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16 熱誠
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美智生がユウヤに声をかける。
「タップどれくらい練習したの?」
「リクエストが数度出ていたから、未経験のマキや苦手だって言うサトルは年明けから練習を始めてたんですよ、我々3人は約2ヶ月かな?」
「いやぁ面白かったわあれ」
「簡単なステップの組み合わせばかりでしたけど」
そんな風には思えなかったので、晴也は感心する。ふと見ると、店員もダンサーたちも手一杯で、タップの板が舞台上に放置されていた。それはただの愛想の無い、薄く切られた木でしかなく、さっきドルフィン・ファイブのタップに楽しげで軽やかな音を立てていたものとは思えなかった。
「ハルさん、あれ見るの初めてですか?」
ユウヤに言われて、晴也は彼の顔に視線を戻す。
「あ、はい、持ち運びできるなんて面白いなと」
「タップの先生に貸していただきました、1枚はショウのものですけど」
「へぇ……そうなんですか」
自分もショウもシューズを慌てて修理に出したとユウヤは話した。晴也は何とも言えない気持ちになる。マイシューズやマイ板を持っているくらい、ショウはタップに熱中していたのだ。でもそのせいで膝を壊して、長い間タップを封印していた。
「私もタップは得意なほうです、あちらの舞台でも結構やってましたから……正直ショウがあそこまでできるとは思っていなくて、ビビりました」
ユウヤの苦笑に、晴也も苦笑を返しそうになる。少し前に晶が、自分のほうがタップは得意だとちらりと話したことを思い出したからだ。
ショウと2人の若手が、ようやくカウンター席に回ってきた。お疲れさま、という美智生の声に、自然と拍手が起こる。
「……タップあまりやりたくなかったんじゃないのか?」
晴也は両腕いっぱいに花を抱えたショウに言った。彼はちらっと笑った。
「割とリクエストあったから……ハルさんもリクエスト用紙に書いただろ?」
あ、そういえば書いた、と晴也は思い出す。無記名だったと思うが、筆跡でバレたのか。
「やる気になれたなら良かったじゃないか、あんなの腐らせとくのもったいないよ」
晴也が言うと、ショウは晴也の顔をじっと見つめてから、ふいと視線を外した。そして大粒の涙を幾つか零した。晴也は驚いて、ハンカチを取り出す。
「ごめん、そこ泣けるとこなのか?」
晴也は椅子から降りて、彼の顔に手を伸ばし、頬をハンカチで押さえてやった。おーおー、と冷やかし半分の声が上がる。
「ありがとう……ハルさん」
ショウが何に礼を言っているのか、あまり良くわからなかったが、うん、と晴也は頷いた。そして考える。晴也が最近沢山の壁を、泣きながら必死で乗り越えたように、彼もタップを踊ることで、怪我以来出来てしまった心の中の壁を、ひとつ打ち破ったのだろうと。
晴也は言った。
「打ち上げ楽しんでゆっくり休んで」
ショウの左隣で、またサトルが涙ぐむ。だから何でサトルさんが泣くの、とマキが突っ込むので、場が笑いに包まれた。
「……明里さん今夜泊まるの?」
ショウが小さく訊いてきたので、明里ははい、と笑った。
「お兄ちゃんは責任持って自宅に送りますから、心配なさらないでください」
晴也は妹の言葉に、うるさいわ、と囁いた。美智生に聞こえたらしく、ぷっと吹き出す声がした。
ダンサーたちが舞台に戻り、最後にお辞儀をした。その頃には半分の客が席を立っていたが、残っている客や店のスタッフが彼らに大きな拍手を贈った。5人が手を振りながら、上手の袖に入る。
花に埋もれてこちらに笑顔を向けたショウを、晴也はずっと忘れないだろうと思う。彼は今夜、ダンサーとしての第何場目かの幕を一旦下ろした。きっと明日から彼の新しい、より華やかで大きなステージが始まるのだと、晴也には思えた。
「お兄ちゃん、行こっか」
全てのドリンクを飲み干した明里に促されて、晴也は椅子から降りた。美智生が晴也と夏紀に言う。
「ショウがいなくても観に来てやってよ」
「何処のプロデューサーなんですか」
「えー、ユウヤがいる限りプロデューサー兼マネージャー」
4人で笑いながら出口に向かう。酔いが回ったのも心地よく、晴也はパンプスのヒールを音を軽やかに鳴らした。
「タップどれくらい練習したの?」
「リクエストが数度出ていたから、未経験のマキや苦手だって言うサトルは年明けから練習を始めてたんですよ、我々3人は約2ヶ月かな?」
「いやぁ面白かったわあれ」
「簡単なステップの組み合わせばかりでしたけど」
そんな風には思えなかったので、晴也は感心する。ふと見ると、店員もダンサーたちも手一杯で、タップの板が舞台上に放置されていた。それはただの愛想の無い、薄く切られた木でしかなく、さっきドルフィン・ファイブのタップに楽しげで軽やかな音を立てていたものとは思えなかった。
「ハルさん、あれ見るの初めてですか?」
ユウヤに言われて、晴也は彼の顔に視線を戻す。
「あ、はい、持ち運びできるなんて面白いなと」
「タップの先生に貸していただきました、1枚はショウのものですけど」
「へぇ……そうなんですか」
自分もショウもシューズを慌てて修理に出したとユウヤは話した。晴也は何とも言えない気持ちになる。マイシューズやマイ板を持っているくらい、ショウはタップに熱中していたのだ。でもそのせいで膝を壊して、長い間タップを封印していた。
「私もタップは得意なほうです、あちらの舞台でも結構やってましたから……正直ショウがあそこまでできるとは思っていなくて、ビビりました」
ユウヤの苦笑に、晴也も苦笑を返しそうになる。少し前に晶が、自分のほうがタップは得意だとちらりと話したことを思い出したからだ。
ショウと2人の若手が、ようやくカウンター席に回ってきた。お疲れさま、という美智生の声に、自然と拍手が起こる。
「……タップあまりやりたくなかったんじゃないのか?」
晴也は両腕いっぱいに花を抱えたショウに言った。彼はちらっと笑った。
「割とリクエストあったから……ハルさんもリクエスト用紙に書いただろ?」
あ、そういえば書いた、と晴也は思い出す。無記名だったと思うが、筆跡でバレたのか。
「やる気になれたなら良かったじゃないか、あんなの腐らせとくのもったいないよ」
晴也が言うと、ショウは晴也の顔をじっと見つめてから、ふいと視線を外した。そして大粒の涙を幾つか零した。晴也は驚いて、ハンカチを取り出す。
「ごめん、そこ泣けるとこなのか?」
晴也は椅子から降りて、彼の顔に手を伸ばし、頬をハンカチで押さえてやった。おーおー、と冷やかし半分の声が上がる。
「ありがとう……ハルさん」
ショウが何に礼を言っているのか、あまり良くわからなかったが、うん、と晴也は頷いた。そして考える。晴也が最近沢山の壁を、泣きながら必死で乗り越えたように、彼もタップを踊ることで、怪我以来出来てしまった心の中の壁を、ひとつ打ち破ったのだろうと。
晴也は言った。
「打ち上げ楽しんでゆっくり休んで」
ショウの左隣で、またサトルが涙ぐむ。だから何でサトルさんが泣くの、とマキが突っ込むので、場が笑いに包まれた。
「……明里さん今夜泊まるの?」
ショウが小さく訊いてきたので、明里ははい、と笑った。
「お兄ちゃんは責任持って自宅に送りますから、心配なさらないでください」
晴也は妹の言葉に、うるさいわ、と囁いた。美智生に聞こえたらしく、ぷっと吹き出す声がした。
ダンサーたちが舞台に戻り、最後にお辞儀をした。その頃には半分の客が席を立っていたが、残っている客や店のスタッフが彼らに大きな拍手を贈った。5人が手を振りながら、上手の袖に入る。
花に埋もれてこちらに笑顔を向けたショウを、晴也はずっと忘れないだろうと思う。彼は今夜、ダンサーとしての第何場目かの幕を一旦下ろした。きっと明日から彼の新しい、より華やかで大きなステージが始まるのだと、晴也には思えた。
「お兄ちゃん、行こっか」
全てのドリンクを飲み干した明里に促されて、晴也は椅子から降りた。美智生が晴也と夏紀に言う。
「ショウがいなくても観に来てやってよ」
「何処のプロデューサーなんですか」
「えー、ユウヤがいる限りプロデューサー兼マネージャー」
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