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16 熱誠
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「私はイギリスで膝を痛めて日本に帰ってきました、あちらでいただいていた全ての役を降りて緊急入院して、手術もして……もう踊る気を失くしていたのですが」
ショウの告白に、少し場が静まった。
「タケルさんにリハビリがてらやってみないかと声をかけていただきました、始めてみたらリハビリどころか、最初の頃は踊る曲を減らしてもらっていましたが、これまで経験しなかったようなハードスケジュールで、これは一体何なんだと……」
客席から笑いが洩れた。
「あ、水曜は男性向けのストリップでプロテインを飲むべしとちゃんと教えてもらいました、サトルもマキも聞いてるはずですよ」
どっと会場が沸いた。ショウは笑いながら続ける。
「そんなこんなで結構必死で続けて来ました、お客様の中には終演後に嬉しい言葉をかけてくださるかたも沢山いて……ああ自分はほんとに踊るのが好きで、それを楽しんでいただきたいと思っているんだと……」
ショウはそこで言葉に詰まった。客の全員が彼に注目して、彼が涙を零したことに気づく。
「……でもそれを長い間見失っていたと気づかされて」
ショウくん、と客席から声がかかり、すみません、と言いながらショウは指先で涙を拭う。晴也を含めてもらい泣きをする人が出始め、温かい拍手が鳴った。
「沢山のことを学ぶことができました、またロンドンでチャレンジする気になれたのも、皆様のおかげだと思っています……ほんとに感謝しかないです」
ショウは泣き笑いになりながら、マイクをユウヤに返した。
「こんなに泣かせに入ってますけど、ショウは帰って来ますので……彼のファンの皆様には、ドルフィン・ファイブをお見捨てなきようお願いしたいです」
笑いと拍手が一斉に起こった。ショウが目を擦るサトルを見て、何で君が泣く、と突っ込んだので笑いが増した。
「では今夜は少し狭いですが、私どもいつも通り回らせていただきますので、お時間の許すかたはどうぞそのままお待ちください」
ダンサーたちはそのまま舞台の下手から降りて来た。時間がかかりそうなので、もう一杯ドリンクを頼む。晴也はさりげなく涙を拭いたものの、周りから指摘されるには十分、目が腫れぼったくなっていた。
美智生は晴也の顔を覗き込み、くすくす笑った。こうして見ると、スカートの色に合わせた紅い唇が何とも妖艶である。
「アイメイク剥げてるぞ、ハルちゃん」
「ええっ! あーもう帰るだけだからいいです……」
晴也は小さな手鏡をこそっと出した。同じように泣いた目をした夏紀が笑う。
「そんなハルちゃんも色っぽいじゃない、ショウさんくらっと来るかもよ」
「ふふっ、今夜は盛り上がってくれたまえ」
会話が酔っ払いモードになっていた。晴也は頭からアルコールの靄を払いながら、2人に訴える。
「今夜はちょっとだけここで打ち上げをするって聞いてるから、ショウさんとは会わないです」
明里がそうなの? と背後から言う。晴也は彼女を振り返った。
「そうだよ、それに明里泊まるんだろ?」
「いや、私が居ようが居まいがショウは来るじゃん」
確かに……。晴也は小さく溜め息をついた。いやしかし、今夜は来ないはずだ。
ダンサーたちを見ると、ショウはそこかしこで花束やお菓子の袋を手渡されている。写真を撮りたいという客もいつもより多いのか、ラストオーダーの飲み物を運ぶ店員も入り乱れ、店内がごちゃついていた。
花束を渡したらすぐに帰りたいという藤田は、酔っているせいか、涙ぐんで言った。
「こんなショボい花束恥ずかしい、やっぱりバラにしたら良かった」
「大きさなんか関係ないですよ、気持ちです」
晶が客から受け取った花を、全て花瓶に活けて大切にしているのを知っているので、晴也は牧野と一緒に藤田を諭した。
ドルフィン・ファイブは沢山の客への挨拶を何とか捌きながら、やっと上手席までやって来た。藤田は春らしいチューリップの花束をショウに渡す。
「有名になってもたまにここで踊ってめぎつねに来てね」
ショウはチューリップに少し顔を近づけて、破顔した。
「そんないきなり有名になったりしませんよ、よく踊る若い子が来てクビになる可能性はあっても」
「えーっ、そんなのだめだめ」
「ところでロンドンのチケットどうやって取るの?」
2つのテーブルの客が口々に話す。姦しいことこのかたない。タケルが凄いな、と呟いたので、明里が彼に話しかけた。
「あの女の子たちが踊ったやつ、元のが観れて良かったです、全く違う雰囲気で面白かったです」
