように私の胸に飛び込んで来る。
その存在を確かめるように、ぎゅっと抱きしめると、細い腕で抱き返してきた。
頭の天辺に唇を落とすと、ヴェレーナは顔を上げ、ふふっと嬉しそうに笑った。
『アルベルト』
『何だ?』
『子どもたちのこと、よろしくね』
目を開けた先には、見慣れた天井があった。
「……夢か」
どうやらソファで寝てしまっていたらしい。
しばらくぼんやりした後、私はゆっくりと起き上がった。
仕事が軌道に乗り始め、多忙を極めたせいか、疲労が溜まっていたようだ。
あまり無茶をすると、すぐ病院送りにされてしまうから気をつけないといけない。
一度呪いに侵された体であり、その時に死にかけたせいか、やたらと色んな人が頻繁に様子を見に来る。
その筆頭が義兄のルッツだ。
私より忙しいはずなのに、どうやって時間を作っているのか不思議だった。
これ以上は、周囲に迷惑をかけたくない。
あと少し仕事をしたら今日は終わりにしよう。
私は、ソファから立ち上がろうとして、窓が開いていることに気づく。
風が吹き、レースのカーテンが揺れるのを何気なく見ていたら、窓枠からミルクティー色の髪がヒョコッと飛び出してきて、息を呑んだ。
一瞬、ヴェレーナが戻って来たのかと思ったが、そんなはずもなく、姿を現したのは若い青年だった。
その子は、私と目が合うとニッと笑い、軽やかに窓枠を超え、室内に入って来た。
「父さま、調子はどう?」
「フィン。窓から入らず、きちんと玄関から入って来なさいと言ってるだろう?」
亡き妻であるヴェレーナに一番似ている息子は、私の言葉に顔を顰めた。
「やだよ。こっそり来てるんだから。養子に出されて音沙汰なかった息子が、頻繁に通ってたらおかしいでしょ」
拗ねる時に唇を尖らせる癖もそっくりだった。
ぷんぷん怒っても、数分後にはケロリと笑っていて、さっぱりした性格なのもよく似ているのよ、とは姉であるラーラの見解であった。
「ちょっと、父さま聞いてる?また母さまと似ている、とか思ってるの?」
「どうして分かった」
「母上にも、たまに言われる。あなたはヴェレーナを知らないはずなのに、時々驚くほど仕草がそっくりねって」
「姉上とヴェレーナのことを話すのか?」
「父さまと再会した後からだけどね。僕の母さまがどんな人か知りたいなら教えてくれるって、母上が言ってくれた」
フィンはそう言って、嬉しそうに笑った。
夢に出てきたヴェレーナと重なる。
幼い頃、私の顔色を窺うように無理に笑っていた子どもは、もうそこにはいなかった。
昔、義兄に頭を下げ、この子を預けて良かったと、今では心から思う。
「父さま、それで体の具合はどうなの?」
「大丈夫だ」
即答したからか、フィンは片眉を上げ、私の顔色をじっくりと眺め出した。私の言葉を信じていないのが、丸分かりの態度だった。
フィンは、私の顔と机の上にある書類の束を交互に見た後、うんうんと頷き、診断を下した。
「自己申告に虚偽あり。お疲れ気味です」
そう言った後、スタスタと近寄って来て、私の背後に回る。
「おい、フィン」
「いいからいいから」
そう言うと、フィンは私の肩に両手を置いた。
肩でも揉むのかと思いきや、そこから暖かいものが流れ込んできて驚く。
治癒魔法だ。
呪いを受けて何度も治癒士の世話になったので、すぐに分かった。
体が少しずつ、軽く楽になっていく。
「こんなもんかな。どう?少しは楽になった?」
「あぁ、ありがとう」
フィンは光魔法も使えたのかと、意外に思って聞くと、六属性持ちだと驚愕の事実を聞かされた。
「六属性?嘘だろう?」
「嘘みたいだけど本当だよ。使える属性は多いけど、幼い頃は魔力量が赤子以下だったんだ。これでも結構苦労して魔力量増やしたんだよ。そうじゃなきゃ、魔法士にはなれなかったって」
フィンは、あっけらかんと笑った。
留学を終えて帰国したフィンは、騎士団にある魔法士部隊に入隊後、中級魔法士の試験に合格したと言っていた。
まだまだ卵だから大変だと、以前会った時に愚痴っていたことを思い出す。
フィンは定期的に会いに来てくれたが、最初の頃は何を話していいのか分からず、ギクシャクして会話にならなかった。
ここ一年くらいの間で、やっとフィンと普通に会話ができるようになっていたが、まだまだ知らないことは多そうだ。
「今日は仕事は?」
「午前中は出勤してたけど、午後から休みなんだ。たまには一緒にケーキでも食べようと思って寄ったの。バルバラがお茶も入れてくれたみたいだし、休憩にしよっか」
