出来心、あるいは、必然。~デキる年下同僚を買ってしまった件~

穂祥 舞

文字の大きさ
57 / 82
12月

10-③

しおりを挟む
「さっくんに食べるもの置いといてやれよ」

 桂山が言うと、2人の社員が紙皿を手に料理を取り始めたが、1人が海老の寿司に取り箸をのばしたので、晃嗣は慌てて割り込みに行った。

「それは駄目だ、朔さんは甲殻アレルギーを持ってる」

 箸を持った若い男子社員……手島てしまは、晃嗣の顔を見て、えっ! と小さく言った。

「初耳です、課長知ってましたか?」

 手島に問われた桂山も、俺も初耳、と目を丸くする。それを見た晃嗣は、いろいろな意味で焦った。朔が周りに伏せていたなら、要らぬ暴露をしたことになる。また、課の皆が知らないことを他部署の晃嗣が知っているということが、おかしな詮索をされるきっかけになってしまうかもしれない。

「柴田さん結構さっくんと親しいんですね、本人から聞いたんですか?」

 手島から訊かれた晃嗣はうん、まあ、とごまかしにかかる。酒のせいもあるだろうが、やたらと心臓がばくばくした。
 桂山課長も初耳とは、どういうことだ。晃嗣は朔に対して軽い苛立ちを覚えた。あの時、わざわざ営業の帰りに家まで書類を持って来てくれた上司に、自分のアレルギーについて話しておこうとは思わなかったのか。

「水臭いなぁさっくん、大事なことなんだし言ってくれたらいいのに」

 桂山が手島たちと笑いながら言った。晃嗣もその輪に入ったが、ちらっと桂山がこちらに目線を送ったことに気づく。部屋の中が換気のせいで冷えているにもかかわらず、晃嗣は背中に汗が伝うのを感じた。
 まさか、感づかれる筈がない。自分と朔が最近親しいことと、自分が熱を上げているゲイ専デリヘルのスタッフが、朔その人であるという事実が、桂山の中で繋がる訳がない。そう思いたいのに、バレたような気がしてならなかった。
 その時、エレベーターに近い入り口で、複数の女子社員の声がした。

「あっ高畑さん、お疲れ様でした」
「今さっくんの食べる物キープしてくれてるよ、ビールでいい?」

 晃嗣の心臓が跳ねた。なるべく自然に見えるように、ゆっくりと入り口のほうに首を巡らせる。朔の頭が見え隠れして、晃嗣は密かにときめいた。
 桂山が部下をねぎらうべく、入り口に向かおうとしたが、女たちが高い声を上げたので足を止めた。

「えっ? さっくん何で酔ってるの?」
「ちょっと、大丈夫? 何処で飲んで来たのよ!」

 場がざわめいた。皆そこそこ酔っ払い始めていたが、今来たばかりの朔が酔っているのは、少々センセーショナルなようだった。
 もうかなり顔を赤くした花谷が、あっ、と思いついたように言う。

「あそこ割と会社で飲み会するんだ、社長が好きで……つき合わされたんじゃないのか?」
「うちみたいに今夜パーティしてるんですかね?」

 手島が首を傾げた。桂山は朔のそばに行ったが、入り口近辺がごちゃごちゃしている辺り、朔はかなり足許が怪しいのかもしれない。
 晃嗣の印象では、朔は酒に弱い訳ではない。イタリアンの時も、フルボトルのワインを2人で空けてけろっとしていたし、この間の焼き鳥屋でも、日本酒の後でややぼんやりした目になったかな、という程度だった。
 心配になった晃嗣は、紙コップを置いて入り口に足を向けた。朔は真っ赤な顔をして桂山に肩を支えられており、彼から何か言われたことに首をかくかくと縦に振っている。
 社員たちの陰から朔の様子をそっと見ていると、彼がぱっとこちらを向いた。ばっちり目が合って、晃嗣はびくりと背筋を伸ばした。

「あっ、柴田さん!」

 朔はこともあろうに大声で言い、桂山にもたれかかった姿勢のまま、からからと笑った。

「よかった! もう帰ったかと思った! あのね、言われた通りに課長に相談してね、謝りに行ったらさ、社長と奥さんが忘年会するからって誘ってくれたんだよっ! めちゃ飲んで来た、あはははっ!」

 あーあー、という声や笑いがその場に起こる。間を置かず、呂律も怪しい朔は上機嫌にぶちあげた。

「ちゃんと処理して来たから、柴田さん、ご褒美にチューしてくれるよね? あっ、俺がしたほうがいい? 任せるわ、決めて!」

 その場にいたほぼ全員が晃嗣に注目した。一気に酔いが醒めるのを感じただけでなく、顔から血の気が引くのを自覚した。
 桂山はおいおい、と朔の肩を揺すったが、すぐにくすりと笑った。それにも晃嗣は衝撃を受ける。この人、やっぱり気づいてるじゃないか!
しおりを挟む
感想 8

あなたにおすすめの小説

オッサン課長のくせに、無自覚に色気がありすぎる~ヨレヨレ上司とエリート部下、恋は仕事の延長ですか?

