レターレ・カンターレ

穂祥 舞

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2 初顔合わせ

2-②

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 相棒となるテノール歌手との初顔合わせのために、三喜雄は土曜日に立川市に赴き、駅前の音大のキャンパスに足を踏み入れた。単科大学なので、美術学部がある三喜雄の大学に比べると学校自体の規模は小さいのだろうが、新しい大きな校舎がとにかく壮観である。
 校舎の中では、そこかしこからピアノや管楽器の音が漏れ聞こえていた。週末に学生が練習室に籠るのは、三喜雄の学校と一緒だった。慣れない建物の中できょろきょろしながら、何とか辻井に指示された練習室に辿り着く。扉をノックして押し開けると、中には辻井の他に、細身の若い男性と、華やかな雰囲気の年齢不詳の女性がいた。
 三喜雄は窓際に立っていた若い男性の佇まいに、どきりとした。一瞬、知っている人かと思ったからである。
 にこやかに三喜雄を迎えた辻井が、まずお互いを紹介する。

「テノールの篠原しのはら圭吾けいごくんと、コレペティの牧野まきの景織子きょうこさんです……こちらはバリトンの片山三喜雄くん」

 そのテノール歌手は、三喜雄の高校時代の後輩に雰囲気が似ていた。高崎たかさきという名の1学年下のその後輩は、大学受験を控えてきりきり舞いしていた高3の頃の三喜雄を、いろいろな面から支えてくれたが、今は音信不通になっている。

「初めまして、片山です……」

 三喜雄はどぎまぎしながら挨拶した。篠原の大きな目や、髭が生えることが想像できない白い頬のラインが、当時の高崎を彷彿とさせる。
 しかも高崎同様、華奢だ。三喜雄もそんなに身体は大きくないが、こんな細い胴体で、どんな歌を歌うのだろうかと興味が湧いた。

「篠原です、よろしくお願いします」

 にこりともせずに、美しいテノール歌手は言う。そこは、いつも口許に微笑を湛えていた愛想の良い後輩と全く違った。自分の態度が彼を不愉快にさせたのかと思い、三喜雄は困惑する。すると、女性の低い声が耳朶を打った。

「篠原くん、曲目に不満があるとは聞いたけど、初対面の共演者にその態度はいただけないわよ」

 静かだが厳し目に篠原をたしなめたのは、彼の横に立つ華やかなピアニストだった。

「牧野です、よろしく」

 三喜雄は牧野に意識を向け直した。一緒に歌う人間もさることながら、伴奏者は歌手の命綱を握る大切な存在である。歌い手は伴奏者がいなければ、人前で歌うことさえ叶わない。

「片山です、こちらこそよろしくお願いします」

 三喜雄が頭を下げると、彼女は笑顔になり、早速ピアノの傍に2人の歌手を導いた。彼女はコレペティテュア、つまり伴奏をしながら、必要であれば指揮や演者の指導もする立場の人である。これから本番まで、主に牧野が歌手たちの技術的な面倒を見るということらしかった。
 牧野に手伝ってもらい三喜雄がウォームアップをする間、既に発声練習を済ませていた篠原は、楽譜を睨むように見つめていた。

「じゃあ一度通してみようか」

 楽譜を手にそう言った辻井の眼鏡の奥の目が、少し厳しくなったように見えた。辻井は現在は座学の学者だが、この音大の作曲科を出ていて、舞台演出も少し齧ったと話していたので、ごまかしの利かない指導者になりそうである。三喜雄は緊張感が身体じゅうにみなぎるのを感じた。
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