その言葉に、開いていた扉の方へ視線を向けると、少し見えていた黒い髪がびくりと揺れ、気まずそうな顔のバルバラが入室してきた。
「ふ、ふん!お土産を持ってきてくれたからよ!だから、仕方なくあんたの分も入れてあげたわ。感謝しなさい!」
つんっと顎を上げ、バルバラは近付いてくると、テーブルの上に持っていたトレイを置いた。
フィンの方を見ると、可笑しそうにバルバラを見ている。
素直じゃないなぁ、と思っているのだろう。
バルバラも取り憑いていた悪魔の影響で体を壊していた。病院から退院後、孤児院に一度入ったが、私の生活の基盤が整った後に、再び一緒に暮らさないかと提案した。
自分の子どもとはいえ、父親を呪うような子を引き取るなど本気かと、義兄たちからは良い顔をされなかった。
だが、フィンだけは唯一『父さまの好きにすれば良いと思う』と最初から言ってくれた。
『あの事件は、あの子だけが悪かったわけじゃないしね』
子どもは庇護される存在だ。
守ってくれる存在がいないために、心が病んでしまったことは、あの子のせいではない。愛してくれる存在が一人でもそばにいたならば、また違った未来があったかもしれないと、フィンは言った。
『父さまもだよ。辛かったり、苦しい思いをしているなら、誰かに助けを求めて。父さまには、ちゃんと心配してくれる人がいるんだから。だから、一人で抱え込まないでね。そして、これからは幸せに生きることを考えて。寿命がきて死んだ後に、母さまと再会した時、たくさん土産話ができるようにさ』
頑張って生きなきゃだめだよ。
フィンはそう言って、優しく笑った。
どこを気に入られたのか分からないが、彼女は幼い頃から、頻繁に私に会いに来た。
『アルベルト兄さま!ごきげんよう』
すぐに風邪をひいては寝込むほど体が弱いのに、元気になると、木を登って窓から入ってくるようなお転婆な子だった。くるくる変わる表情が可愛くて、目が合うと必ずニッコリと笑いかけてくれる。
『ヴェレーナ。どうしていつも窓から入ってくるんだ。君は女の子なのだから、木登りはやめなさいと何度も言ってるだろう』
窓枠に手と足をかけている華奢な体を持ち上げて、室内の床に下ろしてやる。
ミルクティー色の癖のある長い髪と、裾の長いドレスが、ふわりと揺れた。
『私だって何度も言っているけれど、それは偏見というものだわ。むしろ、このドレス姿で木を登れることを褒めてくれないと。凄いでしょ?』
凄いが、そういう問題ではない。
落ちたらどうするんだ。
私の心配をよそに、ヴェレーナは楽しそうに笑っている。
その頬に手を添えると、途端に顔を真っ赤にした。
ヴェレーナは、それを誤魔化すように私の胸に飛び込んで来る。
その存在を確かめるように、ぎゅっと抱きしめると、細い腕で抱き返してきた。
頭の天辺に唇を落とすと、ヴェレーナは顔を上げ、ふふっと嬉しそうに笑った。
『アルベルト』
『何だ?』
『子どもたちのこと、よろしくね』
目を開けた先には、見慣れた天井があった。
「……夢か」
どうやらソファで寝てしまっていたらしい。
しばらくぼんやりした後、私はゆっくりと起き上がった。
仕事が軌道に乗り始め、多忙を極めたせいか、疲労が溜まっていたようだ。
あまり無茶をすると、すぐ病院送りにされてしまうから気をつけないといけない。
一度呪いに侵された体であり、その時に死にかけたせいか、やたらと色んな人が頻繁に様子を見に来る。
その筆頭が義兄のルッツだ。
私より忙しいはずなのに、どうやって時間を作っているのか不思議だった。
これ以上は、周囲に迷惑をかけたくない。
あと少し仕事をしたら今日は終わりにしよう。
私は、ソファから立ち上がろうとして、窓が開いていることに気づく。
風が吹き、レースのカーテンが揺れるのを何気なく見ていたら、窓枠からミルクティー色の髪がヒョコッと飛び出してきて、息を呑んだ。
一瞬、ヴェレーナが戻って来たのかと思ったが、そんなはずもなく、姿を現したのは若い青年だった。
その子は、私と目が合うとニッと笑い、軽やかに窓枠を超え、室内に入って来た。
「父さま、調子はどう?」
「フィン。窓から入らず、きちんと玄関から入って来なさいと言ってるだろう?」
亡き妻であるヴェレーナに一番似ている息子は、私の言葉に顔を顰めた。
「やだよ。こっそり来てるんだから。養子に出されて音沙汰なかった息子が、頻繁に通ってたらおかしいでしょ」