中岡 始
BL
「新しい営業課長は、超敏腕らしい」 そんな噂を聞いて、期待していた橘陽翔(28)。 しかし、本社に異動してきた榊圭吾(42)は―― ヨレヨレのスーツ、だるそうな関西弁、ネクタイはゆるゆる。 (……いやいや、これがウワサの敏腕課長⁉ 絶対ハズレ上司だろ) ところが、初めての商談でその評価は一変する。 榊は巧みな話術と冷静な判断で、取引先をあっさり落としにかかる。 (仕事できる……! でも、普段がズボラすぎるんだよな) ネクタイを締め直したり、書類のコーヒー染みを指摘したり―― なぜか陽翔は、榊の世話を焼くようになっていく。 そして気づく。 「この人、仕事中はめちゃくちゃデキるのに……なんでこんなに色気ダダ漏れなんだ?」 煙草をくゆらせる仕草。 ネクタイを緩める無防備な姿。 そのたびに、陽翔の理性は削られていく。 「俺、もう待てないんで……」 ついに陽翔は榊を追い詰めるが―― 「……お前、ほんまに俺のこと好きなんか?」 攻めるエリート部下 × 無自覚な色気ダダ漏れのオッサン上司。 じわじわ迫る恋の攻防戦、始まります。 【最新話:主任補佐のくせに、年下部下に見透かされている(気がする)ー関西弁とミルクティーと、春のすこし前に恋が始まった話】 主任補佐として、ちゃんとせなあかん── そう思っていたのに、君はなぜか、俺の“弱いとこ”ばっかり見抜いてくる。 春のすこし手前、まだ肌寒い季節。 新卒配属された年下部下・瀬戸 悠貴は、無表情で口数も少ないけれど、妙に人の感情に鋭い。 風邪気味で声がかすれた朝、佐倉 奏太は、彼にそっと差し出された「ミルクティー」に言葉を失う。 何も言わないのに、なぜか伝わってしまう。 拒むでも、求めるでもなく、ただそばにいようとするその距離感に──佐倉の心は少しずつ、ほどけていく。 年上なのに、守られるみたいで、悔しいけどうれしい。 これはまだ、恋になる“少し前”の物語。 関西弁とミルクティーに包まれた、ふたりだけの静かな始まり。 (5月14日より連載開始)

イケメン後輩のスマホを拾ったらロック画が俺でした

天埜鳩愛
BL
☆本編番外編 完結済✨ 感想嬉しいです! 元バスケ部の俺が拾ったスマホのロック画は、ユニフォーム姿の“俺”。 持ち主は、顔面国宝の一年生。 なんで俺の写真? なんでロック画? 問い詰める間もなく「この人が最優先なんで」って宣言されて、女子の悲鳴の中、肩を掴まれて連行された。……俺、ただスマホ届けに来ただけなんだけど。 頼られたら嫌とは言えない南澤燈真は高校二年生。クールなイケメン後輩、北門唯が置き忘れたスマホを手に取ってみると、ロック画が何故か中学時代の燈真だった! 北門はモテ男ゆえに女子からしつこくされ、燈真が助けることに。その日から学年を越え急激に仲良くなる二人。燈真は誰にも言えなかった悩みを北門にだけ打ち明けて……。一途なメロ後輩 × 絆され男前先輩の、救いすくわれ・持ちつ持たれつラブ! ☆ノベマ!の青春BLコンテスト最終選考作品に加筆&新エピソードを加えたアルファポリス版です。

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

鬼上司と秘密の同居

なの
BL
恋人に裏切られ弱っていた会社員の小沢 海斗(おざわ かいと)25歳 幼馴染の悠人に助けられ馴染みのBARへ… そのまま酔い潰れて目が覚めたら鬼上司と呼ばれている浅井 透(あさい とおる)32歳の部屋にいた… いったい?…どうして?…こうなった? 「お前は俺のそばに居ろ。黙って愛されてればいい」 スパダリ、イケメン鬼上司×裏切られた傷心海斗は幸せを掴むことができるのか… 性描写には※を付けております。

  【完結】 男達の性宴

蔵屋
BL
  僕が通う高校の学校医望月先生に  今夜8時に来るよう、青山のホテルに  誘われた。  ホテルに来れば会場に案内すると  言われ、会場案内図を渡された。  高三最後の夏休み。家業を継ぐ僕を  早くも社会人扱いする両親。  僕は嬉しくて夕食後、バイクに乗り、  東京へ飛ばして行った。

経理部の美人チーフは、イケメン新人営業に口説かれています――「凛さん、俺だけに甘くないですか?」年下の猛攻にツンデレ先輩が陥落寸前!

中岡 始
BL
社内一の“整いすぎた男”、阿波座凛(あわざりん)は経理部のチーフ。 無表情・無駄のない所作・隙のない資料―― 完璧主義で知られる凛に、誰もが一歩距離を置いている。 けれど、新卒営業の谷町光だけは違った。 イケメン・人懐こい・書類はギリギリ不備、でも笑顔は無敵。 毎日のように経費精算の修正を理由に現れる彼は、 凛にだけ距離感がおかしい――そしてやたら甘い。 「また会えて嬉しいです。…書類ミスった甲斐ありました」 戸惑う凛をよそに、光の“攻略”は着実に進行中。 けれど凛は、自分だけに見せる光の視線に、 どこか“計算”を感じ始めていて……? 狙って懐くイケメン新人営業×こじらせツンデレ美人経理チーフ 業務上のやりとりから始まる、じわじわ甘くてときどき切ない“再計算不能”なオフィスラブ!

僕の恋人は、超イケメン!!

BL
僕は、普通の高校2年生。そんな僕にある日恋人ができた!それは超イケメンのモテモテ男子、あまりにもモテるため女の子に嫌気をさして、偽者の恋人同士になってほしいとお願いされる。最初は、嘘から始まった恋人ごっこがだんだん本気になっていく。お互いに本気になっていくが・・・二人とも、どうすれば良いのかわからない。この後、僕たちはどうなって行くのかな?

処理中です...