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8 本番の前
8-②
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愛想は無いが清潔な小会議室は、快適に暖まっていた。これからドレスリハーサルと、賑やかしになってくれる中学生たちとの打ち合わせがあるので、早速着替えることにする。
篠原は、ガーメントバッグからシルバーグレーのタキシードを出しながら、言った。
「今日、森山のご両親が観に来てくれるんだ」
「へぇ、そうなんだ」
コートを脱いでいた三喜雄は驚いた。おそらく三回忌の法要の時に、この演奏会の話題が出たのだろう。悲しみはまだ癒えないだろうが、篠原のためにも森山の遺族のためにも、いいことだと思った。
「しっかり歌おう」
「何だかんだで、今日は外部からお客さんも割と来るっぽいしな」
篠原に倣い、三喜雄も黒いタキシードに着替え始める。客が多いほうがテンションが上がるので、わくわくしていた。この施設の規模はそんなに大きくないが、入居者とその家族、施設の職員だけでも60人近くになると聞いていた。ハンドベル部の子たちの家族も観に来るだろうし、三喜雄や篠原の客もちょこちょこ訪れてくれそうなので、100席用意しているとのことだ。立派なコンサートである。
華奢な篠原に、いるかをイメージしたシルバーグレーは良く似合っていた。彼は用意されていた姿見の前に立ち、銀色のリボンタイを整えている。
「ジャケットが無いほうが動きやすいなぁ、小道具入れとかなきゃいけないけど」
「同感……パイプハンガーを大道具に借りて、掛けておいて最後だけ羽織るとか?」
三喜雄も途中で、縄跳びをする振りがある。シャツだけのほうが楽なのでそう提案すると、篠原は、それいいね、と笑顔になった。
三喜雄が、辻井から借りた黒いアスコットタイを手にもたもたしているのを見て、篠原はさらさらした髪を揺らしながら三喜雄の傍にやってくる。
「プレーンノットで結ぶんだろ? 普通のネクタイと一緒じゃん」
彼の言う通りなのだが、幅の広いタイが綺麗に結べないのだ。
「すみません、ちょっと不器用です……」
三喜雄が言う間に、篠原は長い指でするっとタイを整えてくれた。彼は器用に、タイに柔らかい膨らみを持たせる。それがくじらっぽくて良い。ありがと、と三喜雄は相棒に礼を言った。
篠原はついでのように、三喜雄の頭に手を伸ばしてくる。
「実はずっと思ってたんだけど……前髪分けたほうがよくない? もっとちゃんとしたコンサートなら、オールバックもいいかもよ」
長い指を手櫛にして、篠原は三喜雄の前髪に軽く触る。ヘアスタイルに無頓着な三喜雄は為すがままだったが、彼が満足そうな表情になったので、きっと良くなったのだろうと思った。
楽譜と筆記用具と水を手にイベントホールに戻ると、入り口でリハーサルを見学していた女性職員たちが2人を見て、あら素敵、と口を揃えた。
「何だかほら、同性カップルの結婚式のモデルさんみたい」
「ほんとほんと、さすがこれからプロになって舞台に立つ人たちねぇ、華があるわ」
三喜雄はいろいろな意味でちょっとどきっとしたが、素直に嬉しく思い、ありがとうございます、と笑顔で応じた。篠原はらしくなく、やや恥ずかし気に視線を下に落としている。
「何照れてんの」
三喜雄の小声の突っ込みに、篠原はだって、と唇を尖らせる。
「同性カップルの結婚式って……」
え、そこに反応してるのかよ。
篠原のぼそぼそとした答えに、不覚にも三喜雄まで照れそうになってしまった。それをごまかすために、三喜雄が肩で篠原の二の腕を軽く押すと、彼も肩をぶつけてきた。笑いがこみ上げる。2人で小学生のような小競り合いをしながら、イベントホールに入った。
篠原は、ガーメントバッグからシルバーグレーのタキシードを出しながら、言った。
「今日、森山のご両親が観に来てくれるんだ」
「へぇ、そうなんだ」
コートを脱いでいた三喜雄は驚いた。おそらく三回忌の法要の時に、この演奏会の話題が出たのだろう。悲しみはまだ癒えないだろうが、篠原のためにも森山の遺族のためにも、いいことだと思った。
「しっかり歌おう」
「何だかんだで、今日は外部からお客さんも割と来るっぽいしな」
篠原に倣い、三喜雄も黒いタキシードに着替え始める。客が多いほうがテンションが上がるので、わくわくしていた。この施設の規模はそんなに大きくないが、入居者とその家族、施設の職員だけでも60人近くになると聞いていた。ハンドベル部の子たちの家族も観に来るだろうし、三喜雄や篠原の客もちょこちょこ訪れてくれそうなので、100席用意しているとのことだ。立派なコンサートである。
華奢な篠原に、いるかをイメージしたシルバーグレーは良く似合っていた。彼は用意されていた姿見の前に立ち、銀色のリボンタイを整えている。
「ジャケットが無いほうが動きやすいなぁ、小道具入れとかなきゃいけないけど」
「同感……パイプハンガーを大道具に借りて、掛けておいて最後だけ羽織るとか?」
三喜雄も途中で、縄跳びをする振りがある。シャツだけのほうが楽なのでそう提案すると、篠原は、それいいね、と笑顔になった。
三喜雄が、辻井から借りた黒いアスコットタイを手にもたもたしているのを見て、篠原はさらさらした髪を揺らしながら三喜雄の傍にやってくる。
「プレーンノットで結ぶんだろ? 普通のネクタイと一緒じゃん」
彼の言う通りなのだが、幅の広いタイが綺麗に結べないのだ。
「すみません、ちょっと不器用です……」
三喜雄が言う間に、篠原は長い指でするっとタイを整えてくれた。彼は器用に、タイに柔らかい膨らみを持たせる。それがくじらっぽくて良い。ありがと、と三喜雄は相棒に礼を言った。
篠原はついでのように、三喜雄の頭に手を伸ばしてくる。
「実はずっと思ってたんだけど……前髪分けたほうがよくない? もっとちゃんとしたコンサートなら、オールバックもいいかもよ」
長い指を手櫛にして、篠原は三喜雄の前髪に軽く触る。ヘアスタイルに無頓着な三喜雄は為すがままだったが、彼が満足そうな表情になったので、きっと良くなったのだろうと思った。
楽譜と筆記用具と水を手にイベントホールに戻ると、入り口でリハーサルを見学していた女性職員たちが2人を見て、あら素敵、と口を揃えた。
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