拗ねる時に唇を尖らせる癖もそっくりだった。
ぷんぷん怒っても、数分後にはケロリと笑っていて、さっぱりした性格なのもよく似ているのよ、とは姉であるラーラの見解であった。
「ちょっと、父さま聞いてる?また母さまと似ている、とか思ってるの?」
「どうして分かった」
「母上にも、たまに言われる。あなたはヴェレーナを知らないはずなのに、時々驚くほど仕草がそっくりねって」
「姉上とヴェレーナのことを話すのか?」
「父さまと再会した後からだけどね。僕の母さまがどんな人か知りたいなら教えてくれるって、母上が言ってくれた」
フィンはそう言って、嬉しそうに笑った。
夢に出てきたヴェレーナと重なる。
幼い頃、私の顔色を窺うように無理に笑っていた子どもは、もうそこにはいなかった。
昔、義兄に頭を下げ、この子を預けて良かったと、今では心から思う。
「父さま、それで体の具合はどうなの?」
「大丈夫だ」
即答したからか、フィンは片眉を上げ、私の顔色をじっくりと眺め出した。私の言葉を信じていないのが、丸分かりの態度だった。
フィンは、私の顔と机の上にある書類の束を交互に見た後、うんうんと頷き、診断を下した。
「自己申告に虚偽あり。お疲れ気味です」
そう言った後、スタスタと近寄って来て、私の背後に回る。
「おい、フィン」
「いいからいいから」
そう言うと、フィンは私の肩に両手を置いた。
肩でも揉むのかと思いきや、そこから暖かいものが流れ込んできて驚く。
治癒魔法だ。
呪いを受けて何度も治癒士の世話になったので、すぐに分かった。
体が少しずつ、軽く楽になっていく。
「こんなもんかな。どう?少しは楽になった?」
「あぁ、ありがとう」
フィンは光魔法も使えたのかと、意外に思って聞くと、六属性持ちだと驚愕の事実を聞かされた。
「六属性?嘘だろう?」
「嘘みたいだけど本当だよ。使える属性は多いけど、幼い頃は魔力量が赤子以下だったんだ。これでも結構苦労して魔力量増やしたんだよ。そうじゃなきゃ、魔法士にはなれなかったって」
フィンは、あっけらかんと笑った。
留学を終えて帰国したフィンは、騎士団にある魔法士部隊に入隊後、中級魔法士の試験に合格したと言っていた。
まだまだ卵だから大変だと、以前会った時に愚痴っていたことを思い出す。
フィンは定期的に会いに来てくれたが、最初の頃は何を話していいのか分からず、ギクシャクして会話にならなかった。
ここ一年くらいの間で、やっとフィンと普通に会話ができるようになっていたが、まだまだ知らないことは多そうだ。
「今日は仕事は?」
「午前中は出勤してたけど、午後から休みなんだ。たまには一緒にケーキでも食べようと思って寄ったの。バルバラがお茶も入れてくれたみたいだし、休憩にしよっか」
その言葉に、開いていた扉の方へ視線を向けると、少し見えていた黒い髪がびくりと揺れ、気まずそうな顔のバルバラが入室してきた。
「ふ、ふん!お土産を持ってきてくれたからよ!だから、仕方なくあんたの分も入れてあげたわ。感謝しなさい!」
つんっと顎を上げ、バルバラは近付いてくると、テーブルの上に持っていたトレイを置いた。
フィンの方を見ると、可笑しそうにバルバラを見ている。
素直じゃないなぁ、と思っているのだろう。
バルバラも取り憑いていた悪魔の影響で体を壊していた。病院から退院後、孤児院に一度入ったが、私の生活の基盤が整った後に、再び一緒に暮らさないかと提案した。
自分の子どもとはいえ、父親を呪うような子を引き取るなど本気かと、義兄たちからは良い顔をされなかった。
だが、フィンだけは唯一『父さまの好きにすれば良いと思う』と最初から言ってくれた。
『あの事件は、あの子だけが悪かったわけじゃないしね』
子どもは庇護される存在だ。
守ってくれる存在がいないために、心が病んでしまったことは、あの子のせいではない。愛してくれる存在が一人でもそばにいたならば、また違った未来があったかもしれないと、フィンは言った。
『父さまもだよ。辛かったり、苦しい思いをしているなら、誰かに助けを求めて。父さまには、ちゃんと心配してくれる人がいるんだから。だから、一人で抱え込まないでね。そして、これからは幸せに生きることを考えて。寿命がきて死んだ後に、母さまと再会した時、たくさん土産話ができるようにさ』
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