「あ、あの時は差し入れをいただき恐縮でした」
明里は学生のダンスを観に行く時に、チケットを貰ったからとタケルに差し入れを用意したのだった。ぺこりと頭を下げるタケルに、明里はいえいえ、と右手を振った。
ショウの告白に、少し場が静まった。
「タケルさんにリハビリがてらやってみないかと声をかけていただきました、始めてみたらリハビリどころか、最初の頃は踊る曲を減らしてもらっていましたが、これまで経験しなかったようなハードスケジュールで、これは一体何なんだと……」
客席から笑いが洩れた。
「あ、水曜は男性向けのストリップでプロテインを飲むべしとちゃんと教えてもらいました、サトルもマキも聞いてるはずですよ」
どっと会場が沸いた。ショウは笑いながら続ける。
「そんなこんなで結構必死で続けて来ました、お客様の中には終演後に嬉しい言葉をかけてくださるかたも沢山いて……ああ自分はほんとに踊るのが好きで、それを楽しんでいただきたいと思っているんだと……」
ショウはそこで言葉に詰まった。客の全員が彼に注目して、彼が涙を零したことに気づく。
「……でもそれを長い間見失っていたと気づかされて」
ショウくん、と客席から声がかかり、すみません、と言いながらショウは指先で涙を拭う。晴也を含めてもらい泣きをする人が出始め、温かい拍手が鳴った。
「沢山のことを学ぶことができました、またロンドンでチャレンジする気になれたのも、皆様のおかげだと思っています……ほんとに感謝しかないです」
ショウは泣き笑いになりながら、マイクをユウヤに返した。
「こんなに泣かせに入ってますけど、ショウは帰って来ますので……彼のファンの皆様には、ドルフィン・ファイブをお見捨てなきようお願いしたいです」
笑いと拍手が一斉に起こった。ショウが目を擦るサトルを見て、何で君が泣く、と突っ込んだので笑いが増した。
「では今夜は少し狭いですが、私どもいつも通り回らせていただきますので、お時間の許すかたはどうぞそのままお待ちください」
ダンサーたちはそのまま舞台の下手から降りて来た。時間がかかりそうなので、もう一杯ドリンクを頼む。晴也はさりげなく涙を拭いたものの、周りから指摘されるには十分、目が腫れぼったくなっていた。
美智生は晴也の顔を覗き込み、くすくす笑った。こうして見ると、スカートの色に合わせた紅い唇が何とも妖艶である。
「アイメイク剥げてるぞ、ハルちゃん」
「ええっ! あーもう帰るだけだからいいです……」
晴也は小さな手鏡をこそっと出した。同じように泣いた目をした夏紀が笑う。
「そんなハルちゃんも色っぽいじゃない、ショウさんくらっと来るかもよ」
「ふふっ、今夜は盛り上がってくれたまえ」
会話が酔っ払いモードになっていた。晴也は頭からアルコールの靄を払いながら、2人に訴える。
「今夜はちょっとだけここで打ち上げをするって聞いてるから、ショウさんとは会わないです」
明里がそうなの? と背後から言う。晴也は彼女を振り返った。
「そうだよ、それに明里泊まるんだろ?」
「いや、私が居ようが居まいがショウは来るじゃん」
確かに……。晴也は小さく溜め息をついた。いやしかし、今夜は来ないはずだ。
ダンサーたちを見ると、ショウはそこかしこで花束やお菓子の袋を手渡されている。写真を撮りたいという客もいつもより多いのか、ラストオーダーの飲み物を運ぶ店員も入り乱れ、店内がごちゃついていた。
花束を渡したらすぐに帰りたいという藤田は、酔っているせいか、涙ぐんで言った。
「こんなショボい花束恥ずかしい、やっぱりバラにしたら良かった」
「大きさなんか関係ないですよ、気持ちです」
晶が客から受け取った花を、全て花瓶に活けて大切にしているのを知っているので、晴也は牧野と一緒に藤田を諭した。
ドルフィン・ファイブは沢山の客への挨拶を何とか捌きながら、やっと上手席までやって来た。藤田は春らしいチューリップの花束をショウに渡す。
「有名になってもたまにここで踊ってめぎつねに来てね」
ショウはチューリップに少し顔を近づけて、破顔した。
「そんないきなり有名になったりしませんよ、よく踊る若い子が来てクビになる可能性はあっても」
「えーっ、そんなのだめだめ」
「ところでロンドンのチケットどうやって取るの?」
2つのテーブルの客が口々に話す。姦しいことこのかたない。タケルが凄いな、と呟いたので、明里が彼に話しかけた。
「あの女の子たちが踊ったやつ、元のが観れて良かったです、全く違う雰囲気で面白かったです」
「あ、あの時は差し入れをいただき恐縮でした